第百十九話、世界が見守る三者面談 ~思い出は金より重し!~
異界の猫公爵、三魔公の名を頂く三魔猫。
紳士な黒猫、シュヴァルツ公。
騎士たる白猫、ヴァイス大帝。
変わり者な三毛猫、ドライファル教皇。
彼らの顕現で、現場は更に混沌と化していたが。
口を開いたのは意外にも、公安で父の心臓を受け継ぐ聖遺物継承者のイケオジ。
慇懃なメガネを輝かせるヤナギさんだった。
「落ち着いてください、皆さん――この映像は各国にもつながっているのでしょう? 僕から少しお話があるのですが、構いませんか?」
お父様が猫鼻の頭を輝かせ。
ふむと考え込み。
『卿の眷属である君には手を出せないからね、好きにしたまえ』
「ありがとうございます。それで、閣下の事はどうお呼びすれば――」
『好きなように呼びたまえよ。まあ――お義父さんだけは許さないけれどね』
もうそれはいいって……。
「では閣下、無礼を承知で発言させていただきます。お言葉ではありますが、閣下は十五年という時の長さを軽くお考えなのではありませんか?」
『というと?』
「同じ時であっても――悠久に生き続けるあなたがたの十五年と、我々人間の十五年は違うという事です」
父は言葉を受け、耳をピョコンとさせ。
『ふむ――まあ無限に生きる存在の十五年と、せいぜいが百年しか生きられない人間とは、時間の重みが違う。それは理解しているつもりだよ。だが、それがなんだというのだい? どうせやり直すんだ、結局十五年という時の長さは同じ。等価とは言わないが、そこに大きな差はないだろう』
「本当にそうでしょうか?」
淡々と薄い唇を動かすヤナギさんが、クールに眼鏡を輝かせ。
「異能がなくなった、本来ある筈だった正しい時の中で十五年をやり直す。それは正しい歴史と言えるかもしれません、それでも……決定的な差があることに閣下は気づいておられません」
『生意気だけれど嫌いじゃない論法だ――そこまで言うのなら、その差を君は説明できるのかい?』
「それは――思い出ですよ、閣下」
ヤナギさんが、過去を眺める者の顔で。
「新しく時をやり直す十五年、そこにアカリさんがいなくなる。皆の記憶から消されてしまう。それは――損失です。少なくともどこかで彼女を娘と重ねていた僕にとっては、強くそう思えてしまいます。それに……思い出がなくなることで被害を受けるのは、僕だけではないと思いますよ」
思い出。
それが決定的な差だとヤナギさんは言いたいのだろう。
父が、うにゅっと目を見開く。
『ほう……続け給え』
「アカリさんは多くの人間に影響を与えました。多くの人間の思い出の中に強く刻まれている存在となっている筈です。異能力者の学校で、彼女は本当に暴れました。もみ消すのも大変なほどに、本当に……」
う……、なんかお父様がこっちを親の顔で睨んでいる。
「けれど、それはとても温かい記憶として、生徒たちの記憶に残っている筈です。生徒だけではありません、教師も皆、アカリさんには振り回されてばかりで、胃をいつも痛めておりました。ミミズに動転したアカリさんに校舎が破壊されたことなどまだ序の口。彼女が調理実習で作った、クレープと自称する謎の物体Xが突然自意識に目覚め……生徒の半分を包み込み、危うく消化されかけた時は、死を意識しましたし。SNS映え写真を撮るからプールを貸してくれと言われたので、見に行くとネッシーとチュパカブラとモスマンが泳いでいた等……本当に色々と」
うげ! バレてる!?
『そ、その……娘が、本当にすまなかったね』
頬をヒクつかせるお父様が、親としての謝罪をする中。
ヤナギさんが教師の顔で言う。
「それでも、おそらく……我々は誰一人としてその記憶を失いたいとは思っていないでしょう。大変でしたが、振り回されていましたが――若き異能力者をただ監視する組織だったはずの僕らに、教師としての本分を与えてくれた、そんな彼女の事を嫌っている教師はいないと断言します。それにです――」
少し恥ずかしそうに目線を逸らし。
クールな公安は、コホンと咳払いに言葉を乗せていた。
「彼女はアカリンとしてゲーム配信をしていたから猶更でしょう。僕も拝見していましたが、その……楽しかったですよ」
『奇遇だね、私もいつも眺めていたよ。課金しながらね!』
……。
え?
いやいやいや、まさかお父様って、ずっとあたしの配信を見てたの?
それって、娘的にはめっちゃ恥ずかしいんですけど。
マジないし。
いや、本気でない。
想像してみて欲しい、身内に配信をずっと観察されていた娘の心境を。
その辺を突っ込みたいのだが、真面目な話なので我慢しよう。
……。てか、あたしのアカウントとチャンネルを教えたことはなかったのだが……。
あたしは三魔猫をキリっと睨む。
クロシロ三毛。
それぞれが、音の鳴らない下手な口笛を吹きながら目線を逸らしていたので、後で、ちゃんと”お話し”をしようと思う。
そんなあたしの心を知らずに、シリアスは続く。
ヤナギさんが、まっすぐに父を見つめて語り掛けていた。
「そして思い出を失いたくないのは……アカリさんだけに限った話ではないと思いますよ? あなたの息子さん二人にも……きっと、十五年という時の中で多くの人間の記憶に刻まれている。様々な物語、人生と触れていた筈です。――閣下は我々から、彼女たちとの思い出を奪おうとしている。僕にはそう思えてしまいます」
いわゆる正攻法の説得である。
お父様も話を受けて、考え込み。
『なるほど、確かにウチの子達はとてもいい子だからね……出逢った人間達に刻んだ思いは数多くあるだろう』
父は深く考え。
ぴょこん! と耳を立て、ムフーっと名案を思い浮かんだ悪猫の顔で言う。
『ならば、我が子らと関わった人間、全てを異世界に連れ帰れば解決するという事だね』
「って!? どうしてそうなるのよ、お父さん! さらっと言ってるけど、それ、大量失踪になるわよ!?」
こう見えてもアカリンチャンネルの登録者数はそれなりに増えている。
それはあたしの努力の賜物なのだが。
政府関係者や、あたしを調べる組織ももちろんチェックはしていただろうし……。
あれ? 日本から、けっこう大事な組織がごっそり消えちゃうんじゃ。
そんな。
あたしの杞憂ならばいいと思う、優しさに構わず。
お父様が、背後から闇の霧を発生させる。
ざざざ、ざぁああああああぁぁぁぁぁぁ!
黒い靄が、部屋を包み。
闇の中から生まれたのは、絢爛豪華な魔猫王たるモノの玉座。
闇の中から赤い瞳が、三つ輝いている。
一対はお父様の瞳。
そして、もう一つは……猫目石の魔杖。魔王陛下から賜ったとされる、最強の魔杖。
『答えは得た――』
闇の霧が晴れた玉座の上には、黒々とした猫がちょこんと座っていた。
その頭には王冠。
肩には、紅蓮色に燃える外套を羽織っている。
バサっとマントを魔力で靡かせ、杖を掲げてニヒィ!
『我はケトス、大魔帝ケトス。汝らがCと呼ぶ者。魔王軍最高幹部にして、異世界の大邪神なり!』
だぁああああああああぁぁぁぁ!
名乗り上げまでしちゃった!
これ、実はお父様の決めポーズ、やる気を出しちゃった証でもあるのだ。
圧倒的な魔力が、地球を包み込み始める。
それはさながら世界に顕現した裏ボス。
バラなんとかを倒した後の、ゾーなんとかみたいなもんである。
頭を抱えて、髪をぐしゃぐしゃとしつつあたしは品なく唸っていた。
「あぁあああああぁぁぁ! もう、ちょっとヤナギさん! 説得失敗どころか、話が余計にややこしい事になったじゃない!」
「すみません――二ノ宮がいれば交渉ももう少し捗ったのでしょうが……」
そもそもお父様を説得する事自体が無謀だった説もあるが。
こんな事態なのに、肝心の池崎さんはキシシシっと嗤っていた。
「ははははは! 相変わらず、嬢ちゃんの父ちゃんはぶっとんでやがるな」
「笑い事じゃないってさっき言わなかった!?」
「と言われてもなあ。どうせ、全部やり直すんだ。最後ぐらい笑って終わってもいいだろう」
ひとしきり笑った後。
更に続けて池崎さんが言う。
「大丈夫だろうよ。いくらお前の親父さんでも、本当にお前さんと関わった人間、全てを異世界に連れ帰ってからリセットするなんてことはしねえだろ。ノリと気分でこうやっているだけ、どうせ次の瞬間にはオレだけが消えた正しい世界として、異能のない世界が――」
お父様の事を何もわかっていない池崎さんに、あたしはゲンコツ一発!
「ってぇぇぇな! なにすんだよ」
「そうなるわけないでしょう! お父様なのよ! 本当に、あたしたち兄妹が関わった人間を全て異世界に連れ帰って、それから時間をリセットさせる筈。そうなったら、日本は終わりよ! 十五年前に戻った時点で、大量の人が消えてなくなってることになっちゃうわ」
あたしの鬼の形相で察したのだろう。
「いやいやいや、おま……。まさか、本当にやらかすのか。お前の親父さん」
「やらかすわよ!」
「いや、だって……力ある者の責任とか、なんか偉そうな事言ってなかったか?」
なんで身内の恥を身内で説明しないといけないのか。
そう思いつつも、あたしはカァァァァっと頬を赤くし告げていた。
「それはそれ、これはこれとしてお父様はネコなのよ!? 気まぐれや思い付きで、世界をひっくり返すことなんて日常茶飯事なの!」
あたしの言葉を肯定するように、魔力の渦に逆らい立っている三魔猫が――。
『偉大な方ではあるのですが……この方はそういうお人ですニャ~』
『実際、それができてしまうから質が悪い』
『なれど。その騒動が巡り廻って……平和と繋がるパターンが多いので、だいたいお咎めニャしでありまするニャ~』
三魔猫のお墨付きに、池崎さんの顔が固まる。
そう、本当にやらかすと理解したのだろう。
ここで問題になってくるのが、お父様からの、この世界の人類への印象である。
ちなみに、おそらくだが。
あのループの中で、人類の微妙な部分を何回も眺めていて、なおかつ今度も醜い争奪戦をしているので心証は最悪。
「多少の不手際やマイナス行動があったとしても、世界を救った分で御釣りがくると本気で思っている筈よ。実際に異能を蒔いて世界を救ったのは事実だし、お父様は本気よ!」
宣言するあたしのスマホが鳴っていた。
こんな時に、誰よ!
そう思って確認すると、そこには沢田ちゃんの名があった。
「ちょっと、なによこんな時に……どったの?」
「ちぃーっす! アカリっち、話はこっちにも通じてるけど。別にあーしはいいわよ? アカリっちと一緒に異世界について行って~、新しい出会いを探すってのもありだし?」
同じ場所にいるのだろう、ヤンキーの梅原君の声が続く。
「おおおお、おれも、日向と一緒に行っても、ももも、問題ねえって思ってるからな!」
「いや、あんたらはいいでしょうけど。他の人はそうもいかないでしょうが……まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど。ちょっと忙しいから、切るわね」
お父様が言う。
『友達だね?』
「ええ、学校で知り合ったあたしの大切な思い出ってやつかしら」
『……とりあえず、その少年は置いていく。お父さんは、許しませんからね!』
駄目だこりゃ。
玉座と王冠とマントを召喚しちゃってるのも、実にまずい。
これ……コスプレにゃんこにみえるが……わりと本気になった時にお父様が装備する、大魔帝セット一式と呼ばれる神器なのである。
しかし、あたしはくすりと微笑んだまま。
「つまりは、やっぱり止めるのなら力尽くってことでいいみたいね! お父様! 魔導契約をしていただきますわ!」
『いいだろう! 条件は先ほどのモノでいいのだね?』
「ええ! 勝利条件は相手を戦闘不能にさせる事、ただし! 地球を破壊せず、死者も出さず。更に、相手の存在を蘇生不可能なほどに消し去ることも禁止。禁止事項を破った時点で、破った側の負け。これでどう!」
これはこっちにめっちゃ有利な条件であるが。
それを理解してもなお、お父様は余裕である。
『いいだろう! では契約だ、大魔帝ケトスの名において受諾する!』
「日向アカリの名において受諾いたします!」
ここに決闘の魔導契約が刻まれる。
お父様の弱点は強すぎる事。
うっかり本気の溜め息でも漏らせば、北半球を吹っ飛ばすほどの非常識。
そんなお父様が、死者を出さずに戦う事は、小さな針糸の穴に、超高層ビルを通すような難易度となる筈。
それでも普通ならばお父様が勝つ。
そう、普通ならば。
長年のループの中で、それを理解しているのだろう。
やりとりを眺めていた池崎さんがまともに顔色を変えて、叫んでいた。
「おい待て、嬢ちゃん! まさか本当に勝てるとは思ってねえんだろう! もういいだろう。意地を張って、親父を困らせるんじゃねえって。怪我をするだけだ、やめとけ!」
「ねえ池崎さん。聞きたいんだけど、いいかしら?」
相手は結構慌てているが、こっちは意外にも冷静。
「あたし、今までこういう状況で負けたことって、一度でもあったかしら?」
「そ、それは――……っ。だがな、相手はお前の親父だぞ!? 卑怯な手を使ってなんとか勝った兄貴たちとは比べ物にならない存在だろうが」
慎重なあたしは、なんだかんだで勝てる戦いしか選択してこなかった。
そして。
今もそうだった。
「宣言するわ。あたし、お父様に勝って――あなたを眷属にする。これは確定事項よ」
『私に勝つとは、それは楽しみだね――』
宣言に応えたのは――苦笑半分、興味半分といった様子のお父様の声。
更に、周囲に声が届いた。
天からの声である。
『ふむ、その勝負――我らも承諾する』
突如として発生した神雷が、床に召喚円を刻み。
わぉおぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉん!
顕現したのは、異世界の主神。
その背には、高貴な鶏冠を輝かせるニワトリも乗っている。
三獣神が二柱、父と同格となる神の顕現だった。
雄々しく唸る白銀の魔狼が、世界を守る結界を張る。
猛き慟哭を奏でる神鶏が、地球に自動再生の超規模回復魔術を展開する。
ハウルおじ様と、ロックおじ様である。
ロックおじ様が言う。
『クワワワワッワ! 面白くなってきたではないか、よいよい! 余らが見届けよう!』
『審判は我に任せよ――』
次元を司るケモノとしての性質をもつハウルおじ様が、肉球を鳴らす。
シュシュススススシュシュシュ――!
空間を支配し、応接室となっていたこの部屋そのものを拡張したのだろう。
あたしとお父様が戦っても問題のない空間に作り替えたのだ。
だが。
お父様は娘相手に本気を出すつもりはないのだろう。
空に浮かぶ玉座にふんぞり返ったまま、魔杖の先端で何もない空間を叩く。
『さて、まずは小手調べだ。君がどれほど戦えるようになったのか――チェックさせてもらうよ』
キィィィン!
キイィィィィン!
キイィィィィィン!
発生したのは十重の魔法陣。
計測限界となった魔術式は全て十重で止まる、けれどその模様や厚さ、並列された魔法陣の数でその差は歴然と現れる。
お父様が発生させたのは、二百五十六個の十重の魔法陣。
二百五十六属性の魔術攻撃が、同時に展開されていた。
……。
これのどこが小手調べなのよ!
普段ならばそう叫んでいたところだろうが。
ザン――!
あたしは父の魔術を真正面から断ち切っていた。
剣聖の乙女の握る刀身が、二百五十六の魔法陣を一薙ぎで打ち消していたのだ。
少しだけ、大人びた口調のあたしが言う。
「言っておきますけど、あたし、今回はちょっと本気で怒っているの。全部勝手に決められて、はいそうですかなんて納得するのは、あなたの娘としても間違っているわ。お父様も言っていたでしょう、大人だって間違う事はある。だから、今回だけは本気よ――」
赤く揺らめく髪を背景にするあたしの手には、虹色に輝く聖剣が握られている。
斬撃による魔術の解体。
真っ向からの力勝負で切り裂いたのである。
『ふむ、言うのは易いね。なら、これでどうだい?』
わずかに瞳を細めた父が、更に三度、何もない空間を杖で撫でる。
今度は、三か所で同じ魔術が発生する。
が――!
「あまりあたしを甘く見ないでいただきたいわ、お父様」
刹那――!
音すら鳴らさず、父の魔術は消えていた。
再度あたしが、その悉くを断ち切っていたのだ。
聖剣を握るあたしの周囲に舞っているのは、キラキラキラと輝く白い結晶状の魔力。
破壊された魔術式が、赤い幻影を辿り霧散する中。
感嘆とした息が、父の口から漏れる。
『ふむ、これは驚いた――どうやら戯言じゃないようだね』
「どうなってやがる……っ」
池崎さんが、喉の奥から驚愕の息を漏らしていた。
おじ様たちも、瞳孔を広げていた。
『ほう! 一瞬でも父に匹敵するほどの魔力か』
『うむ……どのようなインチキを用いた手段かは知らぬが、父と同等の力を発揮しておるようだな』
二柱の友の言葉を聞き。
お父様は、くくく、くはははははは! と、愉快そうに笑い。
玉座の上でふんぞり返っていた父の姿勢が、変わる。
『いいだろう! さあ来なさい! 我が娘よ』
「言われなくても、勝たせてもらうわ!」
これはどうしても負けられない戦い。
だから。
あたしは――どんな手段を使ってでも、勝利を掴みとってみせる。
ていうか。
さんざん好き勝手にやってくれたしっ!
池崎さんを消し去るような選択までしちゃうし!
たまには頭から冷水をぶっかけて、反省させるぐらいするのが!
娘の義務ってものなのだ!




