第五十二話、兄弟対決! 魔術合戦は止められない!
妹を変態から守るべく――凛々しく立ちふさがるのは、神々しい獣人。
その名も、月影。
あたしのおにいちゃん。
詰襟学生服を着崩した銀髪の美青年。
見た目は月光を浴びる雪豹の如き貴公子である。
吐息すら神秘的な、絵にかいたような皇子様。
美しき雪豹モフモフ耳尻尾の獣人様が、そこに顕現なさっているのだが。
しかも。
めちゃくちゃイケメン顔で、決め顔をなさっているのだが。
全部は誤解。
そもそも池崎さんはヤナギさんじゃないし、かわいいニワトリさんにもなれない半端者!
たしかに、丸っこい縫いぐるみになってくれるなら!
あたしも思わず抱きしめ、そのまま家にお持ち帰りをするところなのだが。
ようやくこの急襲の意味を理解した池崎さんが、煙で結界を張りつつ。
じぃぃぃぃっとジト目であたしと兄をみて。
露骨なため息を漏らす。
タバコの煙に声が乗っていた。
「おい、なんかおまえさん勘違いしてねえか?」
『俺は言った……。とぼけても無駄だと』
月兄がはらりと垂れた銀の前髪を逆立て。
ぞっとするほどの殺意を滲ませ、ルビーよりも赤い瞳を輝かせる。
それはまるで赤い月。
『俺たちはニンゲンに利用されてはいけない、俺はそう思っている――だから、アンタを殺すよ。悪いとは思わないでくれ――』
まずい!
思った瞬間に、既に兄は動いていた。
瞬時にあたしも動いていた。
ある意味で今のお兄ちゃんは挑発状態。
池崎さんをヤナギさんと勘違いし、殺そうと殺気を放ちまくっている。
普段と違い、冷静さを欠いているので付け入る隙は無数にある!
月兄の腕から伸びるのは、影のオーラ。
混沌とした闇の属性を纏った魔力を、爪状にしての攻撃である。
しかーし!
グギギギギギィィ!
剣で受けとめ、あたしはふふっと小悪魔微笑。
「へへーん! させないわよ!」
『……接近戦……っ』
回転するあたしの聖剣が、四方八方からズジャジャジャ!
空に斬撃の光を走らせる。
しゅぅぅぅぅううううううううぅぅぅぅぅ!
剣の乱舞が、兄を襲う!
月兄が不利を悟って後退するが、あたしはその隙を逃がさない。
池崎さんが叫ぶ!
「お、おい! 嬢ちゃん! 剣での勝負なんて、あぶねえだろう!」
『――危ない? ……どーいうことだ、アカリ』
あたしの波状攻撃をなんとか避ける月兄が、うぬ……っ。
尻尾を左右にモフモフ。
猫耳をぴょこりとし、月の様に幻想的な雪肌に汗を浮かべる中。
あたしは思い出したかのように言う。
「あー、そっか。そういえば見せたことがなかったから――あなた、知らなかったのね」
『どういうことだ……その程度の知り合い?』
これは、誤解が解けたかな?
と思いきや、兄は更に顔を険しくし。
『つまり……こいつ。アカリのストーカー……?』
「だぁあああああああぁぁぁ! なんでそうなるのよ! だから! 誤解なんだってば! そもそもこの人は――っと!」
ざしゅ!
天井からの爪攻撃にあたしの言葉はキャンセルされる。
これは兄による使役ネコ攻撃だろう。
周囲が闇で覆われ始めているのだが、この全部は影で作られたネコ。
うにゃ~っと、ネコ達の声が響いているので間違いない。
闇という闇から影猫が顕現しているのだ。
あたしはネコ使いだが、これは影のネコ――影使いのお兄ちゃんに使役権がある。
腕を伸ばし、ネコ使いの異能を発動!
一応支配を試すが――。
――同じ魔猫王の子なら強い方につくニャ! と、説得失敗!?
「あぁぁぁぁ! やっぱし効かない!」
『オマエたち、妹を取り押さえてくれ――傷はつけるなよ』
ニャァァァァァァ!
と、こちらを攻撃する蝙蝠の翼をはやした影猫は、モフモフっと影の身体を揺らし。
ニヒィ! 口元だけを妖しく微笑させている。
影猫の数は、二十くらいか。
あたしの頭上から降ってきたのは、ピコピコハンマーを持った影猫。
顔の部分に、ざぁぁぁぁっとしたモヤの走る。
暗黒神話の世界に生きる、無貌なる邪悪な猫である。
これも月兄の眷属。
あたしの命令は聞いてくれないだろう。
ピコピコハンマーは相手を気絶させる効果で、殺傷力のないものだが――。
あたしは聖剣を翳し、オーロラ色の灯りをともす!
「悪いわね、月兄の部下ニャンコ!」
影が消えたことで、影猫はこちらの世界に存在を保てず帰還。
暗黒神話の世界に帰っていく。
猫が一掃されたフィールドで、あたしはお兄ちゃんを追いかけ続け。
ビシズバドバ!
コミカルで単調な音だが、無駄の一切ない剣舞で圧倒し続ける。
『っく……やはり、これが狙いか』
「とーぜんでしょ! あたしがお兄ちゃんに勝つには、この選択肢しかないもんね!」
既に二人の世界に入りかけていたのだが。
タバコの火が目に入る。
ジト目で唸るは池崎さん。
「おい、暴走兄妹! さっきから、いったいなんの話だ!」
これはいつもの。
てめえは説明が足りねえんだよ! の顔である。
月兄が、はぁ……と露骨な息を吐き。
『アカリは俺たち兄妹の中で、一番白兵戦……接近戦が得意。魔術は趣味で、こっちが本職――聖剣の乙女』
「そーいうこと! この間合いに入っているなら、あたしにも勝機はあるってことよ!」
告げたあたしが赤髪をバサっと膨らませ。
小悪魔微笑♪
赤雪姫モードで聖剣を次々と繰り出し、兄の影を切り払っていく。
多少でも武術を齧ったことのある人間なら、理解したはず。
そして、池崎さんは元刑事。
当然、武術も必須項目。
ならば理解できるはず。
あたしの武術が超一流を超えた、頂の領域にあると。
頬をヒクつかせ、彼が言う。
「だぁああああああぁっぁ! そーいうことは先に言え! 心配したじゃねえかっ。おまえ、本当に性格以外は完璧お嬢ちゃんだなっ!」
「ま、それほどでもあるわよ! って、性格も超美人ですぅ!」
こちらが突っ込んでいる隙に、お兄ちゃんが動く!
ちゅぽん!
アリスの森の大樹の影に、文字通り入り込んだのだ。
影に溶けた兄が、指を鳴らす。
暗黒神話の力の発動である。
しかし、あたしは聖剣を翳し――。
「必殺! 意味は違うけど、クーリングオフ!」
斬撃の合間に、空に刻んでいた隠し魔法陣を消費!
魔法陣が輝きだす。
赤と白の閃光が稲光となって周囲の大地を抉る。
やはり影を光で打ち払い。
全ての影の力を遮断したのだ。
『キャンセル……された? ふむ……そうか。俺の干渉力が、負けたのか――』
ムッとした様子で兄が言う。
そう。
あたしの作戦は、いわゆる魔術キャンセル連打である。
「お兄ちゃんが本当の意味で本気を出したら、あたしは勝てない。けれど、お兄ちゃんはあたしを殺すつもりはない。だって、消滅させちゃうもの。だから、本気を出そうにも出せない――そうでしょう? そして手加減ってのは、あたしたち兄妹がもっとも苦手とする分野よ!」
『アカリうるさい――』
殺したいのは妹を惑わす変態であり、あたしじゃない。
だから、必要以上の力は出せない。
そこに接近戦を強制されれば、影使いのお兄ちゃんは大ピンチ!
兄が短文詠唱!
『揺らぎよ――』
お兄ちゃんは強化した腕で、空間を薙ぐ。
薙いだその空間から。
ジャキキキィィィィィィィィィン!
闇の槍が、一斉に襲い掛かってくる。
一発一発が、池崎さんを百人殺せる力である。
だが!
やはり殺意が足りない!
「聖剣の乙女、お母さん譲りの勇者の力――甘く見られちゃ困るわね!」
影による槍攻撃を剣の一閃で、打ち払い。
パチンと指を鳴らし、小細工!
弾いた影にあたしの魔力を流し込み、他の影にぶつけて相殺。
ホークアイ君と池崎さんを置いてけぼりにした。
魔術合戦が繰り広げられる。
影を囮に空間転移をしたのは、お兄ちゃん。
月兄が詠唱を開始。
すぐに消える分身を生み出し、自らは距離を取るつもりか。
『夜陰に蠢く、栄えある偉大な御手よ――』
「読めてるわよ!」
囮に惑わされず、あたしはお兄ちゃんの空間転移した座標に突進。
ジャギ!
っと空間転移の魔術式を一刀両断!
そのままあたしは剣の舞を披露し、常に接近戦を強要し続ける。
兄はブワブワブワっと猫耳と尻尾のモフ毛を膨らませる。
赤い月のような瞳も、だんだんと高揚していく。
月兄も戦いに滾り始めているのだろう。
『強い――さすがは俺の妹。でも、これなら――?』
「主よ! 偉大なる神のロゴスよ! 汝の血族たる我に、邪悪を払う奇跡を授け給え!」
あたしもまた、徐々に高揚していた。
一瞬のスキをつき、月兄が印を結んだ指から魔術を解き放つ。
兄が放とうとしているのは、あたしも得意とする神話再現。
アダムスヴェイン。
兄の口から、強力な呪文が刻まれる。
『神話再現――』
だがこちらの神の奇跡。
いわゆる聖職者が使う、神の力を借りた魔術式は発動している!
あたしの口が、高速詠唱!
「清廉なる処女の聖域!」
『アガスティアの木漏れ日よ!』
一歩遅れて兄の魔術名が、こだまする。
ざぁぁあああぁぁぁっと潮騒にも似た大樹の音が響く。
樹々が風に揺れる音である。
これは兄の魔術。
未来を綴る聖者たる預言者。
アガスティア。
彼の聖者の聖遺物ともいえるアガスティアの葉――そう呼ばれる預言書を再現し魔術としたのだろう。
魔術効果は行動の先読み。
聖者による未来観測を曲解し、この場の行動を全て予知する事。
こちらの攻撃をすべて見切る効果となる、神話再現らしいが。
甘い!
その預言書は葉ではない。
けれど、あえて曲解することにより大樹として顕現させたようだが。
あたしが先に使用した聖域で、妨害は可能!
いわゆるゲームでよくある職業としての聖女の力を放つべく、あたしは、そっと胸に細い指を乗せる。
……。
念のため言っておくが……そっとしているのは、胸の大きさではない。
あたしは聖職者のような清らかな声音で。
告げる。
「乱れなき世界でありますように――」
聖域から、光の柱が発動!
キィィィィィンと淡い光がアリスの世界を照らし始めた。
お兄ちゃんの影と闇を打ち払ってやるのだ!
ようするに、これもまたまた魔術キャンセル。
これが先ほどの処女聖域の効果である。
魔術をキャンセルし続け、このまま接近戦で畳みかける!
と、こっちは白熱していたのだが。
不意に空間にノイズが走る。
そこには周囲を守る守衛猫さんと、ホークアイ君の異能を受ける池崎さんがいて。
イケオジ未満が。
叫ぶ!
「ストップだ! このバカ兄妹! このダンジョンを壊す気か!」
音でできることならば、なんでもできる。
それがホークアイ君の異能。
つまり、この池崎さんの制止の声も強化されていて――。
あたしと兄は、脅かされたネコのようにウニャ!
髪を逆立て、仰天していた。
戦闘空間が、一時的に解除される。
その合間を狙ったのだろう。
声が、再び走る――!
「確かおまえさんたちファンタジーな連中は鑑定って能力があるんだろ? そこの勘違いバカ兄貴! ちょっとオレを見てみろって!」
『往生際が悪いが、まあいい。真実は変わらない――』
兄は掻き上げた銀髪を揺らし目を見開いて、鑑定の魔眼を発動。
そして。
黙り込み。
腕を組んで、むーんと皇子さま顔のまま。
吐息で前髪を揺らし。
尻尾をボフ!
『ん? 池崎……? あれ、おかしい――偽装能力者?』
すかさずあたしが言う。
「お兄ちゃんが勝手に勘違いしてるのよ! これはヤナギさんじゃなくて、池崎さん! 別人よ! しかも、あたしとヤナギさんはそんなんじゃないっての! なんなら、過去視の魔術をあたしにかけてもいいわよ!?」
言われて更に兄は、キリ!
相手の過去を見る、そこそこ難しい禁術である過去視を用い。
あたしの冒険を眺め。
ふむと、凛々しく考え込み。
『まあ――誰にでも失敗はあるから。俺は悪くない……よね?』
ようやく。
自分がとんでもない勘違いをして。
暴走していたことを察してくれたようだ。
「へえ……蘇生不能な一撃をして、悪くない?」
『だって、生きてるし――?』
あたしは頬をヒクつかせる。
「それ、お父さんとお母さんたちに言って、いいのかしら?」
ゴゴゴゴっとあたしは怒りモード。
お兄ちゃんでもお父さんには敵わない。
精神的な意味で、お母さんにも敵わない。
『アカリ、ずるい。俺、謝るのって――難しくて。よく分からない』
「もう、そういう所はネコを前面にだすんだから。ったく。ほら、一緒に謝ってあげるから。行くわよ――お兄ちゃん」
大人なあたしは深呼吸。
とりあえず、池崎さんに謝るようにお願いした。
兄はちゃんと謝った。




