2-23 どうか私達の仮面をはがさないで
宵宮瑠奈は仮面をつけ偽名で活動するアイドルグループPERSONAのメンバーだ。
ネットで人気のアイドルグループになりつつある彼女たちは、
ついに来週TVの音楽番組の生放送に出演することになっていた。
そんな中で起きたメンバーの自殺未遂事件。
原因はメンバー内でのいじめだという情報が出回り、PERSONAは活動自粛へと追い込まれる。
瑠奈はマネージャーから彼女こそが今回のいじめの張本人であると決めつけられてしまう。
失意の中、彼女を待っていたのはPERSONAのリーダー神崎真央であった。
真央は瑠奈に今回の事件の真相を調べるために協力を申し込む。
瑠奈は自分を信じてくれた真央とともに調査を開始する。
調査を進めるほど二人は他のメンバーたちが隠していた仮面を剥がしていってしまう。
調べる側の瑠奈や真央の仮面もひび割れて壊れていく。
すべての仮面が剥がされた後に残る真実とは……?
いつもとは違う重苦しい事務所の雰囲気で宵宮瑠奈が感じたのは前に配信企画でやった「汝は人狼なりや?」というゲームだった。
通称「人狼ゲーム」ともいわれるもので、ある村に人になりすました悪い人喰いの人狼が入り込み村人を一人ずつ殺していく。村人たちは自分たちが殺される前に人狼と思われる人を殺すことで生き残ろうとするそんなゲームだ。
実際、瑠奈がやってたときはもっと和気あいあいとしながらやっていたので今の雰囲気からは全くの別物なのだが、悪い狼をみんなで見つけようとしているところは同じように感じたのだ。
瑠奈がそう思った理由は彼女が案内されたのはいつもの会議室ではなくパーテーションで区切られた小さな休憩スペースだったことが一つ。
そんな対応に加えパーテーションの隙間から自分を見てくる人の表情やかすかに聞こえる話声が予想を確信させるほどだったからだ。
この瑠奈の状況がほんの少しだけ変わったのはそれから十分ほど経ってからのことであった。
くたびれたスーツ姿の男性がスペースに入ってくると挨拶することもなく奥の椅子に座り込む。
それがマネージャーの黒井だと気づくまで少し時間がかかってしまった。
黒井は深々と椅子に座ったままポケットに入っている煙草を取り出し、吸い出した。
瑠奈はそんな彼の姿を見て苛立ちを感じつつも黙って見つめていた。
彼の目の下には濃いくまができていて、無精ひげが手入れされないまま放置しているのを見れば彼がろくに休みが取れていないのがよくわかったからだ。
瑠奈は彼が煙草を吸っていることは彼からの臭いで知っていたがメンバーの前では吸わない程度のマナーは持っていたはずなので、今の彼の精神状態があまり良くないということも想像できた。
「PERSONAに来てた仕事は全てキャンセルだ。宵宮、お前は今すぐに家に戻って一歩も外に出るな。SNSも使用すんな」
タバコを吸い終わった後の黒井の言葉は異論は認めないと言わんばかりの言い草だった。
「黒井さん、それはいつまでですか?」
「あ!?」
瑠奈はとっさに黒井に質問する。
黒井が自分を嫌っているのは知っているが、それは自分にとって必要なことである以上質問せざるをえない。
「いつまでPERSONAの活動を自粛するんですか? 仕事がなくなったとは言え、いつ再開されてもいいようにレッスンもやりたいですし」
空気が読めないと言われても仕方ない言葉だと瑠奈も理解できているがそれでも瑠奈は自身がアイドルで居続けるためには必要なことだった。
「お前は本当に自分たちの状況がわかってねぇんだな」
黒井はタブレットを取り出し、瑠奈の目の前で操作する。そしてそのまま彼女の前に叩きつける。その勢いで少し割れていた画面のひびが更にひどくなっていた。
「これを見ても、まだそんなこと言ってられるのか!」
ぼろぼろになったタブレットの画面には『人気アイドルグループメンバー自殺未遂。原因はメンバー内でのいじめか』とタイトルが記載されたネットニュース記事が表示されているのが確認できた。
瑠奈が所属するPERSONAは配信メインで活動するアイドルグループだ。
PERSONAという名前の通りに仮面をつけて名前も偽名を使っているのが特徴だ。どこか色物感があるはずにも関わらず、PERSONAはネットで人気のグループになりつつある。
そんな人気から、来週には夜に生放送する音楽番組への初出演も決まっていた。
そんな中で起きたのが所属メンバーの麻野めぐみの自殺未遂だった。
その日の配信時、めぐみは無断で連絡もないまま現場に来なかったというトラブルが発生した。
残ったメンバーでなんとか配信はこなしたが、誰が連絡してもつながらない状態だった。
マネージャーである黒井は事務所の了解を得て、事務所が保管しているスペアキーを借り受けめぐみの家へ向かった。
インターホンを鳴らしても反応はなく、スペアキーで中にはいって黒井が見たのは首にロープを巻き付けて倒れ込んでいるめぐみの姿だったらしい。
天井にはへし折れたフックが刺さっていてどうやらそこにロープを巻き付けて彼女は自殺しようとしていたのだろうというのが事務所や警察の見解だ。
そしてめぐみの意識は戻ることないまま、今も病院で眠り続けている。
瑠奈達は事務所の指示の下、めぐみが自殺しようとしていたことを伏せ病気で一時休養すると報告した。
怪しむファンたちはいたがこれで一応丸く収まると思っていた中、めぐみの両親たちが「娘は自殺に追い込まれた」といきなり発表したのだ。
それと同じタイミングで話題になったのがSNSの一つのアカウントだった。
それは事務所とPERSONAのメンバーだけをフォローして「アイドルです」とだけプロフに書かれた正体不明のアカウントで、「メンバーにいじめられている」「アイドルをやめたい」などというのが毎日淡々と書き込まれていた。
そんな状況を考えれば、この正体不明のアカウントはめぐみのものでこのアカウントの言う通り、彼女はメンバーのいじめによって自殺に追い込まれたと考える人がでてきてもおかしくはない。
実際、この事務所や瑠奈を含めた他のメンバーのアカウントには無数の質問や見るだけで気分が悪くなりそうなレベルの誹謗中傷が飛び交っている。
というのが今のPERSONAの現状だった。だから一時的な活動休止に関しては瑠奈としても致し方ないというところではある。
だがメンバーのいじめなんてのはありえない。確かに活動方針なんかに関して瑠奈や他のメンバーが言い争いをしてきたのは事実だが、それに関しては以前から事務所にも報告をしていた。
瑠奈からしてみれば今の状況は荒唐無稽なデマによって事務所やPERSONA、自分たちが振り回されているという認識だった。
事務所は「いじめはデマ」であると毅然と反論し、早期の活動再開をするべきだと思っていたのだ。
黒井は呆れるかのようにため息を付いてタバコを再び吸い始める。その煙を瑠奈に向けながら忌々しそうな表情で彼女を見つめた。
「宵宮、お前は前のところでもやらかしたそうだよな」
「どういう意味ですか」
質問の意味がわからなくて瑠奈は黒井を睨みつける。
「うちはお前がいじめの張本人だと思っている」
黒井のその言葉に瑠奈の表情が曇る。
「私はやっていません!」
「お前の認識なんてどうでもいいんだよ! 麻野やファンはお前がやったって思ってるんだよ」
「ち、違います」
「俺はやらかしたやつをうちに入れるのは反対だったんだよ。今回みたいにまたやらかすんだからな」
瑠奈がどれだけ反論しても黒井は一切耳を傾けなかった。
呆然としたまま休憩スペースから出ると事務所の人達の視線もみんな瑠奈に向けられていた。
その視線は「悪い人狼はお前だ」と告げるかのようだった。
それに耐えきれなかった瑠奈は事務所を飛び出していた。
気がつくと瑠奈は自分が住んでいるマンションの前まで戻ってきていた。
もうダメだ、自分はもうアイドルではいられない。この業界で一度の失敗ですら致命傷だ。そんな中でPERSONAに入れたのは奇跡と言って良い。
その二回目のチャンスすら今自分の前からこぼれ落ちようとしている。
「待っていたわ。瑠奈さん」
その声に瑠奈は思わず顔を上げる。そこにいたのは黒いマスクをして顔を隠した女性だった。
「リーダー? どうしてここに……?」
そこにいたのは瑠奈にとって憧れの存在であるPERSONAのリーダー神崎真央だった。
圧倒的なカリスマでPERSONAをここまでの人気グループにした張本人と言っても良い。
そんな彼女にだけは今の自分を見てほしくなかった。
今まで身につけてきた仮面が全て剥がれてしまっているのだから。素顔を見られたくなかった。
真央は瑠奈の前まで歩いてくると優しく声をかけた。
「あなたがやったの?」
言葉遣いこそ優しかったが、それは黒井の荒れた言葉より重く感じた。
瑠奈は自分ではないと反論したかった。でもできなかった。
自分はいじめてなんかいない。しかし黒井の言葉でその思いも揺らいでいた。彼が言う通りめぐみがいじめられていると思えばそれは事実なのだ。
「私は貴方がいじめなんてそんなくだらないことをするなんて思っていないわ」
真央のその言葉が瑠奈の壊れかかった心に突き刺さる。
「私は貴方を信じている」
その言葉に瑠奈は真央の目の前で崩れ落ちる。目から涙が溢れて止まらなかった。
もうどうしようもないと思っていた中で、彼女だけが信じてくれているということがあまりにも嬉しかった。
「その一方で、めぐみは自殺なんてことをする人間ではないと信じているの」
確かにと瑠奈は真央の言葉に頷く。今思えばめぐみが自殺未遂なんて信じられなかった。
「今、PERSONAには私が想定していないことが起きている。それは私にとって認められないことなの。だから……」
真央が瑠奈の目の前に手を差し出す。
「私は真実が知りたいの。だから協力して頂戴、瑠奈さん」
瑠奈はゆっくりと真央の方へ顔を上げる。
涙などでぼろぼろになった素顔を彼女に見られながら、瑠奈はゆっくりと彼女の言葉に頷く。
瑠奈としてはこんな自分を信用してくれる彼女の思いになんとしても応えたかった。
「私に……。私にできることなら」
そう言いながら瑠奈は真央の前で片膝をつき彼女の手の甲に唇を当てた





