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18 勇者君、今度こそ純潔を捧げる……つもりだったけどまた今度

 子供たちとの楽しい時間が終わり、彼らは寝床へと帰っていく。

 誰もが大人しく魔王の言いつけを守り、眠る前に歯磨きとトイレを済ませ、布団の中へもぐりこんだ。


 世話係のアラクネが燭台を手に、一人ずつ眠ったか確認している。

 彼女一人でこの子たちの世話をしているのだろうか?


「なぁ……子供たちの面倒を見るのは、あの人だけなのか?」

「まさか、ちゃんとシフト制だぞ。

 今日はたまたま彼女が夜勤だっただけだ」

「へぇ、そうなんだ」


 交代要員はちゃんといるらしい。

 そう聞いて、何故かホッとするルーク。


 しかし……この人数を一人で見守るのは大変だろう。

 誰か手伝ってあげた方が……。


「……あっ」

「なんだ、どうした?」

「俺……ここに残ろうかな」

「なぜだ?」

「あの人を手伝いたいんだ……」


 ルークがそう言うと、魔王は少し少し寂しそうに肩を落とす。


「ふぅむ……そうか。

 貴様がそうしたいというのであれば、止めはせん。

 夜伽はまた次の機会に持ち越そう」

「……ありがとう」


 別に彼と寝るのが嫌になったわけではないが、子供たちとともに過ごしたくなったのだ。


 彼と契りを交わすのが嫌になったのではない。

 逃げたわけではないのだ…………ほんとだよ?


「では、余はこれで失礼する。

 貴様はステファニーの言うことをよく聞いて、

 しっかりと手伝いをするのだぞ」

「……わかった」


 魔王はしょんぼりした様子で一人、自分の部屋へと戻って行った。


「あの……ステファニーさん……」

「うん、話は聞いてたよ。

 みんなすっかり寝静まったから、

 朝まで定期的に見回りするだけ。

 早番の人に申し送りしたら私のお仕事はおしまい。

 それまで付き合ってくれる?」

「はい」


 ルークは素直に返事をした。


 相手には目が六つあるので、どの目に視線を合わせればいいのか分からない。


「ふふふ……私の目がいっぱいあって困ってるね?

 実は後頭部にも目がついてるんだよー!」


 そう言って後ろを振り向いて見せるステファニー。


 確かに、彼女の言う通り。

 後頭部には大きなぎょろっとした目が二つ。


 しかし、不気味には思わなかった。

 むしろかわいいとさえ思う。


 今まで、魔族に対してこんな感情を抱いたことはない。

 人間に敵対する彼らを、ルークは心から憎んでいた。

 異形なその容姿を想像するだけで歯がゆい気持ちになる。


 しかし……今はもう、すっかりそんな気持ちが失せてしまった。

 心の中をどう探しても、彼らへの憎しみの気持ちは見当たらない。

 姿かたちが違うだけで、彼らは自分と同じ心を持つ存在。

 決して和解が成り立たないわけではないのだ。


 魔王と口づけを交わしたように、手と手を取り合って気持ちを通わせることもできたはずだ。

 それなのに……。


「なにか、悩んでるね?」


 ステファニーがルークに顔を近づけて言う。


 彼女の下半身は蜘蛛。

 長い脚はルークの胸のあたりまである。

 そのため、かなり身をかがめないと顔を近づけられない。

 身長差は大人と子供くらいはあるだろうか。


 彼女の姿を見ていると不思議な気持ちになる。

 人間とは異なる不気味な身体。

 それなのに……どこか愛おしさを感じてしまう。


 かつて嫌悪感しか感じなかった魔族に対して、こんな感情を抱くとは……少し前の自分からしたら想像すらできなかっただろう。


「ええっと……まぁ……」

「なになに? 魔王様のこと?」

「それもあるけど……」

「恋愛相談なら喜んで乗るよ。

 ここだとアレだから宿直室へ行こうか。

 お菓子もあるからゆっくり話そ。

 夜はながいよ~」


 楽しそうにそんなことを話すステファニーを見ていると、彼女の心が人間のそれと変わりないと実感する。


 この人は相手を思いやれる心の持ち主だ。

 尊敬すべき人格を持ち合わせている。


 ルークはもう魔族に偏見を抱いていない。

 ここにいる全ての人たちは、守るべき存在なのだ。


 かつて自分が守ろうとした人たちと同じように……。

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