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第百十五話、セピア色の写真 ~パパ(お父さん)~



 案内された場所は署というよりは、迎賓館。

 国賓を待たせるような、それなり以上に豪奢な場所だった。


 中古でさえ手が付けられないような、調度品に囲まれながら。

 軋む音さえならぬ高級な椅子に腰かけ――憂いを帯びた微笑を浮かべているのは、黒髪の美少女。

 当然、あたしのことである!


 あたしはそこでおとなしく、パクパクパク♪

 食感が強めなクルミ入りのチョコレートケーキと、紅茶を楽しんでいたのだが。

 なにやら、ノックの音がする。


 この気配は――。


「構わなくてよ、どうぞ――お入りになって」

「それでは、失礼させていただきますよ――アカリさん」


 本物のイケオジである公安のヤナギさん登場である。

 今日もクール眼鏡が際立っているが、いつもとは少し雰囲気が違ってゴージャス、というか格式高い服で揃えている。

 髪まで整えた正装は、まあ国賓と会うための準備と言ったところか。


 てっきり拘束されているものだと思っていたのだが。

 周囲を見渡すヤナギさんに、あたしは言う。


「大丈夫。盗聴されてる気配も盗撮されてる気配もないわ。ホークアイ君と上の、アレ以外には聞かれない筈よ」


 あたしはくすりと微笑み、魔力で浮かせたティーカップでトトトトト。

 彼の分も注いでみせる。

 前に座ってと促されたヤナギさんは周囲をさらに見渡し、ふむ……とクールに息を吐き。


「驚きました、暴れていないのですね」

「あなたねえ……あたしをどんな目で見ているのよ」

「どんなと言われましても、聞きたいのですか?」


 どうせ、またわりと辛辣な言葉が返ってくるからパスである。


「まあいいわ。で? これはいったいどういうこと? てっきりあなたも秘密を持ちすぎたから尋問を受けていた、なーんてパターンだと思っていたんですけど」

「騒動が終わった途端、必ずこうなるとは読んでいましたからね。先に色々と根回しをしておいたのですよ。既に空になっているローストビーフと、あなたがお召し上がりになっているそのチョコレートケーキが証拠ですね」


 なるほど。

 ヤナギさんがあたしを退屈させないように、色々と準備をしていたのか。


「それじゃあ妙にここの人たちが、ニッコニコなのは」

「ここのスタッフは全員味方と思っていいでしょう。沢田さんのフレンドリーの能力で、かなり”仲の良いお友達化”されていますので。不便はないと思いますよ」


 軽く言ってるが。

 あたしはジト目で、涼しげな厚顔を眺めていた。


「それって、集団洗脳じゃあ――」

「何か問題でも?」


 まーた、このイケオジはスマートにさらっとしれっと言いきりおった。

 沢田ちゃんの能力って、悪用すれば相当ヤバい力なのよねえ。

 あたしクラスになればレジストできるが、そうでないのなら、本当に心からの友に精神汚染できるっぽいし。


「これが水面下で動いていた作戦ってところかしら――あたし達がギシリトールと戦ってる間に、もう手を打っていたのね。さすがだわ。そういうのって、どれだけ戦闘訓練をしたって学習できない分野なのよねえ。褒めてあげるわよ、とりあえずあたしは不機嫌じゃなくなってるし、成功よ」

「あなたに褒められるのは、悪い気分ではありませんね」


 ヤナギさん。

 渾身のイケオジスマイルである、あたしが言うのもなんだけど、この人も結構丸くなったわよねえ。

 これで性格がまともなら、悪くない物件なんでしょうけど。


 あたしは紅茶に口をつけ。

 揺れる波紋に目を落としながら、言葉を揺らす。


「それで――大黒さんはどうなってるの? 彼女、最初の事件で黒幕だったでしょ。そのことは超法規的措置で見過ごされ、解放されていただけ。でも、こうなった今は――」

「問題なく保護しておりますよ。とりあえず、あなた方兄妹の機嫌を絶対に損ねないようにすることが目的なのですから」


 ヤナギさんと二ノ宮さんが中心となって動いているのかな。

 なかなか胃が痛そうな仕事である。

 再びあたしはくすりと笑みをこぼしてしまう。


「公安の仕事じゃないでしょうに、大変ね」

「ご心配なく。国家を守ることが仕事ですから、公安の仕事ですよ――」

「そーいうもんかしらねえ」


 ま、本人がそう言っているのなら別にいいけど。

 さて。


「大きな問題があるわ。おじ様の使徒であるあなたならもう分かっているでしょうけど――見てるわよ、あの人たちが」

「三獣神……異世界においても絶対に敵にしてはならない、三柱の獣神、ですね」

「ロックおじ様はなんとおっしゃってるの?」


 あたしの問いかけに首を横に振り。


「災厄による脅威は去った。あとはオマエタチの問題だ、と」

「そう……。やっぱり、お父様たちはあの狂えるクライストの怪物の事件で一区切り。異能をバラまいたことへの責任とケジメは済んだ、上位存在として手を貸すことをやめた……そういう事なんでしょうね」

「と、仰いますと?」


 あたしは思考を加速させる。


「今はもう、役割を果たし終えたと判断した。保護者的な立ち位置からも消えた……ってことよ。本当は、神が人間に自立を促すことは悪いことじゃないんですけどね。でも、今はちょっとまずい事になっているわ」

「具体的に、あの方々は我々に何を求めているのでしょうか」


 しんそこ疲れた息を吐き。

 あたしは言う。


「ぶっちゃけさあ、あたしになにかあったら……お父さん達、問答無用でやらかすわよ」

「なるほど――厄介ですね」


 ヤナギさんは目線を落として考え込み。

 手品師のように繊細そうで長い指を、組みながら――。


「我々は戦いの後に、煩い連中が動くと前々から踏んでいました。いままで特例とされてきたことを、よく思わぬ連中も多かったですからね。そして彼らはあれでも自分なりの正義を貫く公僕や、我々とは違うやり方、思想で国を大事に思い動く者達。彼らは彼らの信じる正義のために、必ずあなたたち三兄妹や異能力者に手を伸ばすだろうと――」


 どこの世界でもよくある話か。

 異世界だって勇者が悪を滅ぼした後に、追放されたり、迫害されたり。

 利用されたり……。

 まあ、色々な悪い話は枚挙にいとまがない。


 ヤナギさんが言う。


「だから、沢田さんや、他の精神に左右させる異能力者を活用し――そういった流れになったとしても、あなたや異能力者が不当な扱いを受けないように、水面下で工作し続けていたのですが」

「結局、あたしはこうして不法入国や不法滞在を理由に、軟禁されているってわけね。ま、現状だと不満はないけれど――もし、あたしの大事なお友達や家族に何かあったら……悪いけど、あたしもどうするかは分からないわ」


 揺れる紅茶の波紋に、赤い髪の美少女姫の姿が映っていた。

 もしそうなったらを想像し、魔力が荒ぶったのである。

 おっといけない、髪がサディスティックモードになってる。


 紅茶に口を付け、気を鎮めるあたしに――ヤナギさんが眼鏡を輝かせ。


「アカリさん、攻撃色になると怖いのでやめて貰えますか?」


 ぶび!

 こ、攻撃色!?

 この美しい赤雪姫モードに、そんな愉快な名前を付けないで欲しいんですけど!


「そういう表現はなんかイラっとするわね……ま、冗談抜きで、それこそ沢田ちゃんとかが政府とか、国だとかに拉致されて――なんて話になったら、あたしも考えを改めることになるから。それだけは先に言っておくわ」


 こっちも一応警告である。

 頷いたヤナギさんが、少々前かがみになり。


「とりあえずのところは、あなたたちには絶対に手を出すな。関係者にも手を出すな。世界が滅ぶぞ、と――その辺を、丁寧で面倒な言葉にした警告をこちらでも送っています。アカリさん達への対応を含め、偉い方々が集まって会議をしているようですが、彼らが賢明な判断をしてくれることを願うまでですね」

「そういうのって国会でやらなくていいの?」

「まだ異能力者や異世界人の存在は、公では認められていませんからね。存在しないものに対して、公の場で会議はできないでしょう」


 やっぱり、あたしたち……。

 というか、異能や魔術はもう邪魔なのかな。


「帰るしか、ないのかもしれないわね」

「帰るとは……」

「異世界に完全に戻るって事よ。まあ、ディカプリオ神父を連れて帰る気だったし、そのままもう二度と――こっちには帰らない。それも一つの選択ってこと」


 あたしはこちらで十五年を過ごしたから、なんだかそれは少しだけ寂しいかもしれない。

 でも仕方ないという事もある。

 僅かに曇った表情を作ったヤナギさんが、メガネをくいっとさせ。


「とはいっても、それを政府関係者が信じるかどうかは、また別問題でしょうね――」

「信じるも何も、いなくなったら分かるんじゃないの? どこを探してもいないわけだし」


 呑気に言うあたしとは裏腹――。

 少々疲れた笑みを浮かべ。

 人間の負の部分を知る公安の男が言う。


「我々はあなた達が悪い存在ではないと知っています。けれど、多くの人間は違う。異能力や魔術をもって、世界征服にやってきたエイリアンのように思っている輩もいるでしょう。ヒステリックに、力尽くでも拘束しろと喚いている連中が僕の周りにもいましたからね」

「そう、あなたも大変ね――」


 それをヤナギさんが諭し、止めたのだろう。

 ま、一時的とはいえ全国制圧したんだから、多少はそういう過激な連中がいるのも無理ないか。

 と、あたしはまあ大人な対応なのだが。


「大変ではありませんでしたよ。まあ多少は手が痛くなりましたが」

「ん? 手ってどういうこと?」

「大したことではないのですが――つい、近くにあった電信柱を殴ってしまったのです――衝撃で倒れて停電も起こりました。倒れた電信柱はヴァイス大帝が直してくださいましたが、そういう衝動的な行動が自分にもあるとは……この歳になって初めて知り、多少は驚きましたよ」


 電柱を倒したって……。

 そりゃあヤナギさんも普通の人間じゃないから。

 電柱を殴ったら、そうなるわな。


「あら、もしかして。あたしを心配して怒ってくれたって事かしら?」

「そうですが――なにか?」


 真顔でクール眼鏡イケオジが、眉を顰めている。

 いや、そんなんじゃないですとか、そういう反応を求めていたのだが。

 あ、あたしが照れてどうする!


 やっぱり父の心臓の影響を受けているのだろう。

 その辺のことを言うべきかどうか。

 知っているのは池崎さんぐらいだろうし。


 あの人も、あえてそんなことをヤナギさんには語らないだろうし。


「どうかしましたか?」

「んー……ねえ、ヤナギさん。もしかして結構、というかだいぶ前に――心臓の移植手術とか受けたことある?」

「どうしてそれを――」


 やっぱり確定か。

 ヤナギさんは聖遺物事件を知っているし、たぶん話を理解はしてくれるだろう。

 あたしはその心臓の上を指でつつく動作をして。


「パパって呼んだ方がいいかしら? なーんて冗談よ。タイミング的に考えてまず間違いないわね。あなたの中にはあたしのお父様の一部が今でも動いている――そういうことよ……って!? ど、どうしたの」


 ヤナギさんが珍しく、瞳を揺らしていたのだ。

 呆然というか、驚いたというか。

 そういう類の反応なのだが。


「ご、ごめんなさい。もうちょっと丁寧に説明すればよかったわね。たぶんだけど、あなたに移植されたのは……」

「すみません。それは別に構わないのですが。パパと言われて、少し驚いただけで――」


 いやいや別によくはないでしょうが。

 しかし、パパにここまで反応するって……。

 パパ活のパパ側になっていたってわけでもないだろうに。


 その時だった。

 どうしてだろうか――。

 既視感が走った。


 あたしも知らないあたしが、ヤナギさんと語っている。

 ……。

 あたしは、察してしまった。


「ごめん、無神経だったわね。本当に謝罪するわ」

「まだ何も言っていないのですが……? いえ、確かに。あなたが想像している通りだと思いますが――なぜ、それを」


 パパと言われて一瞬、心を揺らす。

 そういう趣味の人を除けば、ありそうな可能性は一つだろう。


「ヤナギさん。あなたって本名が違うでしょう。だから、昔に何かあったのかなって――詮索するつもりはなかったんだけど、その……」


 駄目だ。

 うまい言葉が見つからない。

 この冷静な男が、あれほどの顔をしてしまった理由は分かり切っている。


 かつて、本当に子どもがいたのだろう。

 家族がいたのだろう。

 温かい家庭があったのだろう。


 あたしの脳裏には既視感が走っていた。

 きっと、あたしの知らないあたしがヤナギさんと話した、あるいはその事情を知ったルートもあったのだろう。

 記憶の中――まだ若いヤナギさんが、亡くした妻と子供の遺骨を眺め、ただただ呆然と、涙を流す残像が浮かんでいた。


 たぶん、あたしの知らないあたしが過去視を使っていたのだろう。

 パパだけが、生き残ってしまったよ……と。

 絶望に嗤い、胸の手術痕を掻きむしる、過去のヤナギさんが映っている。


 それなのに、あたし……パパって。

 ……。

 ぎゃああぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!

 さっきまでの自分を殴ってやりたい!


「失敗したって顔をしていますね」

「大失態よ……今、自分の考えのなさにマジでちょっとへこんでるわ」


 素直に告げるあたしに、ヤナギさんが優しい笑みを作り。


「こちらこそ、動揺してしまって申し訳ありません。もし娘が生きていたら。あなたぐらいの年齢になっていたら……きっと、あなたのように聡明で……少しお転婆な子になっていたのかと、そう思ってしまったのかもしれません。だから、あの一言に油断しました」

「うわ……あたし、ダイレクトアタックしちゃったわけね」


 口の軽さをちょっと反省しよう。


「そんな顔をしないでください。昔の話ですから気になさらずに」


 本名が違うのは、おそらく奥さんと死別して籍を抜いた。

 あるいは公安として生きるために、名を捨てたのか。


 けれど、魂ではその時の名を記憶している。

 彼の中での本名は、その日のまま――。

 あたしの鑑定では、ヤナギさんではない名前が最初から見えていた。


 あたしは今、どんな顔をしているのだろうか。


 彼は苦笑し。

 写真を取り出していた。


「これは……?」

「誰にも見せたことのない、僕の過去ですよ」


 そこには、まだ二十歳ぐらいのヤナギさんと……とても綺麗な大人の女性と、生まれたばかりと思われる子どもがいる。

 ヤナギさんの年齢を考えると……。

 おそらく、この写真を撮ってしばらくして――事件に巻き込まれた。


 家族ごと巻き込まれる犯罪があったのだろう。


 そしてヤナギさんだけが生き残り、手術を受け。

 偶然、聖遺物を手に入れた……か。


「――僕が、自分の信じる正義を貫く事。そしてこの国を守ることを決意した……たとえ失ってしまっても、絶対に忘れられない思い出です」


 言葉には重みがあった。

 あたしの知らない世界を知っている大人の男性が、忘れられぬ過去を眺め。

 苦い微笑を零している。


「大切な日々でした。とても、本当に――だから僕は人々の平和を守りたいのです。幸せの中で暮らす人々が、僕と同じ悲しい思いをしないように――。ですので、今回は世界を救っていただき、本当に感謝しているんですよ。僕は、不器用ですから――もしかしたら伝わっていないかもしれませんが、本当に。日向アカリさん、あなたに、感謝しているのです」


 とても綺麗な顔だった。

 あたしが今まで見てきた、どの大人よりも誠実そうな。

 ……。


 あたしは言った。


「子どもって、やっぱりとても大事な……宝物のような存在でしょう」

「ええ、今でもそう思っていますよ」


 だから。

 あたしの事も必死に守ってくれた。


「ウチのお父さんも、きっとそう思っているわ。だから、今、この世界は本当に危ないのよ」

「子どもが心配、ですか。よく分かりますよ――神といえどもやはり、人の親という事なのでしょうね」


 そう。

 子を想う親として、お父様は今も空から地上を眺めているのだろう。

 あたし達を心配してくれているのだ。


 ちょっと弱気にあたしは言った。


「あたし、やっぱり異世界に帰った方がいいのかしらね」

「帰りたいのなら止めはしません」


 言って、メガネを慇懃に上げて。


「ですが――あなたがいなくなったら寂しい。少なくとも僕はそう思っていますよ」


 慰めの言葉を真顔のまま告げた。

 その直後。

 ヤナギさんはまるで子を眺める親の顔で、小さく笑った。



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