37 魔王様、堕ちる 前編
深い、深い闇。
レイベルトはどこまでも堕ちていく。
気づくとそこは……。
「ねぇ、レイベルト。本当に大丈夫なのかな」
女の子の声が聞こえる。
「え? あっ……」
周囲を見渡すと、そこは何もない荒野。
荒れ果てた大地が何処までも続いている。
傍には彼の仲間たち。
声をかけて来たのは僧侶の女の子だった。
「ああ……大丈夫だ」
「しっかりしろよ、これから魔王と戦うんだろ」
「お前がそんなんだと心配だにゃぁ」
「もしもの時は私たちが付いてるからね」
頼もしい仲間たち。
彼らの顔はモヤがかかったようにぼんやりとしている。
そうだ……俺は勇者だ。
今から魔王と戦おうとしている。
鞘に収まった剣の柄を握りしめ、覚悟を新たにする。
俺は今から世界を救うための戦いに臨むのだ。
「よし、皆。これから最後の戦いだ。
魔王を倒してこの戦いに終止符を打つ。
みんな最後まで付いて来てくれよな!」
「「「おおっ!」」」
レイベルトの言葉に応じる仲間たち。
戦意をみなぎらせている。
負ける気がしない。
「なぁ……×××」
「え? なぁに?」
僧侶の少女に声をかける。
確かに彼女の名前を呼んだはずなのだが、ぼんやりとして薄れてしまう。
本当の名前は何だったか……。
「この戦いが終わったら結婚しないか?」
「え⁉ 急になに⁉ けっ……結婚⁉」
「そうだ、俺とだとイヤか?」
「え? 嫌とかじゃないけど……急だったから驚いちゃって」
照れくさそうに笑っている……ように見える。
顔がぼやけているのでハッキリと表情が分からない。
「嬉しい……かな。
私もレイのこと好きだったから」
「じゃっ……じゃぁ……」
「うん、帰ったら結婚しよ」
「やったー!」
レイベルトは感極まって彼女を抱きしめ、そのままお姫様抱っこした。
待ちに待った春が来た。
魔王を倒せば彼女と一つになれるのだ。
「ははは、おめでとう」
「二人ともお幸せににゃぁ」
仲間たちも祝福してくれている。
魔王さえ倒してしまえば、彼女と幸せに暮らすことができる。
どこか遠くの田舎に家でも買って、二人でつつましく暮らそう。
そして……家族を作って……楽しく……。
「がはっ……そんな……」
膝をつくレイベルト。
仲間たちも倒されてしまった。
「最強の勇者と聞いていたから、
どれほどのものかと期待していたが――
この程度とは。
勇者が聞いてあきれる」
魔王が言う。
レイベルトは最後の戦いに敗れてしまった。
想像以上の強さだった。
「れっ……レイ!」
「お前たちは逃げろ!」
「でも……」
「サヨナラだ……みんな」
「……え⁉」
レイベルトは最後の力を振り絞り、魔法で仲間たちを安全な場所へと転移させる。
光に包まれた仲間たちが空へ上っていく間、魔王は何もせずに様子を見守っていた。
どうやら手出しするつもりはないようだ。
あの子は最後までレイベルトの名前を呼んでいたが、呼びかけには応じなかった。
彼女の名前を呼んだら別れがつらくなるだろうから……。
「仲間を逃がすとは殊勝な心掛けだな、勇者よ。
貴様はこうして一人残ったわけだが、
よもや一人で俺を倒せるとは思っておらんだろうな?」
「はっ、やってみなけりゃ分からないだろ」
強がって虚勢を張ったは良いが、勝算なんて一ミリもない。
このまま無抵抗で蹂躙されるのを受け入れる他ないだろう。
レイベルトは最後の力を振り絞って立ち上がる。
そして剣を構えた。
「お前は俺が倒す。
そして世界を平和にするんだ!」
「そうか、それがお前の望みか。
では俺の望みも聞かせてやろう」
「はっ、どうせ人類滅亡とかだろ」
「そんな大層な望みなど持っていない。
俺が望むのはただ一つ」
ゆっくりとレイベルトを指し示す魔王。
「……貴様だ」
そう言って彼はにやりと笑った。
「なっ……なんだよ、この格好」
レイベルトは困惑する。
彼が着せられたのは純白のウェディングドレス。
腕を後ろ手に縛られ、首輪をはめられている。
首輪には鎖が結わえられており、その先を魔王が握りしめていた。
「これから貴様と俺とで、婚姻の儀を執り行う」
「え⁉ 婚姻⁉ どういうことだよ⁉」
「そのままの意味だ。
貴様と俺とは夫婦になるのだ」
「え? え? だって俺男で……」
「性別など些細な問題でしかない。
いや……些細ではないな。
女ではだめなのだから」
「え? え?」
混乱するレイベルトを、魔王は鎖を引いて無理やり連れていく。
扉を開くと目の前にはレッドカーペットが敷かれており、両脇には大勢の魔族たち。
そこは礼拝堂のようで、とても広い空間だった。
天井には豪華なシャンデリアがいくつも。
魔王は鎖を引いてレイベルトを無理やり歩かせる。
ウェディングドレスを着せられた彼の姿を、魔族たちが嘲笑するように眺めていた。
……哀れだ。
何もかも奪われたレイベルトは女の恰好をさせられ、奴隷同然の扱いを受けている。
おまけに婚姻の儀だなんて……ばかばかしい。
魔王は屈辱を与えるためにこんなことをしているのだ。
そうに決まっている。
そう思って歩いて行った先。
レッドカーペットの終点には大きなベッドが用意されていた。
いったいこれから何をするのかと疑問に思っていると……。
「さて、勇者よ。
こころの準備はできているか?」
「は? 何をするつもりだよ?」
「とぼけるな、契りを交わすに決まっているだろう」
「え? 契り?」
魔王が何を言っているのか分からなかった。
「貴様をこの場で抱くと言っているのだ。
公衆の面前で、あられもない姿にして、
俺の愛を貴様の身体に注いでやる」
「え? それって……」
全身から血の気が引いて行く。
これから何をされるか想像すらしたくない。
「勇者よ……貴様から人としての尊厳を全て奪ってやる。
今日から貴様は俺の奴隷となるのだ」
そう言って魔王はレイベルトに手を伸ばした。




