13 勇者君、魔王と一緒に城下町を歩く
着替えを済ました魔王は、何事もなかったかのように一人で歩き、数人の護衛を引き連れて魔王城を出発。
その護衛に紛れるようにルークは彼の見回りに随行することになった。
城下町は魔王城を取り囲むように整備されている。
魔王城から街の外へ向けて放射状に延びる八つの大通りと、魔王城を周回する三つの大通り。
これらの隙間にはいくつもの小さな通りがあり、建物が整然と立ち並んでいる。
雑多な種族たちが自由気ままに闊歩する通りには、浮浪者も物乞いも悪党もいない。
死体一つ転がっていないその平穏な様に、ルークは目をぱちくりさせた。
自分の住んでいた国とはえらい違いだ。
王都の大通りには物乞いや浮浪者が大勢いたし、街のはずれには当たり前のように死体が転がっていた。
教会の炊き出しには大勢の貧民たちが順番を待って列を作り、酒場では荒くれ者どもが喧嘩をして毎日のように死者が出る。
魔王は平穏な城下町を練り歩きながら、行き交う人々に手を振って挨拶をしていた。
彼が目を合わせてほほ笑むと、誰もが笑顔で手を振ってこたえる。
魔王は任務中の衛兵を見かけたら労いの声をかけ、座り込んで動けなくなっている老婆がいたら駆け寄って手を差し出し、子供たちが集まれば一人ずつ頭をなでた。
気づけば大勢の人だかり。
護衛の兵士たちは集まった民衆をかき分けて、魔王が進む道を作る。
ルークは彼の人気の高さに驚かされた。
民衆から熱く信頼され、愛されてもいる。
王城から一歩も出ないで玉座にふんぞり返っていた自分の国の王様とは大違いだ。
不調を一切感じさせない軽い足取りに少しだけ心配になるルーク。
彼は馬に乗らず自分の足で歩いている。
「大丈夫なのかよ……本当に……」
ルークはひとり呟く。
声に気づいたのか、魔王が彼の方を見やる。
そして口元を少しだけ緩ませ、にやりと笑った。
ちっ……なんなんだよ!
心の中で舌打ちをする。
内心を見透かされたようで、気分が悪い。
一同は目的の場所へとたどり着く。
そこは白く塗装された大きな建物で、たくさんの人が列をなしている。
「ここは……?」
「病院だ、見て分からんか?」
「え? 病院?」
「なんだ……病院をしらんのか?」
病院と聞いてぴんと来ない。
魔王が簡単に説明する。
どうやら怪我や病気を治すための施設のようだ。
人間の国では教会が寄付と引き換えに治療を行っていたので、このような施設を見たことがなかった。
大勢の人が、寄付金を集められずに病で倒れる。
怪我をしてもまともな治療一つ受けられない。
金持ちと貴族だけが治療を受けられ、一握りの人間だけがその恩恵に与る。
なんとも不合理な世界だった。
てっきり、魔族の国は弱肉強食で、弱い者たちが搾取されているとばかり思っていた。
しかし……。
病院に列をなしているのは、お年寄りや、子供、そして体に障がいのある人。
彼らの治療を優先して行っているらしい。
「なぁ……弱いやつなんて助けてなんになるんだよ?」
「はっ、平和のために戦う勇者の言葉とは思えんな」
魔王に鼻で笑われてしまう。
腹が立つというよりも……自分が情けなくなった。
この国は、間違いなくルークが暮らしていた国よりもずっと豊かで、ずっと平和で、ずっと幸せだ。
その幸せを作ったのは間違いなく目の前にいる男。
彼を殺そうとした俺は……。
「ボヤっとするな、さっさと行くぞ」
魔王が顎でしゃくってついてこいと促す。
おいて行かれまいと速足でついて行った。




