第139話 不戦敗
「な、何があったんですか……!?」
俺は思わずお兄様に問い質していた。
こっちから触るのは絶対禁止の危険人物だが、どうしても放っておけなかったのだ。
普通に顔出しだし。しかもすげーイケメンだし、服もまともだ!
いつもは鉄仮面にスカーフマフラーにブーメランパンツ一丁のド変態なのに!
これじゃあただのイケメンじゃないか!
俺達の知ってるお兄様はこんなんじゃねええぇぇぇ!
「何の事かな? それよりも、今回も妹が世話になったようで礼を言う。今日は正々堂々と戦おうではないか。君達の健闘を祈っているよ」
何だオイ、まともだぞ逆に怖いよ。いや普段でも怖いが、とにかくこれはおかしい。
「赤羽さん……ちょっとちょっと――!」
と、赤羽さんを手招きする。
「何ですの? どうかなさいまして?」
彼女が来てくれたので、俺達は輪になってひそひそ話を始める。
「どうもこうもねえよ――! なんだよあれ、病気にでもなったのか!?」
「そうですし! しかも何あれ中身! チョーイケメンなんですけど!?」
「だけど普段があれじゃあ、ちょっと複雑ね」
「ちょっとどころじゃないと思うコケが……」
「だけどイケメンなのはいい事ですし」
「無駄ではないわよね」
「コケ~。女の子は結局イケメンには弱いコケ~」
「普段お兄様がお顔をお隠しになっているのも、そのせいですのよ」
「どういうことだ?」
「あの通りのお顔立ちですから、顔を出して露出をすると女性からは逆に喜ばれてしまう事が多いのですわ。お兄様はあくまで気味悪がって欲しいようですので――あえてお顔をお隠しになっているのです」
「……筋金入りの露出狂だわな~」
「ゲ、ゲームの中だけの事ですから……普段は本当にお優しくて聡明なのですわ。あの姿はお兄様がこの世で唯一背負ってしまった業と言いましょうか……」
「まぁ――で、今日は何でまた常人のフリをしてるわけだ?」
「お父様とお母様が来ておられますのよ? 流石にあの格好は見せられませんわ。お兄様は聡明なお方です。TPOは弁えておいででしてよ?」
「まあ確かに親が見たら泣くよなアレは……赤羽さんのその格好は平気なのか?」
普通に露出度高めのソードダンサー衣装ですが?
「? どこも恥ずかしい所などございませんわよ? お父様もお母様もよく似合っていると褒めてくださいましたわ」
んーなるほどな。つまり赤羽家は赤羽さんのソードダンサー衣装はセーフだが、お兄様のド変態ルックは流石にNGって事だな。
まあボーダーラインは家ごとにそれぞれだろうが、まあお兄様のアレは十中十がアウトだろうな。
マジで親が見たら泣くレベルだしな。
「だ、だが待って欲しいぃぃっ! そんなの納得できません!」
と、声を上げた鉄仮面がいる。あ、セルフィだ。そりゃ怒るのも当然か。
赤羽さんのギルドに行ってお兄様に影響されてフォロワーになったのに、いざ本番では師匠が鉄仮面を脱いだわけだ。
裏切られたというか、ハシゴを外されたというか――
自分一人だけこんな事をやらされて、冷静になってみればさぞかし恥ずかしいだろう。
「竜太郎さん! 目を覚ましてください! 誰に何と言われようと、どんな時も己を貫くのが真の美しさだと教えて下さったのはあなたじゃないですか! さぁ、あなたの本当の姿を取り戻して!」
と、自分の鉄仮面を脱いでお兄様に手渡そうとする。
わーやっぱ素顔は美少女エルフNPCだなー。可愛いわ。
それがすっかり毒されちまって、可哀そうな事この上ないな。
「何を意味不明な事を言っている? 君も奇妙な格好は止めて、万人に恥ずかしくない姿で戦いに挑もうではないか」
うわ華麗にスルーした! 自分がその道に引き込んだくせに……!
「う……! そ、そんなぁ――じゃあ一体私は何のために……うわああああぁぁぁん!」
あ、泣いちゃった。いやまあそれも無理ないわなあ。
「実家に帰らせて頂きますううぅぅぅぅーーーーっ!」
ダッシュで去って行くセルフィだった。
そして桟橋の縁まで駆けていくとそのまま飛び降りた!
「いいっ!?」
「コケーッ!? 死ぬコケー!?」
「うええええぇぇっ!?」
「あぶない――!」
俺達は桟橋の下を見るが――
セルフィは空中で何かホウキのようなものを取り出してそれに乗ると、ぴゅーっと飛び去って行った。おお。魔女っ娘っぽいな。
しかしまあ無事なのはいいが、こりゃ連れ戻すこともできなさそうだが……?
「おお!? いやでも行っちまったな。えーと……?」
「セルフィ、行っちゃったコケー……」
「どうするですし? これ?」
「わ、私達にはどうしようもないわね――」
これ不戦敗とかになるのか……?
「赤羽さん、どうするんだこれ?」
「ど、どうと言われましても……これでは戦えませんわね。自ギルドのNPCと共に戦うのがルールですし」
「せっかくレベルもだいぶ上がったのにな、勿体ないというか……」
「ですがまあ、この戦いが保護者参観である以上、こうなることはうすうす予想していましたわ……セルフィには可哀そうな事をしましたが――」
「なあに妹よ、何の問題もないさ」
と、戦犯が口を開いた。
「我々のギルドは不戦敗になろうが、お前はこちらのギルドのチームに参加させてもらうがいい。どうだろう高代君? 構わんか?」
「いやまあウチは人手不足ですし……手伝ってくれるならありがたいっすけど」
バトルロイヤルの人数制限はNPCプラス五人まででプレイヤーはいつでも交代可能。
俺達は四人だから、一枠空いてるんだよな。
まあそこに赤羽さんを貸してくれるなら願ったりではある。
ダブルソードダンサーの構成は色々できてアドリブが効きやすいからな。
「では妹を頼むぞ。私も父と母と共にお前が戦っているのを見させてもらうぞ、妹よ」
「ですがお兄様、わたくしとあきらさんが共に戦っていて、お父様とお母様はお怒りになりませんかしら?」
「これまではそうだったが、これからもそうであり続ける必要はないということだ。お前がお前の心のままに、友となりたい者と友になる事を止めさせはせんさ。なあに私に任せておけ、お前はこのイベントを楽しむといい」
「お兄様――」
いや、何かいいこと言ってるっぽいけど――
普段のアレを見てると全然頭に入って来ねええぇぇぇぇっ!
「では私も観覧席に行くとしよう、それではな」
と、お兄様はご両親も伴って観客席に向かって歩いて行った。
「ではワシらも行くコケ~ココールをよろしくコケ~」
「皆さん、お願いしますコケ――」
「「「「にいちゃん、がんばるピヨーっ!」」」」
ココール一家も観客席へ向かうらしい。
「じゃあねえ、蓮ちゃん。お母さん達は観客席に行くわねえ」
ピーチサンダー号から降りてきた俺達の両親も、観客席へ。
『さあ、まもなくギルド対抗ミッション最終バトルロイヤルを開始します――! 保護者参観にいらした方は観客席にどうぞ! 選手たちは各々の飛空艇に集合!』
おお、仲田先生のアナウンスが。そういや実況やるって言ってたな。
「ってかあきらがまだ来てないな――」
「蓮くん~! みんな! ごめんね遅くなっちゃった!」
と、あきらの声がした。おお、ナイスタイミング。
見るとスーツ姿の若い男の人に付き添われたあきらが、ソードダンサー衣装ではなく制服姿でこちらに近づいて来ていた。
この人が保護者の人か――? 若いけど、お兄さんかな?
笑顔で手を振るあきらは、いつもと変わりのない笑顔だった。
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