013.再会
本日2話更新。2話目。
「地獄へようこそ、新入りども。歓迎するぜ」
無精ひげのなかなかワイルドな男が、昇降機から降りたヨルたち新入りを迎えた。
昇降機の到着地点は、円形の広場になっていて、放射状に何本も通路が伸びている。この設備の用途を考えればおそらく中は複雑に入り組み、万一が起きた時に区画の切り離しが容易な造りになっているのだろう。
新入りの顔を拝もうというのか、さして広くもない広場にも、広場に続く通路にも、むさくるしい男たちが詰めかけている。
ここへ降ろされたのはヨルを含めて6人。その大半は取り囲む視線に少々委縮しているようだが、ヨルからしてみれば吹けば飛ぶような雑魚ばかりだ。
(分かってたけど、きったねー男ばっかだな)
だから、感想としてはむさくるしいしかない。いや、むさくるしいを通り越してだいぶん臭い。
女性の囚人だっているのだろうが、区画が分かれているのだろう、ここにはむくつけき男ばかりだ。地下の魔力反応に対して集まった人数はずいぶん少ないから、地下は工程ごとにいくつかの区画に分かれているのだろう。
ここに集まった人間も、ヨルと一緒に放り込まれた男たちも強そうな部類だったから、むくつけき男のむくつけき職場というところか。なんというか、最悪だ。
新入りを見定めようというのか、ニヤニヤとした顔で品定めをするようなじっとりとした視線が集まってくる。料理は五感で楽しむなんて言葉があるが、暴力的なむさくるしさに思わず眉をひそめたくなる。
ヨルの表情をどうとったのか、先ほど声を上げた無精ひげイケメンが、一歩前へと踏み出した。どうやら、彼がここのボスらしい。
年のころは二十台半ばだろうか。しなやかな筋肉をまとった肉体には、ポーションでも消しきれなかった傷跡がいくつも残り、いっぱしのハンターに見える。護送車にしろ、看守にしろ、ぱっとしない連中ばかりを見てきたから、久々のまともな人材の登場だ。
「オレっちはギルド新緑の刃のリーダーをしてたオプタシオだ。ここじゃ、俺に従ってもらうぜ。文句があるやつぁ、かかってきな!」
それっぽいヒゲキャラが、それっぽいことを言っている。
ヨルとともに降りてきた二人の囚人は、「新緑の刃のオプタシオだって!?」「まさかこんなところに」なんてお約束っぽくざわついているから、それなりに名の通った男なのだろう。知らんけど。
新入り達に異論はないようだけれど、リーダー云々よりヨルにはここに至って問いたださねばならないことが発生していた。
「あー、少しいいか」
「なんだ? やるか?」
「いや、あんたじゃなくてだな」
むさくるしい上に薄暗い場所だが、ヨルは夜目が利くのだ。それにこれだけ近づけば、魔力だって感知できる。こそこそされても丸見えだ。
「……どうしてこんなところにいるんだ、ヴォルフガング」
ますます汚れてボロッちくなってるし、無精ひげも生やし放題で、こ汚らしい囚人たちの後ろで黙ってこっちを伺っているけれど、分からないと思ったか。
「……本当に、ヨル、なのか」
「あぁ。で? ヴォルフのなすべきことがこんな穴倉にあったかな? まさか、俺に対する償いだとか言わないよな」
「本物のようだな。……すまない。俺は……」
片手を上げて軽くおどけて聞いてみれば、ヴォルフもヨルを本物だと認識したようで、眉間に深いしわを寄せて奥歯をかみしめ顔を伏せた。
「なんだよ、旦那の知り合いか。あー、お取込み中済まんがね、積もる話は二人でやっちゃくんねぇか。ヴォルフの旦那、その新入りは頼んますよ。おぉーい、そこの新入ども、おめーらはこっちだ。おう、野郎ども、久々の美人だからっていつまでも見物してんじゃねぇ、仕事が押してんだ。とっとと持ち場に付け!」
オプタシオが声を上げると、昇降機の周りに集まっていた男たちが、ぞろぞろと奥へと引っ込んでいった。というか、美人って誰だ? そんな奴、見かけなかったが……。
(……俺か!)
そういえば、魔王ボディーはイケメンだった。こういう男だらけの場所じゃ、あーあーあーあー、以下省略。
(まさかさっきのジトっとした視線は……)
面倒ごとになる前に、オプタシオとかいうリーダーを殴り倒しておくのだったか。
ヨルの思考に気が付いたのか、それともいまだ名残惜しそうに向けられる視線をけん制してか、ヴォルフガングが声を上げた。
「言っておくが、ヨルは俺よりはるかに強いぞ」
ざわり。その一言でどよめきが起こり、ヨルに向けられる視線の種類が変わる。
「は、マジかよ。ったく、なんでこんな場所に。おぉい、おめぇら聞いたな! ここにゃポーションなんて上等なモンはねぇんだ。ぶっ殺されて魔獣の餌になりたくなかったら手ぇ出すんじゃねーぞ!」
オプタシオの声に今度こそ男たちは持ち場に戻り、広場にはヨルとヴォルフガングの二人だけが残った。
ヴォルフガングのお陰でヨルの危機は防がれた。もっとも未然に防がれたのは、ヨルの危機ではなくて、ここにいる囚人たちの方なのだが。
ヨルは腰に手を当てる風にして、背中でスタンバっていたルーティエをポンポンとねぎらう。本当に、よく我慢してくれた。向けられた視線に反応していたようだから、いつキレて暴走スライムと化すのかと、ヨルの方がヒヤヒヤだった。
「ヴォルフ、お前、何したん?」
「なに、礼儀を知らん若造どもを教育しただけだ」
ヴォルフの予想通りの回答に、思わずヨルの口元が緩む。
「じゃあ、今はヴォルフがここのボスってわけか?」
「まさか。敵国の将だぞ」
ヴォルフガングの口の端が、ほんの少し緩んで見えた。
想定外の再会だったが、なんとか空気はほぐれたようだ。
「……ヨル。俺は……」
しかし、次の言葉が見つからないらしく、ヴォルフは言葉を詰まらせてうつむいてしまう。
それはそうだろう。隷属の首輪でアリシアに命令されていたとはいえ、ヴォルフはヨルの心臓に剣を突き立て、通風孔に突き落としたのだから。ビックリだ。ヨルじゃなければ死んでいた。いや、ヨルもしばらく死んでいたようなものだが。
「通風孔に堕ちるまでは、ヴォルフの行動も含めて俺の計画通りなんだ」
「なっ、何を」
「計画通りだ」
嘘だけど。
「現に俺はここにいる。それよりお前がここにいることの方が想定外なんだが?」
「……すまない」
殺した側と殺された側。
こうして並んで話しているけれど、割とシュールな光景だ。
「仕方ないさ、魔人に家族を殺されたんだろう?」
「……あぁ。だがお前ではない。お前は……正気でいられるのだな」
そしてヴォルフガングとヨルは、奪われた者と奪う者、魔人殺しと魔人だ。
日本人としての意識が強いヨルには「仕方ない」で済ませられることだが、ヴォルフガングにとってその距離はあまりに遠い。
その距離を、言葉は超えられるだろうか。
「正気、か」
魔人化は想像を絶する痛みを伴う。
白い月の満ちるとともに増す肉体的な痛みと耐え難い人肉への欲求に人間としての意識は摩耗し、かつては共に夢を語った友も、愛すべき家族も恋人もただの餌へとなり果てる。けれど、白い月が欠けるにつれ取り戻す理性と人間性は、犯してしまった己の罪を責め苛むのだ。
終わることのない月の満欠け、終わりの知れぬ地獄の日々に、魔に魅入られた人はそのほとんどが正気を失う。人の姿を保っていても、その精神は壊れ果て、本能のままに人を襲って人を喰らう魔人へと転じてしまうのだ。例外があるとするならば――。
正気かと問われれば、ヨルは正気に違いない。
けれど、たとえ正気であったとしても、魔人であるならその宿業からは逃れられない。
「だが、俺も人を喰う」
ヨルの言葉に、ごくり、とヴォルフガングが息を呑んだ。
この身は魔王だ。人の血肉を喰らってこうしてここに立っている。無意識下であったとしても、初めてこの世界、マグスに降り立った時、マンティコアに殺されたであろう兵士たちの血液をヨルの肉体は喰らっている。
「俺を喰らうか?」
目の前の魔人を図るように、ヴォルフガングの低い声が小さく響く。
「いや、ちょっと……臭そう?」
……喰らってはいるのだが、中身が田口因なのだ。
ちょっと格好つけてしまったが、面と向かって聞かれると食べたいとは思えない。おっさんだからか、そうなのか。思わず本音が漏れてしまった。
「……アリシアは」
「あいつはなー。めんどくさいな。なんか」
黙っていれば正直アリなのかもしれないが。ぶっちゃけ、いい匂いがしたし。でも性格がアレだから、なんかアレルギーとか出そうな気がする。
「…………ではミーニャ?」
「毛が、毛が口に……」
想像するだけで、口がもっさあで、イガイガしてくる。
少なくともミーニャはしゃべる猫なのだ。水族館でイワシの群れなどをみて「うまそう」とかいうおっさんはいるが、街中で猫をみて食料判定する者はいないと思う。猫臭を摂取する人間は結構いるみたいだが。
「………………喰わんじゃないか」
「グルメなんだよ」
ヨルの答えにヴォルフガングは呆れた様子だ。
魔人としての自覚はあるのだが、反論する言葉が見当たらない。
「……最近は、何を?」
「…………肉蟲の血、だな」
「………………グルメ、だな」
「うるせえ。正気の魔人なんてこんなもんだろ」
そう言って、気が付いた。
本当は、魔人の誰もが人間を、かつての同胞を食べたくなんてなかったのだ。
けれど、強大な魔力による自己治癒能力ゆえに自死することは難しく、死ねないならば食べねばならない。魔人は狂った方が幸せで、まともなままでは生きていけない。
(だからシューデルバイツは、多くの人間を犠牲にしてでも肉蟲を作ったのか。……彼女と、出会ってから……)
ふとよぎった記憶の断片。それはこの体に残された情報ではなく確かに感情を伴う記憶で、その切なさと懐かしさにヨルの胸は締め付けられた。
「俺は妻子を殺した魔人を殺した。将軍となってからは、敵対した国の人間も殺した。この国の人間だ」
「だろうな」
「なぜ、助けた」
「手の届く距離に、助けられる知り合いがいたら、ヴォルフは助けないか?」
「そんな理由で?」
「おかしいか? それにヴォルフ、お前、俺が魔人だって気付いてただろう? 『賑やかな鶏亭』で初めて会った時から。だが言わなかったし、攻撃もしてこなかった」
「……正気のふりをする魔人に興味を持っただけだ。だが、お前が魔導昇降機を止めた時、あの魔力の波動を感じた時は正直死を覚悟した。刺し違えてでも殺すべきかと本気で考えた。……何度も助けてくれたのにな」
「あの時、殺しておけばアリシアにいいようにされなかったのにな、ははは」
せっかく踏みとどまってくれたのに、アリシアに操られてヨルを殺してしまうとは。ヨルは思わず笑ってしまう。
「怒らぬのか。……上位の魔人というのは、随分と酔狂なものらしい」
ヨルとの会話に、ヴォルフガングは魔人であるヨルに対して心の整理がついたらしい。
ヨルの前へ一歩出ると、騎士の礼をした。
「隷属の首輪より解き放ってくれたことに礼を言う」
「その礼はここを出て、お前がなすべきことを成した後でいい。娘が待っているんだろう?」
ヴォルフには生きて娘のところに帰って欲しい。そう思ったからこそヨルは彼を助けたのだ。
ヨルはヴォルフガングに右手を差し伸べ、ヴォルフガングは魔人のその手を強く握った。
「ここを出る気か? まぁ、ヨルのことだ。何か目的があって潜り込んだんだろうが」
「確認したいことがあってな。ヴォルフがいてくれて助かった。ここに来たいきさつを聞かせてくれるか。魔滅卿とやらの情報があれば助かる」
分かたれた縁は、ここで再び結ばれた。ここにあるのが利害ではなくて、友好であればいいとヨルは思う。
ヨルの問いかけにヴォルフガングは答えて、ここに来るまでのいきさつを話し始めた。
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