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30 魔王様、最後の賭けに出る

 それからしばらく、魔王は身辺整理を行った。


 自分が死んだあと、どのように国を運営していくか配下の者たちと話し合い、寝ずに会議を重ねた。

 議会でも審議が重ねられ、いくつか特別法案が可決。

 魔王亡き後も適切に運営されるよう、着々と準備が進められている。


 魔王が退位するとの知らせはすぐさま関係各所に通達し、国民がパニックにならないよう徐々に匂わせて理解を求める。


 それでも、国民の反発は大きかった。


 何者かが陰謀を企て、魔王を退位に追いやったのではないか。

 そんな根も葉もないうわさ話が流布される。


 上がって来る報告は芳しくないものばかりで、国民の動揺は予想していたよりも大きい。

 このままでは暴動に発展しかねない。


「ルーク、よく聞け。

 国民はまだお前を魔王として認めていない。

 もしこのまま何の手立てもなしに王位を継げば、

 間違いなく反発が起きるだろう」

「……分かってる」


 テーブルを挟んで話しかける魔王の目を、ルークは真剣に見つめる。


 深海のを思わせる青い瞳の中に紅蓮の意思が宿る。

 赤髪は少しばかり逆立っていて、ピリピリと電気をまとっているかのよう。

 彼は本気のようだ。


「だから……準備をする必要がある。

 お前が魔王の器としてふさわしい男だと、

 全国民に知らしめなければならない」

「どうすればいいんだ?」

「簡単なことだ。

 お前が相応の力を持った存在であると示すのだ。

 強大な敵を打倒して」

「俺に人間を殺せと?」


 魔王はゆっくり首を振る。


「我々の敵は人間だけではない。

 知性を持たぬ強大な存在も、我々の敵となるのだ。

 人間同様にな」

「はぐらかさないで教えてくれよ。

 俺は誰を殺せばいい?」

「……竜だ」


 竜は魔族にとっても敵となり得る存在。

 彼らは気まぐれに街や村を襲い、殺戮を行って宝を奪っていく。


 魔族にとっても竜は恐ろしい敵なのだ。


「そっか、分かった」

「安請け合いするな、ルーク。

 竜は俺でも手間取る相手だ」

「でも、勝てないわけじゃないんだろ」

「まぁ……そうだ」


 魔王はそう言って天を仰ぐ。

 淡い光を放つ球状の証明が目に入る。


 以前に何回か、竜と戦ったことがある。

 あれはまだ魔王になる前。

 勇者として戦いを挑み、先代に敗北して奴隷となり、彼の手となり足となり、国中を回って戦い続けた。


 辺境の地で土地を荒らす竜の討伐を依頼され、山を登る。

 苦しい戦いの最中、仲間が何人も命を落とした。


 助けて、死にたくない、見捨てないでくれ。


 怨嗟の声を上げ、儚く命を散らす魔族たち。

 魔王が彼らを本当に意味で仲間として認めたのは、同じように命を持ったか弱い存在であると気づいたから。

 皮肉にも竜に仲間を殺されることで、ようやく気付けたのだ。


 あの時のことはもう思い出したくない。


「あの時は……俺もまだまだだったからなぁ」

「なぁ、一つ聞いていいか?

 お前は勇者の力を封印されてたんだろ?

 なんで竜に勝てたんだよ?」

「簡単なこと、限定解除だ」

「……え?」


 魔王は上着をたくし上げてへその下にある文様を露出させる。


「これは余と貴様の繋がりを示す絆のようなもの。

 余がともに竜の元へ行って、貴様に施した制限を解けば、

 元通り、勇者の力を行使できる。

 それに加えて魔王の力も使えるおまけつきだ」

「それって……」

「滅茶苦茶に強くなれるってことだ」

「マジかよ!」


 ルークは身を乗り出して魔王に顔を近づける。

 まるで幼い子供のように目を輝かせていた。


「それって最強じゃねーか!」

「おっ、落ち着くのだ、ルーク」

「すげぇ、勇者と魔王の力、両方取りかよっ!

 マジですげぇよ、やべぇー!」


 ルークの語彙力が死ぬ。

 微笑ましいので突っ込まない。


「では……討伐に……」

「いくいく! 絶対行く!」

「…………」


 まるで遠足にでも行くようなテンション。

 彼は魔王になるという自覚があるのだろうか?

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