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3-13 モンサベバーチャル部門ですっ!

 モンスターサーベイラント社。モンスター達が日夜ブラックホール企業社員として秘密裏に働くアメリカの人外派遣会社である。

 そんなモンサベ社所属の≪ウィル・オ・ウィスプ≫ビリー・ストロウは≪自称:邪神じゃない≫社長の命令で日本に出張することに。現地で活動する≪仙狐≫アキと共に≪ペリュトン≫というモンスター捕縛に乗り出すが、まさかのライブ配信者(通称:ライバー)事務所へ就職!


 リクルーター業務を押し付けられたビリーは果たして本業と副業を両立させることができるのか。ネットに潜む闇とどう折り合いをつけるのか。そして迫り来る過去の因縁を断ち切ることが出来るのか……はたまた越すのか?


「突っ込み属性な火の玉ビリーと超絶ハイパー美人お狐様アキちゃんによるハートフルコメディ【プレゼンティッド バイ 社長(鹿ちゃんラブ)】はっじまーるよーっ☆こんこんっ!」

「おい、誰かこのアホ狐を止めてやれ」

 喫煙室のガラス越しから、天にまします創造主とやらに中指を立てた。生まれてこの方、信心なんて無い。だが文句くらい垂れてもいいだろう、つい先日まで天使に迷惑をかけられっぱなしだったからよ。

 自然災害を終末だと勘違いした野郎とのラッパの奪い合いだ。それがようやく決着したってところだってのに。ただの火の玉に何をやらせてやがる、あの屑社長は。


 タバコを吹かしながら窓の外の滑走路を行き来する機体を眺める。

 数十分前まで俺はフライト中だった。休暇申請は潰されニューヨークから日本に飛ばされた。お天道様も真っ青なブラック企業ぶりだ。


 俺の正体は人間に紛れて暮らしているモンスター、要は怪異や伝説上の生物だ。

 表向きはアメリカ企業のモンスターサーベイラント社所属って事になっている。専門性の高い人材派遣会社、が謳い文句だ。

 実際は屑社長の命令で色んな仕事をこなす悲しき社畜モンスター集団だけどな。


 腕時計の針はとっくに待ち合わせ時間を過ぎていた。スマホの電池残量もゼロ。一体いつになったら来るんだよ。通算七本目のタバコを吸い終えたところで場違いのキンキン声が響いた。


「ごめーん、ビリーくーん。夢の国ランドでの配信長引いちゃった!」


 名前を呼ばれて振り向いた。見知らぬ二十代半ばほどの女だ。可もなく不可もない日本人らしい顔立ち。ふわっふわしたベージュのワンピースの上に、ゆったりとした袖口のチャイナテイストなジャケットらしきものを羽織っている。そして狐耳のカチューシャ。


 おい、ここは空港だぞ。あまりにも奇抜な格好すぎてジロジロ周りが見ている。そもそも、なんで俺を知っているんだ、この女は。


「ちょっと! 連絡未読なんですけどー?」

「いや、誰だお前」

「えー、何言ってるのビリー君。アキだって」


 アキ……ああ、化け狐のアキか。見た目や態度が普段と違うから分からなかった。

 ブリーフケースを引っ提げて早々に喫煙所から出た。駐車場にある白い乗用車に乗ろうとしたら左の座席に押し出された。隣に乗り込んだアキは「ふふ」と笑う。さっきとはまるで違うしっとりとした声だ。


「日本は右ハンドルだよ。あと、社用車だからね、喫煙は控えてもらいたいね」

「ちっ、どこもかしこも禁煙の波か」


 手にしていたシガレットケースをアキに取られた。さっきは無かった胸の谷間にケースを差し込んで遊びだす。アホらしい、何も思わない俺を煽ってどうする。肩をすくめてダッシュボートを探った。

 ガムを拝借してミネラルウォーターに口を付けた。滑り落ちる感触はあるが温度は感じない。この体がどういう造りをしているか未だに把握できない。


 空港の敷地から脱した俺は運転をアキに任せて物思いに耽った。


 インターチェンジを通り過ぎてやや都会的な土地に出た。そしてビルの前に停まる。ここが今回の仮拠点か。それにしては、やけに人間の気配がする。


 アキが先導した部屋は事務所だった。淀んだ空気が流れている。パソコンに向かって作業をする連中の一人がそそくさと歩いてきた。冴えないスーツ姿のこの男が笑ったが、何だ一体。


「本日はお越しくださりありがとうございます、『モンモンスター☆ガールズ』プロデューサーの横芝です。こちらをどうぞ」


 名刺を渡された。普通は握手が先じゃないのか。いや、きっと日本式の挨拶か。戸惑いながら俺も自己紹介をした。

 ヨコシバの話によると、俺はどうやらリクルーターとして呼ばれたらしい。動画配信者、いわゆるライバーという奴らをこの事務所に引っ張ってこい、と。モンスターの話は一切出ないな。


 上の階の鍵を受け取って荷ほどきをした。会社で寝泊まりとか、どう考えてもまたブラック企業だろう。ちゃっかり居座ったアキが側で寛いでいる。

 作業を終わらせて俺はのほほんとしている狐に声を掛けた。俺の仕事はこの事務所を盛り立てる事じゃない。こいつのサポートという名の尻ぬぐいだ。


「で、そろそろ吐けよ。どんなミスをしたんだよ、お前」

「社長からはどう聞いているの?」

「全く、何も、説明なんてなかったぞ。あのクソ野郎は」


 俺が詰問すると、無言でアキは自前のノートパソコンを操作した。精神状態が不安定になって美女の顔になっている。怪訝な俺の前にパソコンを置いた。


「まずは、これを見てほしい」


 神妙な声で差し出された画面には【超絶ハイパー美少女お狐様アキちゃんによる深夜のひっそり怪談☆ポロリもあるよ】という文字が躍っていた。


 突っ込みどころしかない。メディアプレーヤーがその下にあるって事は、動画のタイトルだろう。【超絶】と【ハイパー】の取り合わせがまずおかしい。最後のポロリって何だ。


 ただのナイスバディな美女になったアキが頷く。化けるのが辛くなったらしい。


「私の作った動画さ」

「お前の正体モロ分かりじゃねえか!」

「いやいや、これはライバーの設定だ。ほら、二次元のキャラクターに扮しているだろう、だから本気には取られないよ」


 取り繕った笑みで説明するアキに詰め寄ると狐の耳が現れた。やっぱりバレたんだな。厄介な連中に。

 眉をハの字にしてアキは弁明を始める。


「だって、捕獲対象のペリュトンがライバーをやってたんだよ! だから私も近付く為に成りすましてだね……それで彼等を釣ろうかと」


 徐々に尻すぼみになり狐耳を頭にくっつけた。その表情は落ち込んでいる。


「彼等とのコラボ狙いで配信を続けていたんだが、いつの間にかとある人物に目をつけられてしまっていて。まあ、まずは百聞は一見に如かず、という事で」


 アキが再生ボタンをクリックすると、さっきまでのキンキン声が耳に突き刺さった。


『ドッキドキ! あなたの隣の恐怖、狐っ子ライバーのアキでーす! 今日の隣怖(りんこわ)はー、悪人の命を狙う! 怪獣ペリュトンの巻きー☆』


 ふっさふさの尻尾が三本生えた美少女キャラクターが、画面の中で手を振っている。衣装はさっきまでアキが着ていた物にかなり近い。

 やっぱり、この狐は隠す気が無いな。もう指摘するのも諦めて最後まで流した。


『大体百年くらい前、日本だと大震災があった年、大正時代の話かなー、あの時代は地震にかこつけて魑魅魍魎が悪さをして、他の妖達が困ったんだ。あんまり派手にやらかしてたから、関係ない子達も退治されちゃって。


 それで、当時の主だった妖達と人間のお偉いさんが魑魅魍魎を懲らしめるって方針を取ったの。外国の妖達も誘致して、色々とルールを作ったりしてさ。いやー、私は観ているだけだったけど大変そうだったよ。


 それでね、その時にペリュトンって妖の一団も入植したんだ。殺人衝動が起こる事があるっていう厄介な性質持ちだったんだけど、悪人だけを殺めるように、って言い聞かせて当時のお偉いさんは活用していたよ。その後の戦争でも結構活躍したって聞いた。


 すごいなー、って思いながら当時の私はイギリスに亡命したんだよねー。え? 詐欺師乙? 本当のことだって! 私、御年数百歳の仙狐ですー! あ、駄目、妲己(だっき)は禁止ワード、ブロックするからね! ちょ、千年(せんねん)狐狸精(こりせい)も禁止ワードでーす、はい、ブロックブロック! あ、やめて、泰山(たいざん)も胃が痛くなるからブロック!』


『はー……で、何が怖いかっていうと、ペリュトンって、別に悪人と善人を見分ける力があるわけじゃないってこと。その当時も大勢の人間が悪人だと決めたら特攻していくって姿勢で。つまり、冤罪が発生してたんだよね。そういう、全然、融通の利かない妖なんだ』


 画面上のアキはそこで声のトーンを落とした。


『例えば。SNSで叩かれている人達も、つまり誰かとっては悪人だよ。知らない所で悪にされている。悪を押し付けられている。

 ねえ? 後ろを振り返ってごらんよ。

 その視界に、鹿が見えたりしない? 翼を持っている、珍妙な鹿が……角で心臓を一突きされない事を祈ってるよ! はい、まったねー☆こんこんっ!』


 視聴を終えた俺は一服して現実逃避した。

 このアホ狐は話したらまずい事情を関係なくべらべらと配信の中で喋っているんだろう。ネットリテラシー教育を受けたほうがいいレベルだが、その事実も一旦置いて、俺は話を進めた。


「で、その例のやつがどう絡んでいるんだよ」

「ああ、禁止ワードを叫んでBAN扱いだったから、ちょっと待ってくれ」


 設定を変えて動画を再生する。【詐欺師】やら【ロリババア乙】のコメントに混じって【妖狐妲己の眷属、覚悟しろ】とコメントされていた。


「ただのアンチじゃねーのか?」

「いや、実はこの前【所在地が判った、覚悟しろ】と脅迫文まで投函されてだね……」

「ブラフの可能性は?」


 弱りきったアキは人間の姿を保てなくなって俺の元に飛び込んだ。黄色い落葉色の毛玉がほんのりと温かくてくすぐったい。


「きゅぅぅぅ(私には分からないよぉ)」


 うるうるとした瞳に罪悪感が沸き起こって目を逸らした。心を落ち着かせる為にビロードみたいな手触りの頭を撫でる。

 アキのこの姿は癒される。アニマルセラピーという意味で。健気に飼い主にすり寄る犬に似ているんだ。


「はぁ……だから元気出せって」

「こぉん(優しいな、ありがとう)」


 そうやってなし崩し的に俺はライバー事務所とペリュトン捕獲に精を出すことになった。それが、あの屑社長の企みと、アキの策略によるものだったとこの時は全く知らないままにな。

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