20 勇者君、葛藤する
翌日。
夜勤に付き合ったルークはステファニーが朝の申し送りを済ませるのを見届けてから、そのまま図書館へと向かった。
一睡もしていない彼だが、二徹、三徹とするのは朝飯前。
睡眠をとらず、飲まず食わずで戦い続けた経験は一度や二度ではない。
ここへ来るまで何度も視線をかいくぐってきたのだ。
一晩寝ないくらいなんてことはない。
もはや城内を一人で歩く彼を気に留めるものはなく、パートのおばちゃんたちもすれ違うと手を振って笑顔で挨拶してくれる。
ルークもその度に笑顔で返事をするのだが、だんだん今の環境に馴染みつつあることに気づいて、色々と微妙な気分になった。
このままでは、本当に魔王専属のメイドになってしまう。
しかも夜のお世話までする色小姓として。
……勘弁してくれ。
俺は絶対に自由になってここから出て行く。
魔王の慰み者になんかされてたまるか。
心の中で悪態をつくルークであったが、魔王のことを嫌いになったわけではない。
むしろ……。
『ルーク……』
「うわああああああああああ!」
突如として、脳裏に浮かんだ魔王の姿。
彼が口づけをしようと迫る姿を想像してしまい、思わず頭をかきむしる。
なっ……なんで俺はあんなやつを……!
魔王に唇を奪われた瞬間。
彼を愛おしく思ってしまった。
しかもあれは……初めてのキスで……。
「うわああああああああああ!」
再び奇声を上げて頭をかきむしる。
すれ違うパートのおばちゃんたちは見て見ぬふりをしてくれた。
彼の奇行を誰も咎めたりはしない。
むしろ暖かく見守っているのである。
そんな状況が……嫌だ。
ここは魔王城で、俺は勇者のはずだ。
なんで誰も俺を捕えようともせず、放っておいてくれるんだ。
もっと構ってくれ。
俺を捕まえて牢屋へぶち込んでくれ。
勇者ならそうすべきだろう。
なのに……!
「はぁ……」
もう変なことを考えるのはよそう。
今は魔王の過去について調べることが先決だ。
でないとあいつが……。
って、なんで魔王の心配なんかしてるんだ!
やっぱり俺はアイツのことを……!
「うわああああああああああ!」
三度目である。
そろそろいい加減にしてほしい。
話が進まない。
埒が明かないので強制的に場面転換。
図書室までやってきました。
さっそくカウンターにいる受付のお姉さんに相談してみることに。
ちなみに種族はワービースト。
猫の耳がついた、猫型の獣人。
光物が好きなのか、ぴかぴか光るネックレスをジャラジャラといくつも首から下げている。
……呪術師かなにかかな?
「あの……ちょっと調べ物を……」
「ふふふっ、よくぞ図書室へおいで下さいました!
私、司書なので、本のことならなんでもお尋ねください!
あっ、もしかして恋愛の本をお探しですか⁉
それならおススメのがあるんですー!」
「あっ、いえ、違います」
「では魔王の倒し方……とか?
ふふふ……お客さん、お目が高いですね!
ありますよー! ちゃんとあります!
魔王を倒すための秘密の裏ワザとか、
そう言うの諸々含めてお得な情報が……」
受付にいた謎のお姉さんはとにかくハイテンションで本をお勧めしてくる。
……なんだこの人。
「あの……話を聞いてもらえますか?
俺は魔王について……」
「彼の出生が気になる……と?」
「え?」
急に核心をついて来た。
「まっ……まぁ……そんな感じで」
「ではこちらへ」
謎のお姉さんは音もなくすっと立ち上がって、図書室の奥へと案内する。
本棚と本棚の間をかき分けるようにして進むと、大きな丸いハンドルのついた扉があった。
「えっと……この中に?」
「ええ、ちょっと待っていてくださいね」
謎のおねぇさんはハンドルをグルグル回す。
ギギギ……と音を立てて開かれる扉。
むわっ――
開くやいなや、あたりに古い本の匂いが立ち込めた。
「ふぅ……この匂い、たまらねぇぜ」
鼻をヒクヒクさせる謎のおねぇさん。
この匂いが好きらしい。
「あの……この中に……」
「ええ、現魔王。
そして先代の魔王について。
克明に記した書物が保管されています。
お読みになりたいんですよね――?」
「ええっと……はい」
ルークはこくんと頷く。
この先に、魔王の真実が隠されている。
両手をぎゅっと握って深呼吸。
心を決めて一歩を踏み出した。




