第百十三話、最終決戦! あたしはアカリ、日向アカリ!その3
十三世紀のネコ狩りから始まった、この負の連鎖。
様々な人と、ネコ達の想いを乗せた戦闘は終了していた。
ここはとある学園の保健室。
月兄の魔猫学校に帰還したあたし、黒髪美少女な日向アカリは回復魔術を得意とする月兄と共に。
じぃいいぃぃぃぃぃぃ。
ディカプリオ神父の不老不死を確認し、ふぅ……と重たい息を吐いていた。
……。
確認っていっても、別に殺して確かめたとかじゃないからね?
男の背に埋め込まれた肉腫を魔力で感知しながらも、あたしは静かに告げていた。
「本当に、これで良かったの?」
「ええ。これで――文字通りずっと一緒に居られますから」
「そう――」
応じるディカプリオ神父の糸目と表情に、迷いはない。
むしろ、本物の聖人のような高潔さすら滲んでいる。
ずっと一緒に居られる、それもそうだろう――。
今の彼の魂は二つ。
体内であの天使ギシリトールとの同化が始まっていた。
彼は見つけた肉片の再生の素材に、自らの体を使ってくださいと提案してきたのである。
理論上は可能だった。
彼を不老不死にすること、そしてギシリトールと一緒にずっといること。
その二つを同時に満たす最適な策ではあったのだが。
大胆というかなんというか。
さすがのあたしでも、ちょっと驚いてしまったのである。
まあ、魔導手術は成功していた。
ディカプリオ神父が、背を指で触れながら――。
「この子は意識を取り戻すのでしょうか……?」
ふむとあたしは考え。
「三兄妹と真正面から戦った巨神、父の遺骸を内包し続けた天使ですもの。その生命力とレベルを考えれば、いつかはちゃんと目覚めるでしょうね。ただ、何年後になるか分からないわ。たぶん、目覚めたら状況を察するから納得もするでしょうけど……」
あたしは言葉を詰まらせた。
今のディカプリオ神父は、もう、半分は天使となっている。
人間としての器を捨て、ギシリトールと永遠を共にすることになるだろう。
ま、まあ元からわりと人間を捨ててるような異能だったけど。
ともあれ。
その肉塊と人間の肉体が完全に融合するまでの間、それ相応の痛みや、苦痛が常に彼を痛めつけることになる。
言うのは一瞬だが、実際は長期間、彼を内から苦しめることになる筈。
あたしは言った。
「今だけ――少しの間なら会話ができるように精神感応させてみてもいいけど、どうする?」
今回の件で手に入れた異能魔導書ならば、精神に左右させる魔術も多く扱える。
理論的には無理ではないし、なにより魔導実験もできるのだが。
彼は首を横に振り。
「彼が、目覚めてくれるのを待つことにします」
「そう――……」
灰色猫になっている月兄が、あたしの顔を見て、ブニャっとネコ笑い。
あたしが、ついでに魔導実験をしたがっていたことを察していたのだろう。
あたしが睨むと、黒い肉球で魔術式を演算し。
ディカプリオ神父に向かい、こてんと首を横に倒して。
『おそらく五百年ぐらいは……君は痛みと戦い続けることになる。それも、想像を絶する痛みが、不意に訪れることになる……まあ、自分で選んだんだ。俺は構わないけど――』
「あらぁ~。月兄ったら、珍しいじゃない心配してるのかしら♪」
ネコ状態の月兄を抱き上げ、あたしはあはははは!
ウイウイっと頬毛を突っついてやったのだ!
『アカリ、そういうところがおばさん臭い……』
「おば!? ま、まあいいわ」
深く突っ込むと、本当におばさん臭いと思われるから我慢しよう。
まあ、おそらくこれも空気を軽くするためのモノ。
その辺を察しているのだろう――ディカプリオ神父が苦笑し。
けれど、目の下に大きなクマを作り。
「わたしは、多くの過ちを犯してきました。この痛みも罰として受け入れる、そして……――、あ、あれ……す……みません。意識が……少し。重く……」
「融合したばっかりですもの、ちょっと休んだ方がいいわね。横になってなさいな」
ディカプリオくんは頷き、シーツの中に沈んでいく。
死んだようにぐっすり、そんな言葉がぴったりだった。
月兄が睡眠魔術で眠らせたのだろう。
「とりあえず、これでディカプリオ神父の問題の一つは解決。まあ、事後処理自体が済んだわけじゃないから、滅茶苦茶大変なのはこれからだけど」
『ソレ。眷属に……するつもりなんだろう?』
月兄の言葉に、あたしはふふっと微笑して。
「当然でしょう。万能の異能、救世主にループの度に聖遺物を取り込んだ、狂えるクライストの怪物と同化した人間。野放しにはできないから監視も必要。なら、一石二鳥じゃない。いずれ異世界に連れ帰るわ。まだ戦力としては頼りないけど、永遠があるのなら――きっとあたしの役に立ってくれるもの」
彼を助けたことにはこういう打算も含まれている。
むろん、同情したという部分もあるが。
『俺は、あまりお勧めできないな――』
「あら、どうしてよ」
きょとんとするあたしに、月兄が猫口を三角に尖らせ。
『もしアカリとそいつが、そういう関係になったら。父さんが、パニックを起こすんじゃないかな――』
「そーいう関係になんてならないわよ。だって、もう神父とギシリトールは永遠を添い遂げるようなもんでしょう? あたしは邪魔になるわよ」
『添い遂げるとは、違うような……』
そのまま彼の今後について語ろうと思ったのだが。
不意に、廊下から音がした。
誰かが顕現したのだ。
これは……天使の気配である。
誰かはもう決まっている。
「もう入って大丈夫よ、ジブリール君」
『さて、姫様――こりゃあどういうことだ? さすがに事情を説明して貰わねえと、納得も、容認もできねえんだがね?』
声には魔力がこもっていた。
ディカプリオ神父を嫌い、憎んでいる天使のジブリール君。
一連の流れは彼に許可なく行ったことだ。
月兄はそういうゴタゴタに付き合う気はないのだろう、いつの間にか消えている。
あいかわらず、ネコみたいに気ままな兄である。
いや、まあみたいじゃなくてネコなんだけど。
「説明するから、悪いけど座って頂戴な――」
あたしは説明スキル《かくかくしかじか》を発動させていた。
全ての事情をそのまま打ち明けたのである。
「――というわけよ。だから、この神父を殺しちゃうと全部やりなおし。一応、今回の結果になった事にはそういう流れもあるって事だけは、弁明させてもらうわ」
おそらく――。
もうある程度やりきって、ディカプリオ神父にとっても満足する結果になっているので、彼が死んでもループは発生しないという可能性もある。
だが、それを試すほどあたしも肝は据わっていない。
ジブリール君が顔立ちだけは中性的で神秘的なまま。
けれど、ゲスを罵る声で言う。
『ふざけるなよっ。こいつは、今までさんざん好き勝手やってきたんだ! それを、十三世紀に発生したネコの呪いに操られていたから狂っていた!? だから、許せってのか! だから、全てを見逃せっていうのか! あん! どうなんだよ!』
「見逃す必要も、許す必要もないわ」
相手は熱くなっているが、あたしは冷めた口調で答えていた。
『んだと!?』
「あなたはあたしと契約している。けれど、その行動を戒めるつもりはない。あなたが、どうしてもこの神父が許せないのなら、そして殺そうと思うのなら。それはそれで許容するわ。止めはしないけど、味方もしない。もし元凶であるパンデミックにも、同じことをするっていうのなら、それも止めないわ。まあ、あの子には容赦なく反撃されるでしょうから、お勧めはしないけど」
姫たるあたしはそのまま続ける。
「ただ――操られていたから、洗脳されていたから。だから全てが許される。そんな都合のいい話が許されていいのかって問題は理解しているわ。それは彼自身が一番理解しているんじゃないかしら。あたしはあなたたち、両方の意見を尊重する。あたしの与り知らないところで、あなたが神父を滅ぼしたとしても――責めたりしないって事よ」
あたしの宣言を魔導契約にし。
ジブリール君に手渡してみせる。
黙ったままの彼に、あたしは凛とした口調で瞳だけを赤く染め。
皇族の声を紡いでいた。
「異界の皇族として約束するわ。読んでの通りよ」
『……いや、読めねえんだが? これ、異界の文字だろうが、姫さんよ……』
あ。
こーいうところが、あたしのダメなところなんだろうなあ……。
「あはははは! ごめんごめん、じゃあ書き直してもいいわよ!」
『あぁああああああぁぁ! 分かったよ! 分かった! 波風立てるつもりはねえよ! けどな、なんでてめえはっ、オレに殺すなって命令しねえんだよ! それで解決じゃねえか! オレも、てめえとの契約で今を生きている。逆らうつもりもねえってのは、わかってんだろ!?』
まあ、あなたに任せる。
そういう流れになったら、こうなるとは予想はしていた。
「さあ。ただ――あたしってけっこうズルい女なのかもしれないわね」
『ちっ。――まあいいよ。あんたが悪いわけじゃねえ。だが、そいつが起きた後にはちょっと話をさせろ。それくらいはいいだろう。お人好しな姫さんよ』
「ええ、もちろん構わないわ」
彼からのあたしへの評価は、まあ悪くないと言ったところか。
このまま有耶無耶にはしないと約束を取り付けた直後だった。
ジブリール君がわずかに顔色を変える。
魔力のこもっていない声で言う。
「ところで、異世界からやってきた姫さんよ」
「なによ。微妙に変な言い回しね」
「人間たちの動きは――もう知ってるんだろ。あいつら、なにか企んでやがるぜ」
おや、粗暴な天使なのに……。
ちゃんと周りは見えているようだ。
「そりゃまあね。ディカプリオ神父は事実上の無害化。謎の巨神は消えて、異能力者の存在は白日の下にさらされている。国としては、そろそろ動かないとまずいってか、腹に一物も二物も抱えている狸連中が動くんじゃないかなって事は、理解しているつもりよ」
声のトーンを落とし、ジブリール君が眉を顰める。
「余裕ぶってるが……たぶん、狙いはあんただろ。姫さん」
「でしょうね――」
あたし達は圧倒的に強いが、それでも弱点がある。
そう、規則やルールに縛られるという性質だ。
あたしが炎兄を倒した時と同じ。
そういった拘束力に弱いのだ。
まあ、とはいっても別にもう、この世界に固執しないなら反抗することもできる。
あたしたちがこの世界にいる理由。
それがなくなっているのである。
そもそも三兄妹がこの地に留まっていた魔術的な理由は、災厄の塊パンデミックを抑えておく事だったのだから。
彼を倒したわけではないが、今、あたしたちの学園に戻った池崎さんと行動を共にしている筈。
おそらく敵対することはないだろう。
あたしたちはもう、ある意味で自由の身。
この地球の神子としての役割は終わったのだ。
ただ、それを知っているのはこちらだけ、きっと悪い人間は次にこう思うだろう。
異界の姫を取り込むなり、拘束するなりしてその力を利用しよう。
と。
さて、ここが大問題。
思い出してほしい事がある。
いつか二ノ宮さんや炎兄が語っていたことだ。
ホワイトハウルおじ様も憂いていたこと。
ロックおじ様も見えていた未来。
そして、あたしのお父様大魔帝ケトスも呆れていた、おそらく避けては通れない確定事項がある。
あたしはおそらく――。
人間たちに殺される。
ま、死んでも死なないんですけどね。
「さて――悪いんだけど、ディカプリオ神父を連れて沖縄に転移して貰えないかしら」
「そりゃあ構わねえが、どうして沖縄なんだ?」
あたしは布石の一つであったカードを一枚切ることにした。
「大お爺様が制圧しているからよ、たぶん、あそこは今――この世で最も安全な場所」
「あのカピバラ、やっぱりそんなにすげえのか?」
かいつまんで説明するべく、あたしは言葉を探り。
「エノクが化身したとされるメタトロン。生命の樹を守護するともされる大天使の力を宿す、本物の神様の力を扱える大物よ。あくまでも属性としてですけど、天使でもあるあなたと、半天使となったディカプリオくんと相性のいい土地。今頃、あたしの大お爺様がサトウキビを齧ってる筈だから、保護して貰って」
「エノクねえ……聖書とかそういうのは、よくわかんねえよ」
おそらく聖書宗教圏の外国人だと思うのだが。
まあ、天使化する前の記憶はもう、それほど残っていないのかな……。
「ああ見えて、全てを神視点で眺めているタイプの腹黒だから、たぶん説明しないでも保護してくれると思うわ」
いわゆる自慢の身内の一人なのである。
◇
ディカプリオくんをジブリール君に任せ。
あたしはあたしたちの学校に帰還したのだが――。
やはり、既に悪意ある人間も動いていたのだろう。
今まで見たことのないタイプの背広の連中が、校門の前に待機していて。
あたしに手帳をみせつけこういった。
「危険度SSSで監視対象となっている、日向アカリさんだね。話を聞きたい。悪いが、署まで同行願えないだろうか?」
やっぱし。
こういう展開になったか。
まあ、こっちは政府の許可を取って暴れたとはいえ――もう事件の黒幕を抑えることに成功している。
こういう時にピッタリな言葉に、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
なんてものもあるし。
相手はもう、あたしを逃がさないことを決めている筈。
嫌な言い方をしてしまうが、結局、この世界で過ごすあたしの最後の敵は人間。
最終決戦の相手は人類。
ということなのかもしれない。
……っふ!
なんかイイ感じに決まった!
と、冗談はともかくだ。まあ今の人類なら正直、話にならない。
もっと異能が発展する将来ならともかく、今は成長途上の子どものような世界でしかないのだから。
しかしだ。さーて、どうしたもんか。
あたしは偉そうなお役人さんっぽい人たちに目をやった。
たぶんこの人たちは分かってないだろうなあ。
もし、あたしに何かあっても。もうループは発生しない。
おそらく、ここは既にループから抜け出した世界。
人類が選択を誤ればそのまま、この世界が終わることになると思うのだ。
なぜって?
そりゃあ簡単である。
一応、ラスボスを倒し――世界を救ったあたしに対して悪意をもった行動をすれば、やはりそれなりの報復は起こる。
それも、とても現実的な報復だ。
あたしは曇ったままの空を見上げていた。
人類はハッピーエンドに向かっている筈。
そう彼らは信じ切っている。あたしを説得するなり、脅すなり、実力行使をするなり。
さまざまな案が、偉い人間たちの間で計画として立てられているだろう。
けれど。
それも全てが審判の対象。
彼らの運命を決める、ダイスロールのようなもの。
もしもだ。
最初の事件から、今までのこと全てが――誰か上位存在による、この世界への人類に対する試練や試験だったとしたら。
最後に彼らが起こす行動で、その結果が決まるとしたら。
そう思ってしまうのには理由がある。
今までずっと傍観者だった。
稀に力を貸してくれたが、基本的にはあたしたちに任せていた存在がいた。
ずっと、様子見をしていたアレらが、空から地上をじっと眺めているのだ。
人類を審判するように。
嘲笑するように。
侮蔑するように。
絶対に敵にしてはならない三柱の獣神。
ラスボスよりも強い裏ボス。
三獣神が――動き始める気配がした。
第五章
ループする憎悪、過去からの災厄 ―解決―
《次回》終章、更新開始。




