38 魔王様、堕ちる 後編
それからのことは思い出したくない。
衆目にさらされながら、あられもない姿にされ、屈辱を受けた。
魔王は容赦することなくレイベルトを責め立て、その身に快楽と欲望を吐き出し続ける。
無限に続くかと思われた地獄の時間が終わりを告げたころには、すっかり彼の身体は作り替えられてしまっていた。
へその下に刻み込まれたハートマークの文様。
それが呪われた魔王の器としての証であると、魔王が言った。
「それがある限り、貴様は俺からは逃れられん。
せいぜい足掻いてみるといい」
呆然と自分のの身体に刻み込まれた文様を見下ろすレイベルトに、魔王が不潔な笑みを浮かべて言う。
もう、俺は勇者ではなくなってしまったのか。
愁然と首をたれながら、レイベルトはそんなことを思った。
勇者になった彼を人々は特別な存在として受け入れてくれた。
ゆく先々の村や町で熱い歓迎を受けたのは一度や二度ではない。
レイベルトは少しずつ勇者としての使命を自覚し、民衆を守ることが役目であると自分に言い聞かせた。
もちろん、彼は全くの善人ではない。
心の中では特別な存在になれた自分自身に酔いしれており、もっと多くの称賛の声と注目を集めたいと思っていた。
誰よりも強く、誰よりも正しく、そして誰よりも愛される。
そんな存在になりたいと思っていた。
しかし、そんな下賤な欲望は全て魔王の手によって粉砕され、最底辺の存在にまで堕とされてしまう。
もうレイベルトは勇者ではない。
魔王にとっての慰み者にすぎないのだ。
それから月日がたち。
レイベルトは忠実な下僕として魔王に仕えながら、少しずつ権力を強めていった。
最初は魔王に復讐するつもりだった。
しかし、同志を集めて行く過程で、この国の現状を知り、改革に乗り出す。
地方の領地を治めている貴族たちは悪人ばかりで、民衆から搾取することしか考えていない。
レイベルトは各地に赴いて協力者を集め、私腹を肥やす貴族たちを討伐して、直轄領を増やしていた。
そんな彼のふるまいを魔王は黙認。
他の貴族たちからの反発もあったが、その手腕と統率力でねじ伏せ、中央集権を進めて行く。
気づけば盤石なる魔王の絶対支配構造が出来上がっていた。
後は……頭を挿げ替えるだけ。
そうすれば呪いを受け継いだ自分が魔王になる。
この国をいつまでも平和に治められるだろう。
しかし、彼はためらっていた。
何故なら魔王を愛してしまったから。
首を挿げ替えるには、魔王を討つしかない。
そんな覚悟は彼にはなかった。
だが……。
魔王はレイベルトに興味を失い、捕らえた勇者たちを愛妾として囲い、気の向くままに楽しんでいた。
そんな彼の姿を見ていると、愛情が冷水を浴びせたように冷めていき、剣を握る手に力がこもる。
果たしてレイベルトは魔王を討ちとり、正式に王としての称号を受け継ぐ。
玉座に座る彼が望むのは、次の魔王の器と足り得る存在。
すなわち、彼の寵愛を賜るに値する男の子との邂逅である。
先代魔王のせいで、レイベルトはすっかり男色に目覚めてしまった。
できることなら目を疑うほどの美しさを持った少年勇者と出会いたい。
そんなことを考えながら、毎日の仕事を淡々とこなし、玉座に腰かけていると……。
「おい、そんなところで何してんだよ」
目の前に現れたメイド服姿のルークが腰に手を当てて言う。
「む、ルークか。何の用だ?」
「なんの用だ、じゃねーだろ。
お前がここに俺を呼んだんじゃねぇかよ」
「そうだったな、すまん」
「それで、用事ってなんだよ?」
「まぁ、とりあえず座れ。余の膝の上に」
そう言って自分の膝をポンポンと叩く魔王。
「おう」
彼は素直に応じて膝の上に腰かける……のではなく。
魔王の首の手をかけ、向かい合うように身体を乗せたのだ。
そして……。
「魔王……好き」
そう言ってキスをねだって来る。
レイベルトもそれに応じ、口づけをした。
それから何度も唇を重ね、吐息が混ざり合い、熱く抱擁を交わす。
「魔王……俺をお嫁さんにしてくれるよな?」
気づけば彼はウェディングドレスを着ていた。
「ああ……お前が望むのなら」
「じゃぁ、今からあそこへ」
そう言って遠くの方を指さすルーク。
目の前にはレッドカーペットが敷かれ、両脇には大勢の魔族たち。
その先には大きなベッド。
「さぁ、俺を連れて行ってくれよ」
ルークの首輪には鎖が結わえてある。
その先を握るのは……レイベルト。
「こっ……これは……」
「さぁ、何をためらっている。
俺が貴様にしたように、その少年にするのだ」
「なっ! 何で貴様がここに⁉」
先代魔王の声が聞こえ、振り返るとそこには誰もいない。
「おい! どこにいる! 出てこい!」
「安心しろ、俺はずっとお前の心の中にいる。
俺が生き続ける限り、俺はお前の中で生き続けるのだ」
「黙れっ! 俺は……余は……」
「おい魔王!」
いきなり押されたかと思うと、背中が壁にぶつかる。
なぜか自分の首に首輪が巻かれており、結わえられた鎖の先をルークが握っていた。
「誰と話してるのか知らねーけど、
お前は俺だけ見てればいいんだよ。
分かったか?」
「え? ああ……うむ」
壁に手をついて迫るルークに顔を背けられないでいる。
そして……。
「いい加減に目を覚ませよ。
俺を一人にするんじゃねー」
うるんだ瞳でそう言うのだった。




