(三章)エピローグ ~あなただけには聞こえている~
空は晴れ晴れポッカポカ!
学校の屋上では三魔猫がぐでーん♪
お腹をだし。
太もものモフ毛を太陽に向け膨らませ、日向ぼっこをしているのだが。
彼らの主人ともいえるあたしはというと、ちゃんと異界の姫としての役目を果たしていた。
握るスマホに転送されるのは、情報の渦。
今回の事件の当事者。
あたしに依頼を持ってきた形となった、石油王のバカ息子。
……いや、もうバカ息子じゃないかな?
ともあれ、共にダンジョンを攻略したホークアイ君と情報交換していたのだ。
目覚めた彼のお父さんがもっている異能力者誘拐組織の情報を、受け取っていたのである。
たった数日なのに、随分と精悍な顔立ちになった御曹司。
ホークアイくんがアラブの皇子様と形容しても遜色ない美形顔で、薄い唇を静かに動かし終える。
「というわけで――こちらで整理できている情報は以上だ。どうか、受け取ってくれ」
スマホでデータを受け取って、液晶の光を眺めながらあたしも言う。
「いやあ、これだけ情報をまとめるのは大変だったでしょう」
「もう閲覧したのか!?」
「そりゃあね。普段は言語や思考回路すら異なる魔導書を解読してるわけですし? 理解できる言語と、思考回路で書かれた文章なら目を通すだけで容易く理解できるわ」
ここ。
実はドヤポイントである!
ホークアイ君が目の下のクマごと、鼻梁をヌーンとさせて。
「ふむ、そうか。あれを一瞬で……三日三晩かかる勢いであったのだが、うーむ……いささか複雑な心境であるな」
本当にあまり寝ていなかったのだろう。
あたしはその背をバシバシ叩き。
「いいじゃない~、とっても役に立ったのは同じなんだし。情報、サンキューね♪」
「そうだな。役に立てたのなら――構わぬ」
御曹司君は鷹の目をそらし、流れる雲に目をやっていた。
これが夕方なら、黄昏のオレンジ色を浴びて様になるのだろうが。
今はおもいっきし早朝だし。
なんなら三魔猫が寝ぼけながら空に魔術を発動させ、ぼがぼがずごーんとなっているし。
校庭には――。
うちのペスが使役するアンデッド達が、うごうごうへへ!
軍隊のように、自主訓練を開始しているカオスな光景なのだが。
あたしはまったく気にしない。
ホークアイ君は精悍な顔のまま。
《訓練だぁぁぁ》っと、ペスお手製の教官ゾンビに追いかけ回されるヤナギさんと池崎さん達に目をやって。
「あれはいったい……なにをしているのだ?」
御曹司、渾身のジト目である。
「ペスがね。あの二人のレベルがまだまだ低いから、特別に鍛えてやろうって張り切ってるのよ。で、今は校庭も空いてるし、トレーニングの真っ最中ってわけ」
「ふむ、わたしには理解できぬが――それが日本の文化というものなのか」
「ええ、そうよ」
よーし、言い切ってやった!
なるほどのう……と。
彼はかなり複雑そうな顔をしているが。
しばし考え込んで。
言葉を選ぶように、目線を落とし――口を開き始めた。
「のう、音波を扱うわたしの耳が良い事は知っておるな?」
「そりゃあね。便利な能力よね、まあ――あなたはそれで苦労をしてきたみたいだけれど……」
ホークアイ。
明らかに文化圏の違うその名は、彼の地域ではあまり使われることのない名だろう。
きっと、彼を愛せなかった母による改名が行われていた筈。
異能を持つ悪魔の子に、神の恩寵を借りる名前をつけられないと。
きっと、醜い罵声も飛んでいただろう。
そういった言葉も、小さき子供だった彼には全て聞こえてしまっていたのだから。
聞きたくないことも聞こえてしまうのは、とてもつらいとあたしは思う。
けれど――。
前向きで、ポジティブを探すことを得意とするあたしは、ニヒヒヒっと微笑。
ビシっと一本指を立て!
屋上の風を受けた黒髪を靡かせ、あたしは告げる!
「でもね! あくまでも戦術としての観点から考えると、あたしは良い能力だと思うわよ。戦闘補助や、サポートといった分野に秀でた異能ね!」
フォローするあたしに、彼が感謝するように小さく頭を下げ。
「そなた――世界を救う役割を押し付けられそうになっている。というのは本当なのか?」
本題はこれだったのか。
「ロックおじ様との話が聞こえていたのね」
「盗み聞きしようとしたわけではないがな、すまぬ……聞こえてしまった」
筋張った指で、困ったように髪を掻いてみせる彼に。
あたしも苦笑してみせていた。
「悪気はなかったんでしょうし、構わないわよ。まさに聞こうとしなくとも、聞こえてしまう能力。――か。まあ今はもう大人になりつつあるし? レベルも上がってきたから、ある程度の調整はできるんでしょうけど」
「うむ……あのニワトリ殿の声は、その、全てを貫通して響きおってな」
青い顔で、ホークアイ君はうなだれていた。
ロックおじ様の魔力をレジストできるわけないものね……キンキンと耳が鳴っていたことだろう。
穏やかで温かい屋上から。
平和な空を見上げてあたしは言う。
「ま、幸か不幸か! あたしの口から言っても信用されないかもだけど。これで、ちょっとは信じて貰える人が増えたのかしらね。どうやら世界が滅びちゃうのは本当みたいだから、知っちゃった以上は動かないとだし? 寝覚めも悪くなるし? 仕方ないわよ」
「しかし、そなたは異界に帰れるのだろう?」
あたしが救う必要もないだろう。
そう言いたいのかな。
たぶん彼の優しさである。
「あのねえ、帰れるって言ってもあたしが産まれたのはこっちなの。暮らしてるのもこっち。まあ、簡単に行き来できるし、実際に赤ちゃんの頃から勝手に行き来してたから、どっちもあたしの故郷みたいなもんだけど」
ふと、ホークアイ君の目が細く締まっていく。
まるで説教する池崎さんのように腕を組んで――じぃぃぃぃ。
「いや、軽く言っておるが――赤ちゃんの頃、勝手に行き来とは……それ、めちゃくちゃ問題になったのではないか?」
「なったわよ?」
言い切ったあたしに、彼は呆れるかと思いきや。
腹を抱えて大笑い。
「ふふふ、ふははははは! そうか、やはりそなたは本当に面白い娘だな!」
ちょっとは元気になったのかな。
あたしは、学友に見せる顔で。
「出逢った頃のあなたも大概、面白いバカ息子でしたけどね」
「ああ、そうだな。とても……愚かであった」
苦く笑ったほほえみには、成長の色を感じられる。
……。
ま、まあ達観するぐらいあのダンジョンで殺されたしねえ……。
存外に長い睫を揺らし、瞳を閉じ。
心の中で噛み締めるように息を漏らし。
彼は言った。
「世界を救うその道で、もし金やコネ、表からの政府への圧力が必要となった時はわたしに頼るといい。此度の件の恩に報いるため、全てを擲ってでもそなたの力になると誓おう」
まるで忠誠を誓う騎士のように、ホークアイ君があたしの前で跪き。
手を取って、唇を落としてみせる。
いわゆる、忠誠の儀式である。
さながら乙女ゲームの一枚絵。
この御曹司、濃い黒髪で浅黒い肌で顔も体格もそれなりにイイ。
アラブの貴公子!
といっても、問題ない姿ではあるのだ。
性格に難点が大ありだったが、それも改善されたので。
普通なら、ここで恋愛イベントでも起こるのかもしれない。
が――!
あたしのタイプじゃないし……相手も相手で、死を何度も経験したからか、わりと達観した、仙人みたいな状態になってるし。
そういう空気は皆無。
立ち上がる彼にあたしが言う。
「その言葉、忘れないでよ? あたし、本当に必要になったら遠慮なくお願いするタイプですからね?」
肯定するように、ふっと美青年スマイルを作り。
ホークアイ君があたしに向けてきたのは。
超絶イケメンオーラを纏った大人びた微笑。
「ああ。それに、もしもの話だが、どうか心に留め置いてほしい事があるのだ。良いか?」
「構わないけど。随分と改まった言い方ね……」
よく分からないテンションに、あたしが頬をポリポリする中。
彼はまるで、ハーレクイン小説からでてきたヒーローのような声音と顔で。
ゆったりと告げる。
「もしもだ。世界を救う事から……どうしても、逃げたくなったのなら。わたしに声を掛けよ。そなたが逃げられるように全力でサポートすると誓おう。わたしにできる限り、そなたを守ってみせよう。わたしだけはけして、そなたを責めたりはせぬ。それでもいいと、認めてやる。そなたの全てを尊重し、そなたの全てを肯定しよう。たとえ、世界からそなたが罵倒され、全人類全てが敵になろうと――」
太陽の光を浴びて。
彼は胸に手を当て、穏やかに告げる。
「日向アカリよ。我が恩人よ。わたしだけは何があっても、そなたの味方である。どうかそれを覚えておいて欲しい」
う、うわあ。
少女漫画みたいな花を背負ってそうなくさいセリフを、躊躇することなく言い切りおったぞ!
外国の人だから、ちょっと言葉がアレがアレでアレなのかもしれないが!
三魔猫もうにゅっと目覚めて、御曹司をじぃぃっと見下ろし。
クロ達が言う。
『にゃにゃにゃ!? 罰ゲームか何かですかニャ?』
『背筋が悪い意味で、ぞわっとしましたニャ~……』
『これは、新手のデバフ攻撃……でしょうか』
奇怪な生き物を見るネコ顔で、毛を逆立てて警戒までしちゃってるし。
ネコのヤジに構わず。
謡うような言葉で、ホークアイくんが更に忠誠の言葉を続ける。
「アカリよ、我が恩人よ。私の人生をすべて使ってくれて構わない。だから――」
「ぷはははははは! か、顔が! 顔が無駄にハンサム!」
指をさし。
あたしは爆笑していた。
フラグブレイカーの能力が発動したわけではなく、素である。
さ――さすがに!
これは笑うなという方が無理だろう!
「そなたへの忠誠を述べている途中なのだが、どうしたのだ?」
涙さえ浮かべて笑うあたしは、手をパタパタさせて。
「はぁ……ごめんごめん。いやあだって、ごめん、嬉しいけど笑っちゃうわよ。そういや、あなた。初めてちゃんとあたしの名前を呼んだのねって思ったら、ちょっと残念に思えてきただけよ」
「残念とは――わたしは何か、そなたの機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか?」
恩人の顔を見る今の彼は、まるで主人の機嫌を窺う大型犬。
全身で、感謝してます。感謝してます。感謝、しています!
と、いった感じのオーラを出しまくっている。
照れをごまかすように。
あたしは言う。
「あなた、少しあたしへの恩が空回りしてるのよ。ちょっと恥ずかしかったけど、まあそう言ってくれたこと自体は嬉しかったから、安心して」
「そうか。ならばよいが、わたしはそなたのような普通の少女に慣れておらんのだ。何か失礼があったのではないかと心配したぞ」
安堵した様子で、深い息を漏らすホークアイ君。
その言葉に、引っかかりを覚えたあたしが言う。
「普通の女の子に慣れていないって、あなたねえ……」
あたしは、自分が普通ではないと自覚があったから突っ込もうとするが。
彼は自分のことを言われたと思ったのか。
「仕方あるまい。わたしは世界有数の石油王の直系。自慢となってしまうが、あまり一般的な文化に造詣がないのだ」
「へえ! それって、つまりあたしのことは普通の女の子として扱ってくれるって事?」
あたしは揶揄うように、ういういっと肘で御曹司をつつくが。
不思議そうな顔で、彼が言う。
「当たり前であろう? 世界を救えと言われて、心細そうにしていたその心音をわたしは聞いておる。それは紛れもない、混乱と動揺に揺れる少女の鼓動であった。ならばこそ、そなたはたとえ異界の姫君だとしても、普通の少女であると判断したのだが。違ったか?」
胸が、ずきんとなった。
ああ、聞かれていたんだ。
そう思った。
……。
……。
あたしはあたしの事を、どこかで普通じゃないと自覚していた。
諦めてもいた。
けれど。
彼は、ホークアイ君だけは――。
ちゃんとあたしの動揺と迷いを、聞いてくれていたのである。
だって。
世界を救えって言われたら。
怖いって思うじゃない。
でも言えなかった。
その出せない声と悲鳴の音を、彼だけはちゃんと聞いてくれていたのだ。
それが、嬉しかったのだ。
だってあたし、まだ十五よ?
動揺くらいしますっての!
皇族として、感謝を述べる時に出る。
穏やかな声音が、唇から零れていた。
「あなた、優しいのね」
「なんの話であるか?」
彼自身は分かっていないようだ。
計算でやっていたのなら、とんだ策士だが。
そういうのじゃないっぽい。
ま、それでもいっか。
あたしは今。
とても気分がいいのである!
腕を組んで、じっと異国ハンサム君を見て。
あたしは眉を下げる。
「いやあ、本当に残念だわ。あと二十年、成熟してたらねえ」
「すまぬが、先ほどからそなたがなにをいっているのか、よく分からんぞ」
あたしの心を揺らした青年は、まだまだ乙女心というものを理解していないらしい。
あたしも、この感情が――。
そういう仄かで温かい恋心というやつではないと、自覚はしていた。
そういうドキドキに期待する人には悪いが。
だって、本当にタイプじゃないんだもん……。
それでも、あたしは上機嫌。
「なんでもないわ! んじゃ! 早速で悪いけど、お昼ご飯、奢って貰っちゃおうかな!」
あたしは普通の少女の微笑みで。
二十年後のイケオジくんに、最高の笑顔を振りまいたのだった!
◇
P.S。
ちなみに、この後。
食べる量が普通じゃないと、真顔で突っ込まれることになるのだが。
ふ、ふつうの女の子の食べる量が分からないとは、言えないわよねえ……?
第三章
誘拐事件の残滓 ――解決――
▽本日の更新にて、
石油王の息子の登場から始まった第三章は完結となりました。
明日からの更新ですが。
今回も一度、「幕間短編を挟み」、
「幕間終了後に第四章の更新を開始」いたします。
アカリさんやアニマル達の珍道中、
これからの冒険にもお付き合いいただける方は、
引き続きよろしくお願いいたします!
ここまでお読みいただきありがとうございました!




