2-25 命の洗濯屋・御霊凪の片想い事情
御霊凪は、クリーニング屋兼コインランドリーカフェを営む家の一人娘。彼女には、洗濯物に憑いてくる霊が見える。ほとんど成仏しかけだけど、ほんの少しこちら側に残っている霊を祓うこともやっている。そんな彼女は、クラスのある男の子に片想いをしている。ムードメーカーで気遣いの鬼だ。しかし彼との関係、思惑は、思わぬ形で交錯することになるのだった――。
霊感があって、霊が見える人はたくさんいる。それはもう、山のように。
でも霊感がある洗濯屋の一人娘で、カフェのお手伝い店員もやっていて、霊感があるだなんだと騒ぐムードメーカー的存在のクラスメイトを好きになっちゃいましたなんて人は、数えるほどしかいない。はずだ。
「ど〜うしたもんかねぇ」
お客さんがいないのをいいことに席に座り、ごうんごうんと音を立てて回る業務用洗濯機をぼうっと見つめながら、私は独り言をつぶやく。お母さんは閑散とするこの時間にこれ幸いと買い物に出ている。私は放課後すぐに帰ってこいと指令を受けて、暇な店番。最近駅の近くにできたクレープ屋に行こうと友達と約束していたのに、急きょ断って帰ってきてみればこうだ。実は忍者のごとく一瞬クレープを買いに出ても大丈夫なのでは。あるいはここ数日洗濯機の前に陣取っている、大学生くらいの女性と見える霊に頼んで、ちょっくら買ってきてもらうか。それはないなとすぐに首を横に振って、ひたすら回っているだけの洗濯機をじぃっと見つめるその霊をぼうっと見る。
「……どうしたもんかねぇ」
悪い幽霊ばかりではないということは、よく分かっているつもりなのだが。ここまで居座るだけで何もされないと、逆に気になってくる。
「もしも〜し」
返事はない。現世の声は聞こえないタイプか。
「もし、そこのお嬢さん」
私の方がどう見ても年下なんだけどな、とは思いつつもう一度声をかける。まさかおばさんとか言うわけにもいかないし、最近はナイーブな幽霊も多いので、若い呼称を使うに越したことはない。
「どうされましたか」
厄除けのお守りがスカートのポケットに入れた財布に入っているのを確認して、私は彼女に話しかける。仮に悪霊だった場合、お守りで最低限の防御はしておかないと、霊感があろうが祓う力があろうが取り憑いてくる。
「うぅ……」
「……っ!」
明確に「自分に話しかけられている」「自分が見えている」ことが分かったか、彼女が声にならない声を出して肩に手を伸ばしてきた。ゆっくりとした動きで助かった。ひらりとかわし、懐に忍ばせていたお札を見せる。
「おおぉぉぉぉぉ……」
「……ふう」
おそらく衣服についてきたが、ほとんど成仏しかけだったのだろう。お札一つで簡単に話が通じる相手でよかった。
お葬式や法事の後、お清めの塩を振りかけ邪気を祓うことをあまりしなくなった現代、こうして持ち込まれた洗濯物にひょっこり成仏しきれない霊がついてくることが多い。服にくっついてきて、時に一緒にドラム式の中でぐるぐる回っていることもあるくらい存在感が薄く、普通の人は気づかない。
「あ、また事情聞くの忘れたな……」
あともう一息で極楽か地獄かの審判を受けられそうな霊たちを、死後の言葉で認められたお札で清め、成仏させる。私はこの仕事を密かに「命の洗濯屋」と呼んでいる。全く違う意味の慣用句があることはもちろん分かった上で、ダブルミーニングで何となくかっこいいと思っただけ。でも、普通の人と名乗るにはあまりにも霊が見えすぎて、本職と名乗るには相対する霊の力が弱すぎるから、これくらいお茶目で軽い二つ名でいいと私は思っている。ちなみに、お父さんは私の事情を知っているし霊も見えるが、お母さんは知らないし幽霊などまるっきり信じていない。
「……どんな人だったんだろう」
塩を振りかけなくなったと言っても、亡くなった人を見送る儀式は今の方が丁重だ。昔より儀式の数が少なく、省略されるようになった分余計に。だから服なりなんなりに憑いてしまう霊自体が珍しい。それでも私の前にだけこんなに霊が姿を見せるのは、きっと私自身が「霊が見える、悪霊を祓える」ことを意識しているからだろう。
「ただいまー」
「おかえり」
「留守番ありがとね、ま、お客さんは来てないと思うけど。はい、これ」
「え、やった」
ちょうどお札をしまったところで、お母さんが帰ってきた。お母さんは幽霊を信じないどころか、そんな馬鹿らしいことからさっさと卒業しなさい、と口出ししてくるタイプの人なので、私が持っているお札を見てもいい顔をしない。お母さん的にはアドバイスのつもりなのだろうけど、私やお父さんにとっては現実を見ていない小言でしかない。そういう意味でも、お母さんよりお父さんとよく話が合うという、中高生の女としては珍しいタイプだと思う。ただ、気を利かせてちょうど食べたかったクレープを買ってきてくれたので、私はそちらに気を取られて満足した。友達と現地に行った方がおいしいに決まっているのだが、それはまた別の機会にしよう。
「しばらく店番やっといてくれる? クリーニングの方はあんまり来ないと思うけど、一応そっちもお願い。宿題とかしてくれてていいから」
「はーい」
時代の流れは残酷だ。一応本業と言い張っているクリーニング業は、もうお客さんを見る方が難しい。
おばあちゃんが『西洋洗濯舗 御霊』を立ち上げてから七十年あまり。クリーニング屋自体が珍しく、周りになかったことと、丁寧な仕事ぶりから昔は人気だったらしい。スーツや制服に限らず、年中いろんな服をドライクリーニングしてもらいにお客さんが来て、近所の人が交流するハブになっていたという。しかし地方都市と呼ぶにはちょっと寂しいこの街では人が減り、クリーニングはめったに出さないもの、と価値観が変わっていった。クリーニングだけでは立ち行かなくなり、コインランドリーを併設した。それで一時持ち直したものの、近くにたくさん同じような店ができたことで緩やかに苦しくなり。今度は洗濯の待ち時間にコーヒーと軽いスイーツを楽しめる、ランドリーカフェを始めて今に至る。それでもお父さんがあくせくサラリーマンをやらなければならないくらいだ。このあたりでやめてしまっても変わらないのでは、と思う一方で、やめられない気持ちも分かる。
「凪、おまえは『正しく』生きなさい。……」
私はおばあちゃんの死に際にほとんど間に合わなかった。遺言を一言聞いただけで、おばあちゃんは旅立ってしまった。一言一句、声や抑揚に至るまで全部覚えている。きっと忘れることはない。でもおばあちゃんの言った「正しさ」が何なのか、どうして最後に私にそう伝えたのか。おばあちゃんがどんな経験を思い返していたのか、どれだけ思い出や遺品を掘り起こしても分からない。おじいちゃんはおばあちゃんよりずっと前に亡くなったし、お母さんに聞いても心当たりはないという。それでも強くて、たくましくて、頼もしくて。並の男より勝気だったおばあちゃんの遺した証があちこちにある、それがこのクリーニング屋だ。
「こんちゃー」
「坂原くん……?」
積極的に店を畳むのはちょっと違うよな、と考えつつペン回しをしていると、珍しいお客さんが来た。近くのスーパーのマイかごを両手に提げて自動ドアを開けてきたのは、同じクラスの男子。どうにも私が片想いしてしまっているらしい、今私の中で話題沸騰中の彼だ。
「あ、ミルクティーとプチシュー。ミルク多めで」
「え、あ、はいっ」
いそいそと洗濯物を放り込みながら、ちらっとこちらを見て注文してきた。言われるまで自分がカフェの店員であることをすっかり忘れていた。相変わらず華奢だよなあ、とじっと見とれていたのがバレてはいないだろうか?慌てて我に返り、奥に引っ込んで用意する。といってもそんな大したものは出さない。凝り出したら余裕の原価割れか、高級志向になってしまうからだ。そういうのはよそで求めてもらうしかない。
「お待たせしましたー……」
「ん、ありがと」
洗濯機を動かし、すとんと席についた彼はやはりちらっとこちらを見たが、すぐに手に持ったスマホに目線を移した。ちらっと見ると、男子が最近昼休みに数人で集まってわいわいやっているゲームのガチャ画面が映っていた。あれってソロプレイもできたのか、そりゃできるよな、とどうでもいいことを考えて、私はもう一度彼から少し離れた元の席に座る。クラスメイトの店に来てこれだけシカトされるともやもやするが、変に意識されても今の段階ではこっちがキョドるだけなので、これでいいんだと自分を落ち着かせた。
落ち着かせて、よくよく彼を観察して、気づいてしまった。
彼の足がない。透き通って、身体がふわふわと浮いているという事実に。
どこを探しても、彼の足は見当たらなかった。もしや幽霊なのか。だとしてもどうして今まで気づかなかったのか?これだけ霊が見えまくって、未練のある悪霊を祓いさえしているというのに。いつも教室という狭い空間に一緒にいる彼が霊であることに、今の今まで全く気づけなかった。
「ん、なんだよ」
彼に対する想い、気持ちが、ぐらっと変わった気がした。
「あなた、って――」





