3-12 ハナレビト
二〇XX年、最終戦争は世界中を核の炎に包んだ。世界経済、義務教育、科学文明のほとんどは遺物となり、灰の下に沈んでいった。日本ですら、ほとんどは山と荒野になってしまった。放射能や汚染物質により生態系は崩壊、海では翼の生えたサメが水上へジャンプしたり、陸では双頭のトカゲが這っている。
最終戦争のときに『かくへいき』を使われたネオ東京は、都市も人も破壊された。だが幾らかが生き残り、撒き散らされた汚染物質の影響によって超能力を得た人々がいる。人はそれを『ハナレビト』と呼ぶ。
不死身の『ハナレビト』、翔馬。彼がかつて愛した映画や漫画、小説はほとんど焼けてしまった。そんな彼にとって唯一とも言える目的は、戦時中に別れた妹と母を探すこと。略奪と暴力の世界で、家族を探す青年は何度でも蘇る。
二〇XX年、最終戦争は世界中を核の炎に包んだ。世界経済、義務教育、科学文明のほとんどは遺物となり、灰の下に沈んでいった。荒野。日本ですら、ほとんどは山と荒野になってしまった。放射能や汚染物質により生態系は崩壊、海では翼の生えたサメが水上へジャンプしたり、陸では双頭のトカゲが這っている。
ここに荒野を歩く男が一人。翔馬という名だ。薄茶色の布をフードのように被り、暑さを凌いでいる。
そう遠くはない場所からバイク音が聞こえる。複数台だ。翔馬は最初、自分を狙ってきたのかと考えた。このご時世、法律も警察もなく、女も男も奪われ殺されるのである。だが音のする方を見ると、追われているのは別の女性のようである。三台のバイクが土煙を上げながら彼女をグルグルと囲み、追い込んでいく。彼女が砂の上に倒れると、野盗らしき男らもバイクを降りた。一人はショットガンを持っている。この時代には相当な貴重品である。
「俺が最初だ」
ボスと思われる最も大柄な男が、女性の両腕を押さえた。女性はもがき、長い髪が砂で汚れていく。
「ぐへへ、襲われたことあんのかてめえ」
「おい、そこから先は作品にレーティングがかかるぜ」
翔馬が割って入る。身長一八五センチ、相応の存在感である。
下っ端の一人が片刃ナイフを手に持った。
「れーてぃんぐ? 知るか、捌いて食うぞ」
「戦後生まれは映画も知らねえのか、可哀想に」
翔馬はあっという間に、下っ端の手ごとナイフを握った。そのままナイフの切先を頭に突きつける。先が数ミリ刺さり、ゆっくりとおでこから鼻へ血が垂れる。
「うっ……。や、やめてくれ、謝るから。俺らには手榴弾もショットガンもある。どっちも貴重品だろ。片方くれてやってもいいんだ」
「痛い?」無視してナイフを食い込ませる翔馬。
「痛い痛い!」
「助かりたい?」
「助かりたい助かりたい!」
「ダメだね」
翔馬はナイフを根元まで突き刺した。白目をむいて倒れる男。
「ボス、こいつやべえっすよ」
もう一人の下っ端がショットガンを抜き、躊躇なく撃った。人を撃ったことがある、戸惑いのない撃ち方。翔馬の胸が赤く窪み、衝撃で突き飛ばされ、体ごと後ろに下がる。
「きゃあ!」
女が叫び泣く。
「あ、あ、I‘ll be back」
翔馬は言って、倒れた。胸の中央が完全に窪み、目を閉じてしまっている。
「『あいるびーばっく』? ボス、こいつ死に際に何か言いましたよ」
「さあな、聞いたことのない言葉だ。どこかの方言かもしれない」
「こいつめ、ビビらせやがって。犯してやる」
「そうか、お前死体でもいけたのか」
「死体もイケるし男もイケます」
下っ端は翔馬の腰に手をかけ、ズボンとパンツを一気に脱がせた。翔馬の下半身を舐めるように見る。
「おお、おお! まずはデカいイチモツを噛みちぎってやる……ってあれ、なんだこいつ、変だぞ」
見ると、翔馬の胸に放たれた散弾が浮かび上がり、ポロポロと胸の上からこぼれて落ちていくではないか。
「ボス、不思議な出来事が……グエ」
下っ端が吹っ飛んだ。起き上がった翔馬が、ショットガンを奪って殴ったのだ。
「お、お前ゾンビか」
「宣言通り戻って来たぜえ〜。てめえタマぶち込みやがってよ、タマぶち込まれても文句言うんじゃあねえぞオラ!」
「無茶言うな!」
翔馬はショットガンを構えて引き金を引こうとした。だが、カチカチと音がするだけで、弾が出ない。
「あ、あれ。どうなってるんだ。引き金が引けねえ」
「へ、へへへ、間抜け。ボスに殺されてしまえ」
「うるせえな、それは死ぬやつのセリフなんだよ。ええい、こうだ!」
ショットガンを相手の顔へ力任せに振りかざす翔馬。ショットガン本体が相手の眼球から頭の後ろ側まで貫通した。
男は倒れたあとピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。
「よし、たぶんこれで使い方合ってるな」
「貴様、『ハナレビト』か」
ボスと呼ばれていた男が翔馬に近付いた。翔馬よりも背が高い。二メートル近くあるだろう。
「あれ、下半身が涼しいと思ったら履いてねえじゃねえか。なんで」
翔馬はパンツとズボンをそそくさと履き直した。
「噂には聞いたことがある。最終戦争のときに『かくへいき』を使われたネオ東京は、都市も人も死滅した。だが幾らかが生き残り、撒き散らされた汚染物質の影響によって超能力を得た人々がいると。人はそれを『ハナレビト』と呼ぶ。伝説かと思っていたが、本当にいたとはな。お前の能力は再生と言ったところか」
「丁寧丁寧丁寧な説明どうも。お礼に義務教育を叩き込んでやるぜ」
言いながら、翔馬はボスの顔面に殴りかかった。見事に顎下にヒットした。
「いてえ!」
だが、ダメージを受けたのは翔馬だった。手が変な方向に折れ曲がっている。
「うわ、なんかカッコよくなってるな、てめえ!」
と翔馬。ボスの体表が全身銀に輝いている。
「ハハハ、オレもネオ東京出身だ」
「えー! さっき噂で聞いたとか言ってなかったけ」
「勝負には二種類あるのさ。体の勝負と心の勝負だ。心理を見せないことも戦いなんだよ」
「シラ切ったってことお? あー勝てる気がしねえぜ〜」
翔馬は上段キックを放つ。ボスの顔の側面にヒットするが、翔馬の足が逆側に折れてしまった。片足で飛び跳ねる翔馬。
「いってえ!」
「黄泉の手向に教えてやろう。俺は体表を銀色に硬質化させることができる能力をもつ」
「見りゃ分かる」
それが翔馬の最後のセリフだった。次の瞬間、太い腕で翔馬は胴体を貫かれた。胸に大穴があき、仰向けに倒れた。
「きゃあ!」
女性が声をあげる。
ボスはしばらく翔馬を見ていた。再生しないかどうか、確認していたのである。三〇秒ほど経ち、翔馬が起き上がらないのを見ると、ボスは硬質化を解いた。
「今日は女追いかけるのにも一苦労だったな」
そう言って、女性のところに近寄る。
「こ、来ないで」
「嫌がられると余計に興奮しちゃうんだよなこれが」
「おい! 無理やりな男はモテないぜ!」
立ち上がった翔馬が、ボスを指差した。服がボロボロになったせいで上裸である。ボスは硬質化して鋼の肉体となり、また翔馬の前に立ちはだかる。
「ふん、まだ死に足りないらしい。うっ!」
瞬間、翔馬はボスに近づき、口の中に腕を突っ込んだ。
「そこの岩陰に隠れろ!」
と翔馬が女性に向かって言うと、女性はこくこくと頷いて這いながら、大きな岩の後ろに隠れた。
「な、なんの真似だ」
「これ、なーんだ」
翔馬が突っ込んでいない方の手を見せると、指にピンがかかっていた。手榴弾のピンである。さっき下っ端が手榴弾の話をしていたのを覚えていて、蘇生した後で死体から奪い取ったのだった。
「てめえはさっき、てめえの能力は体表を硬質化させることだと言ったな。じゃあ、『体の内側』はどうなんだ、え!? 口の中やケツの穴は硬質化できるのかっつー話だ!」
ボスは両腕で翔馬の腕を押さえた。ものすごい力、腕をへし折るつもりだ。この慌て方は、弱点を見抜かれたということである。翔馬がニヤリと笑う。
「地獄で会おうぜ、ベイビー」
次の瞬間、爆音と共にボスの口の中が爆ぜた。ボスの首から上が吹っ飛び、頭蓋骨の破片が飛び散る。吹っ飛んだ翔馬も、右腕や肩が消し飛ばされている。
翔馬は体を再生しながら、呻き声を上げた。間も無く完全に再生して立ち上がり、あたりを見渡した。顔に銃が貫通した男や、首から上が無い男の死体、その肉片や骨、内臓が飛び散っている。
「よし、片付いたな。いや、散らかしたか」
翔馬は、かつてボスだったものに近付くと、その左手の指に手榴弾のピンをはめた。
「俺からの結婚指輪だぜ」
それから、女性のところへ向かった。
女性は岩陰に隠れて、尻もちをついていた。
「助けてくれてありがとうございます。あなたは命の恩人です。こ、腰が抜けてしまって。あ……」
「ん?」
見ると、女性は小便を漏らしていた。両手で顔を覆っている。
「替えの服はあるのか? 気にするなよ、俺なんて肉片や内臓撒き散らしているんだぜ。それに比べたら小便なんて綺麗な方だ」
意味不明である。
慰めるのを諦めたのか、翔馬は突然真顔になった。
「俺の名は翔馬。あなたに聞きてえことがある」
「は、はい」
女性は自然と、肩に力が入っていた。先程まで襲われそうになっていたのだ、当然である。
「ある親子を知らないか? 母親は六〇歳手前、子は二〇くらいだ。その子も女だ。このご時世に六〇くらいまで生きられる人は珍しいだろ、記憶にないか」
「えーっと。知りません。お母さんがそんな年齢なら覚えていると思いますけど……」
「なら用事ねえや、さようなり」
翔馬は去ろうとしたが、女性に呼び止められた。
「ま、待って」
「んー? 悪いけど俺は妹と母ちゃんを探すのに忙しいんだ」
「あなた、私を助けてくれました。助けたんだから、その後の面倒を見る責任があります!」
「え? そうなのお?」
「それに、妹さんとお母さんの件、私は知らなくても私の村にいた人なら分かるかも。だから、私を守りながら村まで連れて行ってください。親子に関する聞き込みも協力しますから」
「ようし乗った」
翔馬は、野盗が乗っていたバイクを起き上がらせ、またがった。女性を後ろに乗せて、エンジンを入れる。
「ちゃんと腹に手を回すんだ」
「は、はい」
「このバイク、なかなか良い乗り心地だ。何より気に入ってるのは……」
「何です?」
「値段だ」
アクセルを入れ、二人を乗せたバイクは荒野を走り出した。翔馬は心の底から情熱を燃やした。何度死んででも、妹と母ちゃんに巡り合ってやるんだ、と。





