第五十九話、終末のFチキン
事件が終わり、三日が過ぎていた。
皆が皆、それぞれに動くこともあり。
学校の応接室にはちょっとした静寂が訪れている。
いつものキャットタワーの上では、毛玉がもそもそ♪
三魔猫が丸くなって、クークー寝息を立て眠っているが――。
それは彼らが沢田ちゃんの事や、事後処理に動いてくれていたから。
かなり動いてくれたようなので、今度ご褒美を買ってあげないと。
なのだが。
今はこちらが先決。
厳重な結界は、例の神様を呼んでいるから。
この部屋に実質、一人でいるのも他の人では耐えられないから。
きっと、キャットタワーの結界がなければ三魔猫も、この部屋には居られなかっただろう。
今回のゲストでもある、あたしも尊敬する方。
静かな応接室にて、ソファーに深く腰掛けているのは羽毛輝く白き鳥。
ロックウェル卿こと、ロックおじ様。
結局、なかなか話ができなかったので、全てを見通すニワトリの神様をあたしが呼び出したのである。
『ふーむ、やはり俗世で生きる者は脆弱でいかんのう! 余の住まう霊峰では、草木やミミズでさえ余の魔力に耐えられるというのに、軟弱者どもめ! クワワワワ!』
その強すぎる魔力のせいで、応接室全体が軋んで、グガガ!
今頃、学校中が大騒ぎになっている筈である。
もちろん、あたしは気にしない。
ミ、ミミズとか言ってたが、気にしない……っ。
「おじ様の魔力に耐えられる草木に興味もありますが、今はそのお話ではなく。他の事が聞きたいのですわ、おじ様」
『ミミズの話であるか?』
「お、おじ様? わざと仰ってます?」
あたしがミミズで世界を滅ぼしかけたことに、釘を刺しているのだろう。
ともあれだ。
おじ様の召喚道具として用いたのは、ファーストフードで有名なフライドチキン。
そう。
おじ様はお父さんと一緒で、グルメで召喚できるという、ちょっと……うん、”かなりアレ”な性質を持っているのだが。
それも……好物はフライドチキンだっていうんだから。
ニワトリの見た目なのに、まあ変わった御仁である。
バケツサイズの器に詰まったチキンを抱き。
ガジガジガジと骨の隙間の肉を引きちぎり。
クワワワワ!
おじ様が白い羽毛を膨らませ、ニヤリ♪
『それで、アカリよ。余に聞きたいこととはなんであるか? 良いぞ、良い。今の余はケンタ的なチキンで気分が良い! なんなりと聞くが良かろうなのだ!』
ぐでーんと、もふもふな太ももから鳥足を伸ばし。
ジュジュジュジュっとオレンジジュースをストローで吸う、おじ様の前。
あたしは赤雪姫モードで咳払いし。
「お聞きしたいのは未来についてですわ」
『ほぅ、未来とな?』
「ええ。お父様もロックおじ様も、同じく三獣神と呼ばれる魔狼ハウルおじ様も――手を加えなければ、この世界が将来的に滅ぶと認識なさっているでしょう? あたしはそれが聞きたいのです」
生地がパリパリなクリームチキンパイを、フォークでざくざく♪ っと割って。
チキンクリームへと潜らせた生地をむふむふ♪
ホワイト色なパイを、クチバシで味わいながらおじ様が言う。
『ふむ――未来の滅びの教えを乞うか。言うても無駄だと思うがのう』
フォークを銜えたまま、むっしゃむっしゃとおじ様。
あたしは眉を顰め。
「無駄とは……どういう事ですか?」
『例えばだ、姫よ。余やそなたの父、そしてそなた自身も強大な存在であろう?』
「それはまあ……この場に居られることが、なによりの証拠ではありますが」
他の人は弱すぎて、この部屋……入ってこられないしね。
『そなたならば――砂漠の中に落としたごま塩の一粒を探してみよと言われても、見つけ出すことができる。当然、余やケトス、我が友ホワイトハウルとて同じであろう。そこで耳を立て、余を監視している三魔猫でさえも可能と言えよう。ここまでは良いな?』
あたしは頷く。
実際、魔術を用いれば面倒だが発見はできるだろう。
『そのごま塩の一粒が滅びであったのならば――何も問題はなかったのだ、見つけ次第回収する道を歩ませればいいのだからな。なれど』
言葉を区切り、大魔族としての声でおじ様が告げる。
『ごま塩と砂漠が逆だったらどうであろうか?』
「逆ですか……? 仰っている意味がよく……」
言葉を漏らす途中で、ハッ!
言いたいことを察したあたしは、思わず立ち上がってしまう。
髪と魔力のドレスが揺れていた。
「まさか……? 砂漠の砂ほどの、途方もない数の滅びの未来が見えていると?」
ゆったりと頷くおじ様に、あたしの心臓がわずかに揺れる。
……。
よーし! 可憐なお姫様の演技も完璧である!
おじ様の前ですからね~、ネコを被らないと!
『左様。この世界に観測される滅びの数は――もはや留まることを知らず増え続けておる。それはさながら恒河沙。砂漠の砂、一粒一粒よりも多く存在するといっても過言ではない。一つに絞り切れんというレベルではないのだ。あまりにも滅びへ向かう未来の数が多すぎるせいで、さすがの余でも対処できん』
両翼を広げ、肩を竦める仕草をしていらっしゃるおじ様の前。
あたしは、ごくりと息を呑んでいた。
三獣神といえば、異世界において本当に頂点の神性。
その神が無理だというのだから、本当に対処しきれないのだろう。
あたしは冷静さを取り戻そうとソファーに座りなおし、紅茶を口にする。
「なぜ、そのようなことに……」
『あくまでも余の推測であるが――これはなんらかの異能力。滅びという未来が、何者かによって確定されてしまっているせいではないか。そう考えておる』
「確定された滅び、ですか……」
コケりと胸の羽毛を翼で摩りながら。
『そうだのう。かつてこことは違う地球に、アン・グールモーアと呼ばれる恐怖の大王ペンギンがおった』
……。
恐怖の大王……ペンギン?
頭がなんか、理解を拒否しそうだったが。ま、まあおじ様が言うのなら、本当にそういうペンギンがいたのだろう。
『そやつは結局、そなたの父に妨害される形で敗北。滅びの未来を捻じ曲げられてしまったが――とある特定の年代、特定の月に人類が滅びる……という確定した因果を宇宙に刻む能力を有していたらしいと、聞いておる。定めた場所、定めた時間で遅延発動――手段を問わず、必ず人類が滅びるなんらかの原因が発生するようにセットされた、未来発動型の大規模魔術であるな』
つまり、滅びるという未来を確定させ。
理由は後からついてくる。
そういう現象を引き起こせる魔術、なのだろう。
この場合、もし人類が戦争で滅びるとして、その戦争を止めたとしても隕石が落下してきて滅ぶ。
逆にだ。
隕石が落下して滅ぶのだとしたら、その隕石を止めても戦争が発生してやはり滅びてしまう。
ということだろう。
まあそれはあくまでもお父様の冒険譚。
今回の事件がそうだと決まっているわけではないし。
その大王ペンギンとの戦いは既に終わった物語、こことは違う地球での話らしいが。
それはともあれ!
「大変興味深いですわ!」
前のめりになったあたしは魔術師の顔で、ニコニコ、うにゃうにゃ!
赤髪の頭と先っぽに、ネコの耳と尻尾を作ってしまう。
なぜかロックおじ様がクワワワワっと上機嫌になり。
『ほう! やはりそなた……! 本当に自分の知らぬ魔術に対する知識欲が、ずば抜けておるのう! まったく、ケトスにそっくりであるな! 良い良い、実に良い! そのままうっかり世界を滅ぼしかけそうになるところなど、まるで生き写しであるぞ!』
「お褒めの言葉と受け取っておきますわ」
おそらくあたしの監視も兼ねている、眠っている筈の三魔猫の耳が、ピクっと跳ねていたが。
気にしない。
ふふふっと、あたしは赤い瞳を微笑させるのみ。
『余はヤナギを通じ、未来の滅びを確定させておるモノを追っている、というわけだ。それは人間か、我らのような異邦人か、或いは魔道具や、太古から住まう古の神々か。その調査は全く進んでおらぬがな!』
重要な話なのに、わりと明るい口調である。
あたしはちょっと苦く笑ってみせる。
「楽しそうなのは結構ですが――おじ様、なぜそのように上機嫌なのですか? 地球が滅んでしまうかもしれないのですよ」
『余は元より、人間を怨嗟する者。本来ならば人を憎む魔性、滅びを望む側の神鶏であるからな。魔力と血の高ぶりは抑えられん』
コカカカカカっと赤い鳥目を輝かせる姿は、まさに闇の大帝といった風格。
そうなのである。
実はお父さんと、このおじ様。
本来なら……ゲームでいえばラスボス的なポジションの魔族なのよね……。
ファンシーでキュート! 縫いぐるみさんみたいな姿だから誤解されがちだし。
今は人とも和解し、共存共栄の道を歩んでいるから、こうして穏やかだが。
めちゃくちゃ危険な存在なのである。
「しかし、未来の滅びを確定させる異能力、ですか……あまり穏やかな能力ではありませんわね」
『だが、その能力者がかつてどこにおったのか。そこまでは調べがついておる』
って!?
「調べがついているのなら、捕らえるだけで解決するのでは?」
『余もそう思い、ヤナギを放ったが――結果は全て失敗。おそらく滅びの確定という未来が存在する限り、どんな手段を用いてものらりくらりと、逃げられてしまうのであろうな』
滅びという未来が確定しているから、捕まえられない。
か。
……。
「めちゃくちゃ厄介な能力ですわね……」
『とはいえ異能力ならば、固定された魔術式のようなモノ。それ以上の干渉力で式を捻じ曲げてしまえば、潰せるが――余や、白銀の魔狼ホワイトハウルが直接的に動けばこの世界がもたん。かといって、そなたの父、ケトスが動けば、滅びの数が天文学的な数となり、もっと収拾がつかなくなる。そこでだ、姫よ』
おじ様は、ニヤリと微笑み。
顔も羽毛も輝かせていた。
『この世界をどうにかしたいのなら、そなたが動くしかないという事だな』
「女子高生に押し付けていい重さではないと、あたしは思いますけれどね」
眉を下げるあたしに、おじ様がクワワワワっと高笑い。
『なーに、いざとなったらこの世界を捨て戻ってくれば良い。そなたの父はたしかにこの世界の出身だが、それほどに愛着もないようだからな。そなたの母ヒナタも別世界の存在、こことは異なる次元の地球の勇者であるからな。この世界にこだわる必要もあるまい』
「それでも――あたしは、この世界が好きですもの」
紅茶を啜って、ふと思い出したように。
吐息を漏らしたあたしは、カップの表面に波紋を作る。
「そういえば――、その未来の滅びを確定させている能力者がかつていた場所、でしたか? その調べはついているとのことでしたわよね。ならば犯人についても、多少の調べはついているのですよね? お話を伺っても?」
その言葉を待っていたのだろうか。
おじ様の空気が変わる。
つぅっと瞳を細め、そのクチバシが薄らと開き始めた。
『ふむ、まあよかろう。では語るが――おそらくそなたらもよく知っている案件であるぞ。これは全ての始まりといえる、この世界の滅びの特異点だ。全ての滅びの因となる場所を辿ると、結局は行き着く場所がある。それがなにか、そなたには分かるか?』
あたしは考える……。
思い当たったのは――。
「異能力者誘拐事件……、でしょうか?」
『然り。世界に不吉な流れを起こそうとしている悪魔竜化アプリの犯人も。そして、未来の滅びを確定させている犯人もおそらく――あの事件の被害者、或いは関係者であろうな』
語るおじ様に、あたしは問う。
「同一人物、ということでしょうか」
『さあのう、そこまでは余にも分からん。さて、干渉もここまでにしておくとしよう。そなたもまた力強き存在。あまり語りすぎても、観測した未来とズレが発生する可能性があるからのう』
おじ様がケンタ的なチキンの袋を抱え。
ぶわっと両翼を広げる。
『それに、余がここにいると世界に揺らぎが起こりすぎる。ただいるだけで、多くのモノの未来を変動させてしまうのだ。強すぎることが、我ら三獣神の弱点でもあるという事であろうな。故にこそ、余は発つとしよう! 今日はチキン祭りである、ココカカカ! コケーッコココッココ!』
涎を垂らし、いともあっさり超魔術で次元を開くおじ様に。
あたしは慌てて手を伸ばす!
「お待ちになってください! おじ様! まだ聞きたいことが!」
『さらばだ、またいずれな――!』
もうその次の瞬間には、おじ様は尾羽の一枚を残し消えていた。
あたしの観測能力すらレジストして。
本当に一瞬で消えていたのだ。
まあ、この羽って神鶏ロックウェル卿の尾羽なので、最上位の回復アイテムなのだが……。
被っていたネコを脱ぎ捨て――。
あたしは輝く尾羽を拾い上げ。
デデデデーン!
「ったく、おじ様ったら……こんな貴重なアイテムをこれ見よがしに置いていっちゃって。これでまた、誰かの運命を変えろって事かしら」
かなりの貴重品なので、効果音が鳴ってしまったのである。
……。
まあ、悪戯好きな三魔猫が鳴らしてるんですけどね。
ともあれだ。
やはり結局、あの誘拐事件に行き着く……か。
石油王も、その息子も。
そして沢田ちゃんも。
大黒さんだってそうだ。
あたしが池崎さんと出逢ったように。
あの事件は――全ての始まり。
この世界にとって大きなターニングポイントとなっているのだろう。
おじ様の存在から世界を守っていた結界を解きながら。
あたしは紅茶に口をつけた。
徐々に、パーツが繋がり始めている。
そんな気配を感じながら、あたしは重い息を漏らす。
これ……ぶっちゃけさあ。
あたしに世界を救えって言ってるようなもんじゃない……。
今更だけどあたし、ふつうに暮らしたいだけなんだけどなあ。
《次回》
三章エピローグ。




