第百七話、最終決戦! ~元凶姫と黒幕達と、ラスボスと~その1
暴走する天使ギシリトール。
その力の源は、あの歪な内部に埋め込まれた聖遺物。
聖人の朽ちぬ遺体を魔力炉としているのだ。
その口からは現在、常に魔力閃光が放出されている。
あれは夜を照らす滅びの魔力。
聖遺物を呑み込んだ純粋無垢な天使の破壊のエネルギー。
もしその力がループを維持するあの遺跡を破壊して、更に世界を破壊してしまったら。
ループは終わる。
世界も終わる。もう二度と、その過ちをやり直せなくなる。
やり直しができなくなったら、ループも終わるが……世界も終わりを迎えてしまうのだ。
まあ、あたしは異界の姫。
いざとなったら、魔王陛下の居城であるラストダンジョン世界に帰るだけでいい。
――そんなこと、絶対にプライドが許さないが。
あたしは、池崎さんと出会ってからの冒険を思い出していた。
異能力者誘拐事件。
悪魔竜化アプリ事件。
異能力者誘拐事件の根源ともいえる石油王の事件。
政府に管理されていない異能力者達の秘密結社事件。
その裏で動いていたのは主に三人。
ループを繰り返し、世界の破壊を防ごうとし続ける池崎さん。
ループを繰り返し、殺された数だけ世界を何度も滅ぼそうとするパンデミック。
恩人を異世界召喚で奪われ、救世主になることを望んだディカプリオ神父。
事件の方にはあたしは本来、全て関係なかった。
けれどその黒幕の三人とは違う。
あたしは、三人ともに何らかの接点を持っていた。
……。
ま、まあ一番目の。
五年後のあたしがパンデミックに同情してしまったことが、全ての始まりなのだが。
あたしはあたしがこの世界にいる理由を考えた。
あたし達はこの地球にとっての神子。
存在することで、この地球を蝕む災厄を押さえる役割がある。
意訳するとそんな風に語られていたが……。
なるほど。
今考えてみると確かにそうか。
あたしが存在することで、黒幕たちは動き出す。
あたしが存在することで、ループは成立している。
逆説的に言えばだ。
あたしがいないとループは成立しなくなる――。
おそらく、滅びという未来で固定されてしまう。
そしてお兄ちゃんたちもおそらく、あたしとは違う場所で、あたしとは違う物語を進めていたのだろうと思う。
大人たちはどこまで話を知っていたのか。
今のあたしには分からないが――。
「何とかしてみせるっきゃないわね――」
……。
なんて落ち着いて語ってる場合じゃない!
歪な天使が、咆哮と共に更に魔力濃度を上げていく。
『カワイソウ。カワイソウ。だから! ずっと! ずっと一緒!』
ギギギギビイィィィィィイイイィィン!
あたしは攻撃を多重結界で防ぎながら、ちょっと頬に玉の汗を浮かべていた。
実は今までの回想は、ちょっとした現実逃避だったりするのだ、これが。
だって、ループの数だけ聖遺物……つまり魔力炉が増えているなんて……。
ぜったい、ヤバい奴じゃん……それ。
そんなあたしの心境を知ってか知らずか。
今だけは協力すると告げたパンデミックが、こんな時だけシリアスな顔で言う。
『聞こえていなかったか? 娘よ――ならば詳しく説明しよう。ヤツに埋め込まれた聖遺物はループの数だけ存在する。ディカプリオ神父、あの小僧はどの道を進んでも結局は亡き恩人の遺骸を集め、その躯と共に過ごすからな。だから、我はその現象に細工をした。ループの度に、蓄積されるように改竄したのだ』
パンデミックがこっちが深く聞いてもいないのに、ご高説である。
仕組みを語りだしていた。
……ああ、やっぱり言っている。
あの暴走する天使の中には、とんでもない数の聖遺物が埋まっているのだろう。
あたしはすぅっと息を吐き。
落ち着いた様子で問い返す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、今! ループの数だけ蓄積してるっていった!?」
ごめん!
ぜんぜん、落ち着いてなかった!
だって! もしそうなら、打つ手があんまりないし!?
『然り。ループに気が付いた何度目かの我が、繰り返す時の中でレベルアップを維持する仕掛けを用意したのだろうな。もう一人の我との記憶の共有も、その弊害であろう。我らはそなたの父の遺骸の特異な性質を利用し、その歯車へと巻き込んだのだが――』
言葉の途中で、パンデミックがうにゅっと目線を逸らし。
コミカルモードの顔で、ぼそっと超絶早口で言う。
『アレ、たぶん滅茶苦茶つよいから。赤き魔猫の異界姫とて、おそらく倒せんぞ?』
その長いモフモフ尻尾が。
結界ごしに伝わってくる魔力風で、ぶわぶわっと揺れている。
ドシューン! ずばーん、ドデデデオーン!
魔力閃光が発動される度に、夜が明け。朝になり、そしてまた夜になる。
話を聞いていた池崎さんが、相手の魔術を沈黙状態にしつつ叫ぶ。
「ど、どういう意味だ! オレはそんなの知らねえぞ!?」
「……。ようするにこのパンデミックにゃん。正確に言うのなら、今の彼本人じゃなくて何度目かのループのパンデミックなんでしょうけど。途中でループに気が付いて、考えたんでしょうね」
魔術講師の顔で、あたしはそのまま続ける。
「強くてニューゲームをしたいって――魔術師の強さってのは基本的に知識よ。その知識を維持するにはどうするか。答えは簡単、記憶を維持すればいいのよ。ようするにレベルを維持するバックアップ端末に、毎回生み出されるギシリトールを利用していた――そういうことじゃないかしら」
機械弄りが得意な少年時代のパンデミック。
死ぬまでなにも思い出せない彼が死ぬ頃には、必ずギシリトールは誕生している。
その確定された現象を利用したというわけだ。
「そんなことできるのか……? あんまり自慢にもならねえが、オレでも無理だぞ。で、オレにできねえってことは、たぶんそのクソネコでも無理な筈なんだが」
『答えは簡単だニャ~。赤き魔猫の異界姫が味方になるルートの時に、我がお願いしたのニャ!』
パンデミック、超絶えらそうなドヤ顔である。
……。
池崎さんの目線が痛い。
「ほぅ。なるほどなあ。たしかに、お前さんはちょっと選択肢を間違うと、すーぐパンデミック側につきやがるからなあ」
「と、とにかく! あたしの魔術式で組まれた現象なら解除できるはずよ! パンデミック! 記憶を維持しているのならその時のあたしが使った魔術式を持ってる筈でしょう? ちょっと見せてみなさいよ!」
そう。
あ、あたしがやったことならあたしでなんとかできる筈!
しかし、パンデミックはあたしの頭上で肩を竦めてみせ。
『無理だニャ。ループの途中でオーバーフローを起こしたのか、ニャーもパンデミックを制御できなくなって、どうにかしようと思ってたけど――何もできなくてニャ? まあ暴走さえしなければ、記憶を保つ端末なだけだニャ? そのまま放置してたニャ~!』
うげ!?
問題は、ギシリトールに埋め込まれる聖遺物の数を、バックアップの桁数に使っていた場合である。
ただ、まあおそらくだが……。
言葉をそのまま信じると――。
あの歪な天使の中には、ループした回数分の聖遺物が埋め込まれていることになる。
現象としてはギシリトールが誕生したその瞬間に、今までのループで埋め込まれた聖遺物の魔力が加算される。
その魔力をデータベースとして利用し、魔術式という形に置き換える、そこから欲しい情報を自らの記憶へ上書きさせていたのだろうが。
下手したら十万年分とかの記憶容量を、あの天使に収納していることになる。
そんなことは普通ならできない。
だがよく考えて欲しい。
あたしは天才なのだ。自慢したくもないが、あたしなら本気でやろうと思えばできてしまうだろう。
毎回、あたしと敵対する可能性をなんとか排除し、仲間にするルートを死に物狂いで選び続けていた池崎さんの苦労が、身に染みてしまう……。
まあ、今はそれはどうでもいい――前にも説明したかもしれないが。
基本的にあまりにも長い間ループを繰り返したり、記憶を維持していると心はぶっ壊れる。
しかしだ、その身に聖遺物を組み込まれていたとしたらどうだろうか。
あのギシリトールは、覚えていた筈。
壊れず、ずっと、毎回、記憶し続けているのではないだろうか。
神父との思い出や、神父との出会いを。
そして彼は願いを叶え続けた。
ずっと一緒に。
そう。このループの中なら文字通り、百万年以上ずっと一緒にいることさえできるのだ。
百万年も繰り返し出会いと冒険を過ごしていたら。
……。
心のない愚鈍な天使とて、その中には心と呼ばれる感情が発生しても不思議ではない。
そんな天使が初めてこう思ったのではないだろうか。
あたしに神父を奪われる――。
と。
あたしはその感情の正体を知っていた。
嫉妬。
である。
「なんでこんなもんを放置してたのよ! あんただって強力な魔性なんだから、ヤバイって気付くでしょう! 何度目かのループの時に解除しときなさいっての!」
『そうは言われても。いまさら困るニャ。我、あれで世界の破壊を確定させようと思っていたからニャ~』
ブニャハハハハっと、パンデミックがあたしの頭によじ登りながらネコ笑い。
「だぁあああああああああああぁぁぁぁ! そうだった! こいつはそもそも、世界を滅ぼすことしか考えてなかったんだった!」
だったらこの方法がむしろ都合がよかった筈なのだ。
危険性に気づいていても、止める理由がない!
それどころかむしろ便利に、いつでも破壊できる世界爆弾を維持しているようなもんなわけだし!
ちなみに今更だが。
聖遺物とはむろん、父がネコに転生する前の遺骸。
父は黙示録にも登場する――救世主を模した、世界を滅ぼすために生まれた偽物の聖人である。
だが、父は子ども達を通じてその邪悪な部分が浄化され、本物の聖人となった。
その遺骸である。
本物の意味での聖遺物、といっていい代物なのだ。
それはおそらく、とんでもない効果のマジックアイテムともいえるわけで。
あたしもちょっと本気で魔導書からビームを放ってみる。
あ、弾かれた。
あれ……これ、本格的にまずいんじゃ……。
赤い魔力とコートを纏う池崎さんが、腕の亀裂による魔術を妨害しながら。
「あいつはそのクソ神父の命令を優先するんだろう? だったら話は簡単じゃねえか、そいつを治してあいつに止まれって命令させりゃあ解決なんじゃねえか」
……。
まあ可能性としてはゼロじゃない。
「そーいうことは早く言いなさいよ!」
「い、いや、嬢ちゃんなら当然それくらいは考えてると思ってたんだが」
「あのねえ! こっちは事情が二転三転しまくってて、今まで分からなかった部分が一気に答え合わせされて、動揺してるの! それくらいわかりなさいよ! 朴念仁!」
がるるるるっとあたしは唸る。
「お、怒るなって悪かったよ! ったく、おまえさんは結構緊急事態とかに弱いよなあ」
「しょうがないでしょう。あたし、まだ十五歳よ?」
って! 喧嘩してる場合じゃなかった。
あたしは結界を維持しつつ、神父の回復手段を考える。
ちなみに、前にも言ったがあたしはわりと回復魔術は苦手分野……。
ここはダンジョン化してある日本だから、死んだ後に蘇生をできないこともないのだが。
ループが発生する可能性も……。
いや、ディカプリオ神父はある意味で満足して死んだと言えなくもない。
本人にとって意味のある死なら、ループが発生しない可能性もある。
……。
……。
まあ、それでもやはり死なせたくはない。
あたしはそう思い、冷静に息を吐く。
「ねえ、パンデミック。あんた回復魔術って――」
『憎悪の魔性が、回復魔術や異能を得意とするわけないニャ?』
で、ですよねえ。
それでもなんとかするっきゃない。
そこで思い至ったというか、まるで準備されていたようなアイテムをあたしは所持していた。
それは異世界においても最高峰の回復アイテム。
神鶏ロックウェル卿の尾羽。
ようするに、ロックおじ様と会談した時に譲渡された、ある意味で伝説の剣よりも貴重な品。
あの事件にも、おじ様はわりと強引に割り込んできていたが。
「なーるほどねえ、おじ様だけにはここまで見えていたって事かしら……」
動かされているような気はするが。
ここで無駄な反抗心を起こすほど、あたしも子どもじゃない。
▽あたしはアイテムを使用した。
◇
最上級の回復アイテムを使用し、あたしはディカプリオ神父に目をやった。
黄金の輝きが、神父を包み込んでいる。
さすがは異世界の店で売ったら、小さな都市なら丸ごと一つ買えてしまうぐらいの高級品!
ちょっぴり勿体ないなあと思いつつも。
さすがに人命には代えられないので、あたしは平気。
……。
あぁああああああああぁぁぁ、もし売ることができたら天界の図書館ぐらい買えたかもしれないのにいぃぃぃぃい!
そんなシリアスな叫びを心で漏らしつつ、あたしは神父に呼びかける。
頬に赤みが戻り始めていたからだ。
「神父! 聞こえてる?」
「わたしは……」
良かった、ちゃんと生きている。
さすがは高級品。
ぐぬぬぬぬぬ!
「気が付いたみたいね――良かった」
「これはいったい……アカリさん……? ものすごい顔をしていますが、いったい……。ギシリトール!? なぜ、このようなことに」
まあ、彼にしてみればいきなり暴走したように見えただろう。
めちゃくちゃ動揺しているが、彼の揺れる心を気遣い過ぎるのも違うだろう。
この神父君も十分どころか、かなり今回の騒動で暴れているのだから。
あたしは説明スキル《かくかくしかじか》を発動させる!
「――というわけよ。まだ完全に治療されてない状態のあなたには悪いけど、あいつを止めてちょうだい」
「試してみます――」
なにやら念を飛ばしているようだが。
んーむ。
こういう通信系の能力って――傍から見てると、ボゥっとしているようにしか見えないのよねえ……。
血でところどころを赤く染めた神父が、親指の爪を噛みながら考え込んでしまう。
「どうしたの?」
「おかしいです。通じませんね……そもそもの話――今の彼は会話が通じる状態なのですか?」
「いや、会話って……」
ほとんど命令を遵守する肉人形。
彼もそういう扱いで動かしていた筈だが。
「ギシリトールとて生きているのですよ? そこには拙いながらも心があります。会話が通じない状態の相手にいくら話しかけても効果がない……ということではないでしょうか。それとも、あなたは死骸から作られた存在だからと言って、その人格まで否定なさるのですか?」
こ、こいつ……っ。
元はわりと人格者だったのか、まともな言葉を吐きおった。
まるでこちらが悪いみたいじゃない!
「そ、そうね――でも。あなたの声が通じないっていうのは……まずいわね」
「そもそもです。わたしのギシリトールはあれほど巨大ではなかったはずなのですが……」
たしかに。
最初は神父の胸板に手刀を決める事ができるぐらいの大きさだったのに、今のギシリトールがそれをしたら手刀で全身が砕けるぐらいのサイズになっている。
……。
あたしは暴走する天使に目をやった。
明らかに……膨らんでる?
細胞が分裂するように――肉が増殖しているわよね!?
さらに追い打ちをかけるように、パンデミックがあたしの頭をぺちぺち。
肉球で叩いて、こっちを向け~っと猛アピール。
あたしの目の前には、ネコちゃんのまるいお口がドデンと邪魔している。
『我、思ったのニャが。ちょっといいかニャ?』
「だぁあぁぁぁあ! なによ! いま取り込み中だってわかるでしょう!」
けれど。
大事な話だと、パンデミックは強引に話に割り込み。
『神父はさっき死にかけてたニャ?』
「そうよ、だからおじ様から譲り受けた貴重な回復アイテムを使ったんじゃない! あれ! 本当に激レアなんだから、もう二度と手に入らないかもしれないのよ!」
ディカプリオくんはそんな言葉を聞き。
それほど貴重なものをわたしに!?
と、パァァァァァっと子どもみたいに顔を輝かせているのだが。
パンデミックが言う。
『ニャーは思うのニャ。今頃、神父が死にかけ判定になった時点で……ミサイルが発射されているんじゃニャいかニャ? そっちは大丈夫なのかニャ?』
「え!?」
あぁ……。
そういや――神父が死んだときのギミック、全てを道連れにする仕掛けがしてあったわね。
……。
しかしここは慌てない。
その対策はこの間の会議で、既に済んでいる。
あたしは勝ち誇った笑みを浮かべ。
「ふっふっふ! 大丈夫よ! 炎兄は世界全ての機械を遠隔操作できる能力者ですから、ずっと待機して、発射と同時に妨害する手筈になってるし!」
ブイサイン!
だから日本制圧には参加していなかったのだが。
パンデミックがちょっと言いにくそうに、言う。
『そーなることは読んでたニャ。樹を隠すなら森の中。その中に二、三本……機械ではなく異能によるミサイルがあったとしたらどうニャ?』
「し、仕込んであるわけ?」
問いかけにパンデミックが頷く。
ディカプリオ神父も、叱りつけられると分かっている子供の顔で。
「す、すみません……なにぶん、あの時のわたしは正気ではなかったので……」
っぐ、こいつ!
外道神父だったくせに、洗脳が解除されたらわりと子どもっぽい純粋さを前面にだしてきやがる。
怒るに怒れない……っ。
しかし……あぁ、これもうミサイル発射されてるな……。
……。
まあたぶん! それでもお兄ちゃんならなんとかしてくれるだろう!
今頃――話が違うじゃねえか、バカ妹!
と、燃える炎を逆立て、吠えているような気もするが。
一応根拠はある。
この騒ぎでも誰もこちらに顔を見せていない。
つまり、そのミサイル対処に時間がかかっていると推測できる。
皆がその対応に動いているとしたら、こいつはこっちだけでどうにかするっきゃないのか。
ここで天才的なあたしは慌てず騒がず、冷静に知恵を巡らせる。
ディカプリオ神父の説得が届かないのなら!
届かないのなら!
ど、どうしたらいいんだろう……。




