第10話 授業風景
それから三日後の朝――
俺はUWにログインすると、学園の教室に戻り欠伸を噛み殺しながら席に着いた。
既にあきらは俺の隣の席に座ってた。
「おはよーう。寝ぼすけさーん?」
笑顔の中にちょっぴり怒り。
昨日の夜は最速の朝六時に再開して授業始まるまで攻略を進めよう。朝練だ! ってあきらと約束して、お開きになってた。
で、俺が起きられなかったというわけだ。手を合わせて平謝りするしかない。
「わ、悪い。起きられなくて……」
「約束してたのにー。まあわたしは一か月遅刻したから、あんまり怒れないけど。でも次やったら罰ゲームだからね?」
「は、はい……」
どんな罰ゲームが待ってるのやら。
なんて思っていると、矢野さんがびっくりした様子でこっちにやって来た。
「おおおおー! 高代ってばどうしちゃったの!?」
「んお? 何が?」
俺とあきらは顔を見合わせる。
「レベル! たった三日でめちゃくちゃ上がってるんですけど!?」
「ああ――」
俺が14であきら13だった。
ここ二日島を攻略しているうちにまた少し上がっていた。
王冠付きのボス系モンスターは固定経験値があるから、美味しいんだよ。
このゲームの基本的な経験値の入り方には、二種類ある。
まず敵とパーティ内のプレイヤーの最大レベルとの差から計算される普通の経験値。
一体あたりの上限はあるけど、基本レベル差があればあるほど点数が高い。
普通のレベル上げ相手のモブ敵はこれのみになる。
パーティを組んでいてもソロでも上限は同じだから、組んだ方が美味しい。
二つ目に、王冠付きのレア系ボス系モンスターが持っている固定経験値。
これは各個体ごとに点数が決まっている。
撃破時にそれがパーティー人数分の頭割りで支給される。
つまり少人数であればあるほど美味しい。
飛空艇で撃破した幽霊艇長のギルギアは、これが相当あった。
そう簡単に出会えるモンスターではないし、レアリティも固定経験値に乗っていたのだと思われる。
そして各層のフロアボスもそれぞれ固定経験値を持っていた。
普通なら十人前後で倒す相手を二人で倒してきたため、ガンガンレベルが上がったのである。
「何があったわけ?」
「いや実はさ――」
俺がレベル急上昇の流れを軽く説明すると、矢野さんは目を丸くして驚いて見せた。
「へぇ~! 飛空艇の襲撃イベントとか! 全然知らんかったし!」
「矢野さんも知らねーんだ? B組のやつらは知ってたっぽかったけどな」
「う~んB組だしー、あそこ何かガラ悪いってみんな話してるよ」
「そうなん?」
「そそ、他のクラスのパーティにMPK仕掛けるって。対抗ミッションだし、相手を邪魔すんのもありっちゃありだけどぉ……まあ気分良くはないって感じ?」
「ふーん。行儀悪い奴らだな」
MPKとはモンスタープレイヤーキルの略。
やり方は様々あるが、ざっくり言うと他プレイヤーにモンスターをなすりつけて倒させるわけだ。
やられたら気分がよくないのは、確かに矢野さんの言う通りではある。
プレイヤーを直接攻撃するPKについては、一部エリアのみに限定されている。
クラス対抗ミッションの舞台であるトリニスティ島は、対象外だ。
「高代たちが悪いわけないけど、変な因縁つけられんように気を付けるべし」
「おう。分かってる」
「ってか、B組の人らが削ってたとは言え、よくレベル4でその後倒せたよね?」
「そこはほら、一撃大ダメージ特化だから俺」
「ほえ? どういうこと?」
これもざっくりと説明。
「それでそんなにダメージ出る!? さすがダメジョブマイスターさん半端ねーっす!」
「フッ……そうそう、もっと褒めるがいい」
ちょっと調子に乗ってみた。
「でも成功率半々くらいだよお。失敗する時は話題にならないから目立ってないだけで」
とあきらの冷静なツッコミ。
「でも毎回やることが面白いから、どんなゲーム一緒にやってても飽きないけど」
あきらはそう言ってにこにこしていた。そう思ってくれるのは嬉しいぜ。
「青柳ちゃんと高代って、ずっとネトゲでフレだったし?」
「うん。中一の時からだから、もう三年だよねえ、蓮くん?」
「ああ。思えば色々あったよなー」
まあ一番びっくりしたのは、アキラがあきらだった件ではある。
「ゲームで俺の事見たことあるなら、あきらの事も見たことあるんじゃね? よく一緒にいたガチムチ獣人の中の人だぞ」
「あ! おーあるかもあるかも! へぇー、中の人めっちゃ可愛いし!」
「俺もこの学校来るまで知らんかったから、びっくりしたけど」
「ほほーう。じゃあじゃあもしかしてー、ここからふたりは付き合っちゃうのぉ?」
「ははは。んなまさか――」
そもそもアキライコールあきらって知ったのはつい最近だ。ありえんありえん。
「そそそそ、そーだよお! わたし達は清く正しいゲームフレンドであって、だ、男女の仲とか痴情のもつれとか、そういうのとは無縁のクリーンな……だからつまり……」
ぷしゅーって湯気を噴きそうな感じのあきら。
そんなに動揺しなくてもいいのに。からかってるだけなんだから。
「ところで青柳ちゃん、レア武器ゲットしたんよね? どんなんかちょっと見せて?」
「え? うん。いいよ」
制服姿の女子高生が剣を掲げている姿は、なかなかにシュールだ。
ソードダンサーの装備は恥ずかしいから、バトルでしか着ない! らしい。
「おおー! めっちゃ綺麗な剣!」
他のクラスメートも注目し、教室がちょっとざわついた。
こんなレア武器を結果的に初日で取っているあたり、さすがの豪運持ちだ。
まあこのUWに関しては、俺もめっちゃ運良かったと思うけどな。
選んだジョブと初期タレントの組み合わせが素晴らしかったから。
と、予鈴が鳴って担任の仲田先生が教室にやって来た。
「はーいゲームバカども、おっはー! ってうぉ!? 『スカイフォール』じゃん!? よく取れたわねー!?」
「先生知ってるんですか?」
「あったりまえじゃん! 先生ここの一期生なんだから。これ相当レアだからねー。有名なのよ」
「どのくらいレアなんです?」
「ん? んー……まあ、あんまヒントになることは言えないんだけどー。こっそりかるーく教えちゃうと数千分の1くらいかなー?」
「「「うえええマッゾ!?」」」
とクラスから悲鳴が上がってた。
「たまにしか起きないイベントで出てくるボスがごく稀に落とすからねー。ある意味伝説級のアイテム化しちゃってんのよねー。剣から衝撃波とか出て面白いし。まあ青柳さん、せっかく取ったんだから大事にしてあげてー。やっぱアイテムとの巡り合いも縁だから」
「はーい」
「これもホントは言っちゃいけないんだけど……それベースに強化合成してけば、もっとレベル高い剣に化けるから。一生モンのアイテムだと思うわよ」
ヒント駄々漏れだなー。先生もほんとは言いたくて仕方ないんだろうなー。
一期生の先生が、ゲーム好きでないわけがない。語りたいに違いない。
「はいはーい。じゃあ出席取りまーす」
そこから通常営業の朝のホームルーム。
特に何も問題はなく、普通の授業が始まる。
今日の一時間目は世界史だった。あまり得意ではないけれど、頑張ろう。
担当の先生が来て授業が始まると、教室の雰囲気はびしっと引き締まる。
一言の私語も無く、水を打ったようにシーンと静まり返っていた。
授業をする先生の声だけが、教室によく響く。
みんな超集中している。
何故か? 当然テストの点がメリットポイントになってゲームに還元されるからだ。
みんな一ポイントでも多くMEPが欲しい。そうすれば強くなれるわけだから。
だけどゲームする時間は削りたくない。このUWはいろいろ凝ってて面白いから。
ならどうする?
答え。授業に超集中して、テスト勉強いらないくらいに身に着ける。
どうせ強制的に削られる時間だしな。そこのコストパフォーマンスを最大限に高めなきゃ損って事だ。ゲームのために最適化した思考をすると、こうなる。
みんながそう考えた結果が、今のこの静かな教室だった。
上手いことゲーマー心理を操ってくる学校だ。
さすがゲーム会社がバックについてるだけの事はある。
この学校に行くと成績が上がるという噂も少し頷ける気がする。
先生が分からないところがあれば質問を、と促すと手もパパッと挙がる。
みんなガチだから。静かに淡々と、しかしシリアスに午前中の授業が終了した。
さてここから昼休み。流石にゲームの中で昼ご飯ってわけにはいかない。
みんないったんログアウトして、各自食べてくるって事になる。
「ふぅー。この学校ってみんな授業真剣だよねー」
あきらが大きく息をつく。
「MEPってニンジンがあるから、釣られざるを得ないよなー」
「成績も伸びないと、ゲーム三昧の学校に行かせてくれる親なんていないしねえ」
「俺達も面白いゲームできるし。親も成績伸びるし。ウィンウィンの関係だわな」
「そうだねー。さあお昼ご飯食べてこよーっと。じゃあまた後でね」
「おう」
俺もログアウトして、リアルの自分の部屋に戻った。さて昼ご飯昼ご飯っと。




