表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/27

2-21 チェンジ! ~理想の異世界が引けるまで転生ガチャを回しまくる

正木雅紀まさきまさのり、享年42歳。

会社の送別会で酔っ払った末、なんやかんやで死んでしまう。偶然たどり着いたおばんざいと焼酎の美味しい居酒屋は異世界転生を司る転生宮だった。和装の似合う全知全能の女神ミリンの導きにより、雅紀は異世界に転生するものの、何もしないうちに巨大な竜に喰われて呆気なく死ぬ。

訳も分からぬまま再び転生宮に戻され、納得のいっていない雅紀に、ミリンはキャンペーンと称して転生ガチャのチケット一万枚をプレゼントする。ミリンの何やら怪しい素振りは気になるものの、自らの平凡な運命を変えるため、雅紀は覚悟を決めてチケットを受け取る。

一万回までガチャ引き放題、転生し放題、理想の異世界転生を目指した旅が今始まる。果たして雅紀は自らの運命を変えることができるのか?

──目覚めると見知らぬ森の中、縄で大木に拘束されていた。

 寝入る直前の記憶はない。昨日は職場の送別会で定年退職する上司を囲んで飲んでいたはずだが……。

 落ち着いて思い出してみよう。

 若手が全員一次会で早々に消え、俺一人で上司を二次会へ連れていった。

 初めて入るこぢんまりとした小料理屋は、貫禄のあるおかみさんとかわいらしさ満載の娘さん、二人で切り盛りしていた。おばんざいが美味しくて、俺は上司の話に適当に相槌をうちながら芋焼酎のお湯割りをずっと呑んでいた。

 聞き上手のおかみさんが上司の相手をしてくれたので、自然と俺の話し相手は和服の似合う娘さんになった。

「最近、楽しいことはありましたか?」

「全然。給料はあがんないし、そのくせ仕事は増えるばっかだし」

「それじゃご家族と過ごす時間もありませんね。奥様が寂しがっているんじゃないですか?」

「生まれてこの方、奥様なんていたことないよ。親も若いころに死んだし、天涯孤独、自由気ままな身分だよ」

「あら」

「いっそ生まれ変わって新しい人生でも始めたいね」

「それはちょうどいいですね」

 何がちょうどいいのか分からなかったが、娘さんの笑顔は妖しいほど綺麗だった。


 思い出せるのはここまでだ。

 気がついたら縄で縛られている。

 そこに喉の乾きと同時に尿意がやってきた。

 辺りを見回しても、公衆トイレどころか人工物らしきものは何一つない。

「誰かいませんか! 助けてください!」

 自分の声とは思えないほどしゃがれた声で助けを呼ぶものの、木々の濃密な緑が衝撃吸収剤のように全てを飲み込む。

 唐突に膀胱が限界を迎え、俺は開放感すら覚えながら放尿した。

 全て出し終わると途端に不快感が襲いかかる。いつの間にか腰に巻かれたボロ布が素足の腿にぴたりとくっつき気持ち悪い。ほどほどに生暖かいのが拍車をかける。

 ほのかな湯気と一緒に上がってくる臭いを嗅がずに済むよう顔を背けた先に、一際草木の生い茂る空間があった。熊でも出てきそうだな、と思っていると熊よりもさらに大きな影が見えた。

 それは蛇のような滑らかな体表に、象よりも太い四足、鰐よりも強固そうな顎と牙を見せつけ、ゆうたりと現れた。

 いっぺんに身体が冷え切ったように震え出す。対峙したことのない巨大な塊が眼前に迫る。

 これっていわゆる、竜、だよな?

 竜は鼻をすんすんと鳴らしながら、俺の足元に溜まった尿の臭いを嗅いでいる。身体の動きに合わせてぬらぬらと鱗が波打つ。

 本能が、今すぐ逃げろ、と告げてくるも身体は動かない。

 竜は異形の巨躯を持て余すように、全身で支えながらゆっくりと長い首をもたげると、緑翠色の眼球でこちらを捉えた。その奥には確然たる食欲。

 竜もよだれ垂らすんだな、と思った次の瞬間、上半身をまるごとかじられ──


──はね上がった膝が堅い木製カウンターを蹴りあげ、その衝撃で目が覚める。

「おかえりなさいませー」

 和装の娘さんがカウンターの向こうから陽気な声と笑みを寄越す。

「あれ? 寝てた?」夢にしてはいやにリアルだったな。周りを見渡すと、昨日の小料理屋だ。手元にはひっくり返った小鉢ときゅうりの酢の物。

「夢じゃないですよ。忘れちゃいましたか? 飲みすぎ注意です」

 見ようによっては未成年にも見える娘さんは、ハイボールの入ったグラスを両手で持ち、小首を傾げる。目元だけほんのり赤らんでいるのは化粧なのかほろ酔いなのか。

「夢じゃないなら今のは……?」

「転生だよ。あんたが選んだんだろ、その手で」

 割烹着の女将さんが店の奥から出てくる。

「せっかくミリン様が授けてくださった転生をあんな無様に終わらせるなんて。使えないね、あんた」

「ハラマー、彼も反省していますし、許してあげましょう。それに彼には、ほら。ね?」

 ミリン様と呼ばれた娘さんが大きな瞳で女将さんに向かってばちばちと二度ほど瞬きを繰り返す。ウインク?

「反省も何も状況がまったく分からないですよ。なんですか、これ。僕はどうなったんですか?」

「正木雅紀。西暦2023年3月24日午後11時24分、あなたは死にました。享年42歳。よいことも悪いこともありましたが、かけがえのない尊い一生でした」

 死んだ? 俺、死んだの?

「あんたの魂はここ転生宮に運良くたどり着き、お望みどおり生まれ変わったのさ、その転生儀の導きによってね」

 ハラマー女将が指さした先にあったのは、たくさんのカプセルが入ったちんまりとした箱。小銭を入れてレバーをガシャっと捻れば、ポンっとカプセルが出てくる例のアレにしか見えない。

「転生儀のお導きによりあなたが転生したのは、テキ星トウナ紀のジイ・サンという888歳の老人でした」

「めちゃくちゃ適当だな。でも、転生したのにおかしくないか? 竜みたいなのに食べられて死んだろ、俺」

「まさに村の口減らしのために守り神であるドラゴンへの生け贄にされたところだったようですね」

「じゃ、俺の異世界転生は……」

「終わり。お疲れさん」

 理不尽すぎる。いつの間にか死んで、気がついたら異世界に転生させられていて、状況を把握する間もなくまたすぐ死んでお終いって。

 異世界転生って言ったら、それまでの平々凡々な人生を大逆転するような、やり直しのチャンスじゃないのか? その類いの本はちゃんと読んだことがないが、少しくらいは知っている。

「そもそも転生宮に辿りつけたこと自体が奇跡なんだ。全知全能の女神、ミリン様の御加護に感謝するんだな」

 そんなこと言われても、死んだんだよな、結局。

「今から天国か地獄にでも行くのか」

 自分に起きたことを受け入れられないまま、どんよりした気持ちで吐き出すと、

「あなたはどうしたいのですか?」瞳を輝かせながらミリンが問うてくる。「正木雅紀として死に、ジイ・サンとしても死に、あなたはあなた自身のその運命を全うできたと思われますか?」

「思わない。全然納得できない」

「では、チャンスがあればあなたはその運命を変えたいと望みますか?」

「希望する」

 俺は光の速さで即答する。

「お望みどおりの転生ができるとは限らないよ」

「それでもいい。ここで諦められない」これまで何もなかった平坦な人生を思い返し、今こそ勝負に出る時なのだと確信する。「俺はもう一度、異世界転生がしたい」

 俺の言葉を聞くと、ミリンは嬉しそうにハラマーに目配せした後、袂から何やら札束を出した。

「一度だけで大丈夫ですか?」分厚い紙の束を、うちわのようにばさりばさりと振る。

「じゃーん! 実は現在、転生宮の開店キャンペーン中で、転生儀のチケット一万枚を限定一名様にプレゼントしているのです。今なら正木さんはチケット一万枚をゲットできます! さあ、このチャンス、掴みますか、掴みませんか?」

 途端に安っぽくなったな。まあ、それはそれとして。

 落ち着いて考えよう。仮に一日一回転生するとしても、十年で3650回。一万枚だと、だいたい三十年? 一回の転生が一日で終わるなんてこともそうそうないだろうし、実質引き放題みたいなものか? それなら、

「もらいます。チケット一万枚」

「ありがとうございます! 理想の異世界目指して、転生儀、回しまくりましょう!」

 展開が都合よすぎる気もするが、どうせもう死んでるし、これ以上悪くなりようもない。

 ミリンから手渡されたチケットの束をまじまじと眺めると、見たことのない文字らしきものがびっしりと書かれている。

「いろいろと注意書きがありますが、その都度説明させていただきますね。転生先で何か分からないことがあったらいつでも呼んでください。いつでもそばにいますから」

 至れり尽くせりだな。こんなかわいい女神様がいつもそばにいるなら、それだけで当たりだ。

「それでは早速行きますか!」

「え? もう?」

「善は急げって言葉があるだろ。早く転生しないといい転生先を他のやつに取られるぞ。転生儀はここにあるだけじゃないんだ」

 道理で巷に転生ものの話が溢れていたはずだ。それなら一発目、行くか。こちとらには一万枚の無料チケットと全知全能のミリン様がついているんだからな。

「じゃ。異世界転生、お願いします」

「はーい! 喜んで!」

 ハラマーが俺の手からチケットを一枚もぎっていく。

 転生儀の前にしゃがみこみ、レバーを握ると色とりどりの世界が詰まったカプセルが見えた。果たしてどれが当たりなのか。

 力を込めてレバーを捻ると、取り出し口から次の異世界が転がり出てきた。

「行ってらっしゃいませー」

 ミリンの呑気な声が遠くに聞こえた。


──底冷えする暗闇の中で揺れている。

 足元を固定されているのか移動はできない。足の感覚そのものがない。

 周囲を観察しようにも暗すぎて何も見えない。視覚もあるのか分からない。

 なんだ、これ?

(ミリン、いる?)

(はい、いますよー)

 想定よりも近くにミリンの声を感じて驚く。

(俺、喋ることもできないんだけど、どこに、というか何に転生した?)

(ここはフ界のヘド湖で、転生したのは、えぇと正木さんの元の世界で一番近いのは藻ですね。光の全く届かない湖底で、水に含まれる少量の養分をちまちま吸収しながらゆらゆら生きている植物です)

(それってこの先、楽しいのか?)

(あと15年くらいは寿命があるので、しばらくはゆらゆら人生、楽しめますよ。この辺り、天敵どころか生き物がまず皆無なので危険もないですし)

(チェンジだ、チェンジ! そんな変化のない人生、やってられるか! もっと楽しい異世界転生あるだろ!)

(チェンジいただきましたー!)


 理想の異世界転生、果たして引くや引かざるや。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第18回書き出し祭り 第2会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は5月13日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ