第253話 聞いてはいけないやつ
で、俺がログインして指定の場所に行くと――
公園の入り口でシズクさんが腕組みして立っていた。
見た目は大人な美人の女性だが、中身はあきらのお爺ちゃんである。
キャラと中の人の性別が違う事なんて珍しくもないが、お爺ちゃん世代のネカマプレイヤー初めて見るな!
見た目はあきらのお婆ちゃんの若いころの再現なんだっけか。
そう言えばちょっとあきらに似てなくもないか?
「あ、シズクさん。こんばんはっす!」
「やあ、高代君。呼び立てて済まないな」
「いえいえ。で、俺に何の用ですか?」
「ああ。どうしても見せたいものがあってな。ついて来てくれ」
「了解っす!」
「……姿を隠してな。これを」
と、シズクさんが俺に手渡してきたのは『プリズムサンド』というアイテムだ。
効果はソードダンサーの使う『バニッシュフリップ』と似たようなもの。
姿を隠して透明になれるのだ。まあ主にモンスターを避けて隠密行動したりするのに使うものだ。
……で、街中でこれを使う意味は?
俺達はお兄様みたいに人に見られて恥ずかしい格好はしていないが。
「はあ……? 何でですか?」
「気付かれてはまずいからな――まあ特に危険な事ではない。何も聞かずに付いて来てくれ」
「? 分かりました」
と、いうわけで姿を消した俺達は公園の奥の方に進んで行った。
やがて、街の一番外縁、手すりの付いた柵の一歩先が星空になっているあたりに。
そこには――
「あれ……あきらだ」
手すりから身を乗り出して、夜空に向けて何かを叫んでいる。
その側には赤羽さんもいる。すっかり仲良くなったよなこの二人。
「おぉーい、あきら――」
「シッ! 静かに……! このまま黙って近づくんだ――!」
「はぁ……?」
で、更に近づくと――
あきらの声がハッキリと聞こえる。
で、その叫んでいる内容は――
「蓮くーーーーーーん! お前が、好きだああぁぁぁーーーーーー! お前が、欲しいぃぃぃぃーーーーーー! 蓮くうぅぅぅぅーーーーん!」
……!? えぇとこれなんだいいのか聞いて!?
シズクさん、これを俺に聞かせるために……!?
こんなことしていいのか――!?
「シ、シズクさん……! これ聞いてはいけないやつでしょ……!? 早く離れないと!」
「馬鹿を言うな、それでは君を連れて来た意味がない」
と、シズクさんは言うとぱっと姿を現して、パチパチと拍手をして見せる。
その音に気が付いて、あきらがビクッとシズクさんを見る。
「うむ。いい声が出ていた、あきら。気合が入っているな」
「お、お爺ちゃん!? な、なななな何でこんなところにいるのよおぉぉぉっ!? の、希美さん!? これはどういう……!?」
「驚くのはまだ早いですわ。シズクさん、手はず通りに?」
「ああ。ほら高代君、こっちだ。もう現れていいぞ。確かに聞いたな? 」
「は、はあ……まあ――」
こうなっては俺も姿を現すしかないので、シズクさんに従って姿を見せる。
俺の姿を見ると、まあ当然かもしれないがあきらは悲鳴を上げた。
「きゃああああぁぁぁぁぁっ!? 蓮くん!? あわわわわわ…………!」
と、ガクブルするあきら。
それに構わず、赤羽さんは俺に笑顔を向けてくるのだった。
「と、いうわけであとはお願いしますわ、高代君。あきらさん、これはわたくしからのプレゼントだと思って下さいませ。友情のあかしというものですわ。あなたのペースでは遅々として事態が進みませんからね。早送りして差し上げます」
「高代君よ、明日我が家へ来るのだろう?」
「え、ええ――」
「あきらがこの学園で、あんなにも活き活きしているのは君のおかげ。そう言う人間は人生においてなかなか巡り合えるものではない。ならば明日は君をあきらの婿候補としてもてなしたいのでな。なぁに、私も青柳家には婿入りだ。そのうち慣れるものだよ」
「は、はぁ――」
「お、お爺ちゃん何言ってるのよおぉぉぉっ! 蓮くん困ってるじゃない! 馬鹿ああぁぁぁっ!」
「おうおう孫娘がお怒りだ。では後は頼む。明日は楽しみにしているぞ。では行くぞ、希美くん」
「ええ分かりましたわ。それでは失礼いたします」
シズクさんと赤羽さんの姿がぱっと掻き消える。ログアウトしたのだ。
そして唖然とする俺と、涙目のあきらだけが取り残された。
「…………」
「…………」
何て言おうかちょっと迷ううちに、沈黙が続いてますます空気が重くなる。
こういう時、何て言えばいいのか……
経験が無いのでよく分かりません!
「れ、蓮くん何か言って……! わたしの方はさっき聞かれた通りだから――!」
あきらがこっちから顔を逸らして言う。
なら、俺は――俺のリアクションは――!
俺は手すりから身を乗り出し、夜空に向けて叫ぶ――




