第四十八話、攻略準備と突然の再会
魔猫学園ダンジョンの入り口は、体育館。
本来ならスポーツ授業を行う場所は、亜空間と接続されていて――。
並んでいたのは、ダンジョン用の購買やクエスト依頼が貼られた掲示板。
魔猫化した生徒たちが、にゃんにゃにゃんにゃ!
やはりアリスをイメージした、文化祭のような賑わいを見せていた。
既に一つの異世界と化している場所を実感し。
あたしは思う。
「まーじで楽しんで用意してたのね、お兄ちゃん……」
と。
げんなりするあたしの横。
イケオジ未満な池崎さんもファンタジー世界の空気を感じたのだろう。
無精ひげを擦りながら。
ショップに並ぶ武器防具を眺めて、ぼそり。
「あのネコ兄貴、この学校を完全にゲームダンジョンにしちまってるのか。おまえさんの関係者って、ほんとうにアレな連中しかいねえな……」
「否定はできないわよねえ……これじゃあ」
ヤナギさんが切れ長な瞳と口を細め。
「しかし、囚われているのが石油王となると放置するわけにはいかないでしょう。あの国との関係が拗れてしまうと石油の輸入に支障をきたします。公安も上から必ず救い出せと、そう命令が下りていますので――おそらく、そちらもそうなのでしょう? 二ノ宮さん」
「当然だろう。石油を輸入できる国は限られているからな、うちにも国際問題になる前にどうにかしろと通達が来ているぞ」
冷静な大人である二ノ宮さんヤナギさんの二名は、告げてダンジョンの扉を眺め。
……。
ヤナギさんが眼鏡を輝かせ言う。
「で? 誰が入るのですか?」
「そりゃあまあ、あたしと当事者のホークアイ君は確定だろうけど」
目線を送ると、既に弱気になっているホークアイ君が目を泳がせつつも。
「わ、わたしが行くのは構わぬが――こ、この警告文はなんなのだ!」
中東系の、無駄に一応端正らしい顔を尖らせるバカ息子。
彼が長い指で示す先にあるのは、ダンジョンの入り口となっている門。
そこに書かれた忠告を言っているのだろう。
《ここより先、魔猫ダンジョン。全ては自己責任。死んでも責任はとらないにゃん》
まあ最後のにゃんはともかく、よくある免責事項である。
「そうか、こっちの人は知らないのね。これはね、中で死んじゃっても制作者は責任を取らないって意味で――」
「たわけが! そのようなことは分かっておるわ!」
ふーふーっと犬歯を剥きだしにしているが。
はて?
「じゃあ何が分からないのよ?」
「分からないのではない! なぜ死ぬ事が前提で書かれているのか、それをわたしは問いているのだ!」
「分からない人ねえ? だってダンジョンよ?」
ホークアイ君が唸るように目を尖らせ。
「言いたくはないし、さきほどは世話になったから罵詈雑言を避けるが! きさまは、死というものを甘く見ているのではないか! そんなに簡単に死んでたまるか!」
なるほど、死ぬのが怖いのだろう。
あたしは元気づけるために、あはははは!
「もう、異能力者なのに小心者なんだから~。それにダンジョン内で死ぬのなら平気よ。魂が迷宮にとどまることになるから、儀式もしやすいの! ある程度の蘇生ならあたしもできるし! あ! でも、肉体が一定以上欠損してると治せないから。気をつけてね? その時は諦めて、死霊魔術犬ペスの力を借りて、ゾンビになってもらうけど♪」
ぐぬぬぬぬ!
っと、顔を赤くし彼が更に唸る。
「父が起こした事件で、死者が出ている中でいうのもアレだが! きさまぁぁあ! もっと死を恐怖せぬか! たとえ生き返るにしても、死にたくなどないわ!」
「大丈夫よ! 死ぬときは一瞬で死ぬでしょうし、痛みもそんなにない筈よ?」
こっちは心配をなくしてあげようとしているのに。
「そーいう問題ではない! そなた、美しい見た目のわりに少々破天荒が過ぎるぞ!」
「わっかんないわねえ……結局、痛みもないし蘇るんだから一緒じゃない」
キャンキャン吠える御曹司と眉を顰めるあたし。
その間に割り込んで。
「まあいいじゃねえか。で、嬢ちゃんに聞きてえんだが――このダンジョンをオレ達に攻略させることの意図が分からねえ。おまえの兄貴の行動原理をどれだけ考えても、見当がつかねえんだよ。何の意味があるんだ?」
それはネコの行動理由を問うのと一緒。
つまり――。
「意味なんてないのよ。お兄ちゃんはネコだもの。本当に、ただの気まぐれ。ダンジョンを作って、それを攻略するあたしたちをみて暇をつぶしたいんだと思うわ」
ヤナギさんが眼鏡をクイっとさせ。
「まあ、あの方の弟子というのなら……分からないでもないですね」
「どんな師弟だよ、ったく」
愚痴る池崎さんが、言葉をつづけようとした。
そのときだった。
グギギッィィィィィ!
鈍い音がした。
突如として、ダンジョンの入り口が開いたのだ。
周囲のネコもウニャっと困惑する中。
あたしが文句をつけるように、唸りをあげる。
「ちょっと!? 誰よ、勝手に扉を開けたのは! まだ準備してないわよ!」
「我らではないぞ!」
と、女性用ビジネススーツっぽい服と髪を揺らしながら、二ノ宮さん。
その手には既に拳銃が握られている。
強力な素材……おそらく、ハウルおじ様の牙と爪の垢で作られた拳銃なのだろうが。
とりあえず、今はそこを気にしている場合ではない!
彼女が武器を所持していたのには理由がある。
扉の奥から気配がするのだ。
それも、とんでもなく強大な魔の気配である。
「おい、嬢ちゃん! なんかやべえぞ! 肌がビリビリしやがるっ」
「分かってるわ! 皆、不用意に動かないで!」
魔力と大気が、扉の中へ引き寄せられていく。
周囲は騒然となっていた。
ナニカがくる!?
おびただしい魔力を纏った風が、周囲を邪気で包み込んでいる中。
三魔猫があたしの影の中から顕現。
クロことシュヴァルツ公爵がドシリアスな顔で言う。
『いかがなさいますか、お嬢様』
「とりあえず、学生服の魔猫を守って――! あとの人間はあたしが守ります」
あたしもシリアスに返し、周囲に魔導図書館を構築。
白ことヴァイス大帝と、三毛ことドライファル教皇も続く。
『御意!』
『承知!』
ゴォォォオオォっと風が靡く。
ファンタジーな武器を売っている購買の店番魔猫も、うにゃにゃにゃ!
モフ毛を膨らませて店に掴まり。
学生服を着ている魔猫達も、柱や壁に掴まり風を耐える。
「お、おい――なんだこりゃ!?」
「この魔力は……っ、まさかおじ様!?」
叫ぶあたしの声に、ヤナギさんが目を見開く。
風が止んだ後。
カッシャカッシャカッシャと、鳥足で硬い床を歩く音が響き。
そして。
ふふーん! 彼は顕現していた。
鋭い嘴を光らせ、白き羽毛を神々しく照りつかせるその姿は!
ニワトリそのもの!
前にも話題にでた、ロックウェル卿おじ様である。
ビシ!
ズバっ! 翼を誇示し、バレーダンサーのようにニワトリ脚でツツツツ!
華麗に舞って尾羽をファサ~♪
朗々たる声が響く。
『クワークワワワワ! よくぞ来たな、ケトスの娘! そして愚かなる人間どもよ!』
「やっぱりロックおじ様!」
ダンジョンの入り口で待っていたのだろう。
あたしはそのままダッシュ!
赤雪姫モードで雪肌色の魔力をキラキラさせ、腕を伸ばし。
「こちらにいらしているのなら、お声をかけて欲しかったのに……お久しぶりですわ! あたし、ずっとおじ様にお会いしたかったのですよ?」
『うむ! 元気そうであるな! アカリよ!』
もふもふもこもこ縫いぐるみ状態のロックおじ様こと、ロックウェル卿を抱き上げ。
くるくるくると回ってしまう。
再会を喜ぶ力が溢れたからか、赤いドレス状になった魔力が、あたしの肌を色鮮やかに彩っていた。
あたしとおじ様の魔力が共鳴し。
周囲の次元が、ベッコンベッコンと悲鳴を上げているような気もするが。
気にしない!
ただ、事情が分からないだろう他の面々は、口元を手で押さえ。
うぐぐぐぐっとなっているようである。
三魔猫は持ちこたえているが――緊張した面持ちのまま。
あたしを守るべきかどうか。
判断できていないようだ。
並を超えた実力者ほど、ロックおじ様の底知れぬ魔力の前に圧倒されダウン。
動けないでいるのである。
まあ、昔からお世話になっているあたしは例外だが。
一番レベルの低いホークアイ君は、遊園地のマスコットを見るような顔で。
ロックおじ様の顔をガン見。
「すまぬが……異界の姫君よ。分からぬのだが、そちらのニワトリの方は? なにやら愛らしいフォルムの丸々としたファンシーニワトリにしか見えないが……」
『愛らしいか、余を褒める言葉としては精悍さが足りぬが、まあ許そうではないか!』
まあ本当に、おじ様はニワトリさん!
超かわいい鳥類なのだから仕方がない。
ちなみに、あたしはぬいぐるみみたいなので、大好きである!
「えーと、そうだったわね。あなたは知らないんでしたっけ――ごめんなさい」
あたしはおじ様のまえだからネコを被り。
こほん。
「こちらの麗しい神鶏様が三獣神が一柱。全てを見通す者、ロックウェル卿おじ様。あたしのお父さんの友人で、ヤナギさんに力を貸している、異界の神様の一柱ですわ」
ホークアイ君が困った顔で、あたしに言う。
「神というと……あの、神か?」
「ええ、その神よ。名前を出したら色々問題になりそうだから避けるけど、あなたの地域でも神と呼ばれる存在がいるでしょう? いわゆるそういう意味での神様よ」
紹介を受けたロックおじ様は、ふふん! とドヤ顔!
赤く輝く鶏冠をフリフリ!
腰のモフモフ羽毛もふりふり!
首のモフモフが目立つように少しのけぞり。
両翼を広げ!
『ククク、クワワハハハ! 余のあまりの美しさに声も出まい!』
ああ、やっぱりお声も麗しい……。
治癒と補助能力、それと状態異常攻撃の達人で、未来を見通す上位存在。
あたしのあこがれの人物の一人である。
って、見惚れている場合じゃない!
まあ実際は濃い魔力に圧倒され、皆は声も出せないのだろうが。
そこはご愛敬。
「おじ様、すこし力を弱めて貰いませんと……一定レベル以上の方が困ってしまいますわ」
『くわ? どういうことであるか?』
「おじ様の偉大なる力の一端に触れてしまい、震えていらっしゃるのよ。こちらのホークアイさんのように魔力を感じる能力がない方は平気でしょうが、他の方が……」
ロックおじ様は、駅前を縦横無尽に闊歩するハトのごとく。
堂々たる姿で、カッシャカッシャカッシャ。
ぶるりと汗びっしょりで緊張する三魔猫と池崎さんを見て。
じいぃぃぃぃぃぃ。
瞳を細め。
『情けない。修行が足りんのう、最近の若い連中は。まあよい――!』
告げたおじ様が翼をばさり!
羽毛による結界陣を構築。
自らの周囲を囲む形で、魔力漏れを防いでくれる。
プレッシャーから解放されたのだろう。
三魔猫達と大人たちは、へなへな~っと地にダウン。
特に最近、ちょっとお遊びが過ぎる三魔猫にはいい薬になったかもしれない。
レベルが低いからこそ、まったく影響していなかったホークアイ君が言う。
「すまぬが、異界に生きる者達よ。質問があるのだが、構わぬか?」
「あら、御曹司様。どうなさったのかしら?」
お嬢様モードで答えるあたしに、彼は言う。
「その猫かぶりがいささか気色悪いが、まあいい。姫君よ、なぜそなたは平気なのだ? 一定レベル以上あるとその、そちらの神鶏様の魔力に反応し、怯んでしまうのであろう?」
ロックおじ様はめちゃくちゃ大物なのだが。
怯まず言えるのは無知ゆえか、あるいは異界の神に威厳を感じることができないからか。
ともあれだ、おじ様はふふんと、もこもこな胸を張り。
『答えは簡単である。ケトスの娘であるが故だ。こやつはこう見えて知識欲のケモノ……あやつの魔術探求心を一番に受け継いでおるからな。その力は既に一定の高みの遥か上。我ら三獣神の前にいても平常でいられる、数少ない強者の領域におるということだ』
「ふふふ、嫌ですわおじ様ったら。あたしなんて、まだまだ……」
口元に細い手を当て、ほほほほっとするお嬢様モードのあたし。
とっても淑女よね?
まあ、お父さんの名前を出されても、ホークアイ君はぽかんとしたままである。
「ふむ、よくわからぬが。とにかく、この公僕達よりも強いという事か!」
『その通り! おぬし、バカそうに見えて本質がみえておるな!』
なんか微妙に意気投合してるし……。
んーむホークアイ君。
意外と大物には好かれるタイプなのかな?
ともあれだ。
おじ様……いったい何をしに来たんだろう。
前に聞いたお父様の話だと。
世界が滅ぶ案件の時だけ、未来を変えるために姿を見せるって話だけど……。
まさか、今回は関係ないわよ……ねえ?




