第209話 お嬢様の恋愛トーク1
その日の夜遅く――わたしは蓮くんとの検証作業を切り上げて一度ログアウトしていたけれど、希美さんに呼び出されて再びログインしていた。
普段ならログインできない深夜だけれども、今は夏休み期間中なのでゲームは24時間開放されている。
さすがに変な時間なので、水上コテージには他に誰もいない。
わたし達二人だけの内緒話だ。
「……で、そのままアイテム博物館に調査に行って? 攻略方法についても、色恋の方についても、特に何事も無かったというわけですのね?」
「え、えぇと……そ、そうですかねぇ? あははは」
『アーズワース海底遺跡群』の攻略レースで壁になっているボス、ハーデスローズの攻略法については、確かにあの後アイテム博物館を見て回ったけれど、これはという情報には行き当らなかった。
正確には、蓮くん的に試してみたいアイテムも見つかりはしたのだけれど、そのアイテムの装備可能レベルが今より大幅に上だったり、紋章術師とは違うジョブでしか使えなかったり――というのが重なってしまった。
今から大幅にレベル上げをしている時間はないし、考える候補から外さざるを得ない。
そんなこんなで、調査は成果なしに終わってしまったのだけれど――
「もう、せっかく二人きりにして差し上げましたのに! 何も進展していないとはいただけませんわね。お気持ちを伝えるなり、高代君があなたのことをどう思っているか聞いたり、何かしていただきたかったですわ!」
「で、でも何もなかったわけじゃないですよ? 蓮くんがわたしがエミリーちゃんのことで嫌な思いしたんじゃないかって、気遣ってくれましたし――わたしが思ってたより、蓮くんはわたしのこと気にかけてくれてるんだなって。それで、何だかそれでちょっと満たされちゃった感があって……まあ、それでいいかなぁって」
「……困りましたわね。今はそれでいいかもしれませんが、またエミリーさんのような方が現れたら、平気でいられるのですか、あなたは? また闇落ちするのではなくて」
「闇落ち……って言うほどじゃあないんじゃないかと――?」
「闇落ちですわよ。先日はずーっとこの世の終わりのような顔をなさってましたわ。戻ってエミリーさんがご結婚なさってると判明してから、ケロッとしていますが」
「あはは……」
夏休みに入ってすぐ、わたしはリアルの方の用事でいくつかのパーティとかセレモニーに出席しなければならなかったけれど――その時は希美さんも一緒だった。
うちの青柳家と希美さんの赤羽家はお互いにライバル関係というか、追いつけ追い越せの間柄だから、片方が顔を出すところには相手も負けじと顔を出す。
この学園に入って希美さんと打ち解けるまでは、希美さんもわたしに攻撃的だったし、いつも顔を合わせるのが嫌だったけれど、今はもうそんな事はない。
普通に友達が一緒にいてくれる感じだから、ちょっと心強い。
前ほど社交界のお付き合いというのが苦手じゃなくなってきた気がする。
ただこの間何日か一緒した時には、確かに迷惑かけたかなー……とは思う。
「ねえあきらさん。わたくしはあなたと高代君が楽しそうにしているのを見ているのは好きですわ。EFで素性を伏せてご一緒していた時からそうです。おかげでわたくしも楽しい時間を過ごさせていただきました」
この学校に入ってUWをやる前、わたしと蓮くんはEFというゲームをよくやっていた。
これは入学後に知ったのだけれど、希美さんはEFでわたしと蓮くんの共通のフレンドだったスカーレットというプレイヤーの中の人だったのだ。
本当に驚きだったけれど、それがあったから今仲良くなれているのだと思う。
「UWに入っても、それは変わりませんでしたし、今後もそうあって欲しいですわ。ですが、少々のことでそれが崩れ得るというのもよく分かりました。ですから簡単には揺らがぬように、あなたと高代君の関係をきっちり型に嵌めるべきです。つまり――きちんと恋人同士におなりなさい」
「で、でも……わたしの家のこともありますし、わたしの家は希美さんの所より堅いですから、大事ですよ。ちょっと付き合うじゃなくてこう、結婚を前提とした何かになっちゃいそうなんですけど……」
「仕方がありませんでしょう。突き詰めればあなたの思考は恋愛に直結していて、高代君を独占しなければ気が済まないんですから。そういう状態でないと、あなたはゲームを楽しめないのですわ。楽しさの大部分が、高代君に依存しているのだと思いますわ」
「あうう……強く否定できない――わたしもっとさっぱりした人間のつもりだったんですけどねぇ……」
そういう事は、いざそういう場面になってみないと分からないものだ。




