第五十三話、モフ毛の錬金術師(暗黒)
戦いは終わっていた。
謝罪を終えたあたしたち兄妹は、戦闘モードを解除。
もふもふドヤ顔黒猫に戻った月兄キャットを腕に抱き、肉球をもみもみ♪
再生させたアリスの森で――あたしは言う。
「災難だったわねえ、池崎さん。よりにもよって、本物のイケオジのヤナギさんと間違われるなんて」
「ったく、気色悪い。勘弁してくれ」
そう、スパスパと本気で不機嫌そうにタバコを吹き池崎さん。
月兄がしゅんと耳を後ろに下げる。
『すまない――人間のオスなど、どれも同じ顔に見えてしまって……本当に申し訳ない』
「なんつーか、本当にお嬢ちゃんの兄貴って感じだな……」
どうやらどこか似ていると言いたいようだが。
褒められていると判断したあたしは、にへへへ~!
「いや、褒めてねえんだが……まあいい。お兄さんよ、これで決着ってことでいいんだな?」
『ああ、さすがに――恥の上塗りはしたくないし。それに……なんか、もう飽きた』
兄は瞳を閉じて、こくりと頷きあたしの腕から降りる。
飽きたといわれて、頬をピクっと釣り上げたものの我慢した池崎さん。
偉い!
キノコの椅子を人数分生み出した月兄が、ジャンプ。
切り株のテーブルに紅茶とクッキーを用意し始める。
相変わらずマイペースな兄に、勝者であるあたしがニヒィ!
「それで、月兄――結局ダンジョン攻略はどうするのよ。攻略完了したら、ホークアイ君のお父さんを返してくれるって話だったと思うけど? まさか、魔導契約を破ったりはしないわよね?」
面倒な飼い主を見るような顔で。
兄は、ふう……。
いや……こっちはまったく間違ったこと言ってないでしょうが……。
『その前に……さっきの影猫を呼んでもいい?』
「そりゃいいけど――」
容認すると、この場を囲うように聳えていた大樹が揺れ始める。
目と口の亀裂が生えた樹から、シュバっと影猫達が顕現する。
さきほどのネコ達である。
彼らを従える兄が穏やかな声で言う。
『キミたちが死んだ分、あの男の息子は死んだ――それで少しは、許して貰えた?』
影ネコ達がしばし相談し。
うなんな、うなんな。
まあしょうがないかという顔で、うんうんと頷いていた。
キミたちが死んだ分、ってことは。
「まさか!? この子達、もしかしてあの事件で死んだ犠牲者の魂なの!?」
『そうだよ――蘇生できる肉体を構築するまで、このダンジョンで影猫になって貰っている。ダンジョン化した、この学校自体が――大規模な儀式魔術の空間。いうならば、フラスコの中? 現世への魂固定、肉体再構築までの、試験管。魂さえ固定できれば、後は時間がかかるだけ。肉体錬成は錬金術の分野、俺は嫌いじゃない。暇も潰せる――だから、ここはダンジョン化されている』
淡々と語っているが。
まーた、さらっと禁術使いまくりの。
とんでもない現象を起こしているわけだが。
まあ、月兄だからなあ……。
「で、恨みのある石油王の息子が何度も死ぬ場面を見せて、その憎悪を少しは和らげてあげていた……ってことね」
『憎悪や怨嗟を持ったままの魂は、変質してしまう可能性? ある。けれど影猫として保存しておけば、魂は穢れない。後はその魂を癒す、恨みを取り除く中継地点が必要だった。だから、そのために――俺は彼をここに呼んだ。アカリ――理解した?』
彼というのが石油王か、それとも息子のホークアイ君か。
どちらかは分からないが……。
まあやりたいことは理解した。
「それで、ネコ化で魂の保存と、死者の鎮魂、いわゆる憎悪を和らげることに成功できているのはいいけど。異能力者の肉体構築はできているの? 肝心の器がなきゃ、ずっとネコのままになっちゃうんじゃない?」
『材料が特殊だけれど、まあ研究は進んでいるよ――』
いわゆる、さすが月兄。
さす月兄である。
あたしの瞳が猫の瞳に変わって、つぅっと細くなっていく。
「魔術知識として興味があるんだけど、材料って何を使ってるのよ」
これは純粋にあたしの好奇心である。
魔術の知識こそが、あたしの至福。
こればっかりは止められない。
単語を並べるように、魔術式を肉球で並べながら。
青い文字を輝かせ、兄が猫の口を蠢かす。
『俺が人体構築のプロセスに使っているのは――お金。といっても、硬貨や貨幣じゃないよ。等価交換、原則を守るため。人間の魂と等価となる量の石油をね、儀式に用いているんだ』
「等価交換って……ああ、お兄ちゃん……なんかの漫画で錬金術や人体構築に興味を持って、やってみたくなっただけなのね……」
やってみたくなった。
そう思ったら実行し、本当に実現できてしまうところが月兄クオリティ。
あたしは理論に基づいて計算式に当てはめ考えるが。
兄は別。
あたしと兄では魔術に対するアプローチが違い過ぎるのである、考えるだけ無駄というやつだ。
まあ、兄は夢世界……いわゆる現実と夢の狭間の力を利用できる特殊体質。
夢の中でなら可能性は無限に作ることができるから、本当にインチキなのよね。
たとえばだが――。
ふつうの人間は空を飛ぶことはできないが、夢の中でなら飛ぶこともできるだろう。
それを現実の現象として再現できる、チート能力を持っているのである。
今回は戦いに勝ったが、あれはあたしを殺す気がなかったから。
実際に本気で戦うとなったら、結果は残念だけど見えていた。
あたしは計算式の輝きを記憶しながら、頬を掻く。
「あー、本当に石油で人体を錬成してるのね。じゃあ石油王を誘拐したのは」
『うん、罰を与えるためと、気に入らなかったから。それと、人間の魂の価値と等価の石油を浴びるほどに持っているから、都合がいい。嫌な言い方をすると、殺しちゃっても、俺の心も痛まないから』
結局のところは、全部計算。
この学校自体が、犠牲者のために改良された研究所。
殺された異能力者達を蘇生させるために必要な、プロセスだったのだろう。
魔術式を見る限り。
実際に、既に何人かの蘇生にも成功しているように見える。
あたしはげんなりとなりつつ、ぶすーっと息を漏らす。
「もう、そういう話なら先に言ってくれたら良かったのに……」
うなだれるあたしに、池崎さんがまとめるように言う。
「なんかよくわからねえが。このネコ兄貴は、結局――異能力者誘拐事件の犠牲者を回収して、その蘇生のために動いていた。ここの魔物が御曹司を執拗に狙ってたのも、オレ達にダンジョン攻略を強制させたのも、いわゆる鎮魂の儀式……。蘇生に必要な手段の一つってことでいいのか」
「その行動原理は暇つぶしなんでしょうけどね。おおむねその通りだと思うわ」
それと、ついでにヤナギさんの抹殺を狙った。
一石二鳥以上の計画だったのだろう。
あたしは兄の鼻をツンツンと指でつき。
「で? 結局石油王はどこにいるのよ。生きてはいるんでしょ? あたしは依頼を受けちゃってるの、見つけられないと依頼料がもらえないのよ!」
電卓をバンバンと叩いて責めるあたしに。
ジト目で兄が言う。
『前から言おうと思っていた――』
「なによ」
『アカリは少し、金にがめついと思う……。無駄遣い、しすぎ?』
あたしはカチンときて。
「はぁぁぁぁぁぁ!? 通販で意味もないし使いもしない、わけわかんないもんを大量に買ってるお兄ちゃんには言われたくないし!」
あたしは知っている。
お兄ちゃんが部屋に貯めこんでいるネットショッピングやテレビショッピングの、無駄グッズの山を。
広告を見るとすぐにブニャっと目を見開いて。
ツツツツツ。
ろくに使いもしないですぐに飽きる癖に、即座に購入してしまうのだ。
兄はカカカカっと首筋を後ろ足で掻きながら。
ツーンと横を向き。
『ちゃんと使ってる。一回ぐらいは』
「それが無駄だって言ってるのよ!」
『無駄じゃない、全部、俺のコレクション――』
ムフーっと鼻息を荒くし美猫様が言う。
シュヴァルツ公たちが消しゴムを集めているのと同じ心理なのだろうが。
消しゴムと通販グッズじゃ、大きさが違いすぎる!
「高枝切りばさみを全種コンプリートする必要なんて、微塵もないでしょう!?」
『当社比……三倍は違う。って、なんかアレに書いてあった、気がするし』
尻尾の先を小刻みに揺らし。
不機嫌そうにムスーっとしている兄に、あたしは追撃。
「高枝切りばさみで当社比なんて言葉使わないでしょうが! てきとーなこと言わないでよ。もう! あたしたちは次元も空間も簡単に拡張できるから収納に困ってないけど、普通だったら家がパンクしてるんですからね! 炎兄が掃除の時に邪魔だって怒ってたわよ!」
お説教をするあたしの横。
池崎さんが言う。
「おいおい、まさかおまえら……あの炎の兄貴に全部掃除させてるんじゃねえだろうな?」
「そうだけど?」
『どこに問題が?』
なぜか炎兄に同情するような顔で。
「まさかとは思うが……朝食とか、そっちも全部……」
「だって炎兄が一番料理美味いと思うし。ねえ、月兄」
『うん、俺が料理をすると――なぜか世界の法則が乱れて……邪神とか召喚されるし』
ペチンと大きな手で鼻梁を覆い。
イケオジ未満が微妙に呆れかえった目でこちらを見て。
「まあ、そのことに関しては今度、色々と説教してやるとしてだ。真面目な話に戻るぞ、ネコ兄貴。石油王を返してもらわねえと色々と問題があるんだ。せめて生存している姿をみせちゃあくれねえか」
「っと、そうだった。どうなのよ月兄」
あたし達の言葉に、空気の薄いホークアイ君が後ろでうんうん頷いている。
……。
どうでもいいけど、あの御曹司キャラで空気が薄くなるって、そうとうアレよね。
そんな空気の薄いホークアイ君に目をやって。
月兄が声音を変え、紳士的な声を漏らす。
まるで別猫のように真面目な口調で、語りだしたのだ。
『ホークアイ君だったね。キミのお父さんは悪い事をした。それは理解しているね?』
虚をつかれた形となったのか。
ホークアイ君は中東系の端正な顔立ちを引き締め、静かに薄い唇を動かす。
「むろんであるが――そ、そなたはギャップがすごいな……」
『とてもまじめな話だからね。俺はね、やはりキミのお父さんがした罪を許すことはできない。と、いっても――殺した数で言えば、俺たちの父の方が多いのも事実。けれど、父はそれ以上の善行も積んでいる。世界を何度も救うほどのね……言いたいことが分かるかな?』
いや、あたしも分からん。
当然、ホークアイ君も困惑気味に吐息に声を乗せていた。
「よ、よくわからぬが……父は今、どこにおるのだ」
『ここで、罪を償っているよ。分からないかな? 犠牲者たちを蘇らせる費用や材料、研究費。そういったものを俺に用意し――身の回りの世話をしている。それが罰』
兄が告げたその赤い瞳の先にいたのは。
そう。
あの守衛猫さんである。
ああ、そういうこと。
結局、兄もあたしと似て、なんだかんだでお人よしなのだろう。
獣毛の一本一本を輝かせ。
守衛猫さんがイケオジ声で告げる。
『そういうことだ。今のワタシは月影様の部下、罪を拭うまではこの学園に守衛猫として魂を束縛されている身。さすがに、おまえが何度も死ぬ様をみせつけられたのは……堪えるモノがあったがな』
あたし達を帰らせたかった理由。
それが、息子の惨い死をもう見たくない。
息子には迷惑を掛けたくなかった――。
そんな感情だったら説明もつく。
……。
ミミズを召喚してきたことは、後でお兄ちゃんに文句をいうとして。
ホークアイ君が目を見開いた。
そう――彼の父とは、もう既に再会していた。
ずっとそこにいたのだ。
「よもや――父上……、なのですか?」
守衛猫さんは紳士的なしぐさで、ゆったりと瞳を閉じ。
そして。
告げた。
『すまなかった、ホークアイ。我が息子よ』
こうして親子は再会した。
これから二人で何を語るのか。
きっと、明るい話ではないだろう。
なぜなら、この男は異能力者達の死に深く関わっていたのだから。
それでも。
あたしは彼らの物語を見届けたいと、そう思った。




