017.編術師団の墓標
「!!?」
編術師団のお宝を探して、草木の生い茂るメリフロンド下層を探索している途中、ルーティエが一瞬ぴたりと動きを止めた。
「どうした、ルーティエ」
「いえ、グリュンベルグ城まで5kmの地点まで侵入した者がありましたので。ですが、森の魔獣に追われて引き返したようです」
「そうか」
魔石を拾いに来たハンターだろうか。城にはあまり近づかれたくないから、その辺りに落ちた魔石は回収している。危険ばかりで旨味が無いからおそらく戻ったのだろう。
ヨルとしては、「ふうん」で終わる内容だったが、ルーティエは気が気ではない様子でおずおずと進言してきた。
「畏れながら、やはりお城は湖の中に沈めたほうがよろしいのでは……」
「枢機卿らの関心をノルドワイズに向けるためには、浮上させたままの方がいいだろう。侵入された訳ではない。城の威容くらい拝ませてやれ」
「…………………………………………はい」
すごーく間を開けて返事をするルーティエ。はい、までの時間が超長い。
(見るぐらいいいじゃん。見たぐらいじゃ減らないだろ!?)
そう突っ込みたいところだが、実はこの反応、ライラヴァルも同じだった。
どうやら魔人たちは、自分たちが魔王のために築き上げた物を他の第三者に使われることを嫌う傾向があるらしい。魔王シューデルバイツのために精魂込めて作り上げたグリュンベルグ城に至っては、魔王を称えない者に見られるのも不快なのだとか。だから、外観も中身も全盛期のまま完璧に維持できるよう処理をして、湖の底に沈めたようだ。
だとすれば、編術師団が魔王のために生み出した数々の成果も同じだろう。おそらく今まで発掘されてきたものは、研究に使っていた道具だとか、消耗品の類だとか。てっぺんの立派な建物だって、ブラフとして建てておいたか、灯台のような目印か。いずれにせよ、これまでメリフロンドで見つかった物は、編術師団にとってどうでもいい物に違いない。
(心血注いで生み出した成果は、ガッチガチに封印している気がするんだよな)
ヨルの推測に同意するように、遠くでばしゃんと水しぶきが上がり、グロースプラガーが跳ねる。
魔石を効率よく安定供給してくれるエビ。あのエビも、肉蟲同様にとても魔人に都合の良い存在だ。そうなるように掛け合わせ、ここで養殖していたのだろう。
(編術師団にとっては大湿原一帯がエビの養殖場だったわけか。となると、あのあたりの遺跡群は、肉蟲牧場か?)
メリフロンド付近にぽつぽつとある島の、魔人時代の遺跡群の魔力を探る。この大湿原にはあまりにも生き物が多いから、いちいち感知はしていないけれど、意識してみてばそのいくつかの中に、例のウジャアッとした反応を感じる。今もあそこで肉蟲を飼い、魔石工場に運んでいるのだろう。
なんとなく、この街のかつての姿が想像できてきた。
編術師団がここを管理していた頃は、メリフロンドと周囲の何か所かで肉蟲を飼い、定期的にエンブラッド大湿原に餌としてばらまいて、グロースプラガーを大繁殖させていたのだろう。とすると今、魔石工場になっている場所は、産卵施設か何かだろうか。グロースプラガーを稚エビ程度にまで育ててから放したほうが効率良く魔石が収穫できるだろうから。
(魔石の収集は魔導具か何かでやっていたのかもしれないな。とすると出入口は水中か。だが、点検や船舶での出入り口くらいはあるはずだ)
そう思ったヨルは下階層の岩肌沿いを歩き、その後ろをルーティエとヴォルフガング、あとは適当に虫を捕まえながらミーニャがにゃんにゃと付いて来る。
(エンブラッド大湿原は巨大なビオトープ。超でっかい水槽みたいだ)
苔があるのはエビの餌で、苔を地面代わりに樹木を生やせばより多様な動物が生活できる。その排泄物を栄養源に苔はますます繁茂するし、水棲生物も豊かになる。
巨大な水槽だというならば、船舶の出入り口は隠すはずだ。例えばアクアリウム水槽だって、配管やフィルターは隠すものだ。と、すると。
「このあたりか?」
なぜか苔が繁茂しておらず、足場が弱く、ついでに虫が多い誰も寄り付きたがらない場所。本能的に不気味さを感じる小さな滝に腕を入れてみれば、肘くらいまで滝に濡れたあたりで奥の壁面に到達した。
その壁面から感じるわずかばかりの違和感。表面が苔で覆われていて分かりづらいが、奥の岩石の石質がほんの少し異なっている。魔力を流すと他より少しだけ通りがいいのだ。
(魔力供給式のスイッチにある仕掛けだな。しかも魔力判別式か。この感じ、上から普通の石材で塞いであるのか。周到なことだ)
決まった者が触れれば開くような仕掛けは、魔人文明ではわりと多用されていた。魔王から魔晶石を頂いた部下の魔力は波長というか波紋に類似性があるから、この性質を応用すればセキュリティーを構築しやすかったのだ。ここが編術師団の拠点なら、その魔王であるヨルが入れないはずはない。
ヨルは壁面に手のひらを当て、魔力を流す。
……魔力を流す。
…………魔力を流す。
………………魔力を……。
ガガガ、ガコ、ガコン。
(焦ったあ! 俺じゃ開かないのかと思った)
認証に必要な量というよりは、扉どころかちょっとした施設の電力量くらいの魔力を注いでようやく、奥の壁がいったん後ろにさがった後、横にスライドして開いた。
同時に滝の水も左右に分かれ、中へ進む通路が現れる。
(動力、切れてたのか?)
若干の違和感を覚えつつも、ヨルたちは、編術師団の研究室へと歩みを進めた。
■□■
ヨルが見つけた出入り口は、予想通りメンテナンス用の出入り口だったらしく、狭い通路を少し進むと防御結界の制御室があった。
「壊れてはいないようだが、動力が来ていないな。魔力を注ぐタイプか……。魔石を使えばいいものを」
ここにいた連中ならば、グロースプラガーの養殖を利用して永久機関だって作れただろうに。グロースプラガーが入り込んだら面倒だから都度魔力を注ぐタイプの最低限の結界だけ準備しました、といった感じだ。
「魔石はすべてヨルさまのために使いたかったんだと思います」
ルーティエが言うと変に説得力がある。そしてその発言を裏付けるように、辿り着いた奥のホールには、魔王のための研究成果が山のように展示してあった。
「ここは、……展示室か?」
「そのようだな。うかつに手を触れるなよ、何があるか分からん。特にミーニャ」
「しゅ、しゅいこまれるにゃああぁ」
「行ったそばから魔導具の中に入っちゃダメです!」
試作品とその説明が書かれたパネルが並ぶ展示室。壁一面に置かれた本棚にも研究成果が記されたファイルが並んでいた。
ミーニャがさっそく壺型の容器に入り込んで「うにゃぁ、出られんにゃー」とか言っているが、それはただのゴミ箱だ。ニャンコの本能に逆らえないだけだが、念のためルーティエに「見ててやれ」と言うと、本当に手を出さずにジーっとのぞき込んでいた。
チョロチョロされると危なっかしいから、駄ネコとお子さまそのまま放っておいて、ヨルとヴォルフガングは展示物を見て回る。
こうやって展示されているということは、それなりに価値のある成果なのだろうが……。
「ヨル、これはどういったものなのだ?」
「このあたりは素材の研究成果だな。グリュンベルグ城の外壁に使われている超硬い材料をさらに超硬くする研究らしい。現状は千年もつものを1万年にのばすかわりに再生能力が1/20になる。こっちは、耐熱温度1万度で千度を超える高温域では抜群の硬度を誇るが常温ではガラスの様に脆い素材。その辺りは肉蟲関連だな。餌と肉質の関係、品種改良による家系図か。……みかん並みにいろんな派生種を造ったようだな」
「みかん?……魔人的には役立つ研究なのか?」
「…………魔人的にも微妙なんじゃないか?」
みかんの家系図はすごいのだ。日本の農家のすごさを感じるのだが、肉蟲のそれもかなりのもの。いや、味の奇想天外さにかけてはみかんを凌駕するだろう。
なにせフルーティーな肉蟲もあったのだ。あれは、どう考えても不要じゃないか。魔人だって普通の食事を味わえない訳ではないのだ。普通に果物を食べればいいのに。
(……いや、これ食べた覚えがあるぞ)
魔王時代の記憶がちらりと脳裏をよぎる。
口に入れると蕩けるほどに脂ののった肉なのに、味はメロンみたいだった。しかしメロンも口に入れると蕩けるものだから、見た目が肉なことを除けば意外とマッチしていた気がする、なんか、肉だけなのに生ハムメロンみたいな。
「意外性があって面白い」
みたいな適当な感想を述べたらしばらく魔人たちの間でブームになっていたような……。
「……こちらは魔導具か。武器もあるようだな」
微妙な雰囲気を察してくれたのか、ヴォルフガングが話題を変えてくれた。危うく忘れるところだったが、こちらが本命だったのだ。
「……これは魔滅の聖典に似ているな」
「初期の試作品だな。コンセプトは同じだが威力が弱すぎたはずだ」
「試作品……。やはり聖遺物は神が与えたもうたものではなく、魔人が作ったものだったのだな」
ヴォルフガングと二人、武器や防具の一角に聖遺物に似た魔導具がいくつも並べられた一角を見て回る。
ヴォルフガングの言う通り、聖遺物を作り上げたのは、当時天才と謳われた3人の魔人たちだ。
魔王シューデルバイツのたった一つの願いを叶えるために、あるいは自らの願いも重ねて、あるいは単なる知的好奇心から、神に挑むがごとき目的を達成するために創り出された一式の魔導具。その完成形が聖遺物として伝わる7つの聖遺物なのだ。
完成品を作れたのだ、予備や汎用品があるかもしれない。
そう思ってヨルはここにやってきたのだが。
「完成形の予備や量産品があるかと思ったが、試作品ばかりだな」
当てが外れたヨルは小さくため息を吐く。
編術師団長エレレの研究室にあったのは試作品ばかりで、完成形に匹敵する品は一つも残っていなかった。
ここに無いということは、成功例は枢機卿らが持つものだけなのだろう。
わざと作らなかったのか、それとも作れなかったのか。
「随分と、試行錯誤を繰り返したのだな。魔導具に疎い俺でもここを見ればそれは分かる」
「それだけ、難題だったんだ。皆、よく頑張ってくれた……」
あの一式の聖遺物を生み出すために、どれほどの労力が注がれたのか、それはこの部屋を見れば痛いほどに理解できた。特にこの一角は、恐ろしく丁寧に陳列されているのだから。
研究者という人種は、資料が山積みになり、通路に足場もないほど材料や試料を並べ、整理整頓のせの字もないような場所で暮らすものだ。研究によって得られた知見は新たな可能性と課題を生み出し、探求には終わりがない。
先へ、先へとひた走る、そんな研究者たちが過去の足跡をこれほど丁寧に整理し陳列しているとは。魔王の来訪を予定してのことならば分かる。けれど魔王の記録によると、歴代の編術師団長エレレがこの場所に視察に来て欲しいと望んだことは一度もなかった。
それにこの部屋は、徐々に作られていったというよりは、聖遺物が完成したのち、それまでの成果を展示すべく作られたような規則性がある。
まるで、ここを去る前に、全員で掃除をし、ここで生きた証を残していったようではないか。
「ここにいた方々も、去ってしまわれたのですね」
いつの間にか壺から出てきたミーニャとルーティエがヨルの側に立っていた。
ぽつりとつぶやくルーティエ。湖に沈んだ城を訳も分からずただ守り続けた彼女は、この光景をひどく寂しそうに見つめていた。
「そうか……。魔王の後を追ったのか……」
魔王を唯一と仰ぐ社会。魔王の手足である彼らは、ただ魔王のために一連の聖遺物を製造し、そして魔王の後を追い、この世界を去ったのだろう。彼らの亡骸が一体どこに眠っているのか。ヨルには予想がついたけれど、彼らの生きた証が陳列されたこの場所こそが、編術師団の墓の様に思えた。そう思ってみれば、メロン味の肉をはじめとする一連の研究の数々も、魔王にとって特別な意味が見いだせる。
単純に、役に立つ者だけが尊いわけではないのだ。メロン肉を造りだした彼の方向性はちょっぴりずれていたけれど、シューデルバイツに「面白い」と褒められた開発者はとても嬉しそうだった。その肉を食べた魔人たちも、皆でその肉を食べることを楽しんでいた。
ここに展示されたたくさんの成果たち。それは彼らが魔王のためにという題目の下であったとしても、懸命に充実した人生を生き、その成果によって多くの魔人たちの人生を豊かにしてきた証拠なのだ。
それを知っているのは、今なお彼らを覚えているヨルだけで、それを知らない者が、役に立つかどうかの単純な尺度でもって評価してよいものではないだろう。
「ここはそのまま閉ざしたほうがいいな」
ここは彼らの墓標なのだ。
そう思えば、動力の一切が切られていたことも納得がいく。墓の扉は荒らされぬように閉ざすものだから。
ヨルはふと、ヴォルフガングに弔いの歌を頼んだ漁師を思い出した。父親が安全な大地で静かに合歓て欲しいと願った青年だ。
(編術師団に安らかな眠りを……)
人が安らかな眠りを願うように、ヨルもまた、彼らの眠りが安らかであることを願いながら、聖遺物に至った研究の変遷を追う。
完成形から初期の構想へ。
すると極めて雑多な初期作品の中で、一振りの大剣が目に留まった。
「……ん、これは?」
聖遺物は7つで一式の魔導具なのだが、この7つという区切りが定まる前の試作品だ。
「これは最初期のものだな。あー、これ魔人が使えない奴か」
この大剣はおぼろげに覚えている。名はカルニフィクス。
かなり乱暴な作品だったはずだ。もちろん、暴力的な意味で。
「これ、ヴォルフに向いているんじゃないか?」
「一見して業物と分かるが……ただの剣ではあるまい。どういうものだ?」
「うーん、魔人喰いとでもいえばいいかな。魔人や魔獣の血を吸って持ち主の魔力に変えてくれる、妖刀の類だな。魔人が造ったものだが……魔人が持つと、自分もダメージ喰らうんだ。人間であるヴォルフが使えば、魔人並みに戦えるんじゃないか?」
ヨルが差し出した大剣、カルニフィクスをヴォルフガングは受け取り抜き放つ。その刀身は深く黒ずんだ鋼で作られており、不気味なほどに光を吸収しているように見えた。刀身の表面には細かな文様が施されており、魔人や魔獣の血を吸えばこの模様が赤く浮かび上がるのだ。
「魔人殺しに相応しい獲物だが……。いいのか? これはお前を殺せる武器ではないのか?」
何者もうつさない刀身を見つめながら、ヴォルフガングの問いにヨルは答える。
「それで俺が殺せるなら、それが完成品になっているさ」
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