第１６１話　あきらのパワハラ

　戦いが終わった後の、観客席で――

「ごめんなさいっ！」

　あきらは有馬さんにがばっと頭を下げていた。

　有馬さんはふうとため息をつき、苦い顔をする。

「お嬢様。青柳家のご息女ともあろう方が、人前であのような恰好をなさるなど――ゲームとは言え見過ごすわけには参りません。この事は旦那様と大旦那様には報告させていただきます。よろしいですね？」

「…………」

　あきらは黙って俯いてしまう。

「ちょっとお待ちなさい！　あきらさんは人助けのためにやったんですのよ！　それを咎めるのはおかしいのではなくて!?」

「それを問題視しているのではありません。青柳家のご息女として、相応しい装いがあるという話です。青柳家はそちらと違って貞淑と慎みを重視いたします」

　有馬さんは表情を変えずに赤羽さんに返した。口調も堅い。

　赤羽さんはソードダンサー装備だからなー。

　青柳家的にはそれはＮＧなんです、と言うわけだ。

「まあ！　では我が家は恥知らずの出たがりだとおっしゃいますの!?　高々ゲーム内の事でございましょう!?」

　いやまあ、お宅のお兄様はゲーム内だからって好き勝手し過ぎだと思うがな！

「ゲーム内のアイテムと言えばそれまでですが、ああいったものを捨てずに所持なさること自体、自覚が足りておられないと思われても仕方がありません。意識の問題は、ゲーム内だろうと現実だろうと変わらないでしょう？」

「――頭が固いですわね。石頭ですわ！」

　赤羽さんがふんと顔をそむける。

「旦那様や大旦那様の名代として来させて頂いている以上、それに相応しい見方をせねばなりませんので」

　つまり有馬さん的にあきらの家の人はあれを見たら怒ると思っていると。

　まずいよな――下手したら学校辞めさせられちゃうってあきらは言ってたし。

　ココール達のためにあえてやってくれたのに、放っておけるか！

　俺は赤羽さんに代わって前に出た。

「あのー……すいません。いいですか？」

「君は――確か高代君だったね」

「あ、はい。で、その――装備の事なんですけど、それ使って欲しいって言ったの俺なんです。使えるジョブになって欲しいって言ったのも俺だし――だから基本的に全部俺のせいなんです！　すいませんでした！　怒らないであげて下さい！」

「君が――!?」

「はい。初めは嫌がっていたんですけど、俺が頼み込んだから――」

「……ならば、今度君がお嬢様に近づかなければ問題ないと？」

「！　だめだよ、そんなの！　ソードダンサーやるって決めたのはわたしだもん！」

　と、あきらは有馬さんにきりっとした瞳を向ける。

「有馬さん、お願いです！　今日の事はお父さん達には言わないでおいて！　それから蓮くんは悪くないから、変な事はしないでください！」

「お嬢様。しかし――」

「お願いです！　今回だけですから――！　もし聞いてくれないなら……」

「？　お嬢様？」

「も、もし聞いてくれないなら――わたし、どんな手を使ってもあなたの事クビにしますから！」

　まさかの強権発動予告だった！

　それは倫理的にどうなんだと思わなくもないが、あきらは物凄く真剣だった。

　真っすぐに有馬さんを見据えている。

「お嬢様――ふっふふふふ……ははははは――」

　と、有馬さんは可笑しそうに笑い始める。

「な、なにが可笑しいんですか！　わたしは本気です！」

「い、いえ――すみません。お嬢様は青柳のお家の事に関しては消極的で、なるべく関わらないようにしていたと思いますが……それをそうまで言って私の口を封じようとするのですから、余程今の環境が気に入っておられるのですね」

　有馬さんは優しそうな瞳であきらを見る。

　この人なりにあきらの事を心配してるのかな。

「はい！　わたし、今が一番楽しいんです！　だからまだこのまま――！」

「私が見てきたお嬢様はいつもどこか物憂げで、籠の中の鳥のようでした。ですが、ここにいるお嬢様はとても活き活きしていらっしゃる――それは喜ばしい事です……」

　ふう、とため息を吐く。

「分かりました。このことは私の胸の内にしまっておきましょう。ですが、これは私だけの独断ですからね。他の者まで同様にするとは限りませんので、お気を付け下さい」

「あ、ありがとうございます！　有馬さん！」

　と、有馬さんが俺を見た。

「お嬢様が活き活きされているのは、君のおかげなのだろう。見ていてわかったよ。礼を言っておく。だがあまり恥ずかしい格好はさせないでくれよ」

「はあ……わ、分かりました」

　と言うわけで、あきらの実家問題も何とかなりそうだった！

　めでたしめでたし！

　そして大会の表彰式やら何やらを終えて、ギルド対抗ミッション最終バトル兼保護者参観は終了した！

　なかなか濃い一日だったなー……

　そして一日の最後、強制ログアウトのリアル午後十時直前――

　俺はギルドハウスのバルコニーでのんびり空を眺めていた。

「あー今日は色々あって疲れたな～」

「お疲れ様、蓮くん♪」

　真後ろから声。振り向くとニコニコしたあきらが立っている。

「おーあきら。先にログアウトしたんじゃ？」

「うん、まだいるかなーと思って戻って来たの」

　すっとあきらが俺の横に並ぶ。

「今日はありがとね、庇ってくれて嬉しかったよ」

「いやいや、結局あきらの説得がモノを言ったみたいだしな」

「無理やりだけどねー……有馬さんはまだ話が通じるから、お父さん達ならこうはいかなかったよ。それにね、有馬さんがわたしの我儘を聞いてくれたのは蓮くんのおかげなんだよ、きっと」

「うん？　そうなのか？」

「そうそう！　きっとね、わたしがすっごい楽しそうにしてるから、やめさせるのは可哀そうだって思ってくれたんだよ？　ここが楽しいのは主に蓮くんのおかげだからね～。だから蓮くんのおかげだよ、ありがとね」

「どういたしまして！　って言ってもお互い様だよな。俺だって楽しいのはあきらのおかげだし」

「じゃあこれからもよろしく～！　ってことで！」

「おう！」

　俺達はバシッとハイタッチを交わす。

「しかしまあ、ソードダンサー装備については何か考えねえとな――あんな大事になっちまうとは――」

「そうだねー。まあ、何とかなるよ」

　あきらはタッチした手を放さず、そのままギュッと握ったままにした。

　その行動に、俺はちょっとドキッとした。

「えっと――どうしたんだよ……？」

「ん？　まあいいじゃない♪　もうすぐログアウトだから、それまでこのままでねー」

　俺達は手を繋いだまま、強制ログアウトの時間を迎えたのだった。