第百二十一話、最終決戦(裏) ~全てはこの日のために~後編
魔術系統:ソウルリンク。
本来はきまぐれに前世を探ったり、魂に攻撃を仕掛けられた際にチェックするためだったり。
果ては、昨日見た夢の内容を思い出したり……と。
これ自体にはなんの強化能力もない、事前準備が面倒なこと以外――ごく普通の探査魔術群である。
それでもあたしだけには、この魔術の効果は絶大だった。
かつてあたしは説明したことがあったと思う。
魔術の力とは、知識なのだと。
そのためにパンデミックは天使ギシリトールを用い、ループの記憶を維持する仕掛けを用意した。
それはループの度に強くなる仕掛けともいえる。
池崎さんもループの記憶を維持し、好きな時に知識を取り出す手段を用いていた。
そう、今この世界は情報量に溢れた非常に特殊な空間になっていた。
ループの数だけ自分も知らない知識が存在しているのだ。
ならば、その知識をすべて自らの力としたら。
どうだろうか?
あたしは既視感としてその情報を断片的に入手していたが、それがもっと明確になれば話は変わってくる。
そして考えてみて欲しい。
この世界は何度ループをしたのだろうか。
何度、あたしは池崎さんと出会いを果たし、そして――心を動かしたのだろうか。
物語の数だけ、あたしの魂にはあたしの知らない知識が存在している。
池崎さんの言葉を借りるのならば百万年の時だ。
それは百万年を超える研鑽、修行と等価。
最強の存在とされる大魔帝ケトス、父にも匹敵するほどの膨大な魔力となるだろう。
もちろん、事前の準備もなくこんなことはできない。
仕掛けていたのは、あの時。
まだディカプリオ神父による洗脳事件が起こっていた時、会議の前に三魔猫が動いていたと思う。
あの時点で既に、あたし達はループの存在を聞いて把握していた。
だからこそ準備ができた。
三魔猫が各地に飛んで仕掛けていたのは、記憶へのアンカー。
日本に刻まれているループの残影、その中で生きたあたしの行動全てを把握するための、魔術儀式を行っていたのだ。
大黒さんが、何を企んでいたのかと問いかけてきた謎の答えが、これ。
日本という空間で起こった、無限ループを全てあたしの知識とした。
知識はあたしの力。
だから、父にもこうやって対抗できる。
勝利の可能性を辿り寄せたあたし、日向アカリは諦めない。
父こと大魔帝ケトスが扱う勇者の剣の攻撃を正面から受け止め。
ギジジジジギギギィィィィ!
あたしの握る比較的シンプルな作りの宝剣:草薙剣が、摩擦音を立てる。
聖剣と宝剣の力勝負。
魔力の火花が、コロシアムと化した戦場に広がる。
あたしは説得スキルを発動!
「お父さん! この剣、貴重で高いんですから! 壊したら弁償代どころの騒ぎじゃないのよ!」
『信仰は力となる……歴史の中で失われたとはいえ、かつて人々の信仰を集めた剣、か』
ネコ鼻の頭に薄らと汗を浮かべた後。
父は、うにゅっと眉間にシワを作り。
途端に真面目な顔になって。
『いや、それをネコババして武器として使っている君が問題なんじゃないかな? 父さん、そういうのはよくないんじゃないかなぁって思うんだけど?』
「あら、拾ったのは歴史の中で流されてしまった果て、海底ですもの。排他的経済水域の外ならば第一発見者に権利があるのではないかしら?」
更に続けてあたしが言う。
「それに! これを拾ったのは子どもの頃、たぶん時効よ!」
『それもそうか――』
同調する父に、なぜかギャラリー達はジト目である。
よく戦闘中に会話を挟む英雄譚があると思うが、実はその大半が、会話による説得系統のスキル。
達人同士の戦闘においては、会話さえも戦いなのだと知っている者は少ない。
なぜか?
そりゃあ、この領域に届く者が少ないからだ。
あたしだってインチキでその頂に届いているだけで、本来ならまだこの高みには届いていない。
けれど。
今、三魔猫の力を借りてその領域に届いているのだから!
あたしは存分に、活用するのみ!
無数のルートを辿ったあたしの戦略構築は、完璧。
もう既に準備は整っている。
勝利のチャンスはお父様が、本気になった瞬間。
お父様は必ず、とある存在に力を借りる筈。
あたしはその瞬間を引き出すべく、口を開いていた。
「ねえ、お父さん。お母さんたちは今回の事、知っているのかしら?」
剣による打ち合いが続く中で問いかける。
父は眉を下げ。
『言っただろう? 全部把握しているさ。まあ、彼女たちには心配をかけてしまっているけどね』
「ふーん、本当に?」
父の会話の裏を探るように、あたしは宙に浮かべた異能魔導書を発動させる。
バサササササササ!
友人の梅原君の能力である《超絶技巧》を発動!
効果は手先が器用になる、それだけである。
しかし、あたしの剣技は更に技術を増していく。
異能は組み合わせ次第では応用の幅が大きい、これもその一種。
技量を増していくあたしに、父はふむと考え。
”聖者ケトスの書”と呼ばれる父専用の聖なる書を亜空間から取り出し。
バササササササ!
『さて、私はこれでも負けず嫌いでね。そろそろ本気を出させてもらうよ』
空気が――変わる。
お父様の赤い瞳から、神聖な波動が漲り始めていた。
父は反救世主と呼ばれる特殊な存在、邪悪なものでありながら聖なる力も扱える。
それこそ、あのクライストの怪物の元となるほどの存在。
地球を見守る神の力を引き出そうと、聖書を開いたのだろう。
父が全身に本気の魔力を溜め。
聖なる書による、神聖な存在の力を借りた極大強化奇跡を発動させるべく。
モフ毛を膨らませ。
尻尾を魔力の海に靡かせ。
カカカカ!
『主よ! 精霊よ! 汝が――』
今だ!
あたしは天に向かい、叫んでいた。
「主よ! 見ていらっしゃるんでしょう! お父様ではなく、あたしの方に力を貸してください! 今回は絶対、絶対! あたしの方が正しいんですからねっ!」
あたしの話術スキルに導かれ、強化の奇跡の対象が”あたしへと変更”される。
しゃあ!
引っかかった!
更にあたしの力が倍増されていく。
ここでお父様による本気の強化奇跡が発動すれば、あたしの負けは確定だった。
それほどの強化の奇跡だったのだ。
しかし!
お父様が力を借りようとしていた相手は――あたしも知っている存在なので、詠唱を横取り!
『うにゃ!?』
ぶぶにゃっと!
初めてお父様が本気の狼狽をみせる。
あたしが、お父様にかかる筈だった強化の奇跡を奪い取ったからだろう。
お父様の冒険譚で語られるので、詳しくは省くが――お父様が力を借りようとしていた存在は、お父様の上司で飼い主で、恩人にあたる存在。
地上を見守る神様に向かって、お父様があわわわわ!
慌てふためき、走り回る猫のような顔で。
『な!? 主よ、どうして!?』
「当たり前でしょう!」
神の奇跡を味方につけたあたしは、ゴゴゴゴゴ!
「部下とか飼いネコが悪い事をしようとしていたら、ちゃんとダメっていうのが責任ある上司ってもんでしょう!」
『わ、悪いことなどしていないじゃないか!』
「過保護なのはわかるけど、娘の恋路を邪魔するのはやりすぎよ!」
あたしの攻撃込みのツッコミに、お父様は目を泳がせ。
肉球に汗を浮かべ。
目線を逸らす。
『こ、恋路の邪魔などしてないよ?』
「誤魔化されないわよっ、全ルートのあたしの記憶が共有されてるって言ったでしょうが!」
父による本気の強化の奇跡を横取りしたあたしは、もう止まらない!
真正面からあたしは草薙剣を振り下ろす。
だが――!
お父さまが動揺しつつも勇者の剣で受け止め。
ズズズズゴゴゴゴォオォォォン!
鍔迫り合いで、地球が歪む。
まあ、二柱のおじ様のおかげで壊れないが。
「最終結果はともかく、結局! どのルートを進んでも、あ、あたしがイケオジ未満と、そういう関係になるって事は、もう分かっちゃってるのよ!」
『お、お父さんは認めませんからね!』
くわっとネコの牙を覗かせる父に、あたしの巨大猫の影が、くわっと唸る!
「世界を救うついでに、将来娘と結婚する相手と取引して、存在自体を有耶無耶にしようってのは、やりすぎだって言ってるの!」
宣言に、コロシアムと化した会場がシーンとなる。
ちなみに。
これ、本当に全世界の偉い人が見ているので、結構どころかかなり恥ずかしい。
実際、告げたあたしはカァァァァっと耳まで茹蛸状態だし。
池崎さんが決まり悪そうに、頬をぽりぽりしている中。
お父さんが吠える。
『だってアカリ! 世界を滅ぼそうとした相手が婿になるなんて、お父さんなら心配して当り前だろう?』
「人のこと言えないでしょうが! お父さんが何回か、よその世界を滅ぼしてる事知ってるんですからね!」
互いの魔術が、剣技が。
戦場に飛び交う。
家族喧嘩であるが。
戦いだけはマジのガチ。
おそらく、本気で永久的に魔術史に残るだろう大決戦である。
会場で眺めていた公安ヤナギさんが、困惑した顔で。
ぼそり。
「あの、すみませんが……閣下、あなたはもしかして、異能による不当なる被害をなかったことにすることが本題ではなく。娘の結婚に反対で……世界のやり直しを?」
『そうだが!?』
「え、いや――その、素直に認められても反応に困るのですが……」
ヤナギさんがここまで動揺するのは珍しい。
ちらっとロックおじ様に視線を向けるが……。
ハウルおじ様とロックおじ様は腹を抱えて笑っている。
「諦めなさいっての! さっき自分で言ってたでしょうがっ。結局どのルートを進んでも、運命は集束する。あたしは何度でも、あの人と巡り会ってるじゃない!」
『だ、大丈夫だよ。結婚を諦めてもらう代わりに、彼にはネコの肉体を与えてだね――』
父は弱気だった。
あたしの気迫と剣技が勝っている。
なにより、あたしが盗んだ強化奇跡の差がデカい。
「あたしの性格を知ってるでしょう! 一度欲しいと思ったものも、一度知りたいと思ったものも、ぜぇぇぇぇぇったいに諦めないんですからね! 池崎さんは、あたしの所有物なの! いい! わかった!?」
ガルルルルっとあたしは本気で剣の舞。
聖剣の乙女としての力をフルに発揮していた!
天から伸びる光が、あたしの能力を向上させる。
記憶が、あたしの心を揺らす。
ペスの亡骸が佇んでいた、墓の前。
桜の樹の下。
あの時の記憶があたしの心を照らしている。
きっと、あの時。
あたしは――。
「今回のあたしも、たぶんもう、アイツが好きなの!」
また、もう一度。
やり直した世界で、恋をした。
女子高生の心の吐露を、会場にいるネコ達が肉球拍手で喝采する。
……。
って、明らかに会場に猫が増えてるんですけど。
これ、月兄に魅了されてどんどん人がネコ化されてるのか。
ま、気にしなくていっか。
ともあれ。
その時だった。
天照の如き太陽が――あたしを照らし始めていた。
同時に発生したのは虹。
天体魔術でとっくに天井などなくなっている。
だから、発生した虹が、あたしの背後に浮かんで見えたのだろう。
太陽から、声がする。
それはお父様の直属の上司である、魔王陛下のメッセージ。
太陽神の力を借りて虹をかけたのだろうが。
”すまない、ケトス。今回は悪いけれど、アカリちゃんに味方するよ”。
とのこと。
魔王陛下からあたしへの助力なのだろう、天から一冊の魔導書が下りてくる。
お父様が唯一頭が上がらないのが、魔王陛下。
あたしのお爺ちゃんである。
『ば、バカな!? わ、私がどんな悪戯をしても、やらかしをしてもお許しになってくださる陛下が!?』
「たまにはお父さんも反省しなさい!」
言って、あたしは魔王陛下から賜った魔導書を翳す。
その表紙に描かれているのは、ドヤ顔をした、黒くて太々しいネコ。
大魔帝ケトス。
ようするにお父様についての逸話が書かれた魔導書である。
異能とは異なり、お父様たちの用いるファンタジー魔術は、神や大いなる存在から力を引き出し発動させる魔術形式が多い。
これもその一種。
つまり、お父様の力を借りて魔術を発動させる魔導書。
本来ならば、お父様相手にはなんの役にも立たない魔導書なのだが。
――……。
ああ。
なるほど……そういうことか。
なぜ父が、こんな手段を取ったのか理解したあたしは、魔導書を装備する。
やっぱりそうだった。
あたしの手の上に浮かぶ魔導書が自動的に、バサササササっと開き。
巨大な虫取り網を召喚。
そのままあたしは剣の代わりに網を構え――。
「魔術解放! 自分の力を借りた魔術で、封印されなさい!」
『バカにゃぁあああぁぁああぁぁぁぁ!』
次の瞬間。
そこにあったのは、脱走したネコが網に捕まってバタバタとする姿。
戦いは終わった。
戦闘不能にしたので、あたしの勝ちである。
封印されし父が言う。
『ふっ、虫取り網にかかる私もイケてるね?』
虫取り網の中で、ウニュっとなっている肉球が輝いて。
まあ偉そうな事。
……。
たぶんこれが、魔術史で映像付きで語られることになると思うと。
んーむ……、よ、喜んでいいのだろうか。
ともあれ、これで世界リセット計画は中止となった。
おそらくあたしは、魔術史において初めての快挙を達成した。
大魔帝ケトスに勝利した存在になったのである。




