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2-19 無法者たちの世直し転生 〜悪役令嬢強奪編〜

 ひょんなことから多分死んだあたしは、気づいたらゲームの世界に飛ばされていた。

 ありがち? そうね、そうかも。

 でも、飛ばされた先がキャラの中で、悪役令嬢扱いされてるその子は、今まさに処刑されようとしてた。

 転移したらまた死ぬの!? 冗談じゃないんだけど!?


 大ピンチを助けてくれたのはラスボスのゴエモン、そしてあたし最推しのジロキチくんだった。

 この世界での〝アウトロー〟つまり転生転移者は何人かいるみたいで、ゴエモンもその一人だったのはちょとびっくりした。

 ぶっちゃけ絵とキャラが好みってだけのクソゲー世界なんだけど、ここで生きるなら生きやすい方がいいよねってことで、ゴエモン達と意気投合したあたしは、この世界で世直しを始めることにしたのだった。

 次に目を開いた時、あたしは色々えらいことになっていた。


 太陽が沈みかけた黄昏時。

 綺麗なシルクのドレスに身を包んだあたし。

 横にはピカピカに輝く断頭台。


――断頭台(ギロチン)!?


 そういえば足元からガヤガヤとたくさんの人の声がする。

 綺麗だと思ってたシルクのドレスも、よく見たらあちこち汚れてる。

 横にはピカピカの断頭台。これだけは変わらないのね、よく見ても。


――いや、そうじゃなくて。


「なんであたし、こんなとこで縛られてんの?」

「聞け民衆よ!!」

「ひっ!」


 疑問が口に出た瞬間、急にすぐ横で叫ぶもんだから、ついビクッとしてしまった。

 〝ひっ〟とか言っちゃったよ、恥ずかしい。


「今日この時をもって、これまで数々の悪行をひた隠し、のうのうと為政者の座に座ろうとしたこの不届きな女狐を! 我々は! ようやく! 断ずることになった!!」

「うおおおおおーーー!!!!」


 民衆の歓声が地響きのように伝わってくる。すげー、熱狂じゃん。

 ていうかMCのアオリがまた上手いね、内容なんにもないけど。

――なーんて、他人事みたいに思っちゃってるけど、多分これあたしの処刑ライブなのよね。実感なさすぎてスンってしちゃったけど。


 ていうか。

 今は〝いつ(T)〟で、ここは〝どこ(P)〟で、これは〝どゆこと(O)〟なのよ。

 TPOがいっこも分かんないから、あたしとしてもおろおろするしかないのよ。


 ついさっきまで、あたしはパトカーに乗ってたはずだ。手錠をはめられて。

 セクハラ上司にねっとり絡まれて、あたしの可愛いお尻を撫でられたもんだから、反射的にやっちゃったのよね。

 振り向きながらの下段回し蹴りでよろけたところに、渾身の右正拳突き。マジ有段者なめんな。

 そしたら机の角に頭ぶつけて、なんか「ぺぎょ」とかいってびくんって痙攣した後、動かなくなっちゃって。

 「あーこれやっちゃったかなー」なんて思ってたら、あれよあれよと手錠かけられて、白黒のセダン(パトカー)に乗せられて。

 あのゲーム、コンプまであと1ルートなのになーなんて考えてたら、いきなりドーン!! て衝撃が来て。

 気がついたら、断頭台の前に立たされてた。


「多分これ、あの時死んだってことなんだろうなぁ……」


 MCのおじさんはまだアオリ続けている。すごいなー、よっぽど嬉しいのかな、あたしの処刑が。

 あたしはそんなことをぼんやりと考える。

 前の世界のあたしでは考えられない肝の座り方だと、我ながら思う。

 これから殺されるっていうのに、なんでこんなに落ち着いているのか。

 その理由に、あたしはなんとなく気づいていた。


――似ているのだ。この世界が。

 あたしが生前ハマっていたRPG〝アウトロークエスト〟に。

 剣と魔法のファンタジー世界。オンラインでもマルチプレイ対応でもない、完全なボッチ御用達ゲーム。しかも数十種類の分岐ルートつき。

 現実世界に疲れていたあたしの、唯一の癒し。

 そして、あたしの最推し〝ジロキチ〟くんと遊べる世界。

 なんなら、現実世界にいる時よりも全然落ち着いている。


「――である! 罪状は、我が国の王子に対し甘言、教唆、姦淫など68に及ぶ! さらに自分の妹と王子の婚約を邪魔し、自らが妃となるべく奸計をめぐらし地位を上げたのち、国家の転覆を図ったものである! よって今日この場において、絶対蘇生不可能刑、すなわち断首刑(ギロチン)を執り行う!!」

「うおおおおおおお!!」

「コ・ロ・セ!! コ・ロ・セ!!」


 おー、バイブス上がってんなー。

 ていうかさ。


「結局、あたしは誰に転移してんのよ?」


 そう。このゲーム、散々やりこんでるんだけど、どのルートにもこんなイベントあった記憶がないのよね。

 なのに、なんか見覚えがある。

 妹とか、王子との婚姻とか、女狐とか……。


――あ。

 思い出した。


「ハージマル公国チサーイ領主、アントワニィ子爵家長女、マリィ!! 最期に言いたいことはあるか!!」


 そうだ。

 名前からしてモデルになった人物丸わかりの悪役令嬢。

 チュートリアルイベントのボス、マリィ=アントワニィ。

 ここまでは強制イベントで、ボタンポチポチしてるだけでいけちゃうから忘れてた。


「マリィ=アントワニィ!! なければ即刻、刑を執行する!」

「……あるわよ」


 MC……たしかこいつ宰相だ。こいつのアオリ、民衆の無駄に上がってるバイブス。

 なんか急にむかついてきた。

 顔を上げ、胸を張る。両手を前で拘束されてるから変にオムネが強調されちゃってるけど気にしない。


――どーせ処刑されるんだ。ワンチャン最推しのジロキチくんに会えるかもとか思ったけど、あの子が出てくるのはマリィ(あたし)が死んでからだし。


 だったら、好きなことブチまけて死んでやるわよ。


「言うならさっさと言え。どうせ数分後には貴様の命は」

「うるっさい!」


 あたしは台の縁に、ドンッと片足を乗せ、吼えてやった。


「毎日毎日上司に怒られ、触られて! 死んでやろうかと思った時も、こっちの世界で癒されて! ギリギリ生きてた地獄みたいな現実世界でやらかして! 死んだと思ったらこっちに来てて、ナイスと思ったらまた死ぬの!? これどっちの世界の神のせい!? 冗談じゃないわよ、ふざけんじゃないわよ、あたしの死で遊ぶんじゃないわよ、聞いてんのかよどっちかの神よ!! 反省するなら謝罪じゃなくて、今この状況なんとかしろよ!! 転移はしたけど堪能できない、なにより推しにも出会えない! このまま死んだらあんたんとこ行って、喉笛食いちぎってやるからね!」

「な……」


 (ライム)は踏んでみたけどテクなんて一切ない、あたしみたいな素人が上手いことなんて言えるわけないけど、それでも全力を込めて、(リリック)を吐き出してやった。正直気持ちいい。

 あたしは拘束された両手を高らかに掲げ、中指を思い切り、バチバチに立ててやった。


「準備は完了、覚悟も完了、思い残し吐き出しも完了、正直死にたくなんてないけど、逃げられないならしょうがないけど、最期にジロキチくんに会いたかった!!」


 パンチラインまで言い切った!


「さぁ殺せっ!!」


 その時。


「よく吼えたっ!!」


 とんでもない声量で、あいつ(・・・)の声が聞こえた。

 あいつ。

 忘れようったって忘れられない。

 だって、あいつはジロキチくんの想い人なんだから。ええ忌々しい。

 MC宰相が叫ぶ。


「何者だっ!!」

「誰かと問われて名乗るものでもありゃしねえが、知らざぁ言って聞かせてやらあ。生まれも育ちも覚えちゃいねえ、育った記憶もありゃしねえ。大した悪事もしたこたねぇが、気づけば天下の大泥棒。〝ゴエモン〟様たぁ、俺のことだぁっ!!!!」


 その口上も散々聞いたなぁ……。

 いや、割と好きなキャラではあるんだけど、さすがに聞き飽きたっていうかね?

 でも、民衆はそんなマンネリもなく、新鮮にざわついてる。


 ……ていうか、こんなルートなかったよね?


「ゴエモン!?」

「ゴエモンってあの……?」

「ここに来てるのか!?」


 そう、あの声はゴエモン。

 これもまた原典丸出しだ。

 そもそもこのゲーム、原典隠す気のないキャラすごい多いのよね。もちろん、あたし最推しのジロキチくんもそう。


「大丈夫ですか? 今これ、外しますからね」


 そう、こんな愛らしい声で……って!


「え!?  ジロキッちゃん!?」


 そう。今あたしに話しかけたのはジロキッちゃんだ。

 いつの間にこの処刑台に上がってきたのか、あたしの前にかがみ込んで、手枷を外そうとしてくれてる。

 あの! ゴエモン命の! ジロキッちゃんが!

 あたしにひざまづいてるううううう!!!!


「あ、あの、大丈夫ですか? なんか目が血走ってますけど……」

「え、あっ、だ、だいじょび……っ!」


 だいじょばない。なんならカミまくってる。

 ていうかなにこの子ほんとに男の子なの声可愛いし肌ぷりぷりだしいい匂いするし髪サラサラだしツヤツヤだしマジかこれいやマジか。


「な、なんであたしを……」

「わかりません。ゴエモンさんが言い出したんです。後で聞いてみてください」

「あ、はい……いや、ていうかそのゴエモンはどこに」

「はぁーーっはっはっはっはぁ!! いや絶景かな、絶景かなぁ!!!!」


 高笑いが頭上から聞こえる。え、どこよ?


「きっ、貴様! ギロチンから離れんかっ!!」


 MC宰相が私の頭の上に向かって喚いてる。

 釣られて振り向くと、そこにゴエモンが立っていた。


 そう、ギロチンの上に。

 番傘さして。

 腕組んで。

 煙管(きせる)咥えて。

 そして彼は、あたしに向かってこう言ったのだ。


「女ぁ! さっきの口上、見事だった!! 助けてやるから、俺の女になれ!!」


――は?

 何言ってんのこのラスボス。


「冗談じゃないわよ!! 助けてくれるのは嬉しいけど! あたしはジロキッちゃんの嫁になるんだから!!」

「……え、ボク?」

「うあははは! それもまた一興! まずはこの場を脱してからよ!!」

「ふ、ふざけるな! 貴様などにこの罪人を受け渡してなるかっ!!」


 必死で叫ぶMC宰相ももはやモブ。

 いやー、さすがラスボス、キャラも存在感も濃ゆいわー。


――ま、でもいっか。

 乗ってやろうじゃない、この無法者(アウトロー)達に。


「いいじゃない! 悪役令嬢? 上等よ! これからは面白おかしく好き放題に生きてやるわよ!!」

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