17 勇者君、あやまる
「……あれ?」
目覚めるとそこはソファの上。
いつの間にか眠っていたらしい。
すでに日が暮れて宵闇時。
あたりを見回すと、明かりがともされた蝋燭が一つ。
いったいどれくらい眠っていたのか……。
ルークは燭台を手に取り、部屋を見渡す。
どうやらそこは物置小屋のようだった。
近くに魔王の姿はない。
とりあえず部屋から出よう。
外へ出ると、ひんやりと冷たい風がほほをなでる。
ここはどこなのかと思って周囲を探っていると、何処からか楽しそうな声が聞こえて来た。
声の方へと近づいて行くと、扉から明かりが漏れているのが分かった。
おそらく……この前、子供たちが遊んでいた大ホールだ。
扉に手を当て、少しだけ押して中の様子を伺う。
すると……。
「「「~~~♪」」」
輪になって楽しそうに歌う子供たち。
その輪の中に魔王の姿があった。
ゆったりとしたメロディ。
優しく、こころを癒す歌詞。
そして……あまりに拙い歌声。
『どんなにつらくても、どんなにくるしくても、
かならずだれかがそばにいる。
きっとだれかがささえてくれる。
わたしたちはひとりじゃない。
だからひとりでなかないで。
ひとりでくるしまないで。
いっしょにてをとって、うたをうたおう。
きっとあしたはいいひになるよ』
子供たちはみんな楽しそうに歌っている。
魔王も、それを見守る他の大人たちも。
あの輪の中へ入っていきたい。
ルークは自然とそう思った。
しかし……扉を開けて中へ入る勇気はなかった。
「……おい、そこで何をしている」
魔王がこちらに気づいた。
彼は歌をとめ、扉の方へと近づいてくる。
ルークは思わず後ずさり、その場から離れようとするが……。
「やはり……様子を見に来たか」
扉を開いた魔王が言う。
逆光で彼の顔が良く見えない。
「べっ……別に。声が聞こえたから……」
「ちょうどいい、こっちへ来い」
ルークの手をつかむ魔王。
しかし……。
「放せっ‼」
思わずその手を振り払った。
「……どうしたというのだ」
「俺には……あの輪に入る資格なんてない」
「どうしてそう思う?」
「言わなくたって分かるだろ!
俺は……俺は勇者だから……」
そうだ、俺は勇者だ。
今までに何人も殺してきた。
だから……。
「馬鹿な奴だな、言ったであろう。
お前は悪くないと」
「でっ……でも……」
「でもじゃない、バカ」
ルークの額を人差し指で軽く小突く魔王。
「人は過ちを犯す。
だからこそ、相手を赦さなければならぬ。
貴様も当然、赦されるべきだ。
さぁ――余の手を取れ。
一緒に歌おう」
「…………」
涙目になりながら魔王の手を取るルーク。
彼に手を引かれて大ホールの中へ。
「さぁ、みんな。
今日は新しいお友達を連れて来たぞ。
ほら、名前を言え」
「……え?」
子供たちの前へ連れていかれ、自己紹介を促されるルーク。
一斉に視線が注がれて緊張する。
昨日挨拶をしたはずだけど……。
「おっ……俺は……」
なんと言えばいいか分からず、言葉に詰まる。
「俺は……ルークって言います」
「勇者のルークだ!」
子供の一人が指さして言った。
「悪い勇者だ!」
「魔王様やっつけて!」
「お父さんを殺したんだ!」
次々と言葉の槍が飛んでくる。
胸がズキン、ズキンと傷んだ。
「はっはっは! そうだ!
こいつは悪い勇者だ!
だけど皆、悪いことをした子をどうすればいいか、
このまえ余が教えたな?
ちゃーんと覚えているな?」
「「「はーい!」」」
魔王の言葉に一斉に手を上げて応える子供たち。
「ルーク、ごめんなさいと言え」
魔王がルークの耳元でささやく。
「……え?」
「いいから、早く言うんだ。
言った後、ちゃんと頭を下げろ」
「ええっと……」
戸惑うルークだったが……。
「ごっ……ごめんなさい!」
ルークは頭を下げて謝罪した。
こんなことを言って、なにになるとは思えない。
しかし……。
「……いいよ」
誰かが言った。
「……え?」
「いいや……あやまったから、ゆるす!」
誰かが言った。
「わたしも!」
「ぼくもゆるす!」
「おれも、おれも!」
子供たちが一斉に言った。
「良かったな、ルーク。
これでもうお前は勇者ではなくなった。
普通の男の子になったのだ」
そう言ってルークの頭にポンと手を乗せる魔王。
「……うん」
またまた涙目になる。
子供たちに情けない姿を見せまいと、手で目元をぬぐった。
「ふむ、これで心残りはなくなっただろう。
今夜あたり……きめるぞ」
「……え?」
「今更、とぼけるでない」
そう言って彼はルークの顎に指を添える。
……あっ。
気づいたときにはもう既に、目の前に魔王の顔があった。
慌ててルークは目を閉じる。
少しして、唇に柔らかいものが押し当てられた。
胸の奥が熱くなる。
「ああー! 変だ! 男同士でキスしてる!」
誰かが言った。
「変じゃないぞ、普通だ」
魔王はそう言って笑った。




