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3-03 魔王と勇者の行方 道端の酒場を添えて

「どこに……いったんですかぁ!!!」


咆哮とともに体を伸びあがらせた。

数十kmにも及ぶようになった体躯から発せられる、その声が空気を伝って広がっていく。


…が、周りにある木々から「羽有り」が飛びたつばかりで、目的の人物の反応はない。


その事に少し頭が冷えたので、今度はさっきまでとは逆に、体を縮めていく。

人種と同等までサイズを縮めたのち、その体に魔力をまとう。

その魔力が、「服」と呼ばれるものを形作った頃、ようやく気持ちが落ち着いてきた。


「はぁ…本当にどこに行ってしまったんですか、魔王様」


ある日、突如として行方を眩ませた我らが王。

未だ勇者との決着がついていない今、そんな一大事を放ってはおけない。

とにもかくにも情報が必要だ。

ぶつぶつと呟きながらも、それを集める術を模索し始めた。

「っしゃーませー!」


扉が開いたのに合わせてカウンターから声をかける。

入って来たのは二人組だったので、そのまま二人用の席に座らせると、すぐさまクマのぬいぐるみ、もとい「ふわぐま」が水を置いて注文を確認し始めた。


―――ふわぐま。

身長は大人の膝ぐらいしかないものの、背にある小さな羽根を使って宙に浮かぶこともできる「魔物」。

見た目はほとんど…というか、ほぼふわふわとしたクマのぬいぐるみ。その上に非力で魔法も使えない、いわゆる雑魚。それゆえに、魔物を狩って生計を立てる冒険者には相手にもされず、幸か不幸か、体躯も小柄で他の魔物をから食料として見られることもない。

そのため、今では世界中でその姿を見ることができる。


「えーと、ビール二つに気まぐれサラダ、プロングスのミートっぽいパイね、りょうかい。……っと、先にビール持って行っちゃってくれ。料理もすぐ出す」

「ふもー」


注文を確認しつつ指示を出すと、少しばかり気の抜けたような声が返ってくる。他数匹と連れ合うと、指示通りにビールを運び始めた。


「ふもー、ももっふ」


ぽんぽん、とクッションのような手で客の肩をたたく。

が、柔らかすぎるそれでは、大した刺激にもならない。冒険者が装備している鎧なんかで、その刺激はかき消されてしまうのが普通だ。

その上、ふわぐまの声は大きくない。こちらも普通なら、酒場の喧騒に紛れて届かない。


「お、サンキューな」


それでも席にいた冒険者は、機敏にそれを察知しふわぐまから物を受け取ってくれる。

……まぁ、それもこれも『あれ』が理由の一つなのだろうが―――、ガチャン!


「ふざけんな、この魔物野郎!!」


立ち上がった拍子でも蹴とばしたのか、次いで硬い物が倒れる音も聞こえてくる。

料理の片手間、フライパンをから手を放さずに視線だけ向けると、一匹のふわぐまが大柄なスキンヘッドに絡まれ、片手で持ち上げられていた。


「どぉしてくれんだよ!? 俺の立派な装備が汚れちまったじゃねぇか!!」

「もふー! もふもっふ!!」


その言葉に視線を下ろすと、確かにそのスキン――いや、そのハゲの鎧の一部が濡れていた。

近くにビールのジョッキが落ちているのも合わせて見ると、何が起きたかは容易に想像ができる。とはいえ、ふわぐまには十分気を付けるように言ってある。大方、ハゲが急に腕を広げでもしたのだろう。


「お、いいぞー」「やれやれー」


周りの冒険者共も止める気はなく、むしろ煽る始末。

これは――。


(しょうがねぇなぁ……くくく)


思わず漏れそうになる笑みを心の中だけに止め、作り途中だった料理をさらに盛り付けてからフライパンを下ろす。手巾で軽く手を拭ってから、カウンターを越えて客席に向かうと、ハゲの声がより大きくなっていた。


「お客さん、困りますって。ここであんまり暴れないでくださいよ~」

「あぁん!? うるせぇな、お前のとこの店員がビールをかけやがったんだろうが!!」


声をかけても収まる気配もない。


(……これは仕方ないか。うん、仕方ないな)


仕方ない仕方ない、と心の中で何度から呟いてから。


「まったく、しょうがないお客さんだ……片づけろ」

「あ!! 何ごちゃごちゃ……っ」

「ふもー!! ふもー!!」


ぱちりと鳴らした指に辺りのふわぐまが反応、一斉にハゲにとびかかっていく。

とはいえ、所詮はふわぐま。いくら数が多くてもそこそこ腕の立つ冒険者相手では相手にならない。

……普通の戦闘ならば。


「くそっ、なんだこいつら!!」

「ももふ、ももふもふー!!」


纏わりついたふわぐまを振り払おうと伸ばした右手が、反対に、もふもふした何かに包まれていく。

握られてごつごつとした拳から、ふわふわとした獣の手のひらに置き換わっていく。


「くそ、こんなもの…っ!!」


完全に手が変わり、ハゲが一瞬かゆみを感じるような顔をした後。今度はその手のひらの真ん中あたりの様子が変わり始める。

もふもふした手のひらから、ふにふにしたあれ。……そう、肉球である。

その事に気が付いたのか、さらに激しく暴れまわる冒険者だったが、最早手遅れだろう。なにせ、あれは一種の状態異常、呪いとも言われている。

ああやって体の一部を変化させられた上に、本来出せるはずの力が制限されてしまう。

今や、あのハゲの筋肉は見せかけもいいところ。精々一般人の村人並みに筋力が落ちてしまっているだろう。


「この!!」


その証拠に、先ほどまでは吹き飛んでいたハゲの攻撃を食らっても、もうふわぐまは吹き飛んでいない。精々が押しのけられる程度だ。


――と、そんな冒険者を見守っているうちに、左手、それから両足と変化は進む。トドメには頭につけ耳のようなものまで装着されていった。

おお、今日は三角耳か。犬系の気分だったらしい。


「もふ! もーーーーーふ!!」


終わったのか、一匹のふわぐまが上げた声に反応して、群がっていたふわぐまが一斉に散らばる。残されたのは……。

ふわぐま達にもみくちゃにされ、両手足はふわふわもふもふとした獣人のような手(ふにふにの肉球付き)に、頭には獣のつけ耳を装備した冒険者が一人。

立ち上がればきゅ、きゅと肉球と床がこすれる音が響き、頭の上の耳がふりふりと揺れている。

これが、ふわぐまが普段、冒険者や他魔物達に襲われない、もう一つの理由。

力こそ強くないものの、彼らは集団で襲い掛かり、その身を滑稽な姿へと変貌させる。その上、その変貌はいわゆる呪い、と言われるもので、教会などの特殊な手順を踏まないと解除できない。

倒そうとすれば、このような仕打ちを受け、仮に倒したとしても特にメリットがない。もふぐまが、狩りの対象から外れるのに、そう時間はかからなかった。


「……っく」


しん、と先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った店内。

そこに最初の一石を投じたのは誰だったか。


「ぎゃはははは!!」

「うわー、似合わねー!!」

「おーい、こっち顔向けて……いややっぱ向けねーでくれ!! 笑い死んじまう!!」

「ははははは!!!」


一斉に、今度は店中の客の声が響き渡る。

腹をかかえ、机をたたき、足で床を踏み鳴らしては、笑い声をあげる。

そうなってしまえば件のハゲも、ここで暴れている場合ではない。


「お、覚えてろーー!」


そんなこてこての捨て台詞を吐き捨てて、店を飛び出していくのであった。

……ちなみにここから一番近い教会まで、それなりにかかる。そのため、それまでの間をあの状態、きゅきゅ、というかわいらしい足音を響かせ、つけ耳を揺らしながら走り抜けなければならない。

あの冒険者にその後、どんな噂が立つかは想像に難くない。


「さて、お客さん方!!」


パンパン、と手を鳴らして場を収める。

そうして向いた視線をそのまま冒険者の置き土産、肉厚のバスターブレードへと流す。


「こんなところに武器を置いてても仕方ねぇ! 突然だがオークションを始めるぞぉ!!」

「「「うぉおおお!! 待ってましたぁ!!!」」」


基本的に冒険者の装備品は、拾った人の物、となる習慣がある。

そのため、この店では目に余る暴れ方をした冒険者を、ああして強制的に帰らせてもふもふにして、たまたま筋力が落ちて持ち帰れなかった装備品なんかを、こうしてその場でオークションの商品としている。

店としては暴れる客の抑止、その上臨時収入にもなるし、冒険者にとっても相場より安くアイテムなんかが手に入ることがあるため、暴れた本人を除いて、かなりいいシステムとなっていた。



「ふぅ」


バスターソードが新しい持ち主とこの店を出ると、それに合わせるように他の客もまばらになっていく。これから冒険に出る者や、帰路に着くものなど。理由は様々ながら、店の中は閑散となっていった。


きぃ……、ばたん。


一通りの使用済みグラスを洗い終え、一呼吸置いたところで、店の扉が開閉した。


「マスター、ビールを一つ頼む」

「っ! …あいよー」


入って来た二人組を見て、思わず手にしていたグラスを落としそうになった。

一瞬言葉に詰まる。それを見て首を傾げられるも、すぐさま取り繕って、ビールを注ぐために振り返る。


「いやー、今日も暑くってさぁ―――」


そんな私に構うことはなく、すぐ後ろで椅子が引かれる音。次いで、世間話のような声が聞こえてきた。振り返らなくてもわかる。その客―――勇者がカウンターの席に腰を下ろしたのだ。


「確かに今日は暑かったからな。――と、すまない、俺にもビールを一つ」


もう一人の客が腰かけつつ、同じ注文を飛ばしてくるので、そっち用にもビールを用意してから振り返る。


(うん…間違いない……。―――なんであんたがここにいるんですか、魔王


確かに魔王様は勇者の顔を知らない。我々幹部が追い返していたので、直接の対決がなかったからだ。

勇者も勇者で、直接会ったこともない魔王様の顔など知る由もないだろう。


(だからって……。だからって!!)


もともと情報を集めるために始めたこの酒場。幸運もあってか、こうして目的の情報どころか本人と遭遇できた。だが、隣には仇敵も仇敵。ここで私か魔王様の正体をバラせば即座に襲い掛かってくるのは火を見るより明らかだ。

少し離れているとはいえ、街も近い場所でそんなことになれば、私達とて無事では済まないだろう。


(助けてください、魔王様)


柄にもなく、そう心の中で願ってから、その願う先が目の前で談笑していることを思い出し、肩をおとしそうになった。

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