第四十七話、事件の代価を誰が払う
うちの次男、月影お兄ちゃんが犯人だと確定。
あたし達は、魔猫学園となった領域のレストランで会談中。
月兄の正体ともいえる――夜の毛玉に包まれているのだが。
さて、気を取り直して。
あたしはいつもと変わらぬ口調で――。
多少前のめりになって言う。
「とりあえず、あたしは絶対に月兄とは敵対したくないわ。けど、こっちのホークアイ君がお父さんを心配しているのも事実。そちらの事情を聞かせて貰えないかしら?」
夜空が口を開くように。
闇の中に亀裂が走る。
『事情……?』
「あいかわらず無口なんだから……あのねえ、なんで残党を狩って回っているのか、あたしはそれを聞いているのよ」
『理由はいくつかあるよ――けど、まだ言えない理由もある』
またこれだ。
周囲の年上はみんなそう。前も滅びの未来をあたしに隠していたし。
こういう、もったいぶったことをされまくるのは正直、嫌いなのだが。
まあお兄ちゃんだから仕方がない。
でも面白くないのも事実!
あたしは唇を尖らせ、ぶすーっとしたまま腕を組み。
「じゃあ言える理由でいいからいって!」
『その前に少々よろしいでしょうか月影様、アカリ様。シェフのおすすめ鉄板ステーキが出来上がりましたが――、お出しさせていただいても?』
イケオジ声な守衛猫さんである。
言われて振り返ると確かに、そこにはお肉の香り!
あたしと月兄は、共にぶにゃっと瞳を完全にネコの瞳に変貌させ。
「すぐに通しなさい!」
『早く、我の前に持て!』
ぱぁぁぁぁぁっと。
お肉に目を輝かせるあたし達に、付き添いの大人二名。
やはりジト目である。
『承知いたしました――ではすぐにでも。そちらの御三方は? 良いお酒もありますよ』
「いや、わりぃが勤務中なんでね」
「同じくだ――」
池崎さんと二ノ宮さんは水を頼んだようだが。
ホークアイ君はぷるぷるしているので、答えはノーだろう。
指を鳴らし、恭しく礼をしたのも守衛猫さん。
『では、どうかごゆっくり――』
魔力で浮かべた鉄板ステーキをあたしたち兄妹の前において、また一つ礼を残し――。
スススス。
主人である月兄に従うように、背後に控えたのだ。
月兄はしゅるしゅるしゅるっと元のネコに戻って。
にひぃ!
王冠を頭にかぶりなおし、鉄板にソースを垂らしながら言う。
『理由、だったよね。うん、いいよ……一つは、暇つぶし』
「でしょうね」
予想通りの答えが返ってきた。
届いたステーキ肉の赤身にナイフを通して、じゅじゅじゅじゅ♪
鉄板の上で弾けるソースに肉をくぐらせ。
ハフハフハフ♪
あたしたち兄妹はステーキを堪能するが、なぜか大人二名は再び溜め息である。
三魔猫もちゃっかり影から出てきてモフ毛をぶわぶわ!
ステーキを注文しだしているが。
とりあえずスルー。
黒コショウの効いた丸ごとのポテトを、サクリ。
ナイフで切り分けながらあたしが言う。
「で……他は?」
『他って?』
「暇つぶしでなにをしているのか、行動を聞いてるのよ。あたしは」
ネコ状態の太々しい顔は、お父さんにちょっと似ているのでやりにくい。
兄は続けた。
『異能力者が誘拐されていたあの事件……アカリは覚えている?』
「そりゃあね」
『アカリはすごいね。ちゃんと覚えているんだ――俺は、そういうの、すぐに忘れちゃうから』
どうでもいいことを本気で忘れてしまう。
それも月兄の悪い癖である。
炎兄もわりとそういう所があるけど……、いったい、誰に似たんだか。
『じゃあ――その犠牲者が多くいる、死んでる人もね、それは知っているかい?』
「まあ……直接確認したわけじゃないけど――抵抗したから、やっちゃったってパターンもあったでしょうね」
相手は犯罪者組織。
だからこそ、あたしたちがぶっ潰したわけなんだし。
お肉を噛みながら考える中で、影が蠢き始めた。
あたしの影からペスが顔を出したのだ。
真面目な顔をしているので、あたしは言う。
「ペス? どうしたの?」
『娘よ、告げておくことがある――あやつらに殺された哀れな魂、我も承知しておる。幾人かの魂は我が回収済みなのだ。その恨みが聞きたくば、今、この場で全員に聞かせてやってもよいぞ?』
告げたペスがネクロワンサーの力を発動し。
死霊と化した人間の恨みがましい顔を、森のレストランに投影してみせる。
さすがに死者の顔を直接見るのは辛いのか、ホークアイ君は顔色を失っている。
ペスが続ける。
『おそらく……ホークアイであったか、そなたの父が間接的に殺させた者もいる筈だ。責めるわけではないが、事実として把握しておく事も大事だろうて。親の罪が子の罪になるわけではないが、連鎖的に恨む者もいるだろうからな』
大事な人の人生を狂わされたペスも、ああいう連中には厳しいからなあ。
ふんっと唸りながらも、不機嫌そうに影に戻っている。
池崎さんも続けて水を飲みつつ。
「政府としても、多少把握している――確証のあるデータってわけじゃねえが、不審死を遂げた行方不明者のリストもあるからな……。その何割かは、まああの犯罪者組織の連中に殺されたんじゃねえかってのが、もっぱらな噂だ」
大黒さんもそうなる可能性があったので。
んーむ池崎さん、けっこう厳しめな視線である。
ホークアイ君には悪いが、そういう血なまぐさい話も現実の一つなのだ。
そんな中。
なぜか月兄は影の中で待機するペスを、視線で追っている。
なにかあるのだろうか――。
『ペス……、まだ縫いぐるみのままなんだね』
「って、今は全然関係ないじゃない! 本当にマイペースなんだから……っ。今、肉体を再構築している最中なのよ。大事な身体だから、てきとうな作りじゃまずいでしょ?」
あたしが気に掛けていると知ったのか。
ペスが影の中でブンブンブンブン!
扇風機のように尻尾を振っている。
「とりあえず話を戻して、お兄ちゃん。なにかあるなら語って」
しばし考え。
兄が、げぷりと肉の吐息を漏らす。
ゆったりとした姿であるが……。
話は進むようで、兄は細めたネコの瞳を赤く輝かせる。
『俺はね……アカリ。無辜なる人が死んでしまうのは、とてもかわいそうな事だと、そう……思うんだ。アカリはどうかな?』
「あたしだってそうよ。だから制裁を加えた。イラっとしたしね。けど、それでこの話はあたしの中ではおしまい。とりあえず、心の整理はもうできているつもりよ」
犯人たちに同情する気はさらさらない。
でも執拗に追いかける気もないというのがあたしの立場である。
けれど兄は違うのだろう。
兄はネコ手を伸ばし、その肉球の上に青白い輝きを乗せてみせる。
それは人の魂。
おそらく、あの事件の時に死んだ犠牲者の魂だろう。
その魂は、うらみがましくホークアイ君を睨んでいた。
『俺はね、なんの罪もない人が、ある日突然誘拐されて……モノのように扱われて死んでしまった事。それはとても悲しい事だと、そう思うんだ。どうして、異能力があるからって拉致されて……あげくに殺されないといけなかったんだい……?』
猫の口が淡々と語る。
その視線の先にも、ホークアイ君がいる。
正気度を奪う、混沌とした言葉と視線である。
「お兄ちゃん!」
あたしは指を鳴らし、結界を構築。
兄の邪眼をカット。
こちらもまた、さきほどの兄のように空気を変えていた。
「状態異常攻撃はやめて――これでも彼、あたしの同級生なの。今朝、一緒に紅茶も飲んだわ。だからコレは既にあたしの物語の中の人間、あたしの所有物よ。お兄ちゃんでも、無許可で攻撃するなら――許さないわ」
黒髪が魔力に惹かれ赤く染まっていく。
ざぁああああぁぁ!
七色に輝く聖剣が、あたしの周囲を取り囲み始める。
「たしかに、この金持ちぼんぼんは性格最悪で、見た目もイケオジじゃないし。いい所なんて探そうとしても、ほとんどないけど! それでも親のせいで殺すなんて、違うでしょう!」
皆に責められる彼がかわいそうだから。
ちょっと同情してしまっているのである。
池崎さんが敵対はしないんじゃねえのかと、こっちを睨んでいるがこの際、無視!
警告するあたしに、月兄はキョトンとした顔のまま。
『ん? 状態異常攻撃なんてするつもりはなかったんだけど……?』
「じゃあなんで、正気を奪う魔眼なんて使ってるのよ」
兄はむぅっと猫鼻を尖らせ。
『俺はただ、眺めただけ――責められるのは違うと思うけど』
「ほんとに……?」
ジト目でいうあたしに。
『というか――ソレにはそこまで興味がない。滅ぼしたところで、意味もない』
はぁ……無意識で状態異常攻撃するのはやめて欲しいのだが。
まあ事実なのだろう。
聖剣を引っ込めて、あたしは言う。
「ならいいけど――人間って脆いのよ。雪よりも儚く、一瞬で解けてしまうような脆弱な存在なの。本性を出しているあたしたちが手加減せずに触れたら、それだけで壊れちゃうわ」
『そうか、それは謝るよ』
だからこそ、月兄はこの高校の人間を魔猫化させて、壊さないようにしているのかもしれないが。
言葉を溜めて。
月兄の口が蠢きだす。
『うん、そうだね。アカリはソレを守るつもりなんだ――優しいね――』
「うへぇ……なによ、その言い方。なんか企んでるんじゃないでしょうね」
引き気味なあたしに、兄がニヒィ!
もふもふな口角を釣り上げる。
いわゆるチェシャ猫スマイルである。
『優しいアカリなら……分かってくれるかもしれない。今、俺は世界の法則を読み解く実験も兼ねて――暇つぶしをしているんだ。アカリも一緒にどうかな?』
「暇つぶし? それと石油王誘拐が、関係してるって事」
なんか嫌な予感がする。
月兄、ほんとうにぶっとんでるからなあ……。
『うん、あの事件の犠牲者の蘇生を試してみているんだ。まあ退屈しのぎの一環だね……』
……。
兄が暇とか退屈しのぎとかいいつつ。
とんでもないことをいいだした。
「蘇生って、犠牲者たちは魂が定着するダンジョン内で死んだわけじゃないんでしょ? 時間も経過しちゃってるから肉体も欠損してるだろうし……、無理じゃない?」
あたしも魔術師だから知っている。
蘇生という現象のハードルはかなり高い。
なんらかのインチキを使ったとしても、必須条件が様々にあるのだが……。
ほぼ無条件となると、非現実的。
絶対に不可能とは言わないが、まず無理なのだ。
『あいかわらずアカリは現実的だね。全てを魔術式と物理法則、計算式に当てはめようとする……それは理系な考え方。現代に生きるのなら、その方がいいだろうけど……夢がない。俺は違うよ、アカリ。無理だと言われていることだからこそ……、実現すると嬉しい。夢って、そういうものじゃないかな』
なかなかどうして珍しく饒舌である。
「だぁああぁぁぁ! 話が進まないじゃないっ、だーかーらー! それと石油王になんの関係があるっていうのよ!」
『ふぅ……アカリはせっかちだね。いつもそうだ』
雪色の魔力をキラキラさせつつ。
頬をヒクつかせてあたしは応じる。
「お兄ちゃんがマイペース過ぎるのよ……っ」
『まあ、そういうことにしておくとして――』
わずかに空気を切り替えたのだろう。
周囲に瘴気の霧が生まれ始める。
黒い靄である。
『さて、人間諸君。真面目な話をしようか』
稲光のように鋭い声だった。
重圧も凄い。
池崎さんが動こうとするが、あたしはそれを目で制止する。
魔猫王の息子としての威圧感で。
覇気さえ纏った顔と声で。
兄が告げる。
『――あくまでも結果としてだけどね。あの男のせいで死んだ人数は百を超えている……。その罪を償ってもらうためにも、蘇生の実験に付き合ってもらっているんだよ。俺はねアカリ。ただ、彼にその責任を取らせているだけだ』
守衛猫さんが、わずかに表情を引き締める。
魔力さえ籠った主人の語りに、圧されているのだろう。
こっちも結界で守っていないと、三人が溶けていそうだし。
……。
三魔猫だけは、そのまま高いワインボトルを開けて。
乾杯ニャ!
っと、モフ毛を膨らませ肉球をぷにぷに、ニャンスマホで記念撮影♪
どんちゃん騒ぎをしている。
こいつら、シリアスだと分かっているとその横でからかうのが大好きなのだ……っ。
いつかちゃんと説教してやる。
ともあれだ、あたしは考える。
なるほど。
やはり兄は、あの時の罪人たちを捕らえ研究に使っている。
錬金術かなにかの素材に使うつもり。
そう考えるべきだろう。
たとえばだが、人間の魂を素材とした魔道具を作ったり……、あえて死に掛けさせた罪人を用い、蘇生の実験をしていると推測できる。
ホークアイ君の手前、それをここで口にはしないけど。
けれど、兄は死んだとは口にしていない。
ウソを言う性格でもないので、まだ生きてはいるということか。
あたしが言う。
「じゃあ、どうすれば返してくれるの?」
『そうだね。じゃあゲームをしようか――』
「ゲームですって?」
兄がシリアスな顔と口調を保ったまま。
告げる。
『俺はこのダンジョンの最奥で待っている……アカリ。攻略してやってきておくれ。俺は強い者に従う。それがルール』
「待ちなさい! お兄ちゃん!」
唸るあたしは、捕縛の魔術を解き放つが――レジスト。
こちらの言葉など、どこ吹く風。
『アカリが勝ったら、ちゃんと言うことを聞くよ。それが魔導契約。兄妹で揉めた場合のルールだろう?』
「今回に限っては! お兄ちゃんが、ただ暇をつぶしたいだけでしょうが!」
『俺はアカリと遊べるのは楽しい。じゃあ、後でね――』
空間を歪曲させる気配が発生。
ここでこっちはインチキを発動!
あたしは兄のしっぽに糸を巻き付け、空間転移にマーキングする。
が――!
ぶるぶるっとモフ毛を震わせた兄が、キリリ!
《魔猫王の威圧》を発動!
これは……っ、魔力重圧を追跡妨害に利用しているのか!
全ての索敵と、追尾を遮断する特異な重圧でこちらを威嚇。
このまま兄を追う!
という身も蓋もない攻略方法……をするつもりだったのが。
その、あたしのインチキを防いでいるのだ。
『さて人間諸君。アカリを頼むよ――わがままだがイイ子だ、うまく使ってやっておくれ』
一方的に告げて。
ざざざ。
ざぁあああああぁぁぁぁぁぁ……。
闇の靄を纏った兄は、ふふんとドヤ顔だけを残し。
空間転移!
守衛猫と共に姿を消していた。
索敵は、レジスト!?
やられた! 気配を追えない!
完全に出し抜かれた。
「あぁあぁぁぁああぁぁ! 悔しいぃぃぃぃ、逃げられたぁあぁぁぁぁぁぁっ!」
しばらくして。
池崎さんが、後ろ首を押さえながら言う。
「ったく、おまえさんの兄貴。話も途中で行っちまいやがったな」
「くそう! 昨日、帰ってこなかったのは、全部このため! うっきうきで、ダンジョン制作してやがったのね!?」
あたしも、どちらかというと!
ダンジョンの奥で待つ役をやりたいのに!




