第二十八話、あたしはあなたを論破する!
例の事件から一時間ほどが過ぎている。
時刻はわりと中途半端な三時過ぎ頃。
現場に生き残りのヤクザと池崎さん。
そして、池崎さんだけでは絶対に無理だろうと応援に行ったヤナギさん。
ついでに念のため三魔猫を残し、あたし達は一度学校に帰還していた。
異能力による犯罪があり、それが現在の法律で裁いたり対処できないとき。
行動する政府組織は既にいくつも存在するらしい。
異能力を持つ若者を保護していた池崎さんの青少年異能力対策課。
この学校。
十五年前とは違い、様々な情報を扱う公安であるヤナギさん達もその一つ。
上記の三つは協力関係にあるらしいのだが。
協力的ではない組織もそりゃああるらしい。
それが今、池崎さんが現地で対応している政府直轄の別組織。
異能力事件処理課。
まあ正式な名前ではないらしい、というか公式には存在しないという事なので正式な名はないようである。
ヤナギさんいわく通称、証拠隠滅課。
例えば異能力による殺人で人が消えたとすると、その消えた人が消えた理由を現実的な事件として置き換え、記録したり。
マスコミ対策なども行う役目があるらしい。
あたしや、同級生の梅原君とその他数名は未成年。
大人に甘えて学校で報告を待っているだけ。
とはいっても、これは無責任な逃亡ではない。
大人を信じるのも学生の本分だと、現地の大人たちに微笑まれたら。
まあ従うしかないだろうということだ。
だったら待っている間に懇親会! 皆で応接室に集まって、ティータイムにしましょうとあたしが提案!
前回の異能力者犯罪者組織、集団消滅事件。
あの流れから続く形で不良連中とはいざこざがあったが、ちゃんと仲直りができたということで!
いざ! 楽しい学校生活を!
そのためにはおいしいグルメ! 共におやつを味わう!
……。
となる筈だったのだ。
だがどうやら。
あたしを隠そうとする、池崎さんとヤナギさんの行動は読まれていたらしい。
今現在、学校の応接室。
なぜか目の前には顔に大きな傷跡を残す、貫禄ありまくりの女性がいて。
実際に事件に巻き込まれていた不良連中ではなく。
あたしを見て。
「なるほど、キミが報告書に度々名前を見る日向アカリくんか――」
不意に学校に訪れてきた、この人。
名を二ノ宮さんというらしい。
池崎さんの言っていた仲の悪いお局さまってのは、この人のことだろう。
◇
いつものように紅茶とバターお菓子の香りが広がる応接室。
けれどいつもはいない女性が一人。
軍人の香りがする人なので、あたしはちょっと警戒してしまう。
いかにも女将軍ですと言わんばかりの風貌の女性。
鋭い目で。
妙に男前な……年齢はちょっと分からないけど、たぶん三十半ばぐらいかな。
池崎さんとヤナギさんがいない隙をついて、こちらに接触を図ってきました。
といったところだろう。
大黒さんが急ぎ連絡をとって、ヤナギさんと池崎さんを呼び戻しているのだが。
状況を察したのか、あたしの影には六つの瞳がギラーンとしている。
影移動できる三魔猫が、現地に居つつも護衛についているのだ。
んーむ、この姉ちゃんが何か難癖でもつけてくると、あたしを守るこいつらが暴れだしそうである。
ちょっとこっちはヒヤヒヤしているのだが。
影からはうにょーんと影のネコ手が伸びてきて。
机をガサガサごそごそ……うにゃ!
こ、こいつら……っ、影からネコ手を伸ばしてあたしのオヤツを奪ってるし!
でも、声をあげると目の前の二ノ宮さんとかいう証拠隠滅課の人にバレるし……!
こいつら、こっちが手を出せないことをいいことにオヤツを盗みにきてるだけじゃないっ!
「噂の少女よ。どうかしたか?」
「い、いえ何も――というか、その呼び方やめてくれませんか? なんか恥ずかしいですし」
「すまんな。ワタシは年下の女生徒をどう呼んでいいか。距離感を計りかねているのだよ」
ともあれだ。
「はあ……、まあいいですけど――それであたし達に何か?」
「噂以上の美しい少女ではあるが。いささか肝が据わりすぎているな――ワタシの顔を見てもあまり動揺をしていない。なぜかね」
顔の中心を斜めに走る傷跡の事を言っているのだろう。
「なぜって、なんの話ですか?」
「ワタシと会うモノは大抵、じろじろとこの傷を見るのだがね――キミは見ようとしない。不思議だと思ってな」
あたしは紅茶を置いて。
つまらなそうな声で言う。
「今の医療技術ならその傷跡だってもう少し隠せるでしょう? お化粧してもいいし。なんなら治療の異能力だって誰かが持っている筈よ。でも、それをしていないってことはあなたは傷に対して別に悪い感情を持っていない。むしろ戦士の誇りと思っているタイプなんじゃないかしら。だからまじまじと見るとその傷について、長ったらしい自慢話でもされるんじゃないかって思って。避けただけよ」
そう。
こういうわざとらしい場所に”治せる傷跡”をチラチラさせてる人って。
大抵はその傷の事を語りたがるやつが多いのだ。
「なるほど、なかなかの洞察力だ。合っているかどうかは別としてな……まさか、本当にあのCの娘がおとなしく学校に通っているとは。正直耳を疑っていたが、事実であったということか」
声まで男前な女性だが。
ん? Cの娘?
なんでお父さんの事を知っているのだろうか。
お父さんが把握していた秘密を知っていた人物は三人。
大黒さんと池崎さんとヤナギさん。
彼らは秘密をバラすような存在ではないと思うのだが。
となると。
こりゃあブラフ、ひっかけか。
ちょっと前までのあたしなら引っかかっていたのだろうが、今のあたしは精神的にも成長しているのだ!
選んだ答えはすっとぼけである。
「C? 何の話?」
「隠さなくとも構わないさ、我々には情報が届いている。キミがCの関係者で、ヤナギと池崎の糞コンビが何かを隠しているともな」
あの二人。
この軍人風女におもいっきりバレてるじゃない。
それでもあたしの心は既に女優。
きゅぴんと顔を変えて。
「ごめんなさい、本当にあなたが何を言っているのか……ねえ、梅原くん? 分かる?」
あたしは善良な高校生なフリをして。
ヤンキー同級生の影に隠れて、オドオドオド。
ちなみに猫化から美少女になったことも。
美少女から赤髪美少女になったことも、生き残りのヤクザを含め全員に口止め済み。
さすがに命を助けられてその約束を破るほどの不義理はいないようである。
まあ、口外禁止の魔導契約もしたのだが。
あたしが隠したがってることを察したのだろう。
乙女にワイシャツをくいっとされた梅原君が、あたしを守るように前に出て。
じぃぃぃぃぃいっとお局様に目をやり。
「Cだあぁ? んだそりゃ、オバさん薬でもキメてるんすか?」
「オバ!?」
おい。
いきなり地雷を踏みしめた気がするのだが。
「い、いや――すまない。キミたちは学生だからな。そ、そうか――オ、オバさんに見えてしまうのも仕方がないか。失礼、今の事は忘れてくれ。今回のような謎の発狂事件の多発――こちらも気が張っているのだよ」
あたしは梅原くんの背中をトントンと叩く。
魔力で声を伝えたのだ。
「発狂事件? なんすかそれ?」
「……キミたちはもうアレをみたらしいので隠しても仕方がないか」
声を潜めて、傷跡女は言う。
「経験しての通りだ、ここ一週間で立て続けに類似事件が起こっていてな。一部の人間が突如として猫背になり、何かにとりつかれたように尋常ならざる力をもって暴れだすのだよ。一見すると人間が暴れているように見えるのが厄介でな。しかし、異能力者が見るとその背中に、悪魔のような翼をはやした竜が見えるという報告多数。まったく、異能力犯罪の枠すら超えた珍事だよ」
類似というか、まったく同じ事件って事か。
「止める方法も竜を無視し、人間部分を射殺するしかない。胸糞の悪い話だがね――っと、すまない学生たちには血なまぐさい話だったな。どうか忘れてくれ」
と言っているが。
チラチラっとこっちの顔を見ているという事はだ。
わざと聞かせて、あたしになんとかしろと言っているのだろう。
こりゃ、完全にばれてるわね。
あたしがお父さんの娘だって事。
「ところで日向さん」
「アカリさんでいいわよ」
「それではアカリさん。質問をさせて貰ってもいいだろうか」
あたしは面倒そうな顔を隠さずいう。
「ダメって言っても無駄そうだから、いいわよ。なに」
「キミにはおそらく回復の異能、またはそれと類似する魔術を使用できると我々は予想している。バカ男……失礼、キミたちの教員となっている池崎は返り血ではなく自らの血を浴びているのに、その傷が塞がっているとの報告が出ている。そしてあそこに残っていたメンバーに回復の異能力者はいない。キミなのだろう?」
いや、まずその前提がおかしい。
あそこには三魔猫がいるのだから、あの子達だって苦手だが回復魔術は使えるのだ。
「あたしはネコを使役する能力者、そう登録されている筈でしょう?」
「異能力が一つだけとは限らない。現に複数の能力が確認されている女性も、つい最近、超法規的措置とやらで逮捕を免れたばかりだからな」
大黒さんの事か。
ちゃんと言わないなら、その辺の事も突っつくぞと脅しているのだろう。
……。
って、お父さんが決めたことに文句を言うとか! ちょっとまずいんですけど!?
自慢とか、虎の威を借る狐みたいになっちゃうから。
あまりこういう事を考えたくはないんだけど!
ここで大黒さんがあたしから外されるとなると、けっこう、本気で機嫌を損ねてまずいことになるのにっ。
しかし精神的に成長したあたしは、悠然と。
「仮によ。回復の能力があったとしたらなんだっていうのかしら」
「なぜキミは、名乗り出てその力を世のため人のために使おうとしないのかね。もし、あの池崎の傷を治療した腕前が本物なら、実に素晴らしい力だ。我々にとって、いや、人類にとっても有益な力となる。なぜ力があるのに誇示しない? なぜもっと活用しようとしない。目の前に救える命が大量にあるのに、なぜ動かない。ワタシはそれが気になっているのだよ」
ドスの利いた、けれど少し興奮した女性の声だった。
なるほど。
助けられる力があるのなら動くべき、そういう考えの正義感の強い女性なのだろう。
けれどあたしはこういう場合の答えを知っていた。
「逆に聞いてもいいかしら?」
「なんだね」
意地の悪い声で、あたしは言う。
「ならどうしてあなたは全財産を投げ出して、恵まれない発展途上国の、明日にでも飢えて死んでしまう子供達に寄付をして助けてあげないの?」
「は?」
「だってそうでしょう? お金を出せば確実に助けられる命があるのに、あなた、今、行動していないじゃない? ねえ、どうして? ネットでもコンビニでもいいわ、いくらでも寄付の手段があるのに、目の前に救える命が大量にあるのによ? どうしてそんなに高級なパンツスーツを着て、こんなところで油を売っているのかしら?」
助けられる命をどうして助けないのか。
その返しとしては悪くない論法なのだ。
「いまあなた、こう思ったんじゃないかしら。それは話のすり替えだって。自分だって、もし本当の意味で今、目の前に飢え死にしそうな子がいるのなら、いくらでも手を差し伸べるってね。多分実際みんなそうだと思うわ。余裕がなくても、多少のお金だって恵んであげるんじゃないかしら? そこでその子を見殺しにしたら、きっとみんなその人を極悪人っていうでしょうね」
まあ実際に助ける人が大半だろうと、あたしは思う。
それを踏まえさせたうえで。
「けれど、じゃあ見えない場所にいる誰かとなったら、どうかしら? 目に見えないところにいる、餓死寸前の誰かを探してまで行動することなんてない。当然よね? きっとほとんどの人がそうだと思うわ。自分の知らない海の向こう。どこかの誰かが死んでしまっていたとしても、可哀そうだとは思うかもしれないけれど、行動なんて何もしないんじゃないかしら。そしてそれを見捨てたと咎められることなんて、あまりないんじゃない?」
「それは、――」
あたしはまっすぐに相手を見ていった。
「どうして、回復能力者だけはそれを悪い事だと思われるの? 同じことじゃないの? 自分の事を棚に上げて誰かを救えって、ちょっと傲慢なんじゃないかしら? あたしまだ高校生で世の中の事がわかっていないの――大人のあなたに教えて欲しいの。どうしてかしら? 納得のいく説明、いただけるかしら?」
相手がイライラっとしているのが分かる。
けれど、回復能力についてやあたしに探りを入れてきたのは相手の方。
あたしはそれを返しているだけ。
隣で梅原君とその仲間たちが、うわぁ……性格悪。
って顔をしているような気もするが、気にしない。
もはやこれは、あたしの勝ち!
このまま論破してやろうと思ったのだが。
ポンとあたしの髪を軽く叩く気配がある。
池崎さんだ。
「ふはははははは! その辺にしといてやれよ、嬢ちゃん」
「ミツ……池崎先生、帰ってきたのね」
「ああ、どっかのお局様が来やがってるらしいって連絡を受けてな。心配になって見に来たぞ」
あたしへの探りは中断するつもりなのか。
こほんと咳ばらいをし、二ノ宮さん……だっけ?
ともあれ彼女が言う。
「失礼、アカリさんスマホを操作させてもらっても?」
「ん? そりゃあ構いませんけど」
なんだいきなり。
紅茶を啜るあたしの目の前。
彼女はやはり傷の残る指で、サササっと操作をし。
「今、ワタシの全ての個人通帳から預金残高全てを使い、恵まれない子供に寄付した」
「ぶび!」
思わず吹いたあたしにつづき。
彼女はにやりと微笑み。
「キミが言ったことだ、キミの考えに理解と歩み寄りを見せた上で、提案したい。今回の件で全面的な協力を願いたいのだが――どうだね?」
そこには、明らかにあたしよりも策士で大人の顔をした女性がいて。
傷跡を気にせずに、勝利の笑みを浮かべている。
そしてそのスマホ画面が向けられる。
三時を過ぎているから、処理されるのは明日なのかもしれないが――。
ガチで全額寄付してやがる……っ。
すなわち。
ここで断ったら、あたしは他人の金を全額寄付させてトンズラした極悪人のレッテルが貼られる。
「えぇ? いや、でも――」
助け船を求め、あたしは池崎さんを振り返るも。
イケオジ未満は気まずそうに頭を掻き。
「ああ、なんだ。忠告が間に合わなかったようだが……この女狐、オレの同期なんだが――交渉の達人だぞ?」
「依頼料は政府として正式に支払うことを約束しよう。引き受けて貰えるね?」
この人!?
交渉系の異能力者か!
ファンタジー世界にも話術師や扇動者と呼ばれる、口先が得意な職業があるが……!
まんまと誘導させられていたのだろう。
うぐっ!
あたしっ、論破しているつもりだったとかいう、めっちゃ恥ずかしいヤツじゃない……!
話術系の能力者に気をつけろってのは、戦いの基本なのに……っ。
ああああ。
あぁああああああああぁぁぁぁ!
やらかしたあぁぁぁぁぁぁぁあ!




