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029.葬儀

 ハラペコ駄チョウがグロースプラガーと激突してくれたおかげで、ライツ葬送へは容易に到着できた。

 要塞島といった外観のライツ葬送だが、今は全ての水門が破られて、絶え間なくグロースプラガーを吐き出している。


 ヴォルフガングたちの居場所はすぐに分かった。

 破れた水門の一か所だけ、グロースプラガーの出てこない場所があったからだ。


 壊れた水門から内部へ侵入すると、水路の水底にはグロースプラガーの魔石がいくつも散らばり、奥へ進むにつれ、まだ魔石化していないグロースプラガーの亡骸が積み重なっていた。


「ギャッ、ギョギョギョ」


 夢中で水底の魔石をついばみ始めた駄チョウから降りて、ヨルは桟橋を奥へと進む。

 奥から漂うひどい悪臭が行くべき場所を指し示す。エンブラッド大湿原に着いた日に、漁師の小屋で嗅いだ臭いだ。耐え難い悪臭と共にガサゴソと大きなものが動く気配と、まるでさざ波が立つような無数の小さなモノが蠢く音が伝わってくる。


 グロースプラガーは餌の量に応じて孵化し、急成長する生態を持つ。

 今の大量発生は、孵化も駆除もされずに蓄積された大量の卵が餌に接触した結果だろう。

 このライツ葬送で一体何が行われてきたのか、もう答えは知れている。


「遅くなったな、ヴォルフガング」

「……ヨルか。俺は、間に合わなかったようだ。俺が着いた時には皆すでに……」


 『埋葬』というものは、死者への感謝と哀悼を表現し、人という生物の命の尊さを称える儀式だとヨルは考えている。それは多く生まれて多く死ぬ、この異世界マグスでも変わらない。いや、魔獣という存在によって生まれた人の多くが志半ばで息絶えるからこそ、追悼の儀式はより重要な意味を持つかもしれない。


 だというのに。眼前に広がるこの光景は、一体なんだというのだろうか。

 まるで獣の肉塊のように、無造作に積み上げられた屍の山は。


 ここは、葬儀の場などではない。魔獣エビに与えるための、死肉置き場だ。


「ヨルさま、ルーティエはちゃんとヴォンゲン守ったです!」

「えらいぞ、もう少しだけ頑張ってくれ」


 グロースプラガーの侵入を防ぐため、ルーティエは手足から枝を伸ばして養殖水槽に繋がる奥の扉を押さえていた。それでも塞ぎきれない扉の隙間や壁のひび割れを伝って孵化したばかりの稚エビがひっきりなしに這い出して、この部屋に積まれた遺体に群がっている。


(設備も管理もボロボロじゃないか。魔獣除けの魔導具でだましだましやっていたんだ。どうして肉蟲を使わない? まさか肉蟲も足りていないのか)


 ヨルたちがメリフロンドで見学した魔石工場だけでは生産量が到底足りないのだ。餌にする肉蟲の養殖さえ、満足にできていないのだろう。

 だから葬儀会社の仮面をかぶり一帯から遺体をかき集め、それを餌にこの場所で魔獣(グロースプラガー)を養殖していた。


崩れ六華(フロラータ)


 ヨルは軽く手を振り稚エビもろとも屍の山を凍り付かせる。これならば、しばらく稚エビも寄り付くまい。

 屍の山の頂に立ち尽くすヴォルフガングの足元には、部下だった者たちの遺体が並んでいた。汚れたヴォルフガングの服装から、必死で探した様子がうかがえる。


「マーカス、ジェフ、ダニエル、リチャード、クリスファー……」


 名前を呼ぶ遺体はどれも破損がひどく、五体満足なものは一つもない。いずれも勇敢な兵士だっただろう彼らの遺体は、剣や魔法にやられたのではなく、おぞましい魔獣エビに喰われて穢されていた。

 祖国のため、家族のために、魔人と、魔獣と、そして敵国と戦ってきた戦士たち。彼らは必死に生きたのだ。戦いの果てに力尽きることはあろうとも、その死は貴ぶべきもののはずなのに。


「これがヘキサ神の加護ある国の所業か。この世に生きる辛酸に耐え『救済の国』へと先に旅立った者たちに対し、目に余る蛮行ではないか。死者の尊厳を何と心得ているのか!」


 眉間のしわを深くして絞り出すように漏らすヴォルフガングの声に、ヨルは返す言葉を持たない。


 挿絵(By みてみん)


 死に救済を求める気持ち。

 生きる苦しみ悲しみは死によって終わりを迎え、幸福な世界に旅立てるのだと信じることは、魔人に虐げられ、魔獣に喰われ、あるいは人間同士のいさかいに敗れて、大半の人間が天寿を全うできないこの世界に生きる人々にとって、心の拠り所なのだろう。


 ヴォルフガングだけではない。このエンブラッド大湿原に生きる人々もまた、死者を魔物のいない大地で安らかな眠りが得られると願い信じていたというのに。


「今からでも送ってやろう。この施設ごと、誰一人、余さず『救済の国』へと旅立てるように」

「……あぁ。頼む」

「念のために聞くが、他に生存者は?」

「とっくにおらぬよ。エビの餌になったか、それとも逃げおおせたか……」

「そうか。ならばせめて盛大に。この場所が二度と使われることが無いように」


 この場所は限界だ。再稼働などした日には、同じ悲劇を繰り返すだけだろう。遺体だけでなく浮島ごと沈めてしまう方がいい。


(とはいえ、メリフロンドの結界を起動するのに魔力をだいぶ消費したんだよな。……ここなら、あれが使えるか。あの方法は使いたくなかったんだが。仕方ない)


 ヨルは稚エビの群がる遺体の山頂に立つと、尖った爪の先で己の手首を掻き切った。

 バッと噴き出した血潮は、まるで意思を持つかのように遺体の上に薄く広く散り、凍り付いた稚エビを赤く染めていく。


「ヨッ、ヨルさま!?」

「落ち着け、ルーティエ。こいつらを術の媒体にするだけだ」


 魔王とは、狂い月(ファナティック)の血(・ファクター)を統べる者。正常な生物を狂わせ魔獣や魔人に変える狂い月(ファナティック)の血(・ファクター)を支配できるからこそ、その結晶体である魔晶石を介して、配下を救うことができる。

 稚エビのような下等な魔獣はその血が触れるだけで容易に使役できるのだ。


「この浮島中に散り仲間を増やせ。そして、水底へと潜れ。大湿原の底に沈む魔石をこの真下に集めろ」


 ガザザザザ。

 それまで腐肉を貪ることに夢中になっていた大量の稚エビが、蜘蛛の仔を散らすように、この施設の配管や壁の亀裂へと消えて行く。ヨルに命じられたとおりに、このライツ葬送がある浮島全土に広がって、浮島の下となるモスキャスケードの隙間を掻い潜り、水底へと潜っているのだろう。

 

「俺たちもここを出るぞ。ルーティエ、ヴォルフ、グロースプラガーを少しの間足止めしたい。適当に壁を崩してくれ。ここの遺体には申し訳ないが、彼らにはグロースプラガーを引き付けてもらう」

「承知した。いくぞ、魔剣カルニフィクス」

「お任せください!」

「うー! にゃー! 《威を借る猫の咆哮(ドヤドヤハウル)》にゃー!」

「あ、ミーニャはほどほどで。エビが付いてきちゃうから」

「うーにゃ?」


 ヴォルフガングが外へ続く壁を壊すと、腐臭に惹かれたグロースプラガーがドッとなだれ込んでくる。それをミーニャが集め、セキトが自慢の装甲で挽きつぶし、外へ行こうとする個体をルーティエの枝がからめとる。迫りくるグロースプラガーに部下の亡骸を喰わせまいとヴォルフガングが魔剣カルニフィクスを振るう側で、ヨルは詠唱を開始した。


「《目覚めよ、月の仔。世に残されし恵みの残渣よ。

 其は、夜明けの(あけ)のごとくに、

 其は、日暮れの(あけ)のごとくに》」


 長い詠唱だ。本来は複数で詠唱する術式だが、足りない分はヨルの血を受けた稚エビが、命でもって肩代わる。水底に潜った稚エビの側にあるのはいくつもの小さな魔石。

 このエンブラッド大湿原が出来てより、ここはグロースプラガーの楽園だ。魔獣という生き物の定めに漏れず、ここで生まれたグロースプラガーたちもまた、その生の終末に小さな魔石を残して死んでいく。

 千年にも上る時間の中で繰り返された営みは、一つでは大した力も持たない小さな魔石を地層のごとく降り積もらせた。

 それを利用するのが、この術式。


「《(あか)く、(あか)く、(あか)く、足掻(あが)きて血色に耀け、

 照らす日よりも灼熱に、燃ゆる火よりも酷熱に》」


 ごぼり、と水底から気泡が上がる。

 ヨルの詠唱に呼応して、降り積もった魔石が力を放出しているのだ。

 この術式を使うのに、このエンブラッド大湿原より適した場所はあるまい。


「《踊れ、熾烈(しれつ)に。

 意思失いし、眠りし石よ》」


 ゴボゴボ、ゴボゴボ。

 大量に湧き上がる水蒸気に、不安定なモスキャスケードの浮島は地震のように揺れ始める。


(……思ったよりも揺れが激しい。範囲をもっと浮島の中心に限定して……。俺たちもそろそろ出たほうがよさそうだ)


 ヨルの合図に従って、彼らを乗せたセキトが入ってきた水門から外へと飛び出す。


「ギョ、ギョーウ!?」

「ギョーウ!」

「ギョーウ!」


 異変を察したのか、それとも黒光りする立派なセキトの貝殻に光モノ好きの本能を刺激されたのか、ライツ葬送の周囲で魔石をついばんでいた駄チョウたちもセキトに続いて走り出す。

 水面をスイーと移動するでっかい貝に、それを水鳥のように浮かんで追いかける駄チョウの一軍。 

 冷静に見ればちょっと愉快な絵づらだが、激しく揺れ始めた浮島と波打つ水面に、この浮島を見る者があっても、ヨルたちを注視する者はいないだろう。


「《我が意に応じ、ここに目覚めよ。

 魔核崩壊(マナ・カタクリスム)》」


 ――『魔核崩壊(マナ・カタクリスム)』。

 初代編術師団長エレレが開発し、敵対する魔王とその配下もろともエンブラッド大湿原一帯を吹き飛ばした、魔石を爆発エネルギーに変える術式。これは、それを魔導具ではなく魔術として使えるように改良したものだ。

 魔導具化されるようなものだから、詠唱に時間はかかるし魔力のコントロールが難しく、高位の魔人しか使えない反面、魔石をエネルギー源とするため必要となる魔力量は多くない。

 魔力が枯渇しかけている今のヨルには最適な魔術だ。


(まさかエレレに感謝する日が来るとは……)


 そんなことを考えたのは、詠唱を終えたほんの一瞬だけだった。


 ゴゴゴゴゴゴ、ズッガーーーーーーーン!!!!!


(ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!)


 前言は撤回だ。そもそも、エンブラッド大湿原一帯を吹っ飛ばしたエレレの術式が、まともであるはずがないのだ。あと、ヨルはヨルで千年もの魔石の蓄積を少々甘く見積もり過ぎていた。


 噴火のような衝撃がライツ葬送のあった浮島を襲い、大量に発生していたグロースプラガーどころか浮島全体を木っ端みじんに吹き飛ばした。

 轟音と共に空へと吹き上がる爆炎と、遅れて周囲に吹きすさぶ水蒸気。噴火のような激しい衝撃に湖面は嵐の海原のように荒れ狂う。


 魔王の表情筋が死んでいるおかげで、「想定通りですよ」みたいな顔をしているヨルだったが、想定の十倍以上の大爆発に、二次災害が起こっていないか慌てて周囲を見渡したくらいだ。


(だ……大丈夫か? うん、たぶん、大丈夫……だな)


 メリフロンドは爆発の衝撃波をもろに受けてしまったが、対エビ用にヨルが起動した結界のお陰で事なきを得たようだ。しばらくは高波が周囲の集落を襲うだろうが、幸いこの辺りの集落は浮島の上に建っている。モスキャスケードの浮島は頑丈で柔軟だから、波に乗り上げ揺れる程度で済むだろう。家はちょっと……いや、そこそこ壊れるだろうが、グロースプラガーの大軍に襲われるよりはましなはずだ。


 爆風と荒波の直撃を喰らった駄チョウたちも、浮きの付いた胴衣のお陰でぷかりぷかりと浮いてきて「ギョギョウ!?」と元気に鳴いている。丈夫な鳥だ。駄チョウを使ってグロースプラガー狩りをすれば、養殖するより魔石が集まるのではないか。


「これだけ派手に送ってやれば、ヴォルフの部下も『救済の国』に旅立てたろう」

「……あぁ。こんなところで眠ってる場合じゃないと、故郷に飛んで帰ったろうな」


 内心焦りながらも平静を装うヨルに、唖然とした表情で爆発を見ていたヴォルフガングが薄く笑う。ヴォルフガングの溜飲が少しでも下がったのなら、吹っ飛ばしたかいがあったというものだ。

 ルーティエはいつも以上に感心した様子で「さすがはヨルさまです! ものすごい魔術でした」と言っていて、いつの間にかセキトの中に隠れていたミーニャも顔をのぞかせて「しゅごいにゃ」とか鳴いている。


「あの爆発で葬儀屋と共に俺の憂いも吹き飛んだが、いいのか? あの規模の爆発だ。魔王が来たと知られるのでは?」


(うわ、やばい。それ、全然考えてなかったわ)


 今日もまた、魔王の死んだ表情筋が良い働きをしてくれた。

 そんなこと、欠片も考えていなかったヨルは、集まる視線に思わず強がりを言う。


「承知の上だ。メリフロンドにはライラヴァルがいた。皆、魔滅卿の手腕と思うだろう。だが、グズグズするのは得策じゃない。水蒸気の晴れないうちにメリフロンドを発つぞ」


 バレちゃうと困るからね。

 本音は心の中にしまって、ヨルはセキトに乗り込むと、出立を命じる。


「すまんがグリマリオンまで乗せてくれ。生き残った部下がいるやもしれん」


 これも乗りかかった船だ。ヨルはヴォルフガングの頼みに「もちろんだ」と答える。

 ゴールデンクレスト山脈の西に位置する鉱山の街グリマリオンは、メルフィス城への経由地だ。けれど例え方角が違っても、ヨルは手を貸しただろう。


 進路を南に水上を進む。

 振り返ったエンブラッド大湿原には、爆発の影響か大きな虹がかかっていた。 

 


お読みいただきありがとうございます。

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[一言] ドヤドヤハウル!(笑)食らいたい!! 世の中の死んだ表情筋持ちさんも実はヨルみたいなのかな。 あ、ヨル出立!オネェ再会出来ず(笑)
[良い点] 仕事をしない表情筋がいい仕事をしてますね [気になる点] 盛大な爆発のおかげでヴォルフの憂いが吹き飛んだのは何よりですが、この後のライラ姐さんの後処理の苦労を思うと…w あと報告の件ですね…
[良い点] イケオジぃ…( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`) からのイケオジぃ( °꒫° ) の温度差で思わず吹きました(不謹慎)。 咄嗟にヨル様の血に反応しちゃうルーティエちゃんが、一途で可愛いらしいです…
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