第百十七話、神たる父はかく語る ~なんでもできるが、できぬこと~
ローストビーフをべっちゃべっちゃと平らげて。
肉球についたタレをチペチペと舐め上げるのは、もっふもっふな黒き毛玉生物。
大魔帝ケトス、あたしのお父さんにしてヤベエ神である。
見た目はネコだが、その威圧感は半端ない。
人間たちが恐怖に慄く中。
家族なのであたしだけは平然としたまま――。
「で、お父様――、一連の事件について、こっちは山ほど文句とかもあるんですけど。今は先に聞きたいわ、何をしにいらしたの?」
ジト目のあたしにお父様は猫目を細め。
『決まっているだろう? 娘を政略結婚に使うとか言い出した輩を七代前まで辿って、存在を消去しようと思ってね』
「はいはい、そういう冗談はお父様の場合は洒落にならないからやめて頂戴」
『いや、冗談ではなく私はわりと本気なのだけれど――』
額にイカリマークを浮かべ、あたしが言う。
「本当にできるから洒落にならないんでしょうが! こっちの、なんだっけ。牧瀬さん? も、ちゃんと丁寧に答えたでしょうが。彼は上から言われているだけ、現場で動かされる部下を責めるのは可哀そうでしょうが」
『ふむ、あの我儘姫だった君がそういったことを考えられるようになった。それは良い傾向だね』
我儘ネコ神に言われたくないのだが。
お父様はとってとってとって♪
肉球ステップで絨毯を歩き、ソファーにどすん!
『人間諸君、自己紹介が遅れたね。私がケトス。大魔帝ケトス。これでも異世界ではそれなりに名の知れた存在だ。覚えておいてくれると助かるよ――まあ、君達が生き残れるのならの話だが』
自己紹介を受けて動いたのは、ヤナギさんだった。
「お初にお目にかかります。僕は――」
『ああ、全部見ていたから知っているよ。ロックウェル卿の使徒だろう? そしてかつての私の一部を受け継いだ聖遺物継承者。どうかな、君、この世界を捨てて私の配下にならないかい? 魔王軍では随時戦力を募集している。優秀な君ならば、かならずや魔王陛下のお役に立つ事だろう』
お父様が肉球を伸ばし――。
って!
「なにいきなり勧誘してるのよ!」
『おや、娘よ。優秀な人材確保は最優先。それができるネコ上司ってものなのさ』
見た目は、ふふんと偉そうにドヤ顔をする黒猫である。
ヤナギさんは困惑しつつ。
「僕は、あの方に忠誠を誓っておりますので」
『そうだね。卿の眷属を奪うのはスマートじゃないか。まあ、いつでも歓迎しているから頭の隅にでも入れておいてくれ給えよ。卿はともかく。こんな人類たちに力を貸すよりも、よほどいいだろう?』
こんな人類って。
めちゃくちゃ棘のある言い方である。
話に割り込むしかないか。
はぁ……と、家族で会話する声であたしが言う。
「もう、お父さんたら……ヤナギさんの勧誘とかの話は今じゃなくていいでしょう? 先にお父さんが今の人間たちに対して、どう思ってるかとか、これからどうしたいかとか、前向きに話を進めましょうよ」
『おやアカリ、君が仕切るのかい』
「だって、お父さんの話って本当にネコみたいに、あっちいったりこっちいったり、どこまで行っても好き勝手に動くじゃない。あたしに政略結婚の話をだしてきたから、居ても立っても居られず顕現したんじゃなかったの?」
『ふむ――そうだね』
言われて父は考え込み。
ザアァアァアァァっと闇の霧を纏い、その姿を黒衣の神父に変貌させる。
お父様の転生前の姿――いわゆる人型モードであるが、まあ外見は冗談抜きでミステリアスな超美形なので国賓用の部屋にはよく合っていた。
ディカプリオくんが直接会う事になったら、たぶん号泣しちゃうだろうなあ。
『えーと、人間側の代表は君でいいのかな?』
「え、ええ。そうなっております。牧瀬と申します……なにぶん、異能力を持たぬ普通の人間ではこの場にいることすら難しいでしょうからなあ」
このカマキリおっちゃんも異能力者だったのか。
ま、お父様と正面から話せているだけ本当にすごいけど。
……。
それなりの上の方の中間管理職なのだろうか、この人も可愛そうに……。
『では牧瀬氏。君に告げておこう――私は子ども達をこのまま連れ帰ろうと思っているんだ。そういう計画があったとしても、意味がない。あまりくだらない小細工は止してくれ。娘の顔を免じて許すが、次はないよ』
「承知いたしました。ですがその、一つ宜しいでしょうか?」
『いいよ、言ってごらん』
勝手に話を進める二人に、あたしはちょっとご立腹だが。
ここで話を折るほど、子どもではない。
「御長男さんの炎舞殿下は、その、こちらの用意したハニートラップでデレデレなさっているのですが……止めさせた方がよろしいでしょうか」
……。
あたしは、鏡状の遠見の魔術を発動する。
たしかに。
クラスメイトの女子に囲まれて、照れた様子で首の後ろを掻く、女子に弱い、乙女ゲームのワイルド系キャラみたいな兄がそこにいる。
お父様は苦笑し――。
『炎舞は女性に優しすぎるのが弱点だね。相手の企みに気付いていても、邪険にできないのだろう。私の愛する家族である長男に、こういったハニートラップを仕掛けているという事は、次男の月影にも同じことをしているのかい?』
「その筈ですが――」
『消息を絶ってしまったのだろう?』
お父様がこちらを振り向くので、あたしは助手みたいな感じに鏡の映像を切り替える。
そこにあったのは毛玉の群れ。
無数のネコを侍らせた月兄が、魔猫学園の森のレストランで食事をする光景が映っていた。
あたしがお父様と一緒に覗いていることを察知したのだろう。
お父様にお辞儀をし、モフモフネコ達を侍らせて、ドヤ顔をしていた。
あたしが呆れ顔で言う。
「どうやら、老若男女問わず魅了されて――全員が全員猫化されて眷属にされちゃったみたいね。もうこうなったらあの人たち、二度と人間には戻らないわよ? お兄ちゃん、一度自分の所有物にすると二度と手放さないでしょうし。どーするのよ、これ……」
『ははははは、いいじゃないか。至高なる種族、ネコになれたのだから彼らも幸せだろうさ』
と、胸の前で穏やかに拍手をしながら我が父である。
価値観が違うし、ネコになれたことを本当に祝福してるしなあ。
あたしは、露骨に肩を落とし。
「あのねえお父様、笑い事じゃないでしょう」
『笑い事さ。少なくともあの子の眷属になったのなら、身の安全は保障されるだろうからね』
「そういう見解もあるか――まあ、月兄の事は考えても仕方ないし、いいわ。結局、お父様たち三獣神はこれからどうなさるおつもりなの。あたし達に何か仕掛けてくるなら、ブチ切れるって事だけは理解してるけど」
その辺のことを、はっきりとさせておきたくはある。
父は静かに口を開いた。
『災厄の芽は摘まれた。一応、君たち人類は我が子たちの協力を取り付け困難に立ち向かい、そして勝利した。それはいい、実にありきたりな英雄譚だとは思うけれどね。でも――』
言葉を区切り、背広の方々に目をやって。
『その結末の後まで、君達はやはりありきたりな答えを出そうとしている。うちの子達を国家間の争いに利用しようとしていることに、はっきりといえば不快感を覚えているのさ。魔術すらろくに扱えないくせに、随分と生意気じゃないか』
「それはその、手厳しいですなあ」
お話相手のカマキリおっちゃんは、恐縮しきりで額を拭き拭き。
ハンカチで汗を拭きとっているのだが。
……汗の量がすっごい。
『アカリ、君だってまさか国家に使われたいわけじゃないだろう』
「そりゃまあね」
あたしは考え。
「けれど現実問題として、これからはもっと異能力の戦いは増えることになるわ。この世界にあたしがいる限り、絶対に頼ろうとしてくる輩が出ることは確かでしょうね。助けてくれるかもしれない存在に頼るなって言うのは、なかなか難しいとは思ってるわよ。だから――」
もう心に決めたことを、あたしはそっと口にする。
「やっぱり、あたしはこの世界を去るわ」
お父様に伝えたら、気が軽くなった。
諦めがついたのだ。
たぶんそれが正解。
あたしの、この世界での物語はこれで終わるのだ。
走馬灯とは違うが、思い出があたしの鼻を僅かに擽っていた。
異能力者学校の友達の顔が浮かんでいたのだ。
それほど長い間いたわけではないが、あの学校生活はちゃんとあたしの大切な記憶、思い出の一ページとなっているのだろう。
なんでもお見通しという顔で、父が言う。
『いいのかい?』
「いいも悪いもないでしょう。あたしのせいで多くの人の一生が変わってしまうなんて、良い気分じゃないもの」
『そうだね――それが力ある者達の責任でもある』
父さまは、あたしに力ある者の責任を教えたかったのだろうか。
今までの事件全てが、あたし達への教育だった。
なんてことも、この父ならばありえる。
お父様は優しく微笑し。
『ごめんよ、アカリ……、父さんは君に謝らないといけないね。今更だけど、ちゃんと言っておこうと思うんだ――私は君に感謝と謝罪を述べよう。この世界を救う、そんな面倒な仕事を生まれる前から君に与えてしまって、悪かったね。君はこの世界との別れが寂しいと思っているね。君に悲しい思いをさせてしまっていることを……私はね、少し、反省しているんだ』
父がこうやって謝罪するのは珍しい。
『この世界がいずれパンデミックの災厄で滅んでしまう事は、決まっていた。けれど、この世界を助けたいと願った方がいらっしゃったんだ。私は、その方に大変な恩を感じている。だから、私は生まれてくる君達三兄妹に運命を押し付けてしまった……。でもね、父さんは思うんだ。もっと別の方法を探るべきではなかったのかと、考えている。いずれ大いなる神の一柱となるだろう君たちの、その心の成長を私は願っていたが……。そもそもだ、この世界を救うという手段で成長を願ったのは――失敗だったかもしれないと、今の私はそう思ってしまっているんだよ』
失敗って。
あたしはジト目で口を尖らせる。
「あのねえ、お父さん。人がせっかく救った世界を、救ったことが失敗だったみたいに言わないでよ」
『そうだね――すまない、そういう意味じゃないさ。私は、君達三兄妹が世界を救うことになることを知っていて、そうなるようにと誘導していた。この地を救ってもらうためにね。けれど……』
言葉を探りながら、父は長い指を顔の前で組み。
『結果的に、君たちの自由を奪ってしまっていたのではないか。そう思えてしまったんだ……。憎悪の魔性であり、反救世主である私は心というものがあまり理解できない、本当に、あまり得意じゃないんだ。だから、何が正しかったのか、うまく理解できていなくてね、私が君たちの成長を願って、手を出さないでいた。それは本当だ。でも――妻たちにも君たちにも、私の勝手な思いを押し付けて……不安や心配をかけてしまったのではないか、悪い事をしてしまったのではないか、そうも思っているのさ。私は人類の運命と家族の十五年間を天秤にかけ、人類の方を選んでしまった……悪いパパだったんじゃないかと、少し後悔しているんだ』
億を超える人類と、家族七人とじゃあしょうがない。
しかし。
「お父様……そんなことを考えていらしたのね。意外だわ。ありとあらゆることを計算して、全てを理想通りに運んで……完璧な道をいつでも見つけているものだとばかり……」
『私はそこまで完璧じゃないよ。君も大人になれば分かるさ――大人だからって、絶対に正解を選び続けているわけじゃない』
思えば、父とこういう話をしたことはなかったかもしれない。
あたしがまだ完全に子どもだったから、話してくれなかったのだろうか。
でも、今は話してくれる。
一連の事件で、あたしも少しは父に認められたという事だろうか。
それは、まあ。
ちょっと、嬉しい……かも?
「まあ……十五年ぐらいいいじゃない。あたしたちは死んだとしても死なない。きっと、お父様のように永遠に生きる存在ですもの。その人生の長さからすれば、たった十五年よ? 誤差みたいなものと思わない?」
軽く返す私に、やはり苦笑で返し。
姿をネコに戻し――。
完全に黒猫に戻ったお父様は、自らの考えを掴むように、丸い口を動かしてみせる。
『それでも――若い間の十五年はとても貴重だよ。妻たちは、それでも私に賛同してくれたけれど……父さんはね、分からなくなってしまったよ。親になるっていうのは、分からないことばかりだね。私にできないことはない……世界を滅ぼすことも救う事も簡単なのに。これだけは儘ならない。君達の幸せを願っているのに、思うように動けない。私は、いつでも考えているよ――どうすれば君たちを愛していると、大事だと、ちゃんと伝えられるのか』
お母さん達にも悪いと思っている、とのことだが。
あの人たちは。お父さんにぞっこんだからなあ……。
いつだって同じパターンなのよねえ。
結局は全部許してしまい、目の前でイチャコラされて、あたしたち子どもは微妙に反応に困ったりするのだが。
「お父様は考えすぎなのよ――シンプルな答えがあるわ! あたしはこの世界が好きよ。お兄ちゃんたちはどうか知らないけど、みんなの日常を守れてよかった。心から、そう思っているわ!」
ビシっと明るい口調で言って、あたしはニヒヒヒ!
好きなものを守れて嬉しい。
それがあたしの答えだった。
『アカリは優しいね。けど――その優しさを利用しようとするものは必ず現れる』
言って、お父様が肉球で軽くテーブルを叩く。
衝撃が世界の法則を書き換えたのだろう。
魔術式が、浮かび上がってきた。
それは普通の人間でも読み取れる形となって再構築され、映像となり開始される。
そこにはあたしたちの力を手に入れようと動く、様々な組織の姿が映っていた。
遠くの、場所すら把握していないそういった連中を、一斉に映し出すオリジナル魔術なのだろう。
非常に悔しいが、あたしではこんな一瞬でそんな魔術を組み上げることはできない。
滅茶苦茶悔しいのだが、その辺を隠しあたしが言う。
「んー……牧瀬さん、あの人たちって?」
「我らとは違う国家の犬や、他国からのエージェント。それに、極道や大手企業に雇われた異能力者組織など、様々ですな。閣下のおっしゃる通り、おそらくは……あなたがたの協力をどうにかして手に入れようと工作をしているのでしょう」
上司である牧瀬氏の言葉に続き、ヤナギさんが慇懃なしぐさで父に礼をし。
「ご不快ならば、消してきますが――」
この公安、さらっと怖い事を言いやがった。
ま、ヤナギさんにとってはこれらは平和を脅かす敵なのだろうが。
異能力が発生した後の公安って、さりげなく怖い組織よねえ……。
しかし、現実的な問題として彼らの誰かがあたしをどうにかするために、誰かを不幸にしたら。
あたしは先ほどの結婚の話を聞いたお父様と同じように、怒るだろう。
実際に相手が行動していたら、あたしは何も言わずその愚かな存在を組織ごと――消す。
これから起こる、新たな争いの種。
異能力と魔術。
そしてその頂点にあると言えるのが、あたし達なのだ。
問題はあたしたちが去ったところで、騒動が終わらないこと。
そう考えたあたしの心を読んだのだろうか。
父があたしを横目で見て、尻尾を僅かに揺らし――。
『消す必要はないさ――少し、私に考えがあってね。聞いて貰えるかい?』
何かを企んでいるようだが。
いったい、何を考えているんだか。
あたしは父の考えを聞くことにした。




