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3-23 血と獣の夜の終わりに

 子供の時に母親を吸血獣ビーストと呼ばれるモノに襲われ亡くしている鷹文は、その後吸血獣を狩る組織である狩人ハンターに属し、自身と同じような悲しむ人間を出さないため、日夜吸血獣狩りに精を出していた。ある時、狩人のメンバーと山へ吸血獣を追って入ると、山奥の洋館で怪しげな男女と出会う。洋館の主だという少女は「吸血獣を元に戻す治療法を探している」と話すが、その少女の瞳は吸血獣のように真紅の色をしていた――

 悲鳴が耳にこびりついている。喉奥からこぼれそうになる声を必死で押さえ、きつく目を閉じる。悪夢のような嵐が一秒でも早く終われ――と祈る。耳に届く掠れた「だれか」の声を意識の外側に追いやって。

 

 吸血獣(ビースト)、と呼ばれる生き物が確認されたのは、今から三十年ほど前の事だ。

 飼い猫に襲われた、と半ば錯乱状態の飼い主から警察に通報があり、駆け付けた署員が目にしたのは――飼い主の女性の首元に深く牙を立て、流れ出た血をジュルジュルと啜っている……一匹の、瞳を真紅に光らせた猫の姿だった。

 その後、猫は殺処分。飼い主の女性は失血死したという――あまりにも、異様且つ凄惨な事件だった。猫の栄養状態に問題はなく、飼い主の女性が虐待をしていた形跡も見られなかった。そのため、何らかの病原体による凶暴性が見られたのでは、と殺処分された猫の解剖を進めた結果――吸血獣(ビースト)、と後に名付けられる事となる細胞が発見された。

 その名の通り、血を吸う(ケモノ)。蝙蝠やヒルと言った、元々吸血性のある動物を指すのではなく、吸血獣は()()()()吸血衝動を持つようになった動物を指す。

 その後も五年、十年と間隔を開けつつも吸血獣の存在は確認された。だが、その数の少なさと、犬や猫といった日常に深い関わりのある動物も含まれる事から混乱を避けるため、世間に公表されることはなく、秘密裏に処理された。

 

 そんな吸血獣という存在の経緯を聞いたのは、俺が十二歳の時だった。

 その日、俺は学校帰りにそのまま公園に遊びに行き、家に帰ったのはすっかり日が暮れてからの事だった。怒られるだろうな、と母親の怖い顔を思い出し、玄関ではなく裏口からこっそり入ることにした。家の玄関扉はすり硝子になっていて近付くと影でバレてしまうからと、あらかじめ遠回りして裏口に向かった。

 ポストから裏口の鍵を取り出し、そっと鍵を開けた。室内は煌々と明かりが灯っているのに、なぜか人の気配がなかった。

 足音を殺して室内に入ると、玄関の方からくぐもった声が聞こえた。声と一緒に、固い物を潰したような鈍い音も。

「あ、ああ、ぁ」

 居間の扉のすき間から見えた玄関に、母親が大きな影に潰されているのが見えた。手足は可笑しな方向に折れ曲がり、それでも被さる影に抵抗するかのようにピクピクと痙攣していた。

 ジュル、ジュル、と粘り気のある水音が耳に届いた。

 ジュル、ゴクッ。ジュル、ゴクッ。

 床上にじわじわと広がっていく母の赤黒い血を、大きな影は()()()いた。

 ひゅっと息を飲み、とっさに口を手で塞いだ。背中にぶわりと冷や汗がにじみ、痛いほどきつく目を瞑った。

 母さん。どうして。あれは何。動物? どうして。何で。助けなきゃ。コワイ。無理だ。死にたくない――

 永遠とも思える時間が過ぎ、気が付いた時には、俺は病院のベッドに居た。

 母は吸血獣(ビースト)と呼ばれる生き物に血を吸われ失血死した、と。周りの大人に聞かされても、どこか夢を見ているような感覚だった。

 母を襲った吸血獣は、駆け付けた狩人(ハンター)の手で殺処分されたそうだ。

 吸血獣、という生き物が居る事。そして、母のような被害者が居る事。母を殺した仇がもう死んでいるという事実に、やり場のない怒りを狩人を目指すことで消化させた。

 罪のない人を襲って、悲しむ人間を増やす。そんなことは、決して許されない。


「はぁ、この辺りなんだが……」

 そう独り言ち、倒れた樹木に腰を下ろす。残暑と言えど、まだまだ気温は高い。吸血獣を探して山の中を歩き回るには、流石につらい季節だ。

 吸血獣を狩る際、狩人は最低でも三人一組で行動する。吸血獣は生命力が強く、並みの動物より俊敏性や治癒力が優れている。吸血獣と対峙する狩人も、並みの人間の肉体ではいられない。五年の修行と言う下積みを経て狩人になって二年。それでも、人間は数を成さねば吸血獣を狩れないのだ。

 修業期間も死ぬかと思ったが、いざ吸血獣と対峙すると、命がいくつあっても足りない。

 しかし、かつての母や俺のような被害者を増やさないためにも、狩人は続けていかなくてはならない。吸血獣を、すべて殺し尽くすまで。

「おぉい、まだへばってんなよー」

「っ、はい!」

 先輩の声掛けに、飛び上がるように立った、その瞬間だった。

「ウウウウウ」

 地響きのような唸り声に、その場に居た狩人全員に緊張感が走る。素早く武器を手に持ち、迎撃の体勢を取る。吸血獣の姿は確認できないが、即座に対応できるようにするためだ。

 聞こえる音を取り逃さないよう息をひそめていると、突如爆発するような轟音と共に、地面が激しく揺れた。

「っ、じ、地面が割れ――!?」

「先輩っ!」

「鷹文ー!」

 足元が崩れ、俺の体が空中に放り出された。伸ばされた先輩の手を掴み損ね、そのまま落下していく。

 崩れた岩や土の塊と一緒に落ちている。この高さから地面に叩きつけられたらまず生き残れないだろうし、その前に岩が直撃すれば終わりだ。

 くそっ、くそぉ! こんなところで――俺は!

「チクショウ! 死んで、たまるかッ」

 腰に下げたベルトからワイヤーを取り出し、引っかけられる場所を探し――少女と、目が合った。

 濡れ羽色の髪の毛をおさげにし、黒色のワンピースを身にまとった十一、二歳ほどの少女。透けるような白い肌、そして――吸い込まれるような、真紅の瞳。

「え――」

 こんな山奥になぜ、という疑問が浮かぶより先に、ぐにゃりと視界が歪み、そのまま気を失った。


「……て、ばいい……」

「……めよ。……って……」

 頭上で交わされる声に、ずきりと鈍い痛みと共に、意識が覚醒する。

「う……」

「あら、起きたわ」

 ぼやけた視界が徐々にクリアになり、目の前に飛び込んできた少女の顔に、思わず「うわぁ!?」と情けない声が出た。

 少女は動揺する俺の反応に構わず、「吐き気とかない? 頭をぶつけていたら大変だもの」と水を絞った濡れた布を俺の額に乗せた。額からひんやりとした心地良い冷たさが広がり、寝ぼけ眼だった頭がすっきりする。

 俺は……崖から落ちて……? 

 全身の鈍痛に、気を失う直前の記憶が戻って来る。足元が崩れ、そのまま崖下に転落した……。そもそも、足元が崩れたのはなぜだ? 俺は、どうしてこんな山奥に……? 

 ……だめだ。頭を打ったのか、記憶が欠けている個所が多い。原因と、転落した事は覚えているが、なぜこんな山奥に来ているのか、同行者は居たのか、といった記憶が抜けている。

「貴方、ひどいケガよ。命に別状はないけど、しばらくは安静ね」

 安心させるためか、にこりと微笑む少女は、とても美しい顔をしていた。日本人では無いのだろう。透けるような白い肌に、濡れ羽色の髪。血色が良いとは言えないが、それが却って人離れした美しさを出していた。

 年は十一、二歳といったところか。上等な生地のワンピースと、室内の絢爛な造りを見るに、良い所のお嬢様……か。さっきから俺と少女のやり取りを殺意のこもった目で睨んでいる後ろの男は、付き人か何か、か? 細身だが、しっかりと筋肉が付いているのは雰囲気で分かる。

「歩けるようになるまで、この屋敷で休むといいわ。寂しい所だから、お客様は大歓迎よ」

 うふふ、とご機嫌な様子で少女はくるりとその場でターンした。ふわり、とスカートが揺れ、後ろの男の目つきに鋭さが増す。

「エレナ、はしたない」

「いいじゃない、ルーク。久しぶりのお客様よ? わたし、とっても嬉しいわ」

 ベッドの横でくるくると踊り出すエレナは、確かにとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。そんなエレナの動きを制止するように、しかし強引には止められないのか、ルークは両手を前に突き出したまま、怒ったような困り顔で「エレナ!」と声をかけた。

 エレナはくるり、と一回転すると、そのまま軽やかにジャンプしてベッドの縁に見事に着地した。子供とは言え人一人が飛び乗ったのに、ベッドは揺れも軋みもしない。何より、エレナの動きはまるで蝶のように柔らかく、そして静かだった。

「お客人、お名前を教えてくださる?」

「……鷹文。鳥の鷹に、文章の文で、鷹文」

 不思議な少女だ。目をじっと覗き込まれると、落ち着かないような、頭の芯がしびれるような感覚になる。

「タカフミ。ステキな名だわ! あらためて、わたしはエレナ。こっちの目つきの悪い男がルーク。よろしくね、タカフミ」

 にこりと微笑むエレナに、俺は半ば無意識に「ああ」と頷いた。

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