16 勇者君、現実を突きつけられる
「おっ……俺が……」
魔王の言葉に狼狽を隠せないルーク。
そんな彼に容赦なく魔王は言葉を連ねる。
「もちろん、全員が貴様の手にかかったわけではない。
他にも勇者が何人かいるし、
我々の敵は人間だけではない。
だが――少なくとも貴様は何人も殺した。
我々の同志を、彼らの親を!」
「だっ……だって仕方なかった……!
仕方なかったんだよ!」
ルークは思わず声を荒げる。
「俺だって必死だったんだよ!
なんども死にそうになったんだぞ⁉
俺ばっかりが悪いって言いたいのかよ⁉」
「そうは言っていない。
余はただ、事実を言ったまでだ」
「ぐっ……!」
ルークは口をつぐんだ。
大義がなかったわけではない。
戦いの中で多くの命を奪うと同時に、多くの命を救った。
それもまた事実である。
魔族たちは人間の住む村や町を襲い、無差別に殺戮を行っていた。
それを止めるために剣をふるい、命を奪うことの何が悪いというのか。
俺は正しい行いをしたはずだ。
にもかかわらず――!
「貴様の言い分も分からなくもない。
命を奪い、奪われが当たり前である戦いの中で、
手を抜こうものなら自分の命が危うくなる。
貴様のしたことは決して間違いではない。
戦争とはそういうものだからな」
「じゃ……じゃぁ!」
「だからと言って事実は変わらん。
貴様は彼らの親を殺した。
過去にさかのぼることはできぬ故、
その事実が消えることはないのだ」
「…………」
ルークに反論する気力は残されていなかった。
彼の言う通りだ。
殺した事実に変わりはない。
それが正しいとか、悪かったとか。
正義や悪についての問答などしていない。
ただ事実を確認したに過ぎないのだ。
「ルーク、貴様がどう思うかは知らん。
居直ろうが、罪の意識に苛まれようが、
余の知ったことではない。
ただ――忘れないで欲しい。
それだけ言いたかった」
「……分かった」
「いい子だな、お前は」
魔王がそっとルークの頭に手を置いて優しく撫でると、瞳から涙がじんわりとあふれるのを感じる。
辛かった。
苦しかった。
できれば逃げ出したかった。
遁走しようとするもう一人の自分を必死に言い宥めて、ルークは戦い続けた。
剣をふるって敵を殺した。
ゴブリンを殺した。
オークを殺した。
獣人を殺した。
巨人を殺した。
魔法によって人工的に生み出された生物。
命を持たないアンデッド。
知性のあるケモノやドラゴン。
身体の一部が人間である異形の存在。
敵対するものは全て殺しつくした。
それが……あの子らの親だと知ると、今まで抱えていた闘争心が途絶え、ただただ虚しさばかりが残る。
今までの苦しくて長い戦いは、ただの殺戮に過ぎなかったのだ。
「でっ……でもぉ……あいつらは人間を殺して……」
「それについては言い訳しない。
こちら側に非がなかったとは思わん。
しかしだ……ルーク。
戦争には必ず原因が存在する。
戦いを煽る者、裏で陰謀を企てる者、金もうけをたくらむ者。
そういう連中が世界にはびこっているのだ。
魔族側にも、人間側にも。
どちらかが善で、どちらかが悪と断ずるには、
いささか無理があるというものだ。
だから……」
「だからなんだよっ⁉」
「お前は悪くない」
魔王はそう言ってルークを抱きしめる。
その途端、心の中で何かが切れた。
「うわああああああああああああああああああ!」
感情が押し寄せ、堰を切ったように大声を上げて泣きわめく。
今まで溜め込んだものをすべて吐き出すように。
魔王の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。
彼の服が見る見るうちに涙で濡れて行くのが分かった。
こんな風に泣いているのに、どこか頭は冷静で、自分自身を俯瞰するような視点で見つめる。
ああ……今まで誰かに聞いて欲しかったんだな。
分かって欲しかったんだな。
受け入れてもらいたかったんだな。
魔王に縋り付いて泣きじゃくる自分の姿を心の中で見つめていると、感情の正体が少しずつ見えてくる。
孤独だった。
仲間と一緒に戦っていたつもりだった。
一人ではないと思っていた。
でも……この重圧を理解してくれる人はいなかった。
すごいね、頑張ったね、偉いね。
たくさんの人が褒めてくれた。
でも……欲しかった言葉はそうじゃない。
俺が欲しかった言葉は……。
「もういいんだ、ルーク。
お前はもう戦わなくていい」
魔王の言葉。
それは最も欲しかった言葉。
「いままで辛かっただろう。
今は全てを忘れてゆっくりと休め」
続けて放たれた言葉を聞いて、ルークの意識はゆっくりと途絶えて行く。
深い水の底へ沈んでいくように――




