第39話 スーパー大トレイン
「えー! ここまで来て手ぶらで帰るのやなんですけどぉ!」
俺の提案に、矢野さんが不満げな顔をする。
「いや、お宝を諦めるわけじゃなくてな」
「じゃあどうするの? 高代くん」
「ああ。勝つのは諦めて、あいつらを囮が引き付けてその隙にお宝を漁ろうぜ。あの扉の奥が宝物庫な感じはプンプンするしな。囮は俺がやる」
「蓮くんだけで? どうやってやるの? またガードで防御力のごり押し?」
「いやキングの攻撃はさすがにノーダメとはいかないと思うから、リューに頼ってみる。さっき言ってた新しい可能性ってやつ、ここで試してみるぜ」
俺は『古代王族の鍵』をあきらに手渡す。
「俺があいつらを引き付ける。みんなはその隙に中に入ってお宝回収よろしく」
「だいじょぶぅ? リューのあれってサークルが動くってやつでしょ?」
「大丈夫! ミスったらミスったで貴重な検証データが一つ取れるし、それはそれでいいことだ! 俺的にはどう転んでも得しかしねー!」
「いや、それ大丈夫な理由じゃねーし!」
「ふふっ。高代くんってこういう時いつも凄く楽しそうよね」
「検証厨だもんねー。うん、頑張ってね。期待してるよー」
矢野さんは若干あれだが、あきらと前田さんは温かく見守ってくれるみたいだ。
「よーし……じゃあ行く。敵が扉前からどいたらすぐ中に入って」
俺はそう言い残し、魔法の詠唱に入る。
「『ディアジルサークル』!」
AGIを引き下げる効果だ。
効果範囲は結構広めに。たむろする敵七体を巻き込める範囲に。
発動。光の円陣がリューを中心に広がる。
それを見たあきらが、察し良くポンと手を打っていた。
「あ! 蓮くん『ディアジルサークル』って、もしかして鈍足効果あるの!?」
「ああ、こっそりあるぜ!」
「うわー……! なるほどこれは恐ろしいことが起きるかも……!」
それを背中に聞きながら、リューに声をかけた。
「リュー! こっちおいで!」
俺はリューを抱っこして――よし行くぞ!
宝物庫の扉前にダッシュ。
ある程度近づくと、敵の感知範囲に入った。
デッドリー・キングを先頭に、敵七体が一斉に動き出す。
よし、逃げるべし!
急ブレーキ。くるっと回って脱走。追いかけっこの開始だ。
俺はあきら達の脇を通り過ぎ、ここまでやって来た道の逆走を始める。
敵は俺を感知して襲ってきているから、あきら達はスルーで俺を追いかけてくる。
入れ替わりにあきら達が宝物庫の扉に向かう。
よしよし。だがここで追いつかれてやられたら、敵は元の位置に戻る。
今度はあきら達がやられるわけだ。そうさせないようにめっちゃ逃げてやる!
レベル差もかなりあるから、敵の方が移動速度は速い。
だがAGIによる移動速度の差は、100と200で二倍速違うとかではない。
速度の基準値があって、そこにステータスボーナスが緩やかに乗る感じ。
種族差が結構でかい。四足歩行の獣系の敵は基本的に俊足だったりする。
スケルトン系は鈍足な方だ。基本動きがふわふわしている。
とは言え、さっきも感じたように今は相手の方が足が速い。
宝物庫の扉がある大部屋の出口あたりで、もう敵は俺との距離をかなり詰めて来た。
「きゅー! きゅきゅー!」
「大丈夫! そう簡単には追いつかん!」
デッドリー・キングがリュー中心に広がる『ディアジルサークル』に踏み入る。
そしてそこで、ガクッとスピードが低下する。
足を止めず、再び距離を離す俺。
サークルの範囲の外に出ると、キングは再び加速。
距離が詰まりまたサークルに踏み入って、そしてまた失速。
以下ループ。
「きゅきゅ?」
「サークルの外ならあいつの方が早いけど、中ならこっちが早い!」
サークルの効果で移動速度下がった。
その分、サークルの中と外でこんな逆転現象が起きる。
つまり俺がリューを抱っこしてサークル展開してる限り、向こうは追い付けない。
『ディアジルサークル』はAGIを25%カットする。
そしてあきらも言っていたが、付随効果で同時に足も25%遅くなる。
サークルの範囲に入ってもまだ向こうの方が早かったら、アウトだった。
ぶっつけ本番の賭けだったが、狙いが当たってくれた。
「上手くハマった! このまま逃げまくるぜ!」
こうやって敵を引きずり回すのを、ゲーム的にはカイティングとかマラソンと言う。
俺が『ターゲットマーカー』を選んだのは、この戦法への応用を思いついたからだ。
マラソンランナーとしての可能性を新たに見出したのだ。
サークルがレジストしないというのが大きい。
展開しながら移動できさえすれば、これはある種の無敵フィールドになり得る。
これで毒とかのスリップ攻撃も併用できるようになれば、文字通りじわじわとなぶり殺しにしてやることも可能になる。かなり強力な手だ。今はそんな手段はないが。
さてそろそろサークルの効果時間一分が切れる。掛け直さないといけない。
俺は足を止める。急いで詠唱。
敵はサークルの中心へゆっくり迫って来る。
詠唱が先に終わる。サークルを上書き。再びダッシュで距離が開く。
よし掛け直しも間に合う!
フフフ。このままどこまでも引きずり回してくれる!
何なら外まで逃げ切ってやろうか!
来た道をガンガン戻る。掛け直しも何度も。
すると今度はMPがやばい事に。
けどまだあるぜ――!
「ターンオーバー!」
HP一桁。MP満タン。
これをやると当然――
「「「「ウオオオオォォォン!」」」」
クリムゾン・マミー レベル78 いっぱい
来た来たー! 握手会再び!
だがリューを抱いた俺は常に『ディアジルサークル』の中心にいる。
マミーさんたちの出足は鈍く、囲まれる前に余裕でその場を逃げられてしまう。
更に逃げて逃げて逃げて――
段々外への出口まで行けそうな気がしてきた。行くか!
ふと気になり、ちょっと後ろを振り返る。
それはもうとんでもないことになっていた。
このダンジョンは、全域の壁に生命感知のクリムゾン・マミーが埋まっている。
その中をHP一桁で突っ走ってきた結果、数百体の赤っぽいマミーが後ろに!
もんのすごいモンスタートレインだ! こんな大規模なのは見たことがない!
デッドリー・キングの金ピカが赤に埋もれて見えない!
普通のネトゲだとあんまり敵の数が多いと画面表示が処理落ちする。
だがさすがVRMMOはそんなことも起きずにド迫力だった。
何かもう笑えてきたぞ! すげー!
「ぶはははははっ! 何だこれすげええぇぇ! おもしれえぇぇ!」
もはや笑い声をあげながら、俺は出口に近づく。
あの角まがって右、次二つ目で左で出口!
いけるいけるいけるいける! 俺はいける! 勝利へのウィニングランだ!
そして程なく、俺はダンジョンの外に飛び出していた。
いやー、空の青が目に鮮やかだわ!
「よっしゃああああー! ゴール来たぜーっ! はーっはっは! 勝った勝ったー!」
俺を追いかけてきていたアンデッド軍団は外に出てこられないみたいだ。
入り口のところで、見えない壁にぶち当たったかのようにストップしていた。
生息エリア外って感じかね。
大体のネトゲは、モブごとに存在可能なエリアって決まってるからな。
それ越えて移動はしてこないわけで。暫くしたら所定の位置に戻っていくだろう。
その辺の設計思想はこのUWでも同じみたいだな。
「リュー良くやったな! 超助かったぜありがとな!」
「きゅーきゅーきゅきゅきゅー!」
テンション上がった俺はリューをぐりぐりと撫でた。リューも喜んでるみたいだ。
そんな中アンデッド達の群れの中から、唯一入り口を越えて外に出てきた奴がいた。
それは金ピカのいかつい鎧に身を包んだ、かっこいいスケルトンだった。




