第110話 いきなりニトロは止めて欲しい
「おーこれがマイ飛空艇かー!」
「わぁ~! いいねいいね!」
「折角だから、あとでうちのギルドらしくペイントをしたいわね」
「オーケーならあたしにお任せですし!」
俺たちが普段遠いエリアへの移動用に使う飛空艇の定期便より、大分船体は小さい。
デザインも丸っこいあちらに比べて、こちらはシャープで速そうだ。
「LHS13型――最新の小型高速艇モデルよ。積載容量は小さいけどその分速度が出るようになってる。大砲とかのオプションは付いてないけど、ニトロはこのモデルの標準装備だから、まあ好きなように使ってね~」
ニトロってあれか、車でニトロのボタン押したら爆発的に加速するんだよな。
洋画でよく見るやつだな。
「操舵室はそっちね」
と甲板の後方を指差す。
飛空艇の後部には階段があって少し高くなっており、そこにちょっとした小屋のような操舵室があった。操舵室の下は船内への入り口となっていた。
普通の船に近いような構造だろう。
俺達はさっそく、操舵室へと足を踏み入れた。
中には木製の台に取り付けられた舵輪がドンと構えていた。
前方は車のフロントガラスのようになっており、大きく視界が開けている。
内装には特に飾り気がないが、揺れた時に掴まるためなのか、手摺が張り巡らされていた。
「操縦の基本を説明するわね。見ての通りこのステアリングホイールで操縦をします。右に回せば右旋回、左に回せば左旋回よ。まあ見たまんまだけど」
「上に行ったり下に行ったりは、どうするんですか?」
「ホイール自体が押し込んだり引いたりできるわ。引けば浮上、押し込めば下降ね」
俺の質問に先生が答えてくれた。
そこに前田さんも続いた。余程嬉しいのか、目がキラキラ輝いていた。
「先生、先生! 加速と減速は、この下のペダルですか!?」
「お。喰い付きがいいわねえ! そうよ、右がアクセル左がブレーキね。前田さん、こういうの好きなの?」
「はい! 自分で取った飛空艇だから愛着もありますし、レースのゲームとかは家でよくやっていたので……!」
なるほど、ネトゲ経験はそんなにないらしい前田さんだが、家庭用のゲームはやっていたと言っていた。レースゲームとか好きだったんだな。
「あの、それからニトロはどう使うんですか!?」
「そのホイールの持ち手の出っ張りがあるでしょ?」
舵輪は中世の船とかでよくあるような、輪っかの外周に取っ手がくっついた構造になっている。
その取っ手の一つを、仲田先生は指差した。
「一つだけ持ち手が赤くなってるのがあるでしょ? それが引っ張れるようになってるからね。引っ張ればニトロ発動よ」
「なるほどこれですね、わかりました! それからそれから、ジョブが空賊なら飛空艇の操縦にボーナスが付いたりする事はあるんですか!?」
「そうね。もっとレベルが上がればそういう特性を覚えるはずだわ。ニトロの性能が上がったり、砲撃や白兵戦の性能が上がったりね。タレントでも覚えられるけどね」
「なるほど空賊固有のものはないんですね? タレントさえ取れば同じになると?」
「ま、まあそうとも言えるわね……」
仲田先生も前田さんの喰い付きっぷりにちょっと引き出したぞ。
前田さんがテストにやる気満々だったのって、ギルド対抗ミッションのためもあるけど自分がマイ飛空艇を操縦したいっていうのも大きかったんだな。
「珍しいコケな~。琴美がそんなにテンション上がってるのは初めて見たコケ」
「いいんちょタイプだからね~ことみーは。でもたまにはいいっしょ?」
「そうだコケな~蓮なんかいつもこんな感じだから、別に慣れてるコケよ」
「そうかあ? 俺はいつも冷静に状況を分析して、ダメな子を何とかするべく検証をですねえ」
「それを嬉しそうにハイテンションにこなしてるんでしょ~? いつも見てますから。単にやりたいようにやってるだけだよね~。別に付き合ってあげるけど」
「あざーす!」
「と言うわけで、今日は琴美ちゃんに付き合ってあげようよ」
「ああ、『空の裂け目』も探しに行かないとだしな!」
『空の裂け目』は内容ランダムのインスタンスダンジョンの入り口である。
どんなものかは見てみないとわからないが、インスタンスダンジョンというのは、突入したパーティごとに一時的にエリアを生成する仕組みのものだ。
つまり中に入ってしまえば、他人から邪魔されるという事がない。
ギルド対抗ミッションで各地の狩場が潰されている上、大手ギルドが持っている専用のプライベートダンジョンもない俺達は、インスタンスダンジョンに侵入してそこでココールのレベル上げを行うしかない。
『空の裂け目』を探すための足として、マイ飛空艇が必要だったのだ。
「じゃあ説明終わりね~。あとはマニュアルを見てねって事で。いい、習うより慣れろ! よ!」
先生が前田さんに分厚い本のアイテムを手渡していた。
それを教師が言うのは職務放棄な気がしなくもないが、俺達も早く出発したいし別にいい。
「はい先生! ありがとうございます!」
「じゃーね。先生帰るわね~。あとは楽しんでね~」
先生の姿がふっと掻き消えた。
「ねえ私が操縦していい!? いいわよね!?」
前田さんが目をキラキラさせながら俺達を見た。
「ああ勿論だぜ。『空の裂け目』がどんなもんか探しに行って見ようぜ!」
「さんせーい! 行こ行こ! 行った事ないエリアだね! スクショの準備はできてるよ!」
あきらもカメラを構えて目をキラキラさせていた。
「ゴーゴー! 行こーよことみー!」
「ええ――じゃあ出発!」
と言った前田さんは、いきなり舵輪の赤い取っ手を引っ張った。
「ちょっ……! それニトロの――」
言うが早いか――
ズゴオオオォォーーーーッ!
いきなり物凄い速さで、飛空艇が桟橋から爆走を始めた。
「「「ぎゃああああああーーーっ!?」」」
「コケーーーーーー!?」
「きゅきゅきゅーーーー!?」
急加速に俺達は壁に叩き付けられ、悲鳴を上げた。
船体が何かにゴツンゴツン当たって、揺れまくりだった。
「あははははは! なかなか早いわね! 気持ちいいわ!」
やばい! ハンドルとか持たせたらやばい人だったかも知れない!
とにかくいきなりニトロはやめろ、ニトロは!
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