003.目的地
「ねぇねぇ、ヨル。輸送獣に乗せてよ。旅支度してるみたいだし、どっか行くつもりなんでしょ? どこにいくの?」
『賑やかな鶏亭』でそう問うドリス。ヨルの答えに耳をそばだてるライラヴァルと、くあーとあくびをする駄ネコに向かってヨルは目的地を告げる。
「サフィア王国の方に行こうと思っている」
本当はメルフィス城に行くのだが、方角的には同じだから嘘は言っていない。本当のことも言っていないが。
もっともそんなごまかしは、あっさりと見抜かれてしまった。
「サフィア王国の、方? 確かヨルって転移門に興味持ってたよね。ってことはメルフィス遺跡?」
ドリスってエスパーかなんかだろうか。それとも人の考えを読む魔術が使えるとか。そんな魔術があったとしても、魔王ボディーの思考を見抜けるとは思えないが。
「……さすがだな」
お手上げだ。こういう時はさっさと降参するに限る。
「ボクもいく、連れてって!」
「ミーニャもー」
「あたしも行くわ!」
「いや、ライラはダメだろ、枢機卿なんだし」
「んもう、ヨル様、ヒドイ」
同行を申し出て来るライラヴァルを速攻で却下するヨル。
絶対ゴネるだろうと思っていたから、夜逃げのようにこっそり抜け出してきたのだ。多忙な役職者を連れていけるはずはない。
あとで、これだけ早く見つけられた理由を聞いてみたら、「ヨルさまがワー・ニャンコを見捨てるとは思えませんもの」と返された。ヨルがノルドワイズに来てからのことは調査済みで、行動もお見通しというわけだ。魔王の側近に相応しい有能さだが、バレバレ過ぎてちょっと悔しい。
「ライラには魔滅卿としての仕事を果たして欲しい」
ほんと、マジでオネガイシマスと言いたい。言わんけど。
当面の方針は伝えてあるが、ライラの責務は重大なのだ。
ルーティエの大暴走でルティア湖の水位が下がりグリュンベルグ城が浮上した件は、おそらくノルドワイズの人間に観測されているだろう。人の口には戸が立てられないと言うように、“魔王復活”の噂はもはや止めることはできない。
ならば、衆目がグリュンベルグ城に集まっている間に、ヨルは城を離れて839年のブランクを埋めようと考えている。情報収集は必須だし、誰にも言ってはいないが、記憶の中の魔王と自分には魔力や回復力に差がある。きっと長い間滅んでいたせいで肉体も本調子ではないのだろう。
大勢の人間がグリュンベルグ城を目指すだろうが、大半は森を超えられないだろうし、超えたとして城はルティア湖に浮かんでいるから、ルーティエの本体がいれば城を荒らされることはない。適当なところで魔滅卿ライラヴァル自らが調査したと言う体で「城には入れなかったが魔王の復活は確認できなかった」と報告するよう指示している。魔王本人がいないのだ、何も起きなければ噂は廃れ「自然災害」で片付くだろう。
魔王の遺産を期待した連中は落胆するだろうが、替わりのお土産は用意している。
ルティア湖の湖底に沈んでいた大量の魔石だ。
ルティア湖にはルーティエ以外にも水生の魔獣が大量に棲んでいる。それも、魔王の城を守るのにふさわしい凶悪な魔獣で、死ねば立派な魔石を残す。
さらにルティア湖には北の未踏の大地由来の魔石も沈んでいる。未踏の大地の大河に流された魔獣や水辺で死んだ魔獣の魔石が運ばれて、大瀑布の藻屑となるのだ。おかげでルティア湖の湖底は砂利の代わりに大量の魔石でキラキラしているのだとか。
それらの一部を巻き上げて暴走したルーティエ本体が森を進行してきたので、今、ノルドワイズの森にはたくさんの魔石が落ちている。まさに宝さがし状態。それもリスクに対してリターンがでかい、ゴールドラッシュならぬ魔石ラッシュ状態だ。
この魔石を活用すれば、当分は『箱』を作らなくても魔力は供給できるはずだ。こんな変革期に、領主でもあるライラヴァルがお出かけできるはずがない。
とはいえ、ライラヴァルはヨルが手づから創り出した魔晶石を与えたばかりだ。痛みからも食人欲求からも解放されると同時に、魔王への絶対の忠誠心が芽生える。メンタルがグルングルンに乱高下する時期で、この魔晶石を得たばかりの頃は特に主の側にいたがるものだ。
(赤ん坊を置いて出かけるようで、ちょっと心が痛むけど。この時期に構い過ぎると魔王に対する依存が増す傾向もあるから、ライラヴァルの人格を維持するためにも我慢してもらわないと……)
ヨルはいつか、ライラヴァルを、この世界の人々を置いて元の世界に帰るのだから。
「たのむよ、ライラヴァル」
「……そんな風に言われて断れるわけありませんわ」
「ヨルさまのお世話はこのルーティエに任せるのです」
「ちょっとルーティエちゃん、ヨル様といい感じなんだから邪魔しないでちょうだい」
全然いい感じじゃないからと言いたいところだが、沈黙は金と口を閉ざす。
なんにせよ、ライラは納得してくれたようで良かったのだが問題は。
「わー、仲いいんだねぇ。ねね、ヨル、ボクは付いて行っていいでしょ?」
「ミーニャもにゃー」
この二人はどうしよう。
ニャン子は魚を与えとけば何とでもなるのだろうが、問題はドリスだ。
(俺、魔人なんだよなー。あんまり巻き込みたくはないんだが……)
かといって、このまま帝都に帰したらアリシアにヨルが生きていることが伝わるかもしれない。それはそれで面倒ではある。
「赤毛も猫もいらないのです。ルーティエだけで十分なのです」
「やだー、ルーティエちゃんてば焼きもち? かわいいねぇ。お姉ちゃんとも仲良くしようよ。ほら、猫ちゃんモフモフだよー」
「うにゃー」
「やめるのですー。毛がつくのですー。……うぅ、ふかふかするぅー」
「ルーティエちゃん、ヨルに見つけてもらえてよかったねぇ」
「ルーティエがヨル様を見つけたのですー。これからも離れずお仕えするのですー」
「ミーニャもー」
「生毛玉のくせにいい心がけですー。もふもふぅー」
下等なニンゲンと猫だけどヨルの友人だから丁寧に話す、というジレンマから丁寧語ツンケンキャラと化したルーティエをドリスが上手に丸め込む。
ドリスの子守り力がものすごい。
ヨル以外にはツンツンしているルーティエが、いつの間にか懐いているではないか。ドリスがいてくれたなら、ヨルしか視野に無いルーティエも成長できるのではなかろうか。
(ドリス採用! 連れていこう)
こうしてドリス、ミーニャを加えたヨルたち一行は、ライラヴァルと別れ、ノルドワイズの街を一路西へ、メルフィス城を目指すこととなった。
「ミーニャ、世話になったんだから、女将さんに挨拶しとけよ」
「にゃあ」
ミーニャを連れて行くと女将に挨拶をすると、「よかったよかった」と大喜びしてくれて、ヨルは内心ほっこりしたのだけれど。
「本当によかったわね、ミーニャ。これでたまったツケも払ってもらえるわ!」
「うにゃん!」
あれ、今なんて言ったかな。ツケかな、ツケって言ったかな?
駄猫がすっごく悪い顔をしていたから、確信犯に違いない。
子猫一匹とは思えない額を請求されて、がっくりしたのは別の話だ。
■□■
「みゃー、立派なカニさんにゃー」
「おい、危ないぞ」
ドリスとニャン子の分の食料を追加で購入して獣舎に戻ると、ミーニャがビビる様子もなくセキトへと近づいて行った。
セキトはヨルの命令もあって荷運びガニの中では利口だが、荷運びガニは雑食で狂暴だ。真ん前に近づくと餌と勘違いして襲われることも少なくないので、ヨルは思わず身構えたのだが、ヨルが止めるより早くミーニャはセキトに駆け寄って話し始めた。
「ミーニャはミーニャにゃ! ヨルの仲間にゃ! カニさんはセキトっていうんにゃ? カッコイイにゃ、よろしくにゃ!」
「キュキュキュキュ、キュイ」
なんとミーニャがセキトと会話を始めた。しかも、ルーティエでさえヨルが許可しなければセキトに乗り込めなかったのに、セキトは乗車席の扉を開けてミーニャを中に乗せたではないか。
「おい、ミーニャ。……む、これは」
どうなっているのかと、ミーニャを追ってセキトに乗り込んだヨルはさらに驚いた。
(広くなってる!?)
運転手の座る前席と、ゆったりした後部座席だけだったセキトの居住空間は、12畳くらいの運転室に広がり、さらに荷台とは別に小部屋が四つ増えていた。運転室には一段高いロフトのようなスペースまである。人間が上がるには狭いから、キャットタワーだろうか。そこでミーニャが自分の家とばかりに丸くなっている。
「これは一体……」
想定外の出来事にヨルが面食らっていると、新しくできた部屋の一つから、ヴォルフガングが顔を出した。
「戻ったか。ミーニャも来たか」
「おっちゃんにゃー」
「ヴォルフ、教えてくれ。これは一体……。ワー・ニャンコの時空魔法の影響か?」
「む、知らんか? ワー・ニャンコは主に貰った鞄を拡張するだろう? それと同じだ。輸送獣の輸送具も鞄みたいなもんだろう。それに猫は家に着くものだからな。理屈はよくわからんが、気に入って棲みつくと拡張されるものらしい」
(……ワー・ニャンコ。なんて、いい加減な生き物なんだ……)
魔王の記憶をそこそこ取り戻したヨルでさえ、絶句してしまうめちゃくちゃぶりだ。他者が入れる空間の拡張なんて難易度の高いものを、住処だという認識だけで発動させてしまうとは。ミーニャ自身は魔術式なんて理解もしていなければ、使おうという意識さえない。
(ただの駄ネコだと思ってたが……。便利すぎじゃね? ワー・ニャンコ)
運転室のソファーに着席すると、ミーニャがキャットタワーから降りてきてヨルの隣にテンと座った。
「ミーニャ、できる子にゃあ」
「そうだな」
今回ばかりは脱帽だ。ヨルがミーニャを撫でてやると、嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らす。
「わぁ、ひろい! あれ、この人もしかして『魔人殺し』の人!? わぁ、初めまして、ボク、ドリスって言います」
「珍しい言い方をするな。ヴォルフガングだ。ヨルに借りが有り同舟している」
「ヨルさま、出発いたします。ヴォンゲンとドリスも座るです」
「あぁ、出発だ。目指すはサフィア王国の先、メルフィス城だ」
こうして、ヨルにとっては839年の時間を埋める記憶の旅路が始まった。
まさにニャンカス。
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