15 勇者君、色々と察する
それから、魔王は関係各所を回って調整を行った。
市庁舎では市民の生活について熱い議論が交わされ、財務を担当する部署では激論が飛び交い、一歩も譲らずにらみ合う場面もあった。
それでも国政を担う役人たちは魔王に絶対的な忠誠を誓い、魔王万歳を三唱する。
彼の姿を見て、ルークの中で魔王に対する印象がすっかり変わってしまった。
少なくとも彼は無秩序に殺戮を繰り返す暴君ではない。
民を慮る心を持った明君だ。
彼を殺せば世界が平和になると信じていたが、それは誤りだったと認めざるをえない。
彼を失うことは世界にとっての損失となろう。
「ふぅ……今日の予定は消化し終えたかな」
魔王は手帳を見て確認する。
全て自分の頭の中に入っていると言いながらも、きちんと予定を確認しないと不安なのだろう。
「あれ……おかしいなぁ……」
ぶつぶつと不安そうに独り言をつぶやく魔王。
本当に大丈夫だろうか?
「なぁ……どうしたんだよ?」
「え? あっ……いや、なんでもない。
余に間違いなどないのだ」
「その割には不安そうだけどな」
「ふんっ……余計なお世話だ」
そう言いつつも、何処か焦っているように見える。
なにか大きなやらかしでもしたのだろうか?
「次はどこへ行くんだよ?」
「いや、今日の予定は済んだはずだが……」
「働きすぎで頭が回ってないんだろ。
ちょっとくらい休めよ、バカ」
「そうは言ってもだがな……」
ルークの言葉に魔王が言い返そうとすると……。
「魔王様、我々も同じ意見です。
どうか休養をとっていただけませんか」
警護を担当していたオークが言う。
「……なんだと?」
「このままではお身体が持ちませぬ。
どうか無理のないよう、安静に……」
「しっ……しかし……」
魔王はオークに詰め寄られ、狼狽している。
ちょうどいいと思ったルークは、他の警護の者たちに耳打ちして加勢させた。
「魔王様っ! お休みください!」
「無理しないで!」
「身体が壊れちゃう!」
「ええっと……」
魔王は返事に困っている。
このまま押し切れば、彼も休養を取らざるをえまい。
「おっ……落ち着くんだ。
大丈夫、君たちの働き口は必ず……」
「そういうことを言っているんじゃありません!」
「私たちを大切にしてくれたあなたが心配なんです!」
「うちの子も魔王様大丈夫かなって、いつも心配していて……」
……うん?
なんか様子がおかしい。
もしかするとこのオークたちは……。
「なぁ、もしかしてこの人たちって……」
「ああ、魔王城で警備を担当しているオークのおばちゃんたちだ。
全員がフルタイムのパートで働いている」
「ええっ……」
精鋭だと思っていた警護の兵士たちは、パートのおばちゃんたちだったのだ!
人間の目には、オークのオスとメスの区別がつかない。
その容姿から性別を判断するのは困難だ。
「わっ……分かった、ちゃんと休むから……」
おばちゃんたちに詰め寄られた魔王はしぶしぶ休暇の取得を了承する。
ちょっとだけホッとしたルーク。
しかし、彼が本当に休むかどうかは分からない。
市庁舎を後にした一同は、そのまま魔王城へと向かった。
「「「お疲れさまでした~」」」
到着するなり、おばちゃんたちは任務を終えて離れて行く。
彼女たちは一緒にどこかへ向かうつもりのようだが……。
「なぁ、あの人たち……何処へ行くんだ?」
「保育施設に子供を迎えに行ったのだ」
「え? 保育施設?」
「ああ……働きながら子育てをするのは大変だからな。
働く女性のために余が城内に設立したのだ。
ちなみに、我が城で働く人の7割が女性だ」
「へぇ……」
女が働く。
ルークにはピンとこない価値観だった。
人間の世界では、女は家庭を守り、男は仕事をする。
そう言った考え方が一般的だったが……。
「いろいろ考えてるんだな。
この国を発展させたのも全部お前の手柄なのか?」
「余の手柄ではない、民の手柄だ。
多少なりとも余の采配の結果ではあるかもしれんが、
民の力あってこその結果だ。
まぁ……ここまで来るのに60年以上はかかったが……」
「ふぅん……」
60年。
この男が魔王になったのは30年ほど前のことだと記憶している。
さらにその30年も前から、彼は一人の魔族としてこの国のために働いていたのだ。
「お前が魔王になる前は、どんな国だったんだ?」
「余の前任者も、有能な男だった。
まぁ……余ほどではないがな。
…………はぁ」
ため息をつく魔王。
何やら彼の過去に因縁じみたものを感じる。
「前の魔王と何かあったのかよ?」
「いや……別に」
「嘘だ、ぜってー何かあっただろ」
「ふむ……」
問い詰めるルークをじっと見つめる魔王。
そして……。
「ついてこい、見せたいものがある」
魔王はそう言って歩き出した。
二人が向かったのは孤児院。
魔王城の周辺に建つ砦の一つ。
その一角に孤児院はある。
以前にルークが見たのは大ホールで遊ぶ子供たち。
彼らが寝泊まりする専用の施設が存在するのだ。
「…………」
施設を見て回るルーク。
子供たちが寝泊まりする部屋には、たくさんのベッドが並べられている。
食事をするときは専用の食堂に集まって一斉に。
今は勉強の時間ということで、生活スペースに残っている子は一人もいない。
「ちゃんと面倒見てるんだな」
「当たり前だ、大切な子供たちを預かるのだ。
相応の設備が必要になる」
「なぁ……あの子たちの親は、どうして死んだんだ?」
「人間との戦い――主に勇者との」
「え? じゃぁ……」
魔王は真剣な瞳でルークを見つめる。
「子供たちの親を殺したのは、お前だ――ルーク」




