29 魔王様、不貞腐れる勇者に萌える
「むすぅ……」
不貞腐れてそっぽを向くルーク。
魔王は自分のほほをさする。
思いっきり殴られたのでひりひりと痛む。
昨日、明かりが消えたとたんにルークが暴れ出し、勢いよく顔面をグーで殴られたのだ。
いくら魔王とはいえ不意の一撃はやはり痛い。
「おい、痛い思いをしたのは俺の方だぞ」
「ふん……」
魔王を無視して脚立に乗って棚を拭くルーク。
後姿が様になっている。
脚立に乗っているのでスカートの中が見えそう。
ちょっと……覗いてみたくなる。
「おい、覗くなよ」
「分かっている」
魔王の内心を察したのか、こちらを睨みつけてけん制するルーク。
変質者を見るかのように軽蔑する視線。
……ゾクゾクするね。
魔王は淡々と仕事をするが、どうしてもルークが気になる。
抱きしめてキスしたい。
でも、急にそんなことをしたら驚かせてしまうだろう。
ムード作りは大事だ。
仕事を早めに切り上げてデートにでも誘うか?
思えば今まで、真面目に相手をしてやったことがない。
そろそろ恋人として相応の扱いをしてやるか。
「おい」
「……んだよ」
「今夜、食事でもどうだ?」
「いい、お前にセクハラされるだけだし」
「そんなことはしない。
二人で食事を楽しむだけだ」
「お前と二人で飯食うなんて、絶対に嫌だね」
「そう言わずに……」
「次何か話しかけたら、これを投げる」
そう言って本棚から分厚い専門書を取り出して見せるルーク。
取り付く島もない。
ううむ……どうしたものか。
途中までノリノリだったのに、なんで急に怒ったのだろう?
魔王にはその理由が分からなかった。
「なぁ……そんなツンツンしないで……うわぁ!」
本当に本を投げた。
ルークはじっとりとした目でこちらを見つめたあと、作業に戻る。
これは困った。
本格的に困った。
ルークは完全にツンツンモード。
デレが消えうせた。
魔王は頭を抱えたくなる気分。
今まで少しずつ慎重に距離をつめてきたというのに、愛想をつかされてしまった。
ううむ……弱ったぞ。
「おい」
不意にルークが話しかけてきた。
「なっ……なんだ⁉」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだよ。
ちょっと声かけただけだろ。
犬みたいだぞ」
「…………」
犬みたいと言われて、否定できない魔王。
確かにそう見えたかもしれない。
あまりに嬉しかったもので……。
「で、なんだ?」
「食事だけど……行ってもいい」
「本当かっ⁉」
「でも、条件がある」
はて……その条件とは?
魔王が彼が次に何を言うか待つ。
「…………」
「なにか言えよ」
「…………」
「ちっ、分かったよ。
条件はお前が俺を信じることだ」
「……?」
彼の提示した条件の意味が分からない。
「部下としてかなり信用しているが、伝わらないか?」
「そう言うことじゃねーよ。
お前が俺を信じるって言うのは……つまり。
俺が魔王になっても大丈夫って信じてくれるってことだよ」
「ああ、元よりそのつもりだが」
「だから違うって!」
ルークは苛立ったように言う。
何が違うのだろうか?
彼は魔王の前まで歩いて来て、テーブルに両手を勢いよく叩きつける。
どんっと机が揺れてお茶がこぼれそうになった。
「俺を信じて素直に死ねよ!
最後まで寄り添って看取ってやるから!」
彼は両目に涙をにじませていた。
「あんなケースの中に入って永遠に生かされるなんて……。
そんなの地獄だろ。
いや……地獄よりも最悪だ。
そんな風になるくらいなら……死ねよ。
素直に、人として」
「人ではない、魔王だ」
「でも昔は人間だっただろ!
あの中に入ったら、人間どころか生き物ですらなくなる!
ただの機械になっちまうだろ!
そんなの……そんなの嫌だ……」
ぽろぽろと涙を流す彼を放っておくことはできなかった。
魔王はルークを抱きしめ、耳元で優しくささやく。
「分かった、お前の言うとおりにしよう。
契りを交わし、貴様を魔王にしたら、
大人しく人として死んでやる。
これで満足か?」
「うん…………うんっ!」
ルークは感極まり言葉を詰まらせ、魔王の腕の中でこくこくと頷いた。
そんな彼を愛おしく思う。




