2-20 刃無しの君を救いたい
【この作品にはあらすじはありません】
想いを力に変える。それはかつて異界人からの侵略を受けた人類が、危機におちいった時に目覚めた力だ。今では『想力』と呼ばれる力により、人類は超常の力を振るえるようになった。ある人は炎を手足のように操り。ある人は天から雷を落とす。傷ついた人を癒やす力を使う者。多種多様の想力を使う『想力者』たちの活躍により、人類は異界人たちを退けることに成功する。
それが物語として語り継がれるほどの時を経て、現代。様々な技術が発展しても『想力』は人類と共に有り続けている。
『想力』は強力な反面、使い方を誤れば大きな悲劇を生み出しかねない。そのため、産まれた赤子は『想力』があるのかをチェックされ、『想力者』と認定せれると1つの義務を課せられる。それは国の認定を受けた学校に通い『想力者』専用の教育を受けることだ。学校は国立校、私立校と多様にある。
それらの学校の内の1つ。『国立葵学園』にある広い武道館に生徒たちが集まっていた。武道館の中央1階部分は四角形の舞台になっており、舞台を囲う2階の外周が観覧席になっている。
この舞台が何に使われるのか? それは『想力者』と『想力者』が『想力』をぶつけ合う『演武』と呼ばれる試合のためである。
平和になった現代。かつて異界人を倒すために振るわれた力は人々の娯楽の為に振るわれるようになっていた。『演武』はその中でも特に人気を誇る『想力者』と『想力者』による『想力』を用いて戦う試合のことだ。
自分の持つ全てを使い正々堂々と相手を倒す、という信条の元に行われる『演武』は、想力と想力がぶつかり合う、非常に派手で見栄えのよい国民的スポーツだ。『演武』はプロが存在し、プロリーグすらある一大コンテンツなのである。
プロを目指す学生たちの誰もが目標にしているのが『全国学生演武大会』という、日本全国にある学校に通う学生演武者の代表が集い、競い合い、日本一を決める大会だ。各学校から決まった人数しか出場することが出来ない全国大会は、毎年多くの希望者が殺到する。
誰を代表として出場させるか? それを決めるため、各学校では選抜試合が行われており、学生たちは代表枠を手にするために競い合っている。
今、武道館の舞台に立っている生徒たちも葵学園の代表になるための選抜試合を行うところであった。普段なら観客席に多くの生徒たちが座り、戦いを見ながら情報収集をするのだが、この試合に関してはそんな生徒は居ない。
その原因は舞台に立つ1人の女子生徒にある。
学園に通う生徒が着る白を基調にした長袖のブレザーとミニスカート。ブレザーの下に着るYシャツもごく普通の白色、ミニスカートの下に穿く黒のスパッツ、紺色のハイソックスのどれも学園の女子生徒がよく利用しているものであり、至って普通の格好だ。
女子生徒の容姿は整っている。瞳に掛かるほど長い前髪は艶のある黒色で、背中まで伸びる後ろ髪も綺麗だと言える。ブレザーを押し上げる胸も大きく、鍛えているお陰で腰回りはくびれ、スタイルも良い。人を惹く容姿であると断言しても良いくらいだった。
しかし、彼女の手にしているモノが演武者としては異端なのである。左腰にある鞘から引き抜き、右手に持った直剣。刃の部分が分厚く、一定の間隔で穴のあいた不思議な模造剣だ。それでも剣の形をしており重量もあるため、当たりどころが悪ければ大怪我をさせかねない物であるが、想力者に対しては無力な品物である。なぜならば。
「想剣、解放」
黒髪の女子生徒と対峙する赤髪の男子生徒。彼も学園の生徒が着る白を基調とした長袖のブレザーと長ズボンを着ていた。制服の男女の違いはズボンとスカートの他に、男子はネクタイ、女子はリボンとなっておりその色は学年によって違う。
そんな彼は手に何も持っておらず、剣を持つ女子生徒を前に無防備に見える。だが、男子生徒がたった一言呟くだけで、虚空から彼の身の丈を超える長さの直槍が現れた。
想力者の誰もが持つ想力の具現であり相棒。それこそが『想剣』。想力者の基本中の基本である。だが女子生徒は『想剣』ではなく模造剣を持っている。それは即ち、彼女が想剣を使えないということを意味していた。故に始まる前から勝負は見えている。誰もがそう考えるからこそ、この試合の観客席はガラガラなのだ。
「なぁ、刃無し先輩。ぶっちゃけ面倒なんすわ。結果のわかりきった試合すんの。どうして棄権してくれなかったんすか?」
男子生徒は先輩と言いながらも明らかに女子生徒を下に見ている。彼にとって彼女は敬うべき先輩ではないのだ。力のない想力者との戦いほどつまらないものはない。手を煩わせるだけの存在だと、そう認識しているが故に。
彼女は2年で最弱の存在という悪い意味で有名であった。彼女は入学前に己の想剣の刃を粉砕してしまった過去ある。想力は想剣なくして十全に振るうことは出来ない。刃が粉砕してしまうケースは非常に稀であり、普通なら選手生命の終了を意味する。
それでも彼女は1年前に学園へ入学し演武者の登録をした。1年生のあいだ1勝することが出来なくとも、2年になって1年生相手に敗北を重ねても、彼女が諦めず演武者で居続けた。
そんな彼女のことを学園の演武者たちは『刃無し』と呼ぶようになり、戦う価値無しと判断しているのだ。
これまでに何度も受けてきた嘲りの眼差しに彼女は両足が震えてしまう。思わず下がってしまいそうな彼女の背中を押すのは、観客席から聞こえる後輩の声。
「来華先輩!」
「閃一君……」
彼もまた赤毛の男子生徒と同じ制服を着ていた。黒髪の男子生徒『珠金閃一』は中肉中背の青年だ。変わったところと言えば、特定の作業中に発生する特殊な光から目を保護する保護ゴーグルを、頭にかけているところだろう。それは閃一が『想具科』という演武科と関わりの深い学科を履修していることがわかるもので。
「はっ、なんだよ。新しい『想具』でも作って貰ったのか。それで勝てるかもって希望を持ったのか、馬鹿らしい。刃無し先輩は先輩でしょう。想具は想剣の補助でしかない。そんな事すら忘れたんすか?
『想具』とは想力で動く装備のことである。効果は様々なものがあり、演武者にとって欠かせないものだが、その出力は想剣に遠く及ばない。そのため想具の殆どは演武者の動きを補助するものが多い。
一時的に身体を動かす速度を上げるもの、発光し目くらましをするもの、想力を弾丸にして放つものなど。いずれも相手の体勢を崩したところに想剣を直接叩き込むためのものだ。想剣の使えない彼女にとって希望足り得るものではないのだ、本来ならば。
「ま、落ちた名家の刃無し先輩とお似合いっすよ。珠金の落ちこぼれが相手なんてね」
閃一を馬鹿にする言葉と表情が、彼女の胸に炎を灯す。
「閃一君を馬鹿にしないで」
「怒りました? はは、本当のことでしょ」
「私はいい。刃無しなのも、落ちた名家なのも本当だから。だけど閃一君の悪口は許せない」
「許せないって、どうするんすか? 俺を倒すとでも?」
ニヤニヤと嗤う赤毛の男子生徒に対し、彼女は明確に頷いてみせる。それは男子生徒の怒りを買うに十分なリアクションだった。
「いい度胸っすね。ボコボコにして泣かせてやるぞ……!」
男子生徒が左手首に装着しているバングルに触れる。『想力バングル』と呼ばれるこのバングルは、想力による肉体的ダメージを精神的ダメージに変換し、肉体の損傷を防ぐことができる想具である。プロの演武、学生の演武と問わず演武者が装着を義務付けられている想具であり、演武をスポーツとして楽しむことのできるようにした要因だ。
「想剣、解放」
黒髪の彼女の左手が虚空から現れた剣の柄を握る。例え刃がなくとも、十全に想力を使うことが出来なくとも、想剣の柄を握らねば想力者は弱い想力しか使えないから。
これまでの彼女であれば刃の無い剣を片手に模造剣で抗うくらいしか出来なった。しかし、今の彼女は違う。更なる変化が訪れる。
剣の刃に有る穴から黄金色に輝く光が噴き出した。その光はかつて粉砕した刃であったものであり、模造剣の刃を淡く包む。これまでに無い力強い輝きは、かつて彼女が己の想剣を持っていた時と同じ、いや、それ以上に強いものだった。
(私の想力、安定してる。これも全部閃一君のお陰)
これまで彼女の想力が弱々しく安定していなかったのは、砕けた刃の欠片の断面から想力を放出してしまい、大幅のロスが発生していたから。閃一が作成した剣はそれらの欠片を全て取り込み、ロスを無くす繋ぎの役割を果たすもの。
『川澄来華』のためだけに造られた剣。
来華が左手首のバングルを手で触れ起動する。それは試合の開始を意味するのだが、相手は来華から発せられる想力。かつて神童と呼ばれた彼女の想力の強さに驚きを隠すことが出来ず、動くことが出来ないでいた。
だが、来華は動かない。不意打ちで勝利しても意味がないことを彼女は理解していた。正面から正々堂々相手を倒さなければ、これまでな悪評を払拭することが出来ないと。ハッとした男が慌てて槍を構える。その姿を見据え、彼女は口を開く。
「いざ、尋常に」
彼女の口からつむがれる言葉は、相手の猛る声をかき消される。構えた槍の穂先を来華に向け、猛然と駆け出す赤毛の男の瞳を見つめる彼女が、柄のみのを握る左腕を下ろしたまま、右手に持つ黄金色に輝く直剣を正面に向けて構える。
「勝負」
彼女の意思に反応し、黄金色の光が迸った。





