第百六話、主(あなた)がそれを望むなら ―ずっと一緒に―
海の上では元凶ともいえる憎悪の魔性同士が争っていた。
けれどこちらはドシリアス。
胸を貫かれたディカプリオ神父は――まだ生きている。
さすがは救世主の異能といったところだが。
問題は聖遺物を無数に取り込んでいる目の前の、これ。
異形と化している天使ギシリトール。
『神話再現――《DEUS・LE・VOLT》。オデは。オデは!』
「神が、それを望まれる!?」
まずい!
短いけれど、これは聖書をグリモワール、魔導書と認識した魔術の一種!
神話再現アダムスヴェイン!?
神話や逸話を魔術効果として無理やり再現。
魔術として発動させる魔術の大奥義である。
あたし達兄妹でさえ普段は遠慮して使わない――そんな必殺技的な魔術体系でもあるのだが……。
敵が使った神話再現。
その原理と効果は、神の願いに従うという魔術効果か。
ずっと一緒に居て欲しい。
その願いを神の願い、つまり創造主であるディカプリオ神父を神として判定。
神父と一緒に居るために、どんな効果でも発揮する万能魔術となっていると思われる。
具体的にこいつが放とうとしているのは、高出力な魔力閃光攻撃。
こんなもんを、なんの結界もなしにぶっ放したら……っ。
あたしは思わず叫んでいた。
「やめなさい! 何を考えてるの!?」
『ずっと。ずっと! 一緒に居る!』
だぁあああああぁぁぁぁ!
こいつは神父の願いを叶える肉人形。ほとんど何も考えてないんだった!
動かぬ神父を抱えたまま、あたしは魔導図書館を展開。
このまま世界が壊されてまた最初からなんて、たまったもんじゃない!
これ、絶対にほとんど最良の結果を選んでいるルートだと思うのだ。
またこんなに上手く進んでいるルートを構築するなんて、不可能に近い筈。
あたしはまた記憶をほとんど失い、また何も知らない状態で池崎さんと出逢って。
全てを隠しながら微笑む彼と、またもう一度、あたしの知らない道を進む。
そんなのは絶対に嫌!
「そんなの! あたしは認めない!」
なので!
あたしは相手に対抗すべく、魔導図書館から聖書を顕現させ!
十字に配置!
「悪いけど、止めさせてもらうわよ! 我が神、我が岩。あたしは救世を欲する汝が信徒。あなたはわたしを暴虐から救われる! そこに希望があるのなら、そこに信じる義があるならば!」
あたしもアダムスヴェインにより、聖書の力を魔導書として魔術を展開!
ギシリトールの口の前。
神の光が、収束する!
その直前――!
「主よ! 我らと祖国を守り給え!」
あたしの神の奇跡による結界と、周囲を飛び交う魔導図書館による結界が展開する。
次の瞬間。
夜空だった空が――朝になった。
それほどの規模の魔力閃光である。
ズギュグギュグッギイィイイイイイィィィィィィン!
結界を維持し、歯を食いしばるあたしの前。
壁となっている結界に突き刺さる魔力閃光。
なんとか防いでいるが――っ。
「ぐぅ……っ、あたたたたたた! な、なまいき……っ」
創造神ともいえるディカプリオ神父の願いを叶える。
その心が本気で強大な力を生んでいるのだろう。
神性属性の破滅のエネルギーが、拡散されていく!
さすがにこの衝撃には池崎さんとパンデミックも気が付いたようで。
「な――なんだ!? なにがどうなってやがる!」
『ニャニャ!? にゃんにゃ!?』
同一存在だからか、同じような顔をして無精髭とネコ髯を魔力の灯りで輝かせていた。
そもそもの原因である二人に、あたしはくわっと吠えていた。
「どうなってやがるじゃないわよ! あと、パンデミック! あんた! 神父にどんだけの聖遺物を集めさせたのよ! ちょっとこの天使、強さが異常よ!?」
憎悪の魔性たるパンデミックは状況を把握したのだろう。
にひぃ……!
新たな世界終末装置を見つけた様子で、ギシリトールの方に転移!
シュン!
『ブニャハハハハハハハ! 良いぞ! 良い! 神父はもう用済みであるが、これを使えばまだニャーの目的は果たせる! 我は何度でも世界を滅ぼしてみせる! 死せる仲間! 死せる魔女! その人数分の復讐を果たすまでは、終わらないのニャ!』
こ、こいつ!
コミカルな口調でなんか結構ヤバい事を言い出した。
おそらくは中世に教会に殺されたネコと魔女の魂の数、世界を滅ぼす宣言なのだろうが――。
単純に見積もっても、万じゃ足りない回数になる。
まあ、それほどにネコと無辜なる人が殺されたのだろうが。
「バカなこと言ってないで、はやく逃げなさい! あんた! それを利用しようと思ってるみたいだけど、そいつは明らかに次元の違うヤバさがある。あんたに操れるような存在じゃないわよ!」
『甘い、甘いのニャ! 赤き魔猫の異界姫よ! ニャーの洗脳魔術にかかれば、こんな木偶の坊の洗脳にゃど、ぶにゃ!』
あ、パンデミックが魔力閃光に巻き込まれた。
……。
って、ああぁああああああああああぁぁぁ!
こいつが死んでもダメなんだった!
同じく事情を察しただろう池崎さんが、吠える。
「嬢ちゃん!」
「分かってるわ!」
池崎さんが同一存在という性質を利用し、魔力閃光の中に邪悪な炎を灯す。
あそこにパンデミックがいる。
存在はまだ消えていない。
『ニャニャニャ! この天使、洗脳電波が効かない!?』
魔力閃光はビーム兵器や、レール砲みたいな攻撃を想像して貰えばいいのだが。
こいつ、意外に余裕あるな……。
ビームの中を、肉球で水かきのように泳いでいるのだ。
さすがは物凄い数、人生を繰り返す――言ってしまえば転生を繰り返しレベルが上がっている存在といえるだろう。
でも、その髯がプスプス燃え始めてるし。
このままだと消滅しちゃう!
小石を拾ったあたしは、超高速で詠唱を開始!
「《ウザルの酒よ》――!」
小石とパンデミックの空間座標を操作して交換!
右手には胸に穴の開いた血塗れディカプリオ神父を、左手にはちょっぴりだけ焦げたパンデミックを――。
それぞれ抱えて、結界を維持!
『主が。それを望むなら。望むなら。ずっと。ずっと。一緒!』
暴走するギシリトールは、ギシギシと首を傾げてそのまま魔力閃光を放ち続けている。
その伸ばす腕の皮膚からもギシリ!
肉の亀裂による口が開き、更なる詠唱が響く。
瞬時に動いたのは、イケオジ未満。
コートをバサリと翻し、闇を纏う池崎さんが瞳を赤く輝かせる。
「《沈黙せよ》!」
おお!
腕の詠唱を、煙による状態異常で封じている!
んーむ、正体を隠していた状態とは真逆で、状態異常攻撃がめちゃくちゃ有能でやんの。
腕からも詠唱するなんてなかなか気持ちが悪いが。
これ、ちょっと本気で洒落にならない強さの可能性があるな。
こっちはシリアスなのに、あたしの腕の中でパンデミックがブニャっと猫耳を下げ。
『はぁ……死ぬかと思ったのニャ……』
さ、さすがギャグ属性持ち。
「存在は消えてないわね、パンデミック!」
『ニャ、ニャーを助けるとは……っ。さては姫よ、ニャーのあまりの麗しさに我が軍門に下ることを決めたのかニャ?』
こ、こいつ……なんか想像していたよりも数倍、緩いというか。
バカっぽい!
何度もループを繰り返して、世界を破壊した分、素のネコ状態が戻っているのだろうが。
……。
まあ、本当はこんな愉快なネコだったのだろう。
それでもあの日、教皇の命で行われたネコ狩りのせいで、あれほどの憎悪の魔性となってしまったと考えると……思う所もあるのだが。
パンデミックはワタワタと勝ち誇った様子で、肉球であたしの頭に上り。
にひぃっとドヤ顔!
ビシっと朝焼けにも似た、結界と魔力閃光の衝突を肉球で指差し。
『さあ、共に世界を滅ぼすのニャ!』
「滅ぼすのニャ! じゃないでしょう! あんた、この状況が見えないの!」
『うにゃ? 洗脳が効いてないのニャ?』
人の頭をペチペチするこの黒猫が黒幕だったと思うと。
こう、なんつーか。
すんごい、複雑なのだが。
「あたしにそういう洗脳が効くわけないでしょう! あんたを助けたのはあんたが消滅してもまたループが始まるからよっ」
『まあ最初からやり直せばいいニャ~。ニャーはまだ飽きてないのニャ~♪』
フフフン♪
と空をふよふよ飛びながら、足の肉球をクイクイする黒幕くん。
たしかに――。
こいつの目的が死の数だけ、世界を滅ぼすこと。
ならばこの状況も問題ないと言えるのだろう。
しかしあたしは知っていた。
パンデミックはかつて飼い主だった、中世に生きた最初の主人には情を持っている。
おそらく、今でも――何回、ループを繰り返してもその感情だけは変わらないだろう。
あたしは言った。
「本当にそれでもいいの? たぶんあいつはループを維持している結界ごと、この世界を破壊する可能性もあるわ。そうしたら全部終わっちゃうのよ?」
『それがどうしたニャ?』
ニャーには関係ないと、尻尾をふりふり。
黒猫パンデミックは他人事みたいな顔をしていた。
けれど、あたしは言った。
「そこでループは終わり。お父様が世界に残したセーブポイントからのやり直しも不可能になるわ。運命が固定される、もう二度とやり直すことができないまま――世界が滅ぶかもしれないのよ?」
『世界が滅びてもどうでもいいニャ? こんな世界、そのまま滅んだとして何の問題があるニャ?』
パンデミックが、少し声のトーンを落とし。
『我を救わず、助産師や薬師を魔女とし惨殺し――享楽をむさぼる種族が頂点に立つ世界など、そのまま滅びればいい。姫よ、汝も知っているであろう? 人の醜さを、世界の汚泥を、汚いと思ったものは燃やし、邪魔だと思ったものは排除する。それがこの世界を支配している人類の選択。それが人類にも返ってきただけの事。そうは思わぬか? 世界で最も邪悪な神から産まれた、邪神の娘よ』
これはコミカルを捨てた、パンデミックの偽りのない本音だろう。
けれど。
あたしは言った。
「本当に、いいの?」
『諄い――我はこの世界などどうでもいいと感じている。未練などない』
それも本音だろう。
けれどそれはあくまでも現段階での本音。
「もしかしたら――いつか、いいえ……もう既に、この世界にいるのかもしれないわよ?」
『何が言いたい、娘よ――』
「あなたの大好きだったあの人が、転生しているのかもしれないってことよ」
言われたパンデミックが黙り込んでしまった。
考えてみたことがなかったのだろう。
当然だ、憎悪に支配された存在は周囲が見えなくなる。
「考えたこともなかったって感じね」
『……転生など。そのようなファンタジーな現象』
「あるわけないって? そんなわけないでしょう? あなたは異世界の存在を知っている、魔術だって、異世界人だって知っている。転生者がいることだって知っているんでしょう? なら、どうして自分の主人は転生していないなんて思うのかしら」
あたしの説得スキルが発動されていた。
「さて問題よ。もしあなたのご主人が既に……そうね、三百年前に転生していたとしましょうか、その彼女がもし、子どもを遺していたのなら。どうするの? 彼女の転生者の子どもも、また子どもをつくる。世代はどんどんと引き継がれていく。あなたの大好きだった人と同じ魂を持った存在から生まれた、その人が愛する子どもたちが、血族が、次々と増えていく。三百年も経っていたら、まあ百人ぐらいは超えているんじゃないかしら」
数字は適当だが、言いたいことは伝わっている筈。
「あなたは――もう既にあなたが大好きだったご主人の、大事な子孫を大量に殺しているかもしれないって事。考えたこともなかったのかしら」
『我は――』
コミカルだったパンデミックが、完全にその身を鎮めていた。
誰かに言われる機会があったのなら、気付けたはずだ。
けれど、彼には誰もいなかった。
ただ破壊を楽しんでいた彼には、今まで誰も、いなかったのだ。
ディカプリオ神父は”独りにしないで下さい”と願っていた。
それと同じだ。
パンデミックもずっと独りだったのだ。
何度生まれ変わっても、異能力を持つ人間として誘拐され。
その中で死に――そして全てを思い出す。
自分が憎悪だったことを。
黒死病だったことを。
この世界を、心の底から嫌悪していたことを。
そして、世界を滅びから救おうとする同一存在と対立する。
世界を守るか壊すか。
終わらぬ無限の復讐を、延々と繰り返していたのだ。
だから、一度も誰からも指摘されたことがなかったのだろう。
黒猫はとても遠い顔をして。
朝焼けに似た空を眺めていた。
その横顔が見るものはおそらく――。
かつて愛した、主人の顔なのだろう。
黄昏る憎悪に向かい。
あたしは口を開いていた。
「ここであたしはヤツを止めるわ。もう二度と直せないから、このまま異世界に帰りま~すなんて、嫌よ。あなたはどうするつもり」
記憶の中で見た、パンデミックの元となったネコの顔で――。
憎悪は言った。
『主人よ。我は、ずっとあなたと一緒に居たかった。ただ、それだけだったのだ……』
伸ばす肉球が、主人の涙を拭うように動いていた。
そう。
最初の彼には、何の罪も、落ち度もなかった。
『我らを殺した人間は好かぬ。我と同化せし魔女と貶められた者達も同意見であろう。我は憎悪。我は死を運ぶ者。おそらく、永遠に呪い続けるであろう。なれど――』
憎悪が、言った。
『いいだろう。娘よ、我にあの方以外で初めて、手を差し伸べてくれた奇特な姫よ。我にも考える時間が欲しくなった。だから、協力してやる――今だけはな』
あたしの説得スキルは成功していた。
けれどおそらく。
スキルを使っていなかったとしても、同じ結果になったのではないか。
今のあたしはそう思っていた。
神父を抱えて、相手の魔力閃光を結界で相殺しつつあたしが言う。
「ヤツの魔力量を計算したいの。何個の聖遺物が埋め込まれているのか、具体的な数字は分かるかしら」
問いかけに頷き、黒猫パンデミックがシリアスな顔で言う。
『正確には分からぬ、だがある程度の数ならば――』
「それでいいわ」
あたしは魔術式を頭の中に思い描く。
聖遺物の魔力と、そこから生み出された天使の力を概算するつもりなのだ。
アダムスヴェインを発動できるという事は、それなり以上だとは確定しているのだが。
黒猫が言う。
『ヤツに埋め込まれた聖遺物の数は五つ』
なら、どうとでもなる!
そう思ったあたしの出鼻をくじくように、言葉が続いた。
『それにタイムリープのループ数を掛けた個数となろう』
……ん?
この黒猫にゃん、なんかいま。
さらっと、とんでもないことを言ったような気が……。




