8 女の戦い?
メロディは同年代の少女たちと、けんかをした経験はない。
同年代に限らず、女性ともめた経験がそもそもない。周囲は男だらけの家族と父の配下の騎士たちというむさくるしい環境に生まれ育ち、他に親しくしていたのは親戚や使用人といった程度だ。領民たちともよく話はしたが、彼らにしてみればご領主家の姫様だ。どんなに気さくに交流しているようでも、間違いなく遠慮や気遣いが存在していた。
社交界デビューをしていない令嬢が友人を作る機会は、親の知人が連れてきた子供と引き合わされた時くらいしかない。その数少ない機会に女の子と出会うこともあったが、残念ながら仲良くなることはできなかった。今思えば、川で魚のつかみ取りとか、ミツバチの巣を見つけて蜂蜜を失敬したりとか、いちばん大きい羊の背中に飛び乗ってどれだけ振り落とされずにいられるかとか、貴族の令嬢を誘うにはちょっとお転婆な遊びばかりだった。しかし当時メロディの周りはそれが普通な人間ばかりで、世間一般での普通を知らなかったのだ。はりきって楽しいことを教えてあげるつもりで、相手にとってはいじめでしかないと気付かなかった。その後露骨に避けられて、ものすごく落ち込んだ経験ならある。
はっきりけんかと認識してやり合った相手は、男の子ばかりだ。メロディを泣かせてやろうといたずらしてきた子を逆にやっつけて泣かせ、もう少し加減してやれと叱られた記憶もある。
振り返れば、メロディの軌跡は常に肉体勝負だった。筋肉を使わない戦いというものを経験したことがない。
メロディに対する敵意を隠すことなく、やる気満々で向かってきたリリアンを前に、どうすればいいのかわからなかった。ドレスの令嬢を相手に拳も剣も使えない。ならばなんとか友好関係を築けないかと愛想よく挨拶を返したが、リリアンの表情は変わらなかった。
ダイアナの存在はほとんど無視して、形だけの挨拶のあと、彼女はさっそく本題を切り出してきた。
「ねえ、メロディさんは公爵様とどういう関係でいらっしゃるの?」
「関係、ですか?」
「ええ、そうよ。まさか何かのお約束がある……とは、言わないわよね? 公爵様にそんなお話があるなんて聞いた覚えがないもの。あなたが勝手につきまとっているだけなのでしょう?」
メロディはぽかんと口を開けてしまった。失礼なことを言われたと憤る以前に、それはあなたの兄上だろうとつっこみたい気分でいっぱいだった。誰がどの口で、という話だ。
リリアンはメロディを怒らせようとして、わざとこんな言い方をしてくるのだろうか。いくらなんでも教育を受けた人の言葉とは思えない。
「わたしは、セシル様の部下です」
「部下?」
「はい。女の身で何をと笑われることは承知しておりますが、女王陛下より叙勲していただきました。薔薇の騎士として、セシル様をお守りしています」
リリアンの顔に嘲笑が浮かぶ。あなたにそんな勤めができるのかと言われることをメロディは覚悟した。が、目にしたのは予想とまったく異なる反応だった。
「ああ……そういう建前なのね」
「たてまえ?」
納得がいったというようすで、リリアンは笑いながらうなずいた。
「公爵様のおそばに張り付く言い訳でしょう? 普通なら到底考えられない話だけれど、アラディン卿の娘ならそういう建前も押し通せるものね。うまい言い訳を考えたこと」
さすがにむっとする言われようだった。信じてもらえないのはしかたないにしても、そこまで言われる筋合いはない。
……と、思ったものの、そもそものはじまりは、まさしくメロディとセシルの結婚を父が望んだことだった。部下になるため送り込まれたのではなく、嫁として勧められたのだ。その後のいきさつや今現在の状況はどうあれ、きっかけだけを考えればリリアンの言葉はあながち言いがかりとも切り捨てられない……かもしれない。
メロディが黙ったことで勢いを得て、リリアンはさらに言葉を重ねてきた。
「あなたって、ずいぶんと強引な人なのね。公爵様のおそばに居座るだけでなく領地にまでついてきて、今夜はパートナー気取り? お父様の力を利用して、やりたい放題ねえ。公爵様もさぞ迷惑してらっしゃるでしょうね、お気の毒なこと」
不愉快なものを嘲笑しつつなじる、そんなリリアンの姿に、メロディは認識をあらためるべきかもしれないと考えた。
彼女はメロディを怒らせようとしているのではなく、本気でメロディが迷惑な人間だと思い込んでいるのではないだろうか。たしかに事情を知らなければ、メロディがセシルの護衛士になっているなどあまり信じてもらえない話だ。女だからというだけでなく、伯爵家の子供がそんな立場になることは常識的にあり得ないからだ。
いろいろ非常識な人間が集まって今の形があるわけだが、世間の人にそんな事情がわかるはずもない。外から見ればメロディはただの伯爵令嬢で、親族でもない公爵家に居座る理由といえば、リリアンの考えたようなものになるのだろう。
リリアンもなかなか押しの強い人物ではあるが、いちおう常識の範囲内でセシルに接近している。その目の前で、非常識なやり方を使ってセシルのそばにいるメロディは、腹立たしくてならない存在なのだろう。
これは、誤解を解かないとどうにもならない。彼女にとってメロディは悪どい人間でしかないのだ。愛想くらいでどうにかなる問題ではなかった。
しかしどう言って説明したものか。あまり考えることが得意でないメロディは困ってしまった。フェビアンのような、よく回る口がほしい。彼女を納得させる上手な説明がとっさに思いつかない。
メロディが困っている間にも、リリアンの攻撃は止まらず続く。
「でももうちょっと、ご自分を振り返ってみるべきではないかしら? いくら強引におそばに張り付いても、あなたでは公爵様のお気を引くことはできそうになくてよ。鏡を見てこなかったの?」
「はあ……」
いや、それは知っている。セシルの好みは年上の熟女だ。(だからリリアンも気を引くことは難しい)
「そのドレス、はっきり言って似合ってないわ」
「え……」
そこが問題? と、つい自分のドレスを見下ろしてしまった。
「ドレスが悪いのではなくてあなたがね。いったいどうやったらそんなに真っ黒になれるのかしら? 畑にいる農民みたいなお顔ね」
「…………」
あ、そこか、と納得し、次いで落ち込むメロディだった。日焼けについてはモンティースへ向かう道中でもエチエンヌから指摘され、ちょっぴり気にした問題だった。真っ黒というのはいささか誇張が過ぎる、意地悪な言い方だが、令嬢らしからぬ日焼けっぷりなのは否定できない。
でも日焼けを気にして護衛士の仕事はできないし……と悩む。
「それにその太い腰! コルセットはつけてらっしゃるの? よくそんな太い身体を堂々とさらせるわねえ。私だったら恥ずかしくて人前には出られないわ」
「ふ、太い……?」
メロディは腹部を押さえ、自分とリリアンの腰を見比べた。今まで気にしたことはなかったが、たしかに太いかもしれない。リリアンの折れそうに細い腰とはかなり違う。そう言えばダイアナも細い。周りを見回せば、歳に抗えない一部のご婦人を除いて、たいていみんな細かった。
だからファニーは、絞め殺さんばかりにコルセットの紐を引っ張ったのかと理解した。そしてそれだけ努力しても、メロディの腰は令嬢の基準に到達できていなかった。
気付いてみれば腰だけではない。腕だって大違いだ。男の中に混じっていたら華奢に見えても、こうして女だけでいると自分がいかにたくましい身体をしているか如実に実感した。見よ、この鍛えられた上腕二頭筋を! 力を入れずとも、肘を曲げれば軽く力こぶが浮いてくる。この筋肉で縄を登ることも朝飯前だ。ファニーが懸命にレースの手袋を勧めてくれなければ、剣だこのある手指も披露していた。スカートの中には駿足が売りの脚が隠れている。
――だって、騎士だもん。
敗色明らかな状況に、メロディは内心で切なくつぶやくしかなかった。武道と細い腰は両立し得ないものだ。
「蛍石の飾りばかり選んだのは、公爵様に気に入られるため? ずいぶん頑張ってらっしゃるのはわかるけれど、似合わなければ何の意味もなくてよ。かえって滑稽だわ」
「これは、セシル様が……」
いちいちへこむことを言われて、つい言い返したとたん、リリアンの眉がつり上がった。
「まさか、それは公爵家の秘宝? いやだ、あなたそんなものを公爵様におねだりしたの?」
「え……いえ、そうではなく」
「信じられない! どうやったらそこまで厚かましくなれるの? いくらなんでも度を超していてよ!」
「ち、違います、これはお借りしているだけで」
「借りるだけでも十分に厚かましいわ! ご自分がどれだけ非常識なことをしているか、わかってらっしゃらないの!?」
ひいい、とメロディは縮み上がった。怒っている女性はなんと怖いのか。母も怒ると怖い人だが、それとは別の怖さがリリアンにはあった。もうすっかりメロディを傲慢でわがままな人間と思い込んで、何を言っても悪い方へと解釈されてしまう。男が相手なら人の話を聞け、と拳で説得して終わりだが、か弱い女性にそんな真似はできない。もはやこの場を逃げ出すしかないのだろうかとあとずさった。
それと入れ替わり、ダイアナが進み出た。格上の少女たちに遠慮して今まで黙って控えていた彼女は、礼儀を保ちながらも毅然とリリアンに言い返した。
「リリアン様、少し落ち着かれてくださいませ。大分誤解があるようですわ」
「……なんですって?」
怒りを宿したままの目がダイアナをにらむ。
「メロディ様が身につけていらっしゃる飾りは、公爵さまの方からご用意なさったのです。お支度を手伝いましたので、わたしは一部始終を見ておりました。公爵家に伝わる蛍石の飾りをたくさん出してこられて、この中から選んでほしいと言われたのです」
「…………」
「わたしと、わたしの侍女で、ドレスの色に合うものを選ばせていただきました。メロディ様はご自分の宝石をたくさんお持ちでしたけれど、公爵様のご希望で蛍石を使われているのです」
ダイアナの言葉に、メロディもはっとなった。そうだ、セシルがわざわざこれを身につけさせたのは、プラウズ家の人々に見せつけるためだろう。協力の要請とヘクターが言っていたではないか。多分メロディは、セシルと親密であるようなそぶりをしなくてはならないのだ。すでに相手が決まっていると彼は思わせたかったのだろう。
正直、そんな嘘をつくのは気が進まない。しかしメロディもまた、新たな縁談が持ち込まれないようセシルを利用しているところがある。お互い同じ事情で助け合う仲なのだ。
そっとうかがうと、リリアンの白い頬が鮮やかに染まっていた。自分の勘違いを恥じたのではなく、怒りによるものだとすぐにわかった。彼女は唇をかみ、ますます憎々しげにこちらをにらみつけてきた。
「メロディ様が騎士として働いていらっしゃるのも、本当のことです。わたしも最初は驚きましたけれど、公爵様や配下の皆様は、当然のことと受け入れていらっしゃいます。それだけの実力を認められていらっしゃるのですわ。わたしが道中賊に襲われたことはお聞きでしょうか? その時に、真っ先に駆けつけてくださったのもメロディ様なのです」
「…………」
「そうしたお勤めをなさっているのですもの、少しは日焼けもするでしょうし、細ければ細いほどよい、という考えではいられないでしょう。ですが、わたしはメロディ様はお美しいと思います。お顔立ちが美しいのは言うまでもありませんが、それだけではなく、とてもすっきりとしたお姿でいらっしゃいます。コルセットに頼らなくても常に姿勢がよく、所作はきびきびとされていて、元気いっぱいに跳ねる子鹿のようだと思われませんか? ドレスだってちゃんと似合っていらっしゃいますよ。何に魅力を感じるかは人それぞれですが、少なくともメロディ様を滑稽だなどと思われる方はいらっしゃらないでしょう」
リリアンをたしなめながら、同時にメロディをなぐさめてもくれている。緑の瞳がこちらに優しく微笑みかけてくる。メロディは感激してダイアナを見返したが、リリアンの反応はまったく反対だった。
「まあ、いやあね。もう義姉きどりでお説教?」
ダイアナに対しても、彼女は不快感を表した。
「お兄様があなたにご執心だからって、ずいぶん調子に乗っているようね」
「そのようなつもりはありません」
固い顔で否定するダイアナに、リリアンはふんと鼻を鳴らした。
「何か勘違いしているようだけれど、わたしはあなたを義姉と認める気なんてありませんからね。もちろん、お父様とお母様もよ。当然でしょう? プラウズ家を継ぐお兄様の花嫁に、あなたはまったくふさわしくありませんもの。同じ男爵家でもダルトリー家やマクナイト家くらいに歴史のあるお家ならまだしも、コヴィントン家なんて……ねえ? お兄様から聞かされるまで、わたしそんなお家があることすら知りませんでしたわ」
メロディは眉を寄せた。格下と馬鹿にする態度も不愉快だが、それ以上に聞き捨てならない内容が含まれていた。
「さして歴史もなく、資産らしい資産もない、貴族の末端といってもいいあなたが、伯爵夫人になれると本気で思っていたの? そんな馬鹿げた話をお父様たちがお許しになるはずがないでしょう」
これは初耳だったようで、ダイアナも驚いていた。思わずメロディと顔を見合わせ、勝ち誇るリリアンに聞く。
「……ご両親は、認めていらっしゃらない?」
「ええ、そうよ」
わざとらしく笑い声を立てながら、リリアンは言った。
「お兄様がどうしてもとあなたを望まれるから、別れさせることはあきらめたけれど、正妻として我が家で大きな顔をさせるつもりはありませんからね。プラウズ家の跡継ぎを産むのは、ふさわしい家から迎えた本当の花嫁よ。そこはちゃんとわきまえていらしてね」
「……リリアン様」
混乱しそうな頭を振り、メロディは問いかけた。
「それは、伯爵夫妻が本当に言っていらっしゃることですか? あなたおひとりの考えではなく?」
「さっきからそう言っているでしょう。認めたくないのはわかるけれど、冷静に考えれば当たり前の話だと理解できるはずよ」
もう一度メロディとダイアナは顔を見合わせた。リリアンがでまかせを言っているようには見えなかった。では本当に、伯爵夫妻はダイアナとジェラルドを結婚させる気はないのだ。
――けれど、ジェラルドがダイアナを手に入れようとすること自体は、止めるつもりはない。
それはどういうことなのか。考えるほどに、メロディの顔から血の気が引き、代わりに瞳が金色の光を宿し始めた。
「……メロディ様」
口を開く前に、ダイアナがそっとささやいてメロディを止めた。思慮深い色をたたえた瞳で、彼女は小さく首を振った。
深い呼吸をくり返して、メロディは激昂しそうな感情を抑えた。この場でリリアンにくってかかってもしかたがない。戦うべき相手は彼女ではない。
まずはセシルと、それからフェビアンに報告しなければ。この事実を知らせて、もう一度対策を考え直さなければならない。
近くにいるはずのフェビアンの姿をさがし、さきほど彼がいた場所へ目を向ける。しかしそこに立っていたのはジンだけで、フェビアンの姿はなかった。どこへ行ったのかと視線をめぐらせれば、柱とカーテンの陰になる場所で、若い女中を相手になにやら話し込んでいる最中だった。
相手が頬を染めて楽しそうに話しているのを見れば、どういう状況なのかは明らかだ。
あの男は――こんな時に、しかもよりにもよってダイアナのすぐ近くで!
メロディは「少々失礼いたします」とふたりに断り、その場を離れた。近付いてくるメロディに気付いたジンは、振り向いた瞬間表情にあらわれるほどぎょっと驚いた。
「ジン、フェビアンを呼んできてくれる?」
「……はい」
逆らってはならぬと素直に頭を下げたジンは、すぐさまフェビアンへ向かった。話の途中で無理やり連れ戻され不満そうだったフェビアンも、メロディを見るなり逃げ腰になった。
「あれ? ハニーちゃん、どうしたの。何かあった?」
「ちょっと、顔を貸してくれるかな」
メロディは頭を傾け、外のテラスを示す。口元だけは微笑んでいるが、目が爛々と燃えている。
「な、なんでそんな人気のない方へ誘うのかな。色っぽいお誘いなら今夜はだめだよ。君は団長のパートナーなんだから」
「そう、ここで殴られたい?」
あえて軽い口調で返すと、ますますメロディの目が据わる。フェビアンはジンの背中に逃げ込んだ。
「なんで殴るのさ!? 外でもここでもだめだよ!」
「ちょっと、いろいろ腹が立ちすぎてね。誰かに一発お見舞いしないと気が済まないの」
「ちょ、堂々と八つ当たり宣言!? なんで僕に!?」
「八つ当たりじゃないよ。フェンにも腹が立っているから。あとちょうど近くにいたから」
「にもって、かなりの割合で八つ当たりだろう! 近くにいるっていうならジンもいるじゃないか」
言いながらフェビアンはジンの背中を押す。身代わりに差し出されたジンは、フェビアンのためにメロディの拳を受けるか否かでためらった。
普通なら少女の拳ごとき、恐れるに足らない。どうぞわたくしでお気晴らしなさいませと、頬を差し出すところだ。しかしメロディの拳は、彼としてもできれば食らいたくなかった。絶対に相当の威力があると、確かめなくてもわかっていた。
セシルのためならば拳だろうが剣だろうが受けてみせるが、フェビアンのために我が身を差し出すのは――悩む。
しかし幸いにしてメロディは、首を振ってくれた。
「ジンを殴ったら弱い者いじめになるじゃない」
「ジンのどこが弱いと!? いちばん安心して殴れる相手じゃないか」
「逆らえないとわかっている相手に手を出すなんて、卑怯者のすることだよ。だからジンは殴らない。フェンなら遠慮なくやれる」
「なにそれ差別! 僕の扱いひどすぎない!?」
「……なにやってんだ、てめーら」
もめる三人の横合いから声がかけられた。エチエンヌが呆れた顔で立っていた。
「エチ、いいところへ来たねえ。お願い助けて、僕の代わりに殴られて」
「あ? 死ねボケ。んなことより、ダイアナはどうした。一緒じゃなかったのかよ」
聞かれて、メロディはちょっとだけ怒りを引っ込めた。
「ダイアナ様なら、あそこに……」
答えながらさきほどまでいた場所を振り返る。しかしそこに立っていたはずの少女たちの姿がなかった。
「え?」
驚いてメロディは辺りを見回した。どこへ行ったのかとダイアナをさがす。リリアンの姿は見つけられた。けれどダイアナがいない。人が多いといっても会場を埋めつくすほどではないのだ、すぐに見つけられるはずだった。緑のドレスと黒髪をさがして懸命に見て回るが、ダイアナはどこにもいない。
「リリアン様!」
ドレスの裾が乱れるのもかまわず、メロディはリリアンへ駆け寄った。
「まあ、なんですの、騒々しい。恥ずかしげもなく下品に走り回るなんて、たしなみも何も……」
彼女の嫌味を最後まで聞かず、メロディは勢い込んで尋ねた。
「ダイアナ様はどちらに?」
「ダイアナ? ……さあ、知らないわ」
ふい、と顔をそらしてリリアンは空とぼける。知っていてわざとだと、メロディは確信した。
「何があったのです? ダイアナ様は……」
途中で嫌な予感を覚え、もう一度会場を見回す。見つからない人物はもう一人いた。
「ダイアナ様をどこにやったんです!?」
「な、何よ、知らないと言っているでしょう!」
メロディに詰め寄られてリリアンがたじろぐ。周りの人々が何事かと注目する中、セシルがナサニエルを連れてやってきた。
「メロディ君、どうしたのかね」
「公爵様!」
メロディが答えるより早く、リリアンが彼に飛びついた。
「助けてください! 彼女が私にひどい言いがかりを!」
メロディはかまっていなかった。リリアンを無視してセシルに言った。
「申し訳ありません、目をはなした隙に、ダイアナ様を見失いました。黙ってどこかへ行かれるはずはないのですが、振り向いたらお姿がなく」
そこで一旦言葉を切ったメロディは、周りの人々に聞こえないよう、ぐっと声を落とした。
「……ジェラルド様のお姿も見当たりません」
セシルは無言でメロディの背後へ目をやった。追いかけてきた三人に目線で指示する。彼らはすぐさま身を翻した。ナサニエルもセシルに目礼して、その場を離れた。
「わたしもお探ししてきます」
「待ちなさい」
飛び出そうとするメロディをつかまえ、セシルはリリアンに目を向けた。
「リリアン嬢、教えていただけるかな? 君の兄君は、今どちらにいらっしゃる?」
「え……さ、さあ、存じません」
微笑みの中にひそむ冷たいものを感じ取ったリリアンは、さきほどの勢いも忘れて目を泳がせた。
「公爵、なにごとですかな」
あわてたようすで伯爵と夫人がやってきた。
「なにか、不手際でもございましたか」
「いいや、そうではないよ」
メロディが反応したことに気づき、腕をつかんだ手に力を増す。主の命令を理解し、メロディは歯をくいしばって怒りをこらえた。
「ダイアナ嬢の姿が見えなくてね。具合でも悪くしたのかと心配してさがしているのだよ。すまないが、手伝ってもらえないかな。彼女の身に何かあっては、ご両親に申し訳が立たない。成り行き上とはいえ、今は私が保護者代理として預かっているのでね」
伯爵の顔が小さく引きつった。公爵がダイアナを保護していると宣言したのだ。ダイアナに何かすれば、セシルに敵対したことになる。穏やかな笑顔にまぎれさせた、明らかな脅しだった。
伯爵の反応を見て、セシルもまた悟っていた。彼は息子が何をしようとしているか、知っている。当初の予定どおりダイアナが一人で来ていたなら、好きにしろと放置していただろう。だがこうして公爵が後ろ楯になっていることを知りながら、息子のために知らぬふりを通せるだろうか。
「それは……いけませんな。すぐにさがさせましょう」
彼は笑顔をとりつくろい、使用人を呼びつけた。ダイアナをさがせと命じるのがふりだけなのか、本気なのか、わからなくてメロディは焦る。自分もさがしに行きたいのに、セシルは手を放してくれなかった。動こうとすると痛いほどに引き止められる。
「だいじょうぶだ、ここで待っていなさい」
海の色の瞳が静かに命じる。仲間たちがダイアナを助けてくれることを願いながら、メロディはじりじりとして待った。




