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第百三話、原初の神父 ~真実を辿る魔導書~その終



 歪な天使、ギシリトールを連れた冒険は続く。

 冒険の目的は愛しき思い出の神父様の、面影ぞうき探し。

 二十歳を過ぎたディカプリオ神父は社会を覚え、嘘も建前も覚え、すこしずつ大人になっていた。


 用事を済ませた神父は、高層ビルが並ぶ一流のオフィス街を進む。

 常人には見えない天使がその背後を飛んでいる。

 それはあの時の遺体と、聖人の角膜から生み出された天使。


 歯だけを剥き出しにするギシリトール。

 始まりの天使が、死刑囚がかぶせられるような白い布の肌を蠢かし。

 やはりギシリと首を傾げる。


『主よ、いいのか。いまの、おまえの師の、聖遺物、持ってた』

「いいのですよ、ギシリトール。彼女は悪人ではなかった。悪魔を呼ぶ異能に目覚めているようですが、その心はただのバ……いえ、少し単純でしたが、善人に見えました。それに……」


 言葉を区切り。

 神父は糸目をわずかに開き、淡々と口を開く。


「彼女は真実を知らなかった。お嬢様は約十年前に受けた治療が、正しき手段の治療だと――本当にそう思っていたのでしょう。職権を乱用した父親が、正しき順番を破り――違法な手段で手に入れた骨髄移植だったと聞かされて、本当にショックを受けていたでしょう? 憤っていたでしょう? どうして、パパ……と泣いていたでしょう? それで罪は果たされたと、わたしはそう判断します」

『女に。甘い。それ、誰の真似だ?』


 愚鈍な天使の問いかけに、ディカプリオ神父は応じない。

 ただ、あの黒衣の神父のような静かな笑みを浮かべるのみ。


 そんな天使と神父の旅路を眺めるあたしたちは、わずかに表情を曇らせていた。

 臓器を移植された一人。

 適合するドナーからの骨髄移植が不可欠だった、権力者の娘だったお嬢様。


 彼女に心当たりがあったのだ。

 池崎さんが言葉を探るように、ゆったりと口を開く。


「別人みたいな静かなお嬢様だったが――親父さんの骨髄を移植されてたのは、悪魔使いのあの姉ちゃんの十年前の……」

「そう、みたいね――」


 聖遺物を移植されたまだ若い女性。

 あれは悪魔使いの亜門さんだった。

 まさか知り合いが聖遺物の移植者だとは、思っていなかったが。


 たしかに彼女は、並の人間よりも強い異能を持っていた――むろん、あたし達に比べれば圧倒的にレベルは低いが……それでも一般的な異能力者が相手だったら逆に彼女が圧倒していた。

 その強さの根源が、これだったのだろう。


 理由があったのだ。


「骨髄移植って、本来なら本当に適合するドナーじゃないと駄目らしいですし、遺体からの移植もほぼ不可能と思っていたけれど――」

「真なる聖人の遺体なら、適合もするし、移植もできる……か」


 池崎さんが呟く中。

 漏らすタバコの煙が魔導書の道に流れていく。

 場面が切り替わるのだ。


 物語は続く。


 天使と神父が次に顔を出したのは、海外系暴力団(マフィア)のフロント企業。

 神父が目を付けたのは――。

 そのスタッフと接触する、三十前後の長身の男だった。


 長身の男は海外マフィアのフロント企業の下っ端を、スパイとして取り込もうとしていたようだが。


 救世主の異能を使い、何かを確認したディカプリオ神父はやはり、特に何もせず。

 天使を連れてこの場を後にした。

 愚鈍な天使が言う。


『あいつ、聖遺物、心臓としていた。なぜ。取り返さない?』

「彼もまた、悪人ではなかったからですよギシリトール。それに、彼からは気高き鳥のような……よくわからないですが、強大な加護……というのでしょうか。わたしの力とも違う、オーラのようなものを感じました」


 神父は諦めを知る――。

 老成したモノの顔で、ぎしりと顔を黒くさせる。


「取り戻すつもりはありませんが、仮に強引に取り戻そうとしても、徒労に終わっていた可能性が高い。その異教なる神に妨害され、わたしは生涯を海の中、まるでコンクリートのように固められたまま沈んでしまう。そんな、敗北の天啓が下ったのです」

『神父。負ける? おかしい、おまえには、オレがいる。普通の人間に負ける。ない』


 昆虫のように首をガシガシと傾ける天使に苦笑し。

 神父が言う。


「それは普通の人間が相手なら、でしょう。あの男、おそらく海外系の暴力団をマークしている公安の人間でしょうが、普通ではない人間、というのもこの世にはいるのでしょう。わたしが知らない、神の奇跡とは異なる力がこの世にはある。そう、わたしの神父様のように、すこし人とは違った力を持った者が――」


 神父は次の臓器を探して、歩き出す。

 その旅路を眺めながら、あたしも池崎さんも既に察していた。


「あれ、ヤナギさん……だったわね」

「そうらしいな。あいつは自分の事を全然話さねえから……。まさか、ターニングポイントよりも前に、心臓移植を受けてただなんて、知らなかったんだが」


 相棒状態になっていた池崎さんも知らなかった。

 それもそのはず。

 ヤナギさんはおそらく、いまだに本名すら名乗っていない。


 あたしは最初に鑑定した時に知っているが、本当に自分について語らないイケオジなのだ。


「たぶん治療を受けたヤナギさん本人も、違法な臓器だったとは知らないんじゃないかしら。あの時の、倫理観のないお医者さんは人を助けたかった、その感情に偽りはなかった筈よ。だから――、ヤナギさんにも他の患者さんにも罪はないと……あたし個人では、そう思うわ」


 呟きながらもあたしは考えていた。

 嵌まらずにいたパズルピースが、次々と嵌め込まれていく。

 そんな感覚が、次々と思考を通り過ぎていく。


 なぜロックおじ様が彼を使徒に選んだのか。

 なぜ、あれほどに力を貸していたのか。

 いま、ようやくその理由が分かった。


 ロックおじ様は、ああ見えてあたしのお父様のことが大好きなのだ。


 おじ様もかつて魔王軍の幹部だった――本来は人間を怨嗟しているのだ。

 魔性と化すほどに、人類を敵対視していた。

 けれど、今は違う。


 世界が壊れないように動いている――。


 人類や世界の味方のように動いている理由も、全てそこにある。

 大魔帝ケトスが人類と敵対することをやめたから、その心を汲み取っているだけに過ぎない。

 それほどに、おじ様にとってはお父様は特別な存在なのだ。


 その、大事な存在のかつての心臓が、その胸に埋まっているのだとしたら。


 おじ様は迷わず力を貸したのだろう。

 そして、ヤナギさんも並の異能力者を凌駕する能力の持ち主だった。

 それはロックおじ様の加護があったから、たしかにそれもそうだ、けれど――その根源は聖人の心臓が移植されていたから。


「結局、一連の事件も人間関係も全てはCに繋がる。あなたというCAT(キャット)とお父様……CETUS(ケイトス)CAT(キャット)。ループを生み出したあたしも、お父様の娘ですし――これは、あなたたちCが主役の物語だったのかもしれないわね」


 地味で静かなあたしは、脇役。


 異世界召喚によって亡くなったお父様の死。

 ネコを不当に襲った魔女狩り、パンデミックの呪い。

 その後始末に付き合っているだけの観測者。


 というわけで、あたしはさほど悪くない!

 必殺、それっぽい言葉と理論攻撃!

 責任を押し付けようとしたのだが。


「いや、なに自分は脇役なんですぅ。って顔で逃げようとしてやがるんだ? そもそものこの無限ループの原因は五年後の嬢ちゃんだろう――? あの時にオレが滅んで、それですべて解決するはずだったんだよ。それをこんな複雑な状態にしちまったのは――誰のせいだ? ああん?」

「残念でした! それは五年後のあたしであって、あたしじゃないですし!」


 言い切ってやったのだ!

 さて。

 まあ冗談は置いておくとして、たぶんヤナギさんがそうであるのなら。


 場面が移り変わる。

 天使と神父の冒険は続く。

 神父が突き止めたのは――ヤナギさんが移植手術を受けた病院、そこから辿ったのだろう。


 かつて存在した自衛隊。

 異能が発生した後には名前を変えていたが――。

 その病院で、同じく、同時期に薬害で機能不全を起こしていた肺の手術、ようするに移植を受けた女性がそこにいた。


 その人の名は、二ノ宮さん。

 凛々しい女性代表のような彼女もまた、父からの移植者。

 すなわち、聖遺物を埋め込まれた人間の一人だったのだろう。


「この気の強そうな女は二ノ宮、だよな。まあ、強力な異能を持つヤナギがそうなら、こっちもこうなるわな――嬢ちゃんは知ってたのか?」

「いえ、知らないわ」


 あたしは賢人の顔で考える。

 深く、可能性を辿っていく。


「十五年前当時、ターニングポイントの時にハウルおじ様は二ノ宮さんと出逢ったらしいけれど――その出会いも、偶然じゃなかったんでしょうね」

「ハウルおじ様……ああ、あのホワイトハウルとかいうヤベエ異神か」


 一緒にステーキを食べた記憶も新しいのだろう。

 あたしは答え合わせをするように、言葉を紡いでいく。


「ハウルおじ様は、二ノ宮さんの肺にあったちちの面影を、犬の嗅覚で本能的に察していたんでしょうね。全ては偶然じゃなくて必然。あんまり好きな言い方じゃないけど――あたし自身も含めて、今までの事件で関わってきた人たちとの出会いは、”運命だった”ってことなのかもしれないわ」


 ハウルおじ様はターニングポイントの時に二ノ宮さんを蘇生させた。

 その時点で既に、聖遺物の存在は気づいていた筈だろう。

 だから、そのまま彼女を守っていたのかもしれない。


「偶然なんて、そう簡単に起こらない。奇跡には理由がある。偶然や奇跡と思われる現象にも、きっかけとなる理由が存在することが多い。そう聞いたことがあるわ」

「理由があるから奇跡は起こる、か。まあ、何の努力もしてねえ奴が一流のスポーツ選手にはなれねえってのと一緒だな」


 そ、それはどうなんだろう……。

 ちょっと違うかもしれないが、まあ全く遠いとも言わないが。

 ともあれ、あたしは考えた。


 異能に目覚めた二ノ宮さんが、交渉を異能としたのも偶然ではない。

 父の肺の影響を受けていたのだろう。


 異能習得にも、原因や意味があるのかもしれない。

 池崎さんのタバコ、煙の異能も……。

 たぶん、彼自身や魔女が殺され――火にくべられた時、灰となり煙となった事から発生したのではないか。


 そんな、あまり考えたくない答えが、あたしの中に浮かんでいた。

 まあ、それを本人の前で口にする気はないが。


 確証はない。

 けれど、たぶんそう遠くない。

 魔術式を辿れば、きっとそれが答えとして見つかるだろう。


「んだよ、人の顔を見て。どうかしたか?」

「いえ、なんでもないわ――」


 彼はそれ以上、何も聞かなかった。

 あたしが語る気がないと察したのだろう。

 こちらが考えている間にも、物語は進む。


 まだ若い二ノ宮さんを見つけた神父は、彼女に目をつける。

 だが――。

 やはり、その場を後にしていた。


 愚鈍な天使が言う。


『ヤツ、肺。呼吸。声。そこに聖遺物。ある。なぜ、帰る?』

「彼女は命を助けられたことに感謝し。その生涯を正義のために使うと決めているようですから――悪人ではないでしょう。だから、見逃します。それに、彼女からも異端の神の波動を感じました」


 言って神父は考え込み。


「またわたしの知らない神がいる。いえ、神かどうかはわかりませんが……力ある存在が確かに存在している。ならば、やはり主も存在している筈。ならば、なぜ……なぜ、主は、神父様の命を、わたしからお奪いになられたのでしょうか」


 誰に言うともなく、独り、言葉を風に乗せていた。

 愚鈍な天使が答えていた。

 歯だけの筈の顔に、赤い瞳が魔法陣の様に浮かんでいる。


『この眼。角膜? そこに、記憶ある。この角膜の持ち主。死んだ。理由。知ってる。見た。たぶん、それ』


 ギョロギョロっと、死者の瞳が蠢いていた。


 今までその質問をしたことはなかったのだろう。

 神父にとっては、本当に、突然だったのではないだろうか。

 ディカプリオ神父が目を見開いて、天使を見上げる。


「ギシリトール!? 知っているのですか!」

『たぶん。あれも異能。の一種? 世界。書き換える力。あの神父。呼ばれた。別世界』

「別世界……?」


 ギシリトールは言葉を探し。

 ギシギシっと肩を鳴らし。


『この世界。で。該当する、言葉。当てはめるなら。異世界。転生。召喚。ここではないドコカ。神父の魂。招かれた。だから。身体。残された。死んだ』

「そ、そんな――異世界だなどと、漫画やゲームじゃないですし……ありえません」


 まともに顔色を変える金髪の神父。

 その質問に、愚直で愚鈍な天使は答える。

 彼はただ、主人の命を守るため、答えを口にしたのだろう。


 ギシリと、歯だけが歪に蠢きだす。


『主。オマエには異能がある。それに。オデがいる。この世は既に。変わっている。ありえないなんてことは。ありえない。その証明。主とオデ。どう説明する。漫画。ゲーム。それと同じ。違うか?』


 愚鈍な天使。

 ウソを言わず、従順な肉人形。

 その言葉に偽りはないと、彼は知っていたのだろう。


 そこで初めて、ディカプリオ神父は知ったのだ。

 神父が異世界召喚によって、殺されたのだと。

 震える声を絞り出すように、神父の喉が隆起を作る。


「ギシリトール……あなたには、見えているのですか。その、異世界の力や、わたし以外の異能力者や、存在の痕跡や、なにか、わたしがそれらを掴むことができるような、ヒントが。きっかけが、なにか……」


 愚直で愚鈍な天使が言う。


『見える。オデの目。おそらく。とても強力。聖遺物? と呼ばれる、力ある遺骸。だから。見える。すぐ、そこにもいる。見える。あれは。なんだ。力ある、存在』

「力ある、存在?」

『空。上から。こっちを見てる。力をくれると。そう。言っている』


 神父には見えないのだろう。

 けれど、聖遺物たる角膜を持つ天使には見えていたのだろう。

 あたしたちにも見えていた。


 そこには――パンデミックがいた。

 災厄の種となる核を探していた黒猫が、いる。

 神父は天を見上げた。


「力をくれる。このタイミングで、こんな奇跡に近い時に――」


 神父は考え込み。

 やがて、答えに至ったのだろう。


「ああ、そうか。そうなのですね。あなたこそが――ずっと、わたしたちが信仰し続けた神様。なのですね」


 パンデミックは頷いていた。

 違う。

 それは神ではなく邪悪な憎悪の魔性。


 けれど、だ。

 力が欲しいと願ったその時に、偶然、力を与えてくれる存在を目にしたら。

 それが力ある宿主を探して、神父を偶然ではなく必然で探していたのだとしても。


 これは奇跡でも何でもないのに。

 それでも人は――。

 これを、奇跡……。


 神と呼んでしまうのではないだろうか。


「ああ、主よ。いと尊き方よ、やはりあなたは――あなたこそが、それでも神父様が愛されていた。神、なのですね!」


 おそらく、これこそが――。

 完全に神父が狂ったきっかけだったのだろう。

 パンデミックはにやりと嗤い、孤独な神父に憑依した。


 ――。

 あたし達は魔導書から追い出された。



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