12 魔王様、無理をしないで
病室のベッドに寝かされる魔王。
彼は苦しそうに荒い呼吸をしている。
「おい……本当に大丈夫なんだろうな⁉」
「うむ……今はまだ、な」
ルークの問いに、そう答えたのは竜族の男。
ガルスタだ。
「今は、って……」
「言っただろう、もう先は長くないと」
「本人の前でそれを言っちゃうのかよ」
「どうせもう知ってる。
そうでしょう、魔王様」
ガルスタが尋ねると、魔王は小さく頷く。
「……まじかよ」
「これで分かったであろう。
このお方は先が長くないことを知った上で、
お前をここに迎え入れたのだ。
魔王様のご覚悟を無下にしないでくれ」
「…………」
そんなこと急に言われてもと、狼狽するルーク。
彼を救うには契りを交わさなければならない。
いまだにルークには、その覚悟がない。
というかそもそもそのつもりがない。
男同士でそんなことをするなんて……。
「なぁ……コイツはこのまま……」
「いや、まだ大丈夫なはずだ……多分」
自信なさげにそう答えるガルスタは、どこか不安そうだった。
そんな彼の姿を見ているとますます不安になる。
「ハァ……ハァ……もう大丈夫だ」
「魔王様⁉ あまり無理をなさらずに……っ!」
発作が収まり、身体を起こす魔王。
しかし、肩で息をしていて、苦しそうに見える。
本当に大丈夫なのかと、ルークは不安になるが……。
「なぁ、寝てた方が良いんじゃないのか?」
「余にはやるべきことが残されているからな。
今日は街の見回りに行かないといかんのだ」
「え? 見回り?」
そう言えば、そろそろ夜が明ける時刻だ。
一晩眠らないくらい、なんてことはないルークではあるが、今の魔王に自分と同じくらいの体力があるとはとても思えない。
しかも、先が長くないというのに……。
このまま彼を一人で行かせて大丈夫かと心配になる。
「なぁ、一日くらい休んだらどうだ?」
「馬鹿を言うな、勇者よ。
余はこの国を統べる王。
一日たりとも安息の日などない。
もし何かあったら……ごっほごほっ!」
「ああっ……」
苦しそうにせき込む魔王を前に、ルークはうろたえる。
このままこの男を死なせてはならないと強く思った。
もし次に契りを交わす機会があったのなら……今度は逃げたりせずに彼のことを……。
「くそっ……」
自分の覚悟が揺らいでしまったことに、いらだちを覚えるルーク。
やはり、契りを交わす気にはなれなかった。
何が悲しくて、あんなものを、あんな場所に……。
しかし、彼には死んでほしくない。
救うには契りを交わすしかない。
この方法には確かな確信がないのだ。
ただそうしろと言われているだけなので、本当に魔王を救うことになるのか疑問である。
他に手段がないというのであれば、応じる他ないのだが……。
「なぁ……どうしても行くっていうんなら、
俺を連れて行ってくれないか?」
「余と一緒に街の様子を見に行くというのか?」
「……うん」
ルークは小さく頷く。
実はまだ、城下町の様子をちゃんと見ていない。
ここへ来た時は地下道を通って侵入した。
街の様子がどうなっているかまでは知らないのだ。
「……よかろう。ついてくると良い」
魔王はそう言って重い体をベッドから起こす。
ふらふらとして今にも倒れてしまいそう。
「おい、しっかりしろよ」
「むっ……悪いな」
倒れそうになった魔王を支えるルーク。
その身体は驚くほどに冷たい。
この前、抱きしめてもらった時は、あんなに暖かかったのに……。
「早速で悪いが、着替えを持ってきてくれ。
この姿のままでは外へ出られん」
「……そうだな」
魔王は寝巻のままだ。
急いで彼の部屋へ行って着替えを取って来る。
廊下を小走りで移動する彼の脳裏には、一つの期待が浮かんでいた。
街での彼のふるまいを見て失望すれば、きっとこの気持ちから解放されるだろう。
魔王に抱いている思いは幻想にすぎない。
真実の姿をこの目で確かめ、くだらない恋愛ごっこに終止符を打つのだ。
もう……彼を失って胸を痛めることもあるまい。
そんな風に思考を巡らせる彼だったが、不安はどんどん大きくなっていく。
本当にあいつが死んだら俺は……。
呪いに食いつぶされて命を落とした魔王の姿を想像すると、あまりに強い喪失感が押し寄せる。
頼むから死なないで欲しい。
もはや自分の心に嘘をつけなくなっている。
ルークは認めざるを得なかった。




