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第四十五話、御曹司とプリンセス~会議はベーコンチーズと共に~



 キジバトの声がポゥポゥとこだまする中。

 早朝の応接室。

 キャットタワーで眠る三魔猫がモフっと丸まっている部屋には、レモン紅茶とパンの香りが漂っている。


 ――高校生が朝食を抜くのはまずいですからね。

 と、公安イケオジのヤナギさんが用意してくれたのだ。


 まあ実は家で食べてきているのだが。

 そこは気にしない。

 せっかくの好意を無駄にしてはもったいない!


 程よく半熟な黄身とベーコンの肉汁を、パンで包んでサクり♪

 伸びたチーズを舌で追う。

 天才美少女の口の中にはうまみを吸った、トースト独特の食感が広がっていた。


 朝食を嗜みつつ!

 説明スキル:《かくかくしかじか》を発動!


「というわけで、昨日は撤退してきたのよ。今、月兄の魔猫高校と周囲を二ノ宮さんとその部下たちが監視しているから、なにか動きがあったら――すぐに分かるようにはなっているけれどね」


 そんなわけで!

 昨日の事情を説明したあたしは、目くじらを立てている一応イケメン枠の御曹司。

 石油王のバカ息子、ホークアイ君の前で紅茶をズズズ。


 これは、わりと朝の早い時間、大人たちと関係者を集めた応接室での出来事である。


 石油王でーすといった感じの、アラビアンローブの上部分を揺らし。

 顔を真っ赤にさせたホークアイ君が、ぐぬぬぬぬ!

 湯気まで浮かべた顔を尖らせ、喉の奥まで覗かせ。


「というか、女! あの全てを飲み込みまわっているバケネコが兄というのはっ、どういうことだ!?」

「ん?」


 あ、ああぁあぁあぁあ!

 そういえば!

 あの事件の犯人があたし達兄妹だって、バカ息子のホークアイ君は知らないんだったっけ。


 ここにいるのは大黒さんとヤナギさんと池崎さん。

 大人の彼らは知っているのだが。

 目の前のコレと、なぜか既に応接室にいたヤンキーの梅原君と、友達のギャル沢田ちゃんは知らない筈。


「っていうか、あんたたちなにやってるのよ……」

「ああ、酷くな~い、その言い方! あーしたちもアカリの役に立つこともあるかなって、トモダチ同盟で待ってたっしょ?」


 今日は清楚系のネイルを揺らして言う沢田ちゃん。


 続いて梅原君が、サボテンプリン金髪頭をぐぎぎぎっと不自然に震わせ。

 顔を真っ赤にさせて言う。


「ま、まあ、おおお、おれは!? 沢田がどうしてもっていうから来たっつーか? べべべべ、べつに日向の事が気になってっ、心配してるわけじゃねえし!?」

「そっか、二人ともあたしを心配してくれてるってことか。うん、ありがとうね」


 それはまあ、ちょっと嬉しいかも?

 あたしは照れを隠すように視線をそらし……って!

 そういやバカ息子に睨まれてるんだった!


 どう説明しようか。


 ヤナギさんは三魔猫に朝ごはんを用意しているし。

 大黒さんはあの事件の被害者だから、説明して貰うのは気が引ける。

 あたしはパンを齧っていたイケオジ未満な池崎さんに、じぃぃぃぃいっと視線を送る。


 溜め息をかみ殺した無精ひげ男な池崎さんが、しばし考え。

 自らの頭をわしゃわしゃし。


「ああ。なんつーかだ、御曹司。あの時に犯罪者組織を好き勝手に潰して回ってたのは、何を隠そうこの嬢ちゃん。危険度SSSの日向アカリと、その二人の兄なんだよ」

「は!?」


 当然、ホークアイ君は驚いた。


 梅原君はほへーっと言う顔をしているが。

 そもそもあの事件の事もあまり知らないのだろう。

 沢田ちゃんもきょとんとしているまま。


 御曹司だけは、怒りをあらわにしてこちらを睨んでいる。


「日本政府は我らにそれを隠していたというのか!」

「公式にバレてるわけじゃねえよ、オレ達が勝手に知ってるってだけだ。この嬢ちゃんの事情も含めてな」


 池崎さんの擁護も聞かず。

 鷹の目がこっちを睨む。


「兄だというのなら話は早い! わたしの父を即座に返して貰おうか!」

「落ち着いて、まだあたしの兄がやったと確定しているわけじゃないわ」


 紅茶を優雅に嗜むあたしとは裏腹。

 ホークアイ君は机をバンバン叩き。


「落ち着いてなどいられるか! きさまは、正義を気取ってあの”死の嵐”事件を起こしたのかもしれぬが。報復だとしてもやりすぎであろうっ!」

「あら、あたしは正義なんて気取ったつもりはないわよ。ただ気に入らなかったから潰しただけ。他人の巣から子アリを誘拐しようとしている傍若無人なアリがいたから、指で払った程度の事よ。兄たちもそうなんじゃないかしら」


 言いながらも、あたしの髪は赤く染まっていき、肌も透き通るように白い魔力を纏い始める。

 ここはキャットタワーの影響下。

 すなわち異界の公爵たる三魔公のダンジョン領域なので、赤雪姫モードになることも可能なのだ。


「それにね、言っちゃ悪いけど――無辜なる民たちを石油のお金で食い物にしていたというのなら――その罪が自らに返ってきただけだと、あたしはそう思うわ。咎めるのならまず、自分の父の行動を律したらどうかしら」

「そこまでだ、嬢ちゃん。こいつはこれでも父親を心配しているんだ、そこは汲んでやれ」


 池崎さんの言葉に、頷き。


「そうね、今のは言い過ぎたわ。ごめんなさい」


 お眠りモードだった三魔猫がぎょっとした様子で、ブニャニャニャニャ!?

 ぶわっとモフ毛を膨らませ緊急招集!


『お嬢様が……っ』

『謝罪を!?』

『二公よ、これは天変地異の前触れ。あるいは、体調不良なのではあるまいか!?』


 クロシロ三毛、三匹で驚天動地である。

 瞳を震わせ腰回りのモフ毛まで膨らませ――!

 キャットタワーから身を乗り出し、不思議そうにあたしを眺めていたのだ。


 しかし、怪我や病気でないと分かると。

 いつもの調子で踊りだし。


『あ♪ おいたわしやお嬢様♪』

『熱でもあるか、頭を打ったか♪』

『どちらにしても♪ 一大事♪』


 あ♪ そっれそれ♪

扇子すら持って踊りだしているのだが。

 これもスキルの一種。


 効果は相手をからかう、ただそれだけである。


 ……こいつらっ。

 本気の願いと、まじめな時は言うことを聞いてくれるようになったけど。

 本当にあたしのことをわりとマジでバカにしてるわね……っ。


 三魔猫に目をやり、続いて赤髪に変貌したあたしにも目をやり。

 ホークアイ君が鷹のような目を細め。

 やや緊張した面持ちで、軽薄そうな唇を動かしてみせる。


「女、きさま――何者なのだ」

「簡単に言っちゃうと、異界の皇族。プリンセスよ、本物のね。異能力を知ってるんだし、あなたも異能力を持っているんだから。不思議な現象が現実で実現しているってことは理解してるんでしょ? だったらファンタジーな世界も存在したっておかしくないって事よ」


 証拠を見せるかのように。

 あたしは魔力で紅茶のポットを浮かせ、ツツツツっとレモンティーを注いでみせる。

 さすがに驚愕しているのか、ホークアイ君はごくりと息を呑み。


「し、少々聞きたいのだが――皇族というのは本当まことなのか?」


 ドヤチャンスと思ったのか。

 三魔猫がズジャっと絨毯に着地し、決めポーズ!

 尻尾を揺らし、ドヤ髯をピンピンにさせ語りだす。


『いかにも――このお方は魔王軍最高幹部、怠惰なりしもいと慈悲深きあの御方の愛娘』

『そして、現代に生きる正統なる勇者の娘にして、魔王陛下と魂を同じくする御方の孫』

『大きく出ていたな人間よ。姫様は真にやんごとなきお方。本来ならばだ、たかが石油王ごときの息子程度の小童こわっぱが、拝謁がかなう御方ではニャい!』


 くはははははっと偉そうに三魔猫が哄笑をあげる。

 おう、なんか格好いいぞ!

 実際、事実だし!


『故にこそ、多少の戯れも許すが。真にこの方の心を傷つけるようなことを言うのニャら』

『我ら三魔公。シュヴァルツ、ヴァイス、ドライファル』

『汝の首を容赦なく刎ねるモノと心得よ――ゆめゆめ忘れるでニャいぞ』


 ちなみに。


 こんな格好いいことを言っているが。

 絵面としては、クロネコしろねこ三毛猫がドヤァァァっと。

 応接室のじゅうたんの上で、偉そうに胸を張っているだけである。


 どうやらホークアイ君、自分より地位が上の相手にはどう接したら良いのか分からないのだろう。

 目が泳ぎだして、組んだ手の親指を掌の中でくるくる回し。

 汗、ダラッダラである。


「さ、さようであったか。異界の姫君よ、こ、今後は気を付けるとしよう」

「ま、こっちも事情を説明していなかったし。あなたのお父さんをそのまま兄から回収できたら話さないつもりだったし、構わないわよ。お互いさまってやつね」


 言いながら、あたしは黒髪に戻り。

 理解のある皇族ムーヴである。


 眼鏡をトースターの蒸気で曇らせ――。

 うちの三魔猫への追加トーストを焼いているヤナギさんが言う。


「それで、月影げつえいくんでしたか。彼はなぜ犯罪者組織にかかわった連中を狙い、闇で喰らって回っているのですか? そもそもの理由が分からないのですが」

「月兄の考えまではあたしにも分からないわ」


 しばし考え。


「でも。月兄は未来視の能力者なのよねえ――」

「未来視だと?」


 ホークアイ君が片眉を跳ねさせる中。

 魔術式でみせても、ファンタジー世界を知らない人は理解できないだろうから。

 あたしは考え。


「えーと……この場合での未来視ってのは、単純な話にすると――変えようと行動しなければ決定されてしまっている、ほぼ確定された未来を見る能力の事よ。ヤナギさんの裏にいる神、全てを見通す者。絶対に敵にしてはいけないとされる三獣神の一柱、ロックウェル卿おじ様の存在は知っているかしら? 未来視の達人で、本当にありとあらゆる未来を常に眺めつづけていらっしゃる、世界の護り手のような獣神がいるんだけど――月兄はそのおじ様の愛弟子なのよ」


 まあ姿はニワトリなのだが、話がややこしくなるから割愛。

 ヤナギさんが珍しく顔色を変え。


「あの方の?」

「ええ、ロックおじ様は遥か未来まで見える方だから……生まれる前から月兄に目をつけて、弟子として決めていたって話よ。当然、弟子の月兄も未来の可能性を眺める能力を持っているわ。あたしが死相を見る能力があるっていうのは池崎さん達は知っていると思うけど、あれの超強力なやつね」


 池崎さんが言う。


「一見、理由なんてなさそうに見えても――なにか先で見えていることのために、動いてる可能性もあるっつーわけか」

「そういうこと。でもね、ここからが厄介なんだけど……本当にただの気まぐれや暇つぶしで動いている可能性も結構あるのよ、お兄ちゃんの場合」


 行方不明になっている父を心配している、ホークアイ君の前だから口にしないが。

 別に退治してもいい相手だから、ハンティング感覚で残党狩りをしている。

 そんな可能性は捨てきれない。


 ゲームで素材アイテムを回収する感覚で。

 人間の魂を集めているという可能性もある。


 享楽や利己的な理由で女性や子供を狙った悪人ならば、どう扱っても問題ない。

 むしろ善行なのだから褒められるべき!

 父が提唱するそんな家訓が、ウチにはあるのだ。


 ようするに、ホークアイ君のお父さんの魂は既に加工され。

 ネコちゃん用トイレシーツになっている……なんていう可能性さえあったりするわけで。


 可能性! 可能性! 可能性!

 月兄の場合はネコの気まぐれ、とかいう秋の空よりも変わりやすい特性があるから、しぼりきれないのだ!

 イケオジ未満からのジト目が襲う。


「あいかわらず、お前さん達兄妹は、色々と厄介な存在でやがるな」

「分かってるわよ……っ! だぁあぁぁぁぁぁぁ! 炎兄なら分かりやすいんだけど、月兄はマジで何考えてるのか分からないし! 敵対したら勝てないし、どーしたらいいのよ!」


 そもそもだ!

 なんで月兄がわざわざ籠城しているのかも分からない!

 あたしを実力でねじ伏せて、コレは返さないって言えばあたしはあらがえないのだ。


 心を読んだかのように池崎さんが言う。


「月影の兄貴ってやつは、おまえさんの力を警戒してるんじゃねえか」

「そんなことないわよ! お兄ちゃんは最強なんだから!」

「おまえさん、前から思ってたんだが――なんだかんだでブラコンだよな」


 コンビでもあるらしいヤナギさんが静かに告げる。


「それで、具体的にはどうしますか」

「そうだな――」


 池崎さんがイケオジ未満な癖に顔を渋く染め。

 しばし瞑目。


「ま、やっぱり直接聞くしかねえんじゃねえか。そもそもだ。籠城しているのは確かみてえだが、本当に石油王を闇に飲み込んじまっているのかは確定してねえわけだろ? 飲み込んじまってるならその事情を聞いて、交渉するしかねえだろ――石油王がまだ生きているかどうかも含めてな」

「そう、なりますかね――二ノ宮に連絡を入れます」


 ヤナギさんの言葉を受け、大人の顔で池崎さんが言う。


「会うなら早い方がいい。ちゃんと会ってみたら、実は無関係。石油王は全然関係のない理由や場所で、行方不明になってるって可能性だってあるだろうさ。まずは石油王と月影くんとやらが関係しているかどうかを確定させる。御曹司、それでいいか」

「あ……ああ、すまないが頼む」


 ホークアイ君、一気に弱気になったなあ。

 権力で生きてきた人間が初めて出逢った権力が通じない相手。

 それがあたしなのだろう。


 なにやら、チラチラとこちらの様子を窺ってるし。


「そんなにビビらないでいいわよ。こっちも兄がそっちのお父さんを捕獲してるかもしれないって、ちょっとは気にしてるんだから」

「お、女の分際で、わたしを慰めようというのか?」


 こいつ。

 そういう文化圏の人だからしゃあないけど。

 この男女同権の時代の中でなかなかの問題児である。


「あのさあ。あんた、その女ってのはそろそろやめなさいよ……あたし以外にもそう言ってるんでしょ」

「バ、バカ者が! お、女の名前を呼ぶことなど……っ、はは、は、は、恥ずかしくてできるか!」


 いや、日向アカリはいるかって言ってたし。

 まあそういう呼ぶのと、直接相手を見て呼ぶのは違うのだろうが。

 このバカ息子、全身がゆでたタコのようになっている。


 ヤナギさんが冷静な顔で観察し。

 じぃぃぃぃぃぃ。

 この間のレベリングで鑑定系の能力も大きく向上しているのだろう。

 ふむ……と、呟き。


「なるほど。彼は、女性への免疫がないのでしょうね」

「照れ隠しって事? な-んだ、ちょっとは可愛い所もあるじゃない♪」

「か、可愛いとはなんだ無礼者めが!」


 おお!

 指先まで真っ赤にして、口元をぷるぷるさせおった!

 あ、これマジで女性にたいして免疫がないんだ!


 どう揶揄ってやるかと思いつつも、あたし達は行動を開始。

 とりあえず、交渉材料のグルメを担いで――。

 二ノ宮さんが監視している魔猫学園に向かったのだった。



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