第百二十二話、▽最終選択肢▽
これは魔術史に残る激戦らしきモノの翌日。
よく晴れた昼下がりの出来事だった。
とある偉大なる姫の勝利により、そのまま継続されることになった世界。
終わらないとなれば、現実的な問題が積み重なっているわけで――
当然、世界各国は大騒ぎ。
それぞれが、それぞれで緊急会議。
どこも戦々恐々としている様子。
異能が白日の下に晒され、ネットもその話題で持ち切り。
しばらく世界は、未曽有の大混乱時代になると思われる。
が――!
ま、おそらくこれからもっと異能力者が増えるんだし、今のうちに世界が話し合うのは悪くないことだと、あたしは思う。
早いか遅いかの話。
このまま歩むことをやめないで、頑張っていただきたい所である。
あ、ちなみに――。
海から拾ってきた草薙剣の返却を求められたが、うん。
あたしは無論、すっとぼけたままである。
更にちなみに。
野心持つ者が、あたしの周囲に手を出そうとすると――なぜかセミに変化してしまう現象が起こっているが。
それも些事。警告を守らない存在が悪いので、問題なし。
そんなわけで!
温かい木漏れ日が届く学校、乗っ取ったままになっている応接室。
ひとまずの休息を楽しむあたしは、ふぅ……♪
甘い紅茶で喉を潤していた。
濃厚なバターの香りは、クッキーとアップルパイから発生している豊潤な贈り物。
サクっと音を鳴らすパイ生地もうまし♪
ペスと三魔猫は異世界に帰る前にと、お土産グルメ購入巡りで外出中。
他の大人たちは事後処理で大忙し。
生徒たちは、臨時休校。
あたしは戦いの疲れを癒し、のんびりしているのだが。
そんなあたしの前にいるのは、イケオジ未満な憎悪の魔性。
あたしに黙って、そのまま消えようとしていた世界を救った人物の一人。
元公務員の池崎さんだった。
「浮かない顔をしてるわね、池崎さん。どったの?」
「どったの? じゃねえよ、いいのかアレ?」
アレとは、玉座の上で優雅にハチミツティーをすすっている黒猫。
お父様の事だろう。
父はドヤ顔ネコのまま、口を三日月型にしたチェシャ猫スマイル。
『やあ、婿殿。私がここで優雅なひと時を過ごしているのが、不服かな?』
「いや、不服とかそういうんじゃなくてだな……しかも、婿殿て」
やけにお父様の聞きわけがいい。
彼にとっては、それが謎なのだろう。
まあ、魔導契約のおかげでもあるのだろうが、実際は違う。
あたしが言う。
「たぶん……お父様は最初からこのつもりだったのよ。交際を認めて欲しければ我を倒してみよ! くははははははは! っていう、面倒なお父さんがしたかったんでしょうね」
告げるあたしに、池崎さんがポロリと銜え煙草を落としかけ。
「は!?」
「よーするに、あたし達は結局、ずっとお父様の肉球の上でダンシング。まんまとお父様に勝たされていたってわけ」
あたしはちょっとムッとしつつも、紅茶に口をつけ。
アップルパイの甘さを喉に落とし込み。
魔術師の思考モードで、瞳を細め――見つけた答えを口にした。
「あの時――お父様の逸話を示した魔導書なのに、お父様相手に魔術が発動した。それが答えよ」
『おや、抽象的だね。それじゃあ点数は上げられないかな』
教師でもあるお父様が、苦笑してみせる。
ま、たしかにこれじゃあ池崎さんには伝わらないか。
「――お父様は自分に勝てる存在の登場を、ずっと待ち続けていたのよ。最強ゆえに、もし自分が暴走したらどうなるか……ネコですからね、自分でもたまに制御ができなくなる。あたしだって、知りたいと思ったら止められなくなるでしょう? あれと一緒。だから自分を倒せる存在を、欲していたのね。その眼鏡にかなったのが、魔王陛下の魂の血縁であり、反救世主であるお父様の娘でもあるあたしだった。ってこと。魔王陛下も察していらしたのね」
池崎さんが言う。
「じゃあ親父さんは――」
「そ、最初っからあなたを消すつもりも、世界をリセットするつもりもなかったのよ」
だから、ちょっとあたしは面白くない。
あの戦いはあたしの本気だった。
こっちは必死に、なんとか対抗できる手段を考え実行。
裏技を使いまくって勝利したのに――。
「ねえ、お父様……どこまでが計算だったわけ? まさか、ループの記憶を経験値にすることも、草薙剣の事も全部――」
あたしの問いかけに、ふっと穏やかな笑みを作り。
揺れる木漏れ日。
成長した樹々を眺め、父が言う。
『いや、私はただ舞台を用意しただけだよ。私の強くて、賢い娘のことだ。どうしても勝たないといけない状況を作ったら、まあどんな手段を使ってでも私に勝つだろう。そう思って待っていただけの話。君はちゃんと私の期待に応えてくれた、及第点以上の結果でね』
「どーだかねえ……なんか、面白くないわ」
あたしに負けたのがよほど嬉しいのだろう。
お父さんはあからさまにご機嫌である。
歓喜してウニャウニャに張っている髯を見れば、よく分かるのだ。
陽気なお父さんとしての口調で、父が言う。
『あの条件ならば、君に勝ちを譲る意図がなくても私の負け――君が勝っていたよ。ふはははははは! 実に愉快じゃないか。この私が負けるとはね♪』
あたしとは違う立場で父と長い付き合いである池崎さんも――。
はぁ……と、ため息を漏らし。
ご機嫌な父を見て一言。
「やけに嬉しそうだな、あんた……」
『当たり前じゃないか。私を止められる存在はほとんどいない、なのに私は私でもたまに自制できずに暴走する悪癖がある。誰かが止めてくれるという安心感が、まさか実の娘から与えて貰えるなんて。お父さん冥利に尽きるってものさ』
そーいうもんなのかなあ……。
あたしにはまだよく分からないが。
まあ、大人になると……言い方を変えれば強くなりすぎると、悪い事をしても止めて貰えなくなる。
それってたしかに。
ちょっと怖い事なのだろうと、あたしも少しは理解していた。
だから父は、こんなにも喜んでいる。
……。
いや、まあまともに戦ったら普通に負けるんですけどね。
まだお父様には、魔王軍でバリバリ敵をなぎ倒していたころの全盛期モードがあるんだし。
それをみせなかったという事は、まだお父様には余裕があったのだ。
次もと期待されたら、それはそれでプレッシャーかもしれない。
そんなあたしの心を読んだのか。
姿勢を変えて父が言う。
『まあそれでもだ――少しは悔しい気持ちもあるのだがね。君が実力で勝ったのは本当だよ、アカリ。勝者なのだ、素直に誇りなさい』
本当に、なんでもお見通しなのよねえ。
お父様。
あたしは苦く笑い、父を安心させる言葉を選ぶ。
「いつか裏技なしでも、お父様に追いつくわ――だから、期待はしておいて」
『楽しみにしているよ――』
穏やかなネコ微笑を浮かべ。
父は静かにアップルパイを丸のみにして……。
『これは……私自身に対する儀式でもあった。簡単に我が娘を渡すわけにもいかないが、負けたのなら――諦めもつく。そういう、自分を納得させる通過儀礼さ。いつか君も親になれば分かるだろう――。子どもの成長は嬉しいが、自分の肉球から離れていくのはやはり……寂しいものさ』
父がまともなセリフを言っているのに。
行動はアップルパイの乱れ喰いである。
まあ、慣れてるから突っ込まないけど。
『けれどだ。アカリ……実際に君は私を凌駕した。合格だよ。私は君たちの交際を認めよう。婿殿の出自や、パンデミックとして世界に災厄を蒔いた事、そこが気にならないわけではないが……まあいい。こちらが負けたのだから仕方がない。そこは大目に見ようじゃないか』
……。
お父さんも人のこと言えないぐらい、人間にやられたことをやり返して。
めちゃくちゃ復讐してるのよねえ。
結構、境遇は似ているのである。
この二人。
だから惹かれたとは、考えたくないが。
父がまっすぐに池崎さんを見て。
丸いネコの口を、動かしてみせる。
『娘を頼むよ、我が使徒よ』
父、さりげなく自分の眷属アピールである。
あたしは、ヒクっと頬を動かし。
「あたしの眷属でしょう?」
『その肉体を構築したのは私だよ?』
「いいえ、今の状態の肉体錬成はハウルおじ様がなさっていますから。お父様じゃないわよ?」
ここははっきりとさせておきたいのだが。
ハウルおじ様はお父様に甘いからなあ。
ケトスのモノだぞ!
と言いかねないので、相談はできない。
どうやって、あたしの所有権を主張しようか悩むあたしに、本人が言う。
「あのなあ……そもそもだ、今のオレ達は、そのなんだ。まだそういう関係じゃねえからな」
おや、池崎さん。
この期に及んで照れてるな。
あたしはくすりと微笑し、獲物を狙うネコの顔で。
「あら、今更逃げるつもり? あたしはもう決めているわよ? あの大魔帝ケトスすらも条件付きで凌駕したあたしから逃げられるなんて、本気で思っているわけじゃないんでしょう?」
「いや、おまえ……目が怖いっての」
赤雪姫モードになり、更にあたしは続ける。
「それに、言ったでしょう。あたしは――何度でもあなたと巡り会うって。結局いつかは二人で幸せになるんだから、覚悟を決めなさいよ? オス猫でしょう、あなた」
告げたあたしのテーブルの前には、一冊の攻略ノート。
力ある魔導書が顕現していた。
これは池崎さんがあの遺跡であたしに見せたくないと隠していた、書物。
あたしはその表紙を指でなぞりながら、悪いネコの顔で言う。
「にひひひひ! そーれーにー! 先にあたしを好きになったのは、あなたなんだし?」
「うっせーよ、バカ。無神経な嬢ちゃんだな――」
ガシガシと頭を掻いて、照れる男は顔を真っ赤にしている。
闇落ちっぽい姿になってからは、イケオジっぽくなってるし。
まあ、外見も嫌いじゃないし?
あたしは、初めて未来の二人が恋仲になった攻略ノートに目をやった。
そこには、あたしの知らないあたし達の物語が刻まれていた。
あの日。
あの時――死したパンデミックに同情したあたしが起こした、ループ現象。
それは何回目のループだったのだろう。
憎悪の魔性パンデミックこと、池崎さんはあたしという存在に興味を持ち。
彼はあたしに恋をした。
あたしも彼に恋をした。
その世界はやり直し……終わってしまったが、それでもあたしの魂には記憶として刻まれている。
ま、あたしたちはこれからちゃんと恋をすればいい。
世界は終わらない。
やり直さない。
まだこれから時間がたっぷりあるのだから。
『一応警告しておくが――娘はまだ未成年だ。その辺のけじめというか、ちゃんと分別はつけてくれ給えよ』
「お父さんが、お父さんっぽい事を言うと、なんか変な感じね」
突っ込むあたしに、父はムっとしているが。
あたしにではなく、池崎さんに向かい。
ウニャハハハハっとネコ笑い。
『これは予知や未来視ではなく、超絶賢い私の勘だが。君はきっと、娘の尻に敷かれるね♪』
「あんたに言われると、マジでそうなりそうだからやめてくれ」
池崎さんは大きな片手で、ペチっと自らの顔を覆っていた。
父に揶揄われ、なんとも困った顔をする池崎さんもなかなかカワイイ。
ま、そういう顔はこれからもっと堪能するとしてだ。
あたしはお父様に目をやった。
父は真面目な顔になり。
『さて、アカリ。ディカプリオを連れ帰り、こちらに召喚されたモグラたちを連れ帰った――その後のことを聞きたい。君はどちらの世界で暮らしていくつもりなんだい?』
「んー……」
つまり、そのまま異世界で暮らすか。
こちらに戻ってくるか、それを問いかけているのだろう。
あたしはしばらく考え。
答えを口にしていた。




