第百二十話、最終決戦(裏) ~全てはこの日のために~前編
戦いは続いている!
壮絶なる親子の戦いを見守る者は増えていた。
それもそのはずだ。
今、この世界にいる者達にとっては、それはある意味で記憶の死。
世界をやり直す時点で、異能あるこの世界で歩んだ物語は強制的にジ・エンド。
終わりを迎えてしまうのだから。
もちろん、やり直す人生では異能があった世界の事を忘れてしまうので、本当になにごともなかったように、新しい物語を紡ぐことになるだけ。
でも、あたしはそれを認めない。
小手調べだと告げられた魔術の波を、次々と撃ち払い。
あたしは力強く宣言する!
「絶対に、勝たせてもらうわよ――!」
『気迫だけは本物だ。成長しているね――けれど、私には兄たちに勝った時のような反則は通じない。どうするつもりなんだい?』
親としての声があたしを正面から諭していた。
魔術の波が再び襲う。
けれどもあたしは、一人の戦士としての声で返していた。
「決まっているでしょう? 王道よ。実力で、真っ向勝負で――あなたを凌駕するわ、お父様」
『君にはまだ、五年は早いよ――親の欲目なしに、いつか最強クラスになるだろうことは認めるけどね』
いつのまにかコロシアムのように改造された現場。
ホワイトハウルおじ様に、ロックウェルおじ様が審判席にどでーんと座り。
観客席には、世界のどこからでもネットで繋がるモニターが並ぶ中。
地球を揺らす衝撃が、何度もぶつかり合う戦場。
父を知る誰しもが、こう思っただろう。
いくらなんでも、アレに勝てるわけがないと。
まあ、そりゃあ普段だったらあたしだって、そう思うが。
しか~し!
あたしの魔術と剣技は父に肉薄していた。
華麗なるあたしの剣技が、父の魔法陣を妨害。
そのまま剣と杖の鍔迫り合いになり。
あたしは父のネコヒゲを揺らすように、ふぅっと息を吐いていた。
「それはどうかしら? 娘って、親が見ていない場所でも成長するものよ?」
『ふむ、言うだけはあるじゃないか――しかし、なぜこれをクライストの怪物の時に発揮しなかったのかな』
ある意味で咎めるような言い方だったが。
あたしはジト目でコミカルに、額にイカリマークを浮かべ。
「あのねえ! ぜぇええぇぇぇぇったい、全部が終わった後、お父様が干渉してくるって分かってたからに決まってるじゃない! 実際、こうなってるし! 先に手の内を明かしてたら、対策されちゃうでしょうがっ!」
これは未来視ではなく、子どもとしての勘だった。
あたしは影の中から”とある魔術を維持する三魔猫”の支援を受け、父の玉座に影の槍を打ち込み。
ギン――!
聖剣の力で父を一瞬、弾き飛ばした直後。
あたしは髪を赤く染め上げていた。
時魔術を発動させているのである。
父も時魔術の使い手なので、効果は薄い。
けれど、一瞬の遅延時間は用意できる。
「畳みかけるわ! シュヴァルツ公、魔導図書館の展開――お願い!」
『お任せくださいませ――!』
あたしの影の中から、黒猫シュヴァルツ公が主であるあたしの命に従い。
大地一面に、魔法陣の絨毯を生み出す。
続けてあたしは《ネコ使い》の異能で、影に潜伏するヴァイス大帝を強化!
「ヴァイス大帝! 展開する魔導書に騎士たる盾の加護を!」
『承知――!』
「ドライファル教皇は魔導書そのものに支援魔術を盛り盛りで」
命に従い、錫杖の音と共に陽気なネコ声が響き渡る。
『受諾いたしましょう――お任せください。このドライファル、姫様とお好み焼きのためならば!』
時魔術が解除された瞬間。
あたしの支配する魔導書による、遠隔攻撃が発生していた。
魔導図書館に使う魔導書は、ある男の攻略ノート。
池崎さんの記憶の束ともいえる、あの遺跡の本棚である。
あれはいわば――長年に渡り刻まれ続けた力ある魔導書といえる。
その力も利用しているというわけだ。
それに気づいただろう池崎さんが、観客席から唸っていた。
「おい、こら。嬢ちゃん! それはオレのだろうが!」
「あなたはこの戦いの後にあたしの眷属になるんだから、実質的にもうこれはあたしの魔導書よ!」
おまえのものはおれのもの、な、ジャイアニズムで一蹴!
戦いは順調。
あたしが事前に、様々な準備をしていたおかげだろう。
ようするに、まともな戦いになっているのである。
池崎さんが三魔公に吠える。
「てめえらも、主人を止めろっての! 勝てるわけねえだろう!」
三魔猫が、あたしの影の中から顔だけをモフ!
髯をピンピンにさせながら。
ぶにゃはははははははははははははは!
『はて、池崎氏は姫様を甘く見ておいでのようだ。ここで魔猫王様に一矢報いれば』
『ニャフフフフ、我らの名声も安泰♪』
『ネコの野心、甘く見ないで貰いたいのでありまする!』
もう既に、あたしと彼らの絆はお父様への忠誠に勝っている。
おそらく、ゲーム機購入が功を奏したのだろう。
まあ、それだけではなく、きっと――あたしが、池崎さんとお別れになるなんて嫌と、本気で抗っているのを察してくれている感じかな。
「そういうこと! 利害は一致しているし、一蓮托生よ! まずは一撃!」
宣言したあたしの周囲に、赤い魔猫の巨大幻影が浮かび上がり。
うにゃぁあああああぁぁぁぁ!
攻略ノートによる魔導砲撃が、同時展開!
しかし父は余裕そうな顔で。
『おや、君だって私の耐性は知っているだろう? 単純な攻撃では、通じないのだが』
悠然と、王者の貫禄である。
だが、それが油断というのだ。
師匠の一人である、ウサギの司書ちゃんから伝授された魔導図書館。
浮遊し、自立。
ある程度自由意思で動く無数の魔導書から放たれた一撃が、父の頬毛と尻尾を焦がしていた。
父はぶにゃっと焦げた尻尾の先を見て。
驚愕!
『おや……。私の耐性を?』
「油断しているわね、お父様。机仕事ばかりで、腕が鈍っているのではなくて!」
熱属性を無効にする父の耐性。
その耐性そのものをゼロにする事で貫通させた魔術攻撃。
父が、おそらく相当ひさしぶりなダメージ判定で怯んだ直後。
玉座の上から、トントンと杖で地面を叩く。
『影よ、きたれ』
「影よ、その詠唱を禁じます!」
対するあたしは話術スキルによる妨害を展開。
もちろん、お父様にはほとんど効果はない。
しかし、影そのものに生命を与え、説得判定を割り込ませることで相手の魔術式を遅延状態にできる。
このレベルの戦いならば、その一瞬の遅延でも効果は絶大。
父もそれを感じ取ったようで。
あからさまに喜んだ声を上げていた。
『今のは影を得意とする月影への対策魔術かな。考えているね』
あたしは敢えて最短である影を渡らず――現実空間を駆ける!
タタタタタタ――ッ!
「お父様の弱点その一よ! お父様は強すぎる故に、同等に戦える敵との戦闘回数が乏しい!」
『おや、痛い所を突っ込むね――けれど』
追撃に気付いた父が、尻尾を風に任せて後退。
玉座が、ブワワワワっと揺れる。
モフモフな毛を更にモコモコ膨らませながら、にひぃ!
『さあ、これならどうかな。対処してみせてごらん』
背後に浮かべた魔杖を振るうと、猫目石の先端が赤く輝く。
魔力の渦が、戦闘フィールドを駆け巡りだす。
妨害は――間に合わないか。
あたしが思考を切り替え前進したと同時に、父は宣言した。
『集え、天に遍く星々よ――! 其は我が尾を追いし、一条の光なり!』
詠唱はたった一瞬。
けれど。
戦闘フィールドの頭上に、一面の大魔法陣が展開されていた。
ざぁあああああああああぁぁぁ!
地面ではなく空に魔法陣を発生させた、そこに意味があるのだろう。
同時に起こるのが、影の大量発生。
魔法陣の影である。
応接室だった空間が、魔法陣によって生み出された影に沈んでいく。
これも父が得意とする影フィールドを生み出す戦略。
計算の一つだろう。
影の力を借りた速攻魔術、《尻尾に惹かれし流星群》が発動される――!
詠唱を省略した天体魔術である。
ウェーブ掛かった前髪を揺らした池崎さんが、がぁああぁあぁぁぁぁぁっと唸り。
コロシアムの手すりで、前のめり。
「って!? そんなのが地球に直撃したら終わりだぞ!?」
『案ずるな、我らがおる』
外野の驚愕に応えたのは、ハウルおじ様。
その白銀の毛並みが、モフモフっと膨らみ。
カカカカっと赤い獣の瞳が輝く。
続いてロックおじ様が、一対のヘビが絡みついた謎の杖を召喚し。
鶏の瞳を真っ赤に染める。
『なに。たとえ壊れたとしても、再生させるだけの話であろうて』
ハウルおじ様が結界を張り。
ロックおじ様が地球に対して常時回復魔術をかけているので、星を降らせる魔術とて何の問題もなく発動できるのだろう。
父の魔術は天体落下による攻撃。
クライストの怪物にあたし達が発動させていた系統の類似魔術を、一瞬で、追撃妨害だけに発動させたのだ。
けれど。
甘い――!
子どもの頃に海の底から拾ってきて、ネコババした宝剣を戦闘用ドレスの裾から取り出し。
あたしは指を鳴らす。
「”あたしを守りなさい、草薙剣よ!”」
落下してくる天体を、日本を守護する性質をもつ宝剣の力で、全て返品。
そのままお父様への反射魔術として発動!
実は歴史上で紛失した、めちゃくちゃ重要な剣だが、手段なんて選んでいられない。
ギャラリーに解説するように、あたしはニヒっと宣言する。
「お父様の弱点その二。強すぎる故に、反射魔術にも弱い!」
『王道だね、しかし――アカリ、それは国に返さないと駄目な奴じゃないのかな?』
父のジト目は気にしない。
反射された天体魔術を解体していく父が、影に溶けて消えていく。
一時的に影世界に逃げ込むつもりなのだろう。
しかし、あたしは皆の異能を同時に使用できる魔導書。
”若き異能力者達の苦悩”を発動させる。
使用したのは、対象者に車の標識と同等の行動制限を与える異能。
ポンと一方通行の標識が顕現された瞬間。
あたしは対象を指定。
「異能発動:対象者、大魔帝ケトス。一方通行にてあなたのバックを禁じます!」
異能の力は一見シンプルだが応用の幅は広い。
組み合わせ次第では、古くから研究されてきた魔術とは違った汎用性がある。
特に異能は、比較的新しく発見された魔術の亜種と言えるだろう。
だから、相手にとっても未知の領域。
いくらお父様でも、対応にタイムラグが発生する。
その隙をあたしは見逃さない!
影に逃げようとしていた父が後退を禁止され。
ぼにょん♪
現実世界に強制排出される。
首だけをこちらに向け、お父様のネコ顔がウニャウニャ。
『へえ、面白いね。異能を全て扱える魔導書か――』
「よそ見してる暇なんてないんじゃないの、お父さん!」
魔術師である父にこれ以上の詠唱をさせるのは危険だった。
ならば、接近戦で圧倒するのみ!
キィィィィン、キンキン!
あたしは間髪を容れずに、”クライストの怪物”程度なら、一撃で滅ぼせるほどの斬撃を繰り返し続ける。
が――!
父がどこからともなく取り出した、謎の聖剣で打ち返されてしまう。
肉球に握られたその聖剣は……。
駄目だ、読み取れない。
「まーた、そういうチートを隠し持ってるのね……なによそれ」
娘の声で言うあたしに、父も父の声で言う。
『君でも扱えるとは限らない剣さ。これを扱えるのは、たぶんかつて敵対者同士だった私と、君の祖母だけだろう――かつて、私が世界を救った時に使った、特別製だよ』
「おばあ様のっ、ってことは、それが勇者の剣!?」
いや、それよりも!
「っていうか、お父さん! こんなに剣も使えたなんて、初耳なんですけど……っ!?」
剣の腕は互角。
こちらは、とあるインチキブーストをしているのに!
それに!
あたしは勇者である母から、直々に剣の修行をつけて貰っていたのに!
お父さんって明らかにお母さんより、剣技が得意!?
戦闘を眺めているロックおじ様が心を読んだのか。
呑気な声を上げていた。
『それはそうであろう。そなたの母、勇者ヒナタ――人間としてのケトスの妻であるあの者に、近接戦闘を教えたのは、他ならぬケトス本人であるからな。そなたの母の、師匠であるぞ?』
「だぁあああああぁぁぁ! おじ様! そういう情報はもっと早く教えてください!」
だがこちらも負けていない。
異能魔導書と同時にあたしの周囲に浮かんでいるのは、無数の剣。
あたしも知らないどこかのあたしが入手した聖剣や魔剣が回転し――!
ズジャジャジャジャギギギィィィ!
全ての攻撃に、聖剣と魔剣による追加攻撃が発生する。
『なるほど――君がどうして私と同等に戦えているのか。不明だったが、少し見えてきたよ』
「あら、見えたからと言ってどうにかなる類のものかしら?」
不敵に微笑んだあたしが、異能魔術を発動させる。
効果は先読み。
未来を観測する未来視ではなく、未来を書き換える形で実現させる強制的な未来実現能力だった。
確定した未来を異能で導き、あたしは地面に剣を突き立てる。
ざしゅぅううぅううううううぅぅ!
影を貫いたからだろう――血のような黒い飛沫が、父の足元から発生。
そのまま、あたしは《ネコ使い》の力を発動!
「テイムターイム! お父様もネコ! あたしの能力の対象だってこと、忘れてないわよね?」
強制的に父を支配下におこうと試すが――。
判定は失敗。
楽しげに見物しているハウルおじ様が、尻尾をわっさわっさと振りながら。
『ケトスはその豪運ゆえ――全ての魔術、全てのスキル、全ての異能の成否判定を意図的にゼロか百にできる。確率判定が確定となっていない限りは絶対に入らんぞ~』
「あぁぁぁぁ! おじ様! そーいう事は発動させる前に教えてくださいまし!」
くそう、ワンコとニワトリ姿のあの二人。
めっちゃ楽しそうに見物してるなあ。
こっちは必死なのに。
玉座から降り、ようやく地面に着地した父がパチパチパチ。
肉球で拍手をしながら言う。
『驚いた、まさかここまで私と戦えるほどに成長していたとは――成長は願っていたがこれほどとは、本当に驚いたよ』
「驚きついでに、この場は負けを認めて貰えないかしら?」
告げるあたしに、父は首を横に振る。
魔術式を読み解く猫の顔で。
『それはできない。なぜなら私が勝つからさ――君の強さの秘密を完全に把握してしまったからね』
「そう――まあ、バレるとは思っていたけれど」
だからといって、どうすることもできないと思うのだが。
何か対抗策があるのだろう。
あたしの肌に、うっすらと汗が浮かぶ。
こちらは緊張状態なのだが。
外野から声が上がる。
当事者の一人ともいえる炎兄だった。
ギザ歯でポップコーンを齧りつつ。
クラスメイトの女子を引き連れて、呑気に見学していたようだが。
「おいおい。意味が分かんねえぞ、そっちだけで盛り上がってねえで種明かしをしろっての!」
答えたのは、あたしでも父でもなかった。
観客席の一部、なぜか異常にモフモフネコが大量発生している区画。
その中央にいた、銀色ネコが告げる。
『今の妹は、全てのループの記憶を有している。どうかな?』
「正解よ。月兄」
……。
てか、いつのまにこっちに来てたんだ。
相変わらず、神出鬼没な兄達である。
池崎さんも狼狽した様子で、首の後ろを掻きながら。
「するってーと、おまえさん……全部思い出してるって事か?」
「そーいう事よ。ループの原理からするとこれは全部あたし自身の経験値。ただ、覚えていなかっただけ。それを記憶と共に引き出したのよ――三魔猫の力と、ループに付き合ってくれた日本の地脈の力を借りてね」
そう。
あたしの強さの秘密は、あたしも知らないあたし。
けれど、間違いなくあたしという魂が歩んだ、無限の可能性。
あたしの身には、ある魔術が発動されていたのだ。
魔術系統はソウルリンク。
発動条件は厳しいが、効果は単純。
魂の中に眠っている記憶を、現在の魂とリンクさせる。
ただそれだけである。




